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死ぬたびに弱くなる勇者は、勝つために考える  作者: Futahiro Tada
第4章:契約の鎖は笑顔で締まる

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1:英雄の後始末、そして条件付きの自由

1:英雄の後始末、そして条件付きの自由


 拍手が収まっても、熱は残ったままだった。

 闘技場の中央。結晶柱の光は落ち、反復迷宮の入口も薄れていく。けれど人々の視線だけは消えない。英雄を欲していた目が、今度は「裏切り者」を探す目に変わる。その変化の速さが、俺には一番恐ろしかった。

 リュカが俺の横に立つ。いつものように背中を守る位置――ではない。守るというより、逃げ道を塞がれないように周囲を見張っている。

 フィーネは手を胸の前で組み、静かに呼吸を整えていた。さっきの増幅は、魔力というより精神を削る。回復役が最も苦しいタイプの戦場だ。セラは工具袋の口を締め直し、ミリアは炭筆と記録紙を抱きしめるように握っている。

 将とグレンがこちらへ近づくと、兵士が半円を作った。包囲じゃない、と言い訳できる形の包囲。王都はいつもそうだ。露骨にしない。露骨にしないから、逃げる側が悪者になる。

 グレンが淡々と言った。

「勇者ユウ一行。王城へ同行を命じる」

 命じる――その言葉だけで、書庫の紙の匂いが蘇った。

 セラが笑う。

「同行を命じる。相変わらず丁寧だね」

 将が一歩踏み出し、低い声で言った。

「反逆ではない。事情聴取だ。貴殿らの発言は、国威に関わる」

「国威より命だ」リュカが短く返した。

 将の目が細くなる。だが睨み返すと、こちらが「暴力的」として固定される。固定は死だ。俺は息を吸って吐き、言葉を選んだ。

「事情聴取なら受ける。ただし条件がある」

 将の眉が僅かに動いた。「条件?」

 俺は視線を逸らさないまま言った。

「俺たちは単独にならない。聴取は全員同席。記録も、国の記録だけじゃなく、こちらの記録も残す」

 ミリアが小さく頷いた。彼女の手が少しだけ震えなくなる。

 将が口を開きかけたが、グレンが先に言う。

「合理的だ。認める」

 将が不満そうに息を吐く。だが、拒否すれば闘技場の観覧台が再び騒ぐ。国にとっても面倒だ。今は火消しが優先――そういう判断が透けて見えた。

 俺たちは兵士に挟まれ、王城へ向かった。

 石畳の道。王都の中心へ進むほど、建物は高くなり、窓は小さくなる。通りの人々が立ち止まって、こちらを見る。誰かが囁く。

「勇者だ」

「英雄じゃないって言った奴だ」

「死んで見せろって言うなって……変な勇者」

 変でいい。変でなければ、生き残れない。

 王城の奥。厚い扉の先に、会議室があった。机は長く、椅子は硬い。壁には国旗と紋章。窓は高く、外の音はほとんど入らない。ここは言葉を管理する部屋だ。

 席に着く前に、セラがわざと床を見て言った。

「結晶は?」

 部屋の隅に、細い結晶柱が立っていた。音を拾うための端末。書庫の小型版。

 グレンが答える。「記録用だ」

「便利だね。増幅もできる?」セラが笑う。

 グレンは一瞬だけ黙り、淡々と返した。「この部屋ではしない」

 ――この部屋では。

 フィーネが唇を噛む。ミリアが記録紙を開き、炭筆を握り直した。

 将が席に着き、開口一番に言った。

「勇者ユウ。貴殿は国家の希望だ。だが今日、貴殿は民衆の前で国の方針を否定した」

 否定、か。

 俺は言った。「否定したのは死を消費する方針だ」

「言い換えは不要だ」将が苛立つ。「貴殿の発言は、勇者制度の根幹を揺るがす」

 セラが机に肘をついて言った。

「揺るがせない根幹なら、とっくに折れてるよ。迷宮は学習する。固定した手順は死ぬ。今日見た通りだ」

 将がセラを睨む。「貴様は――」

 グレンが低い声で遮った。「議題から逸れるな」

 将は舌打ちし、俺に視線を戻す。

「貴殿の縛り――死ぬたびに弱体化するという性質。あれは国家機密だ」

 俺は頷いた。

「機密にしたのは国だ。だが、英雄化で俺に死を要求するなら、機密は俺の命を削る刃になる。なら公にするしかない」

 将が拳を握り、机を叩きそうになる。だが叩けば感情が記録される。結晶が拾う。彼は必死に抑えた。

「……では問う。貴殿は今後、国家命令に従う意思があるのか」

 来た。

 従う/従わないの二択。

 二択は罠だ。選んだ瞬間、固定される。固定は死。

 俺は息を吸って吐き、基準を思い出す。死なない方。仲間が生きる方。言葉になる前に壊す。

「従うの定義を決めてくれ」俺は言った。

 将が眉をひそめる。「定義?」

「命令が死ねを含むなら従えない。命令が固定された手順の提出なら従えない。提出は迷宮に勝ち方を教える」

 将が口を開いたまま固まる。

 グレンが静かに言った。

「妥協案がある」

 彼は机の上に、一枚の紙を置いた。厚い羊皮紙。署名欄がある。

 タイトルは短い。


