表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死ぬたびに弱くなる勇者は、勝つために考える  作者: Futahiro Tada
第3章:最適化の檻

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/25

5:英雄の檻を壊す

5:英雄の檻を壊す


 白い光を抜けた瞬間、耳が痛くなった。

 音が、外に戻ったのだ。

 歓声。拍手。叫び。笑い。泣き声。

 それらが混ざった巨大な音の塊が、鼓膜を殴る。

 俺たちは――闘技場の中央にいた。

 試験迷宮の入口のすぐ前。観覧台が円形に取り囲み、何千もの視線がこちらへ刺さる。空は晴れていて、日差しが眩しい。だが眩しさより、視線の熱の方がきつい。

 迷宮から出た俺たちを迎えたのは、開放感ではなく、祝祭だった。

 紙吹雪のように白い花びらが舞っている。香が焚かれ、甘い匂いが漂う。壇上では神官が腕を広げ、祈りの言葉を唱えている。貴族たちは立ち上がり、手を叩き、叫んでいる。

「勇者!」「英雄!」

「見よ、王都の守り手!」

「やはり勇者は違う!」

 ――英雄化。

 視界の端に浮かんだ言葉が、現実になっていた。

 俺の背筋が冷えた。

 祝われているのに、冷える。

 祝祭が檻だと、身体が先に理解している。

 将が壇上で立ち上がり、声を張った。結晶柱が声を増幅する。

「見事だ、勇者ユウ一行! 反復迷宮を突破し、国の安全を示した!」

 歓声がさらに大きくなる。

 その大きさに、俺の頭がくらくらした。

 将は続ける。

「この成果をもって、勇者ユウの手順を――」

 来る。標準化。

 英雄の名で縛る。

 拍手の中で命令を通す。

 俺は息を吸って吐いた。

 迷ったら基準。死なない方。仲間が生きる方。

 そしてもう一つ――この章で学んだ。

 言葉になる前なら壊せる。

 俺は一歩前へ出た。

 将の言葉を遮る形になる。

 観覧台の視線がさらに集まる。

 だが、今ここで黙れば、俺たちは英雄として固定される。固定されれば、次で死ぬ。

 俺は声を出した。小さくはない。だが叫ばない。

 叫べば、英雄の演説になる。

「待て」

 ざわめきが走る。

 貴族が眉をひそめる。

 市民の中には、興奮して「何だ何だ」と笑う者もいる。

 将の目が細くなった。

「勇者ユウ。何を――」

 俺は言った。

「俺たちは勝ったんじゃない。生き残っただけだ」

 観覧台が一瞬静まる。

 英雄の物語に、水を差す言葉。

 セラが一歩前に出て、笑いながら続けた。

「勝利って言葉は便利だね。負けた者の数を隠すのに」

 リュカが短く言う。

「英雄は要らない。生きるために戦っただけだ」

 フィーネは静かに言った。

「命を祝うなら、命を道具にしないでください」

 ミリアが震える声で言う。だが、声は確かに届いた。

「私たちは……見世物じゃありません」

 ざわめきが大きくなる。

 怒りの声。困惑の声。嘲笑。

 それらが混ざり、祝祭の空気が揺れる。

 ――揺れる。

 俺たちの揺れが、今度は外の世界へ波及する。

 それが狙いだ。英雄化の固定を崩す。

 将が低い声で言った。

「勇者。貴殿は自らの立場を理解しているか。貴殿は国の希望だ」

 希望。

 希望という名の鎖。

 国のために死ね、という言い換え。

 俺は目を逸らさずに言った。

「希望なら、壊れる前に守るべきだ。――俺は死ねば弱くなる」

 観覧台がざわつく。

 知らない者が多い。

 知っている者は、息を呑む。

 将の眉が僅かに動いた。

 秘密が公になった。

 国にとって不都合だ。

 俺は続けた。

「死に戻りがあるからって、死ねばいいわけじゃない。俺は死ぬたびに、次の勝ちが遠くなる。俺が弱くなれば、守れない人が増える」

 言葉にした瞬間、胸の奥が痛んだ。

 弱さをさらすのは怖い。

 だが、英雄化は強さを固定する。固定された強さは、次の死を誘う。

 なら、弱さを言葉にして先に壊す。

 セラが肩をすくめる。

「つまりさ。勇者を英雄にして『もっとやれ』って煽るほど、国は危なくなるってこと」

 ミリアが小さく頷く。

「迷宮は学習します。国も学習します。だから……固定した手順を配ったら、迷宮に勝ち方を教えることになります」

 フィーネが穏やかに、しかし強く言った。

「勝ち方は配れません。配った瞬間、命が削れます」

 リュカが剣の柄を握り、短く言う。

「俺たちは道具じゃない」

 観覧台の空気が、祝祭から裁判へ変わっていく。

 英雄を讃える場が、英雄を断罪する場になりかける。

 将が口を開いた。

「勇者ユウ。貴殿の発言は――」

