初めての夏休み1
「なあなあ。顔を隠してさ、お忍びで街に行こう!」
学園に入って初めての夏休み。公爵家に遊びに来ていたアイスに、俺はわくわくしながら計画を打ち明けた。
この頃には俺は学園に期待するのをやめていた。
新しい友人という夢を見ることもやめ、程よい距離を保つことにもすっかり慣れた。クラスメート、同じ学園の仲間、それで十分じゃないか。
その代わりのように、俺はアイスに執着していた。もうこの頃には、アイス以外に親友はできそうもないと薄々気付いていたのだ。そしてもうそれでいいと諦めてもいた。
俺は今いる俺の親友と街に行く! 買い食いをして、カフェに行くのだ。誰がなんと言おうと行ってやる!
「ぞろぞろと護衛なんて引き連れていたら、好きに回れないだろう? 俺は王族御用達の店に行きたいんじゃない。そこらへんの露店で売っている適当な物を食ってみたいし、あちこちの店を冷やかして回ったりしたい。安っぽくてくだらないものが買いたい」
「なあ、いいだろ」と腕を引っ張る俺に、優雅な仕草で焼き菓子を口に入れたアイスが呆れたような視線を寄越す。
「だめだ、ウィル。買いたいものがあるのなら王城に商会を呼ぶし、なければ誰かを買いにやればいいだろう? ウィルの顔でお忍びなど無理だ」
なんて言い草だ!
ムッとした俺は、アイスの前に置かれた菓子皿からアイスお気に入りのクルミ入りガレットだけを摘まみ上げ、全部俺の皿にうつしてやった。
「あっ……」
アイスの口から思わず小さな声が漏れたことで、少しだけ溜飲を下げる。
カッコつけのこいつは、甘党のくせに王城では甘いものを控えているのだ。ガレットが食いたければうちに来るしかないのである。
三つ纏めて口に詰め込む俺に恨めしそうな視線を寄越すアイス。ふはは! ざまをみろ!
「……ウィル様、大人気ないですよ?」
メルがさり気なく追加のガレットをアイスの前に置いた。
お前はどっちの味方なんだよ!
しょうがねえなあ、とため息をついて話を戻す。
「顔を隠せばいいだろう? 昔試した時は、眼鏡だけだったからダメだったんだよ。マスクをして眼鏡をかけてフードを被ればいい。ほとんど顔が出なければ問題ないだろう? 幼児じゃないんだ。メルとアイスが俺を誘導してくれたらいけるって!」
ごねる俺にメルがダメ出しをする。
「ウィル様はそれでよくとも、アイス様はこれでも王族なのですよ? 護衛もなしには無理でしょう」
俺以外が居るときは外聞を取り繕い敬語を使っているメルなのだが、「これでも」などと堂々と口にするあたりがいかにもメルだ。
「アイスも眼鏡をかけたらいい。メルが居れば大丈夫だって! それにさ。ほら、俺これでも強いし? 護衛役としても十分だろ?」
ニヤリと笑って自分を指さして見せる俺に、アイスとメルが「ああ」と一つ瞬きした。
「そういえば、ウィル様、強かったんでした。その顔のおかげで忘れておりました」
「だよね。顔の印象が強すぎて、つい。確かに今のウィルは、きっともうその辺の護衛よりも強いよね」
「そりゃあ、何度も誘拐されたからなあ。父上に馬鹿みたいに剣術と体術を叩き込まれたし」
「騎士団長のウィルへの指導には、鬼気迫るものがあったな……」
「そりゃ、切実だったからな」
本当は教師を雇いたかったのだが、俺のスキルのせいでどいつもこいつも俺に激甘。「剣を向けることなどできません!」とほざき、指導にならなかったのだ。
結局、騎士団長である父自ら、アイスに指導する傍ら俺にも剣術を教えることとなった。
騎士団長から直接指導、なんて、騎士を目指すものなら垂涎の的のようなのだが……いかんせん、かなりのスパルタだったんだよなあ……父の指導。文字通り血反吐を吐くようなものだった。生きていてよかった。
当時を思い出して俺は遠い目になった。
俺と一緒に父の指導を受けたアイスも遠い目になっている。
うん。記憶には蓋をしておこう。思い出してもつらいだけだ。
「とにかく、完璧に変装したらいけるって!」
結局、なんだかんだと俺に甘いメルとアイスが折れた。
ルドとフィスも連れて行くことを条件に、数日後、初めてのお忍びが決行されたのだった。
「これ、どう? 俺、普通の平民に見える?」
メルに用意してもらった平民風マントを身に纏った俺は、ご機嫌だった。
何の飾り気もないシンプルな茶色のマント。ヒラヒラした飾りがないのも気に入ったし、金だとか銀だとかピカピカしたものが付いていないのも嬉しい。なんとなくボロい感じがまた素晴らしい。これを着た俺は、いつもよりも少しだけ普通に見える気がした。
大きなスカーフを口元を覆うようにして首に巻き、黒縁の眼鏡をかけ、マントのフードで顔の上半分を隠せば、なんとも地味な男がそこにいた。
ご機嫌でマントを翻しながらクルクルと回る俺に、メルとアイスが生ぬるい目を向けてくる。
「ねえ、メル。普通ってなんなのだろうね?」
「奇遇ですね、アイス様。私にも分からなくなりました。人って僅かな部分だけでも美醜が判るものなんですね」
……は? 今なんて言った?
念のため全身を鏡に映してみる。
眉の下くらいまではマントに隠れているし、目だって太めの黒縁眼鏡の後ろにきっちりと収まっている。鼻から下はスカーフで隠れているから、見えている部分は…鼻の上と頬の一部? まあその程度だ。
「どこからどう見ても、まあ顔がほとんど見えない妖しさはあるが、十分地味でありふれた男だと思うが?」
胸を張った俺を見る二人の目に、憐れみの色が混じった。
そっと目を逸らしながらいわく。
「あー……、基準は人それぞれですから……」
「だな。ウィルのこれまでを思えば……これが地味だと言いたくなる気持ちは理解できる」
「地味だろう?」
俺の言葉にメルが「はぁ……」と大きなため息をついた。
「私もここまでとは思っていませんでした。私にも落ち度はあります。そのうえで言います。ウィルは存在が派手なんですよ。隠しても隠しきれていません」
「……はぁ?!」
いや、顔の大半が出てないんだから、派手かどうかなんて分からなくないか? いったい何を見てそう判断するんだ?
そ、そうか! 俺の育ちの良さがあふれ出てしまっている、所作が美しすぎてただ者に見えない、そういうことなんだな?!
俺が口を開く前に、察したアイスから申し訳なさそうにこう言われてしまった。
「出ている鼻筋に関しては言うまでもない。あとね。眼鏡をしていても目は透けて見えるんだよね……。言いたくはないが、ウィルの目は美しいだろう? びっしりと隙間なく生えた長いまつげは煙るようだし、その大きな瞳もそこまで透き通った碧の瞳はそういない。あとは、肌だね。非常に言いにくいのだけれど……ほんの少し見えているだけでも、明らかに美しいのが分かる」
「マジか!」
言われたことを念頭に置き、改めて鏡を見つめてみる。
「確かに眼鏡越しに目が見えてしまっている。が、黒ぶち眼鏡のインパクトであまり目立たないと思うんだけど……。それに、肌だって見えている部分はほんの少しだ。これっぽっち、誰も気にしないって!」
無言で首を振られてしまった。
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