 《特務契約》


 嫌な予感が、背中を撫でた。

 英雄化の次は、契約で縛る。笑顔で締まる鎖。

 グレンが淡々と説明する。

「国家は貴殿らを勇者隊として扱わない。代わりに特務班とする。標準化の対象外だ。公開試験の記録は秘匿し、民衆への説明は国が受け持つ」

 セラが目を細める。「都合がいいね」

「条件がある」グレンは続けた。「反復迷宮の外部干渉について、貴殿らは口外しない。代わりに、国家は貴殿らの行動の自由を保証する。任務の選択権も与える」

 将が不満げに言った。「自由など――」

「将」グレンが遮る。「現実的な落とし所だ」

 フィーネが静かに問う。

「外部干渉を口外しない代わりに、自由……。それは真実を封じる契約ですか?」

 グレンは少しだけ視線を落とした。

「真実を守る契約でもある。公にすれば、民衆は混乱し、結晶装置は破壊され、国境は揺れる。迷宮が侵攻する前に国が崩れる」

 それも分かる。

 けれど、真実を封じる契約は、いつか俺たちを黙らせる口枷になる。

 俺は紙を見た。署名欄。名前を書く場所。

 書けば、縛られる。

 書かなければ、包囲が強くなる。

 どちらも危険。

 リュカが言った。

「契約は信じない。紙は燃える」

 セラが笑った。「でも燃やすと、今度は反逆で固定される」

 ミリアが小さく言う。

「……でも、口外しないと、次の人が同じ目に遭います」

 フィーネがミリアを見る。

 その目は優しいが、揺れている。

 守るべきは、目の前の命と、未来の命。

 どちらも命だ。

 俺は決めた。

 契約を拒否して正義を叫ぶのは簡単だ。だが、その瞬間に俺たちは孤立し、次の迷宮で死ぬ。死ねば弱体化。弱体化すれば、守れない命が増える。

 だったら――鎖を握る側に回るしかない。

「署名する」俺は言った。

 リュカが俺を見る。驚きではなく、問いだ。

 俺は続ける。

「ただし、追加条項を入れる。国が約束を破った場合、この契約は無効。俺たちは口外できる。さらに、任務の選択権は拒否権として明文化。俺たちの記録係――ミリアの記録の保全も条項に入れる」

 将が顔をしかめる。「そのような――」

 グレンが紙を取り、静かに言った。

「追加条項は可能だ。……上層部の承認が必要だが、今ここで文面を作る」

 セラが口角を上げる。「へえ。話が通じるじゃん」

 グレンはペンを取り、さらさらと追記し始めた。文字が整っている。彼はこういう契約を何度も書いてきたのだろう。

 俺は、そこで気づいた。

 グレンは、国の犬でも、味方でもない。

 彼は――管理者だ。

 危険なものを箱に入れ、箱が爆発しないように見張る役。

 追記が終わり、紙が俺の前に置かれる。

 署名欄。

 俺はペンを握る。手が少し震えた。

 英雄の檻を壊したはずなのに、次の檻がここにある。

 でも檻は、壊し方を知った。

 言葉になる前に壊す。

 固定される前に揺らす。

 そして、鎖が締まる前に、鎖の形を変える。

 俺は署名した。

 リュカも、フィーネも、セラも、ミリアも署名する。

 インクが乾くのを待つ間、グレンが淡々と言った。

「特務班としての最初の案件だ」

 彼は別の紙を差し出す。封蝋が赤い。王城の正式な案件だ。

「第七迷宮の周辺村で、失踪が続いている。原因は不明。だが、反復迷宮で観測された外部干渉と似た反応が出ている」

 セラが目を細めた。

「似た反応? つまり……国の外にも端末がある?」

 グレンは頷く。

「可能性は高い。村の近くで、結晶片が見つかった」

 フィーネが息を呑む。「結晶片……」

 ミリアが炭筆を握り直し、低く言った。

「記録します。……次は、村の人の命がかかってる」

 リュカが立ち上がり、短く言う。「行く」

 俺は頷いた。

 死なない。弱体化しない。

 でも、外部干渉が王都の外へ漏れているなら、これはもう俺たちの縛りだけの話じゃない。

 英雄の檻を壊した先に、もっと大きい檻がある。

 国境を越える檻。

 誰かが作った檻。

 会議室を出る直前、グレンが小さな声で言った。

「勇者ユウ。ひとつ忠告する」

「何だ」

「契約は鎖だ。だが鎖は、引けば相手もこちらに近づく。……近づけすぎるな」

 俺は一瞬だけ笑った。

「分かってる。俺は従わないって言ったばかりだ」

 グレンは表情を変えず、ただ言った。

「記録する」

 王城の廊下を歩きながら、俺は仲間を見た。

 全員の目に、疲労と不安と、それでも消えない火がある。

 契約で自由を得た。

 でも自由には条件がある。

 条件は、いつでも牙になる。

 俺は息を吸って吐いた。

 次の任務へ向かう準備を、心の中で始める。

 ――第七迷宮。失踪。結晶片。外部干渉。

 そして、俺の縛りは変わらない。

 死ぬたびに、スキルが弱体化する。

 だからこそ、今回は絶対に死なない。

 村の誰も死なせない。

 そのために、契約の鎖すら利用してやる。

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