 そのとき、結晶柱が脈打った。

 入口の周囲に立つ観測装置の結晶が、一斉に光を強める。

 青白い光が、闘技場の空気を切り裂くように走った。

 視界の端に、文字が浮かぶ。


《外部干渉:英雄化 継続》

《増幅対象:観覧台の欲望》

《目的:勇者の自発的死亡》


 ……まだ終わっていない。

 迷宮は外へ出ても続いている。

 観測装置が端末だった。

 祝祭そのものが、第四層祝祭壇だったのだ。

 観覧台から、歓声が突然変質した。

「死んで見せろ!」

「勇者なら出来るだろ!」

「戻れるんだろ? 一回くらい!」

 ――狂っている。

 だが狂っているのは、人々の本音を増幅された結果だ。

 英雄を見たい。奇跡を見たい。安全圏から、死を消費したい。

 それが欲望。

 俺の喉がひきつった。

 人は、こんなにも簡単に最適化されるのか。

 恐ろしいのは迷宮だけじゃない。人間の群れだ。

 フィーネが青ざめ、セラが歯を食いしばり、リュカが観覧台を睨み、ミリアが涙目で震える。

 俺は息を吸って吐いた。

 基準。死なない方。仲間が生きる方。

 そして、言葉になる前に壊す。

 じゃあ、今壊すべき言葉は何だ。

 ――「英雄」。

 英雄という言葉が、欲望の器になっている。

 英雄という器があるから、そこへ死を注げる。

 器を割ればいい。

 俺は結晶柱に向かって叫び……かけて止めた。

 叫んだら、英雄の演説になる。

 演説はまた物語になる。

 物語は固定される。

 だから、俺は低い声で言った。

 観覧台の最前列にいる者だけに届く程度の声。

「俺は英雄じゃない」

 しかし結晶柱がそれを拾い、増幅した。

 闘技場全体に響く。

「俺は英雄じゃない」

 静寂が落ちた。

 祝祭が止まった。

 欲望の波が、一瞬引いた。

 俺は続けた。

 声は増幅される。なら利用する。

 増幅を、欲望のためではなく、現実のために使う。

「俺は、死ねば弱くなる。死んで見せる余裕はない。俺が弱くなれば、次に死ぬのは俺じゃない。――お前たちだ」

 どよめきが起きる。

 怒りのどよめき。恐怖のどよめき。

 だが恐怖は、欲望の増幅を押し返す。

 俺はさらに言った。

「迷宮は学習する。今の叫びも学習する。俺たちの手順を学習する。国が配る標準化も学習する。だから、英雄の物語に頼った瞬間、迷宮に勝ち方を渡す」

 セラがすかさず続ける。

「観測装置が光ってるだろ。あれが今、あんたらの欲を増幅してる。『死んで見せろ』って言葉は、あんたらの言葉じゃない。――迷宮の言葉だ」

 観覧台がざわめく。

 自分の欲が操られている、と言われて気づく者もいる。

 気づかない者は怒る。

 怒りでもいい。怒りは欲望の単一化を崩す。揺れが増える。

 フィーネが静かに言った。

「今ここで、誰かが『死んで見せろ』と言えば、その人は迷宮の手先になります。言葉が刃です。刃を持つ人が増えれば、命が減ります」

 ミリアが涙を拭い、震えながら言った。

「私、記録しました。迷宮は命令文を使いました。見物人の欲を使いました。だから……これは、私たちだけの戦いじゃないです」

 リュカが剣を鞘に戻し、代わりに手を広げた。武器を捨てる仕草。

 観覧台への挑発ではなく、拒否だ。

「殺さない。死なない。見世物はしない」

 将が歯を食いしばり、結晶柱の方を見た。

 将も、結晶の異常を理解している。

 だが認めれば、国が迷宮に介入している疑いも出る。

 認めたくない。

 だから彼は、別の言葉を探す。

 その瞬間、結晶柱から黒い光が伸びた。

 糸。

 書庫で見た命令の糸。

 今度は観覧台へ伸びる。

 糸が、観覧台の人々の頭上へ降りる。

 糸に触れた者が、目を見開き、叫び始める。

「勇者は死ね!」

「英雄なら死ねる!」

 欲望が再び増幅される。

 迷宮が、観覧台を操る。

 ――なら、糸を切る。

 だが闘技場の中央から観覧台は遠い。物理的に切れない。

 糸は結晶柱を端点にしている。端点を叩けば、糸は弱まる。

 セラが俺を見る。目が言っている。

 「柱だね」

 俺は頷いた。

「柱を止める。……でも壊し方は一つじゃない」

 リュカが前に出る。

「俺が行く」

「待て」俺は言った。「役割を固定しない。――二人で行く。俺とお前」

 リュカが頷く。

 フィーネが言う。

「私も支えます。膜で糸の軌道をずらす」

 ミリアが涙目で頷く。

「私、線を……見えるようにします。どこが端点か、記録で分かります」

 ミリアは闘技場の床に炭筆で短い線を引いた。結晶柱の根元から、外側へ伸びる線。線は光を拾い、糸の流れが可視化される。糸は柱の根元で束になっている。そこが端点だ。

