なりふり構う余裕はない
口元には笑みを浮べているというのに、その目が全く笑っていない。
俺は知っている。この顔をしたときのアイスには要注意だ。
じりじりと後じさりすると「逃がさないよ?」とぐっと腕を掴まれた。
そのまま強引に引き寄せられ、キスしそうなほどの距離で囁かれる。
「傍で護ればいいと思っていたんだけど、状況が変わった。もう牽制なんて言っている場合じゃないんだ。きちんとした形にせねば、他国に隙を突かれる。嫌だろうとなんだろうと、ウィルには私と婚約し、結婚する道しかない。そのために法律まで変えたんだ。可哀そうだが、諦めてくれ」
おい!近い!
諦めろって? 俺にも諦められるものとそうじゃないものがあるんだよ!
ドンと両手を突き出し、必死でアイスを遠ざける。
「諦められるかよ! アイスは俺の親友だろ? 俺から親友を奪うつもりか! それとも、特殊スキル持ちを手に入れるために、親友のふりをして俺を騙していたのかよ!」
言いながら、むなしくて情けなくてたまらなくなった。
だって、アイスだけは違うと思っていたのに。メルはともかくとして。
俺はそれなりにアイスと友情を育んできたつもりだった。でも、アイスはそうじゃなかった。
俺を他国に取られないために、俺の周囲を牽制するために、俺の側にいたのか? 親友だと思っていたのは、俺だけだったのか?
そんなの、俺を崇める信者より酷い。
胸が痛い。苦しい。目頭が熱くなる。こぼれそうになる涙を、奥歯を噛んでグッと堪えた。
ちきしょう!
するとアイスの腕の力が少し抜けた。
「…………親友なら、愛してはいけないのか?」
初めて聞くような小さく弱弱しい声。
「は?」と思わず聞き返すと、今度はまるで喧嘩でも売っているかのように大声で叫ばれた。
「親友を愛してはいけないのか?!」
その声音の切実さに思わず顔を上げた俺の目に映ったのは、泣き出しそうに悲痛な表情をしたアイスの顔だった。
アイスの言葉とその表情に驚き、出かけた涙が引っ込む。
俺はアイスに気圧されたように、こう口にしていた。
「い、いや、いけなくはないけど……」
するとアイスがパチリと瞬きをし、ふう、と息を吐いた。
何度か息を吐いて吸って。何かを振り切るように顔を上げた時には、迷いの無い表情になっていた。
「私はウィルの顔が好きだ。美しい太陽を移したようなその髪も、空を宿したその瞳も、生意気そうなカーブを描くその唇も、ツンと尖った鼻も、何もかもが好ましい。それになにより、ウィルの純粋さ、優しさ、善良さが好きなんだ! 貢物に困っているくせに、それをくれた一人一人の名を覚えているところが。律儀にコッソリとお返しを送っているところが堪らなく好きだ! どんな相手にでも丁寧に接する生真面目さが好ましい。身分や外見におごらず、勉強や体術など努力を惜しまないところも。屋台の物を美味しそうに食べるところも可愛いと思う。小さなことに喜びを見出すところも、好きだ。親友だからこそ知ることができたウィルの全てが好きなんだ」
息もできないというのはこういうことを言うのだろう。
俺の目を見つめながら真摯に告げられた言葉。そのアイスらしからぬ飾らぬ真っすぐな言葉は、だからこそストンと俺の中に入ってきた。
俺はずっとこの美しさを讃えられてきた。
天使だと、女神の化身だと、目にするだけで幸せになれるのだと、ありとあらゆる言葉を尽くして讃えられてきた。
でも、アイスの言葉のほとんどは……俺の外見じゃない。俺の芯の部分、俺の中身に関することだった。
俺自身が当たり前だと思っていることの数々。俺の日常の姿。そういったものをこそ、アイスは好ましく思ってくれていたのか。親友だからこそ知った俺の姿を。
そう思ったら、急に顔に熱が集まった。
「……あ、あれ?」
かあっと赤くなったのが分かる。なんだ、どうした?
心臓がドキドキとうるさい。
わああ! 俺、絶対におかしい!
「……ウィル? どうした? 大丈夫か?」
急に黙り込んで赤くなった俺を心配し、アイスが顔を覗き込んできた。
え? こいつ、こんな顔だったか? めちゃくちゃカッコよくないか?
それに、いつも俺を見るときこんな目をしていたのだろうか。愛情と気遣いに満ちた、こんな目を。
「わ……」
「わ?」
「わああっ!」
ドッカーン!
俺はアイスを渾身の力で突き飛ばし、アイスの部屋から弾丸のように飛び出した。
「ウィル?!」
「ちょっと、どこに行くんですか?!」
待て、と焦ったようなアイスとメルの声が聞こえた気がしたが、俺の足は止まらない。
なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!!
ま、まさか、まさか、俺………
「わああーーーっ! ないないない! ねえよ、今さら! 俺はそんなにチョロくねえーっ!」
混乱のままに王城を駆けまわった俺は、王族のプライベートゾーンから出てしまっていたようだ。
「……どこだ、ここ……」
王城は広い。気がつけば見覚えのない通路に居た。
俺の知らないゾーンというと、文官など多数の人物が出入りする執務棟か、来賓専用の南棟か?
いずれにせよ、アイスから知らされた俺の状況をから察するに、よろしくない状況だ。
「……どうしよう」
ぽり、と頬を掻き途方に暮れる。
これは下手に歩き回るより、人の居ない場所を探し、アイスとメルが見つけてくれるのを待つか?
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