初めての夏休み3
外に出て少し待てば、先に行かせたルドが街馬車を拾って戻ってきた。
一応アイスが商会の息子、俺がその使用人という設定で、アイスに対応を任せる。
先に渡した心づけが利いたのか、御者は丁寧に対応してくれた。
「商店街まで頼む」
「街の入り口まででいいですか? 希望の店があればそこで降ろしますが……」
「……じゃあ、露店の多い通りまでお願いできるか? 君のおススメの露店があればそこの前で降ろして欲しい」
「承知いたしました!」
ルド、アイス、フィスの順で三人が座ると、俺はメルと二人でその向かいに腰を下ろす。
最高位のアイスの方が窮屈になってしまうが、それはそれ。アイスをルドとフィスが両側で警護している体なのだ。仕方がない。
五人を乗せた馬車は、思いのほか滑らかに走り出した。
公爵家の馬車よりも座面は固いし、席も狭い。馬車のクオリティという意味では劣るどころのレベルではないのだが、俺は心の底から満足していた。なんというか、開放感が凄い。
長年窓から見ていたこの景色も、今日は違ったものに見える。何もかもが輝いている気がする。
窓枠に腕を乗せてご機嫌で外の風を受けた俺は、いつになくはしゃいでいた。
「なあなあ! 楽しいな!」
弾んだ声でアイスに声を掛けたら、隣のメルに小声で「貴方は今使用人ですよ。言葉遣い!」とダメ出しをされてしまった。「あ!」と慌てて言い直す。
「あー……楽しいですね、ご主人様?」
「ご、ご主人様……」
その言葉になぜかアイスが狼狽えた。何かを堪えるように口元を押さえてそっぽを向くアイス。
おい、アイス。俺とお前は主人と使用人、そういう設定だっただろう? 俺がせっかくうまく役を演じたのに、お前が狼狽えるんじゃない! 普通にしていろ!
ジロリと睨むと、両隣からルドとフィスがご主人様を庇った。
「あれは無理ですって!」
「むしろ狼狽えただけで耐えたアイス様の胆力を褒めてあげて欲しいくらいです!」
何だよ、忖度野郎どもめ。
仕方がない。もう一度「俺たちの設定」を確認してやる。
「なあ、アイスは商会のご令息、俺はその使用人だとして、メルとお前らはどうする? 同僚?」
「私とフィスはご子息の護衛のままでいいのでは?」
「私もそれで」
しれっとメルまでそれにのっかった。
いや、確かに商会のご子息と言う体のアイスとその護衛兼側仕えの二人はいいとして、どうしてお前までそれに乗っかるんだ。お前も使用人、もしくはその類でいいだろうが。
「メルも護衛なら、俺だって護衛でいいじゃん。ルドとフィスには悪いが、この中で一番強いのって俺だぞ?」
ぶすっと膨れて見せれば、メルに呆れたような顔をされた。
「そんなマントを羽織った護衛なんていませんよ、しかも黒縁眼鏡の」
確かに、ルドとフィスはシンプルなシャツにベスト。腰に短剣を下げれば、その恵まれた体格もあいまって15歳といえどそれなりに護衛らしく見える。
メルも……その飄々とした偉そうな態度から、まあそう見えなくもない。
一方俺は、美を隠すためとはいえマントで顔の上半分を覆い、大きな眼鏡で目を隠し、顔の下半分はスカーフで覆うという完全防備。
確かにこんな護衛はいはしない。いや、むしろ使用人としても無理があると思うのだが、それは致し方ない。
「理解していただけましたか? お忍びに連れ出してあげただけでよしとしてください。ウィル坊」
「ウィル坊ってなんだよ!」
「出入りの業者の息子で使用人という設定です。可愛いでしょう。ウィル坊」
メルのヤツ、面白がってやがる。
「分かったよ、メル兄。後で覚えてろよ」
「はいはい。……メル兄、意外といいですね」
ダメージを与えてやるつもりが逆に喜ばせてしまった。くそう!