 フィーネが膜を張り、糸の降りる角度を少しだけずらす。糸が人々の頭上から外れ、地面へ落ちる。欲望の増幅が一瞬揺らぐ。

「今だ!」セラが言う。

 セラは釘とワイヤーを取り出し、結晶柱の周囲に輪を作るように張った。ワイヤーが光を散らし、柱の反射が乱れる。書庫でやったのと同じだ。言葉の生成を乱す。

 俺とリュカは柱へ駆けた――いや、走らない。

 反復迷宮の第一層を思い出す。

 速さは転倒を生む。

 転倒は死を生む。

 死は弱体化を生む。

 俺たちは滑るように移動した。重心を低く。面で踏む。

 フィーネの膜が足元の摩擦をわずかに変え、滑りが成立する。

 観覧台の視線が追う。だが追うだけならいい。追わせる。固定した手順として走る姿を見せない。

 柱の根元へ着いた。

 柱は脈打ち、黒い文字を吐こうとする。


《英雄》

《死》

《再現》


 吐く言葉が、欲望の核だ。

 英雄を作り、死を消費させ、再現性を作る。

 最適化の檻。

 俺は棒を握り、柱に叩きつけ……ずに、押し当てた。

 書庫で学んだ。叩くと命令が刺さる。押すと喉を塞げる。

 リュカは剣を抜かず、剣の鞘の底で柱を押した。

 二人で押す。押して押して、脈を止める。

 柱が呻くように振動した。


《……》


 言葉が途切れる。

 だが柱はまだ脈打つ。外部干渉が強い。観覧台の欲望が燃料になっている。

 セラが叫ぶ――いや、叫ばずに言った。

「燃料を止めな!」

 燃料。観覧台の欲望。

 欲望を止めるには……恐怖だけじゃない。理解でもない。

 もっと確実なのは――責任だ。

 俺は柱を押しながら、結晶の増幅を利用して言った。

「お前たちが今『死ね』と言った言葉は、記録されている。迷宮も、国も、全部だ。次に誰かが死んだとき、その言葉はお前の言葉として残る」

 観覧台がざわつく。

 責任の匂いが広がる。

 見物が、当事者へ変わる。

 ミリアがすかさず声を張った。彼女の声も増幅される。

「記録します。誰が何を言ったか。迷宮の言葉か、人の言葉か。全部、記録します」

 セラが笑う。

「ほら、見世物が見世物じゃなくなる。観測ってのは、双方向だよ」

 フィーネが静かに言った。

「命を消費する側も、命を背負います。言葉は責任です」

 責任が広がると、欲望が揺れる。

 揺れると、増幅が不安定になる。

 増幅が不安定になると、柱の脈が乱れる。

 柱が、初めて大きく揺れた。

 黒い糸がぶつぶつと切れ、観覧台の頭上から落ちていく。

 叫び声が減り、代わりにざわめきが増える。欲望が単一にならない。揺れが生まれる。

 俺とリュカは押し続ける。

 セラのワイヤーが光を散らし、フィーネの膜が風を抑え、ミリアの線が糸の束を可視化する。

 柱の表面の黒い筋が、ゆっくり薄くなった。

 そして、柱が最後に吐いた文字があった。


《最適化:失敗》


 次の瞬間、柱の光が消えた。

 観測装置の結晶も、同時に光を落とした。

 増幅が止まった。

 闘技場が、急に静かになった。

 静寂の中で、俺の呼吸だけが聞こえる。

 生きている呼吸。

 将が壇上で立ち尽くしていた。王族の若者も、目を細めてこちらを見ている。学者たちは興奮した顔でメモを取り、貴族の中には不快そうに鼻を鳴らす者もいる。

 観覧台の市民は、さっきまでの熱が嘘みたいに冷め、互いの顔を見合わせている。

 「自分は何を言っていた?」と気づいた者の顔だ。

 俺は柱から手を離し、ゆっくり立ち上がった。

 足が震えている。体力より、精神が削られた。

 でも、死んでいない。弱体化していない。

 セラが肩をすくめる。

「英雄ってのはさ、便利な檻だね。入ったら出られない」

 フィーネが頷く。

「だから出ました。私たちは、人として戦います」

 リュカが短く言う。

「終わったな」

 ミリアが涙を拭いながら笑った。

「……終わりました。記録しました。英雄ではなく、人が生き残ったって」

 そのとき、グレンが壇上から降りてきた。顔色はいつも通りだが、目の奥にほんの少しだけ揺れがある。驚きか、苛立ちか、評価か。

「勇者ユウ」グレンが言った。「公開試験の結果を報告する。貴殿らは――」

 俺は先に言った。

「標準化は無理だ。迷宮が学習する。固定した手順は死ぬ」

 グレンは一瞬沈黙し、それから淡々と告げた。

「……上層部は結論を保留する。だが、貴殿の提案――複数化――を検討する」

 セラが笑った。「検討ね。便利な言葉」

 フィーネが静かに言う。「検討で終わらせないでください。命の話です」

 グレンは俺を見た。

 そして、初めてほんの少しだけ声の温度が変わった。

「勇者。貴殿の縛りは……国家の資産として扱うには危