王国の変化
俺は家と教会と王城を往復しているだけのつもりだった。
だが、俺が通過しただけの王都にすら、俺の美の影響が出ていたのである。
俺は公爵家からの移動の際、いつも馬車の窓から街を眺めていた。
街の人たちが楽し気にしているのが羨ましくて。
自由に走る回る子供たちが楽しそうで。
それを眺め、目が合った街の人たちに手を振ったりしながら、王城や教会に通っていた。
ところが、なんとそれが街やこの国の経済に影響を及ぼしていたのだという。
「天使が手を振ってくれる」「天使が笑いかけてくれる」と、街の人がそれを楽しみにするようになった。
なんとなく、天使の通る通りを掃除するようになる。
なんとなく、天使の目に入る場所に花を植えだした。
なんとなく、天使の目に恥じることのないようにと、身なりの清潔を心掛けるようになる。
なんとなく、それとなく。
言葉遣いを改め、行動を改め。
それが幾重にも重なった結果、街はどんどん小ぎれいになって、治安も良くなっていった。
「安心安全、綺麗な街」となれば、立ち寄る人も増え、経済も活性化。
王都が潤えば、地方にもその恩恵が回る。
王都での消費が増えた結果、地方からの買い付けも増える。
地方からの買い付けが増えた結果、地方の経済が活発化する。
めぐるめぐる連鎖によって、王国は潤い、人々に笑顔が増えた。
俺が直接なにかをしたわけではない。
でも確かに変化は起こり、人々に幸せをもたらしていたのである。
どうりで妙に街に人が多いなと思ってはいたのだが……実際、沢山の人が「天使に手を振るために」俺の移動時間に合わせて道に集まっていたのだ。
つまりは、俺が通ること自体がイベントのような扱いになってしまっていたのである。マジか……!
そして、俺が憧れていた出店も「特殊スキル美を持つ天使が手を振ってくれるイベント」の人出を見越して出店されるようになったのが始まりなんだと!
いやほんと、マジなのか……。俺、知らないところで経済に貢献していた!
ここで俺は大変なことに気付いた。いや、気付いてしまった。
信じたくはない。だがこの流れで言うのなら、有り得る。
「勘違いであってくれ」と願いつつ、恐る恐る聞いてみた。
「あのさあ……お前と街に行ったとき、雑貨屋に妙に天使のグッズが多かったのって、もしかして……」
違っていてくれ、との俺の願いもむなしく、アイスが頷いた。
「ウィルだね。直接的なものは作れないから、ウィルの概念として、金髪碧眼の天使のグッズがお土産として売られるようになったんだ。お土産に金色のものや青色のものが多いのも、同じ理由だね。ウィルのスキルの効果なのかな。実際にウィルに手を振って貰えた人は、しばらくの間幸運に恵まれるそうだよ。店なら売れゆきが上がるとか、食堂なら新メニューがヒットするとか。ウィルに手を振ってから恋人に告白するとオッケーが出る、というのもあるね」
なんと俺の知らないところで、俺はラッキーチャーム扱いされていた!
俺のスキル、そんなところでわけの分からん効果を発揮してたのか!
スキル授与でのガースウィン辺境伯の予言は真実だった。まさか実際に俺の美になんらかの効果があったとは!
「みんなが効果だと言っているものが実際にそうとは限らないよ? 思い込みもあるだろうしね。普通にその美しさゆえ、見ているだけで幸せ、とか、元気がもらえる、と言う声もある。寝たきりだったお年寄りが、ウィル会いたさにリハビリをして歩けるようになったという話もあるよ。引き籠りだった子供が外に出るようになった、とかね。とにかく、色々な影響が出ているんだ。主に良い方向に。知らなかったでしょう?」
「……知らなかった。いや、アイスが知っててなんで本人である俺が知らないんだ?」
お前は知ってたのか、と側近に問えば、当たり前のような顔で頷かれた。
「知っていたに決まっているでしょう」
偉そうに腕を組んで呆れたような顔で俺を見るメル。
「あなた、拝まれていましたよ。むしろここまでされていてなぜ気付かないのかと不思議でした」
ガクリとソファに崩れ落ちた俺は、目の前にあったテーブルをドカンと叩いた。
「言えよ! 知っていたのなら言ってくれよ! まさか俺の顔がいいだけでそんなことになっているとは思わないだろうが!」
するとアイスが俺の横に腰かけ、机を叩いた俺の手をそっと握る。
「ダメでしょう、自分を傷付けたら。大事な身体なんだからね?」
「俺を妊婦のように言うな!」
ワザとだろう、絶対! その証拠にクスクスと笑っている。
アイスは俺の手を握ったままこう続けた。
「ふふふ。たぶんウィルは感覚が麻痺しているんだろうね。というよりも、麻痺しているからこそ、そのスキルを与えられたんじゃないかな? 当たり前のように拝まれる日常なんて相当なものだよ。普通なら神経を病むか、増長して手の付けられない傲慢な人物になるか、どちらかだと思うよ? ウィルだから平気で過ごしてこれたのだと思うな。その健やかさこそがウィルなんだよ」
もしかして、俺は遠回しにディスられているのか?
褒めているのか貶しているのか分からない微妙な言葉の羅列に、俺の眉間に皺が寄る。
「要するにどういうことだ?」
首を傾げながら問えば、アイスの表情からすっと笑みが消えた。
「あのね、その特殊スキルも、その生来の美も、きっとウィルでなければならなかったんだ。至上の美を持っていながら、健やかな精神、清廉な精神のままで居られるのはウィルしかいない」
その存外真剣な声に、驚いた。
「は? 俺……もしかして褒められてる?」
「褒めているんだよ、もちろん。だって、そのスキルって、利用しようと思えばどれだけでも利用できるスキルなんだよ? 『傾国の美』って言うでしょう? 過去にはその美貌で国を堕とした人もいる」
「はあ? 俺はしないぞ? 俺は静かに平和に暮らしたいだけなんだから」
分かってるよ、とアイスが笑った。
「さっきも言ったけど、そんなウィルだからこそそのスキルに選ばれたんだと思うよ? でもね、ウィルがそうでも、他の奴は違う。ウィルを利用しようと狙う者もいる。実際に、ウィル自身は何もしていないのに、ウィルの効果で王国は平和的に豊かになっている。それに、ウィル自体に魅了されてウィルを手に入れようとたくらむ輩もいる。だからこそ騎士団長だってウィルに体術を叩き込んだんだ。それを意味のないスキルだなんて思っていたのはウィルくらいだ。……理解できた?」
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