馬車でさらに5分ほど走ると、風が運ぶ匂いが変わった。油や肉の焼ける匂い、生活の匂いだ。
公爵家や王城に満ちる花の香りや香水の香り、教会の清潔感に満ちた石鹸と消毒の匂いとも違う、いかにも「下街の匂い」。この匂いを「臭い」と顔をしかめる貴族もいるようだが、俺にとっては好ましい匂いだ。
すんすんと鼻を鳴らす俺にメルが苦笑した。
「お行儀が悪いですよ。楽しみなのは分かりますが、少しは自重してください」
「まあまあ、幼子のようでかわいいではないか」
微妙に失礼なんだが、一応フォローしてくれたつもりなんだよな?アイス。
まあいいさ。俺は今機嫌がいいからな。多少のことには目をつぶってやる。
俺は少し目を細めただけで、口うるさい側近と失礼なアイスを許してやった。
「到着いたしました」
露店の並ぶ広場で、馬車は停止した。
「私のおススメは広場の右端のピタパンです。よろしければ」
気のいい御者が親切に教えてくれる。
それにアイスが対応した。
「ありがとう。また帰りも頼めますか? そうですね……2時間後にここで。それまで待っていていただけますか? 待ち時間分の料金も支払いますので」
「承知いたしました。ではこのままここでお待ちいたしますね」
「はい。よろしくお願いします」
スムーズに帰りの足も確保できたようだ。さすがはアイスだ。
「行ってらっしゃいませ」と手を振る御者に、俺もひらひらと手を振り返した。
するとそのせいでスカーフが落ち、口元が出そうになる。
「ほら、ウィル坊。ちゃんとしなさい」
すかさずメルがそれを引き上げてくれ、事なきを得た。助かったぜ、メル!
「……前途多難ですね」
「うん。ウィル、しっかりと顔を覆うんだよ? 不用意な行動は控えるようにね」
嘆息するメルと、それに同意するアイス。
「はいはい! 気を付けますよ!」
うるさいなあ。さっきのはたまたまスカーフが緩んでたんだよ。今度はしっかりと巻きつけたから大丈夫だってば!
「うわぁ……! 壮観だな!」
広場には多くの露店が軒を連ねていた。
何の肉なのかは分からないが、肉を焼いて串に刺したもの。果物に飴をかけたもの。小さな揚げパンに砂糖を掛けたもの。スープとパンがセットにされたものもあった。どれもとても美味しそうだ。
教会に行くたびに通るのに、寄って欲しいと頼んでも「危ないからダメよ」と言われ、じゃあ買ってきてくれと頼んでも「口に入れるものはきちんとしたところで売っているものになさい」と素通りされていた憧れの場所。
俺に甘いレグおじに頼んでアイスと一緒に街に出ることが許されたときにも、王族御用達の店を貸し切りにしてそこに直行直帰。あげくの果てに、当たり前のようにゾロゾロと物々しい警護をつけられた。逆に目立ちすぎる!
あまりにも大事になるのが申し訳なくて、俺は「買い物に行きたい」と言えなくなった。
本当は俺もそこらへんの街の人と気楽に話をしたり、道端で居眠りしたり、適当なものを買って土産にしたりしたかった。だけど、実際に屋敷にいてさえ誘拐されたことがあるせいで、無理は言えなかった。
だが俺ももう15歳。学園にも通い始めたし、それなりの体術も身につけた。
人を見る目も養ったし、俺にあらぬ思いを抱くようなヤツはきちんと遠ざけている。
もういいだろう。顔を隠して、お忍びで。それくらいなら許されてもいいんじゃないか? そう思った。
本当はこっそり一人で出るつもりだった。でも、メルのこの言葉を思い出したのだ。
「お前と俺はセットだと思え。何かをするときには必ず俺に言ってからにしろ」
正直メルが居てくれたおかげで俺はおかしくならずにすんだ。囲い込まれた鳥籠の中の生活で、俺が腐らずに済んだのはメルのおかげだ。そのせいでメルには弱いのだ。
だからメルにも相談したし、どうせならとアイスに声をかけた。せっかくなんだ。友達も一緒の方が楽しいだろう?
結果的にそれは正解だった。アイスの協力のお陰ですべてがスムーズになった。
俺は今、念願だった「普通の少年」として憧れの街に立っている。この沢山の店の中から自分で好きなものを選んで買うことができるのだ。
焼くところを眺めるだけで面白い。目でも鼻でも楽しめる。誰も俺を特別扱いしないし、俺のことなんて気にしていない。
なんて最高なんだろう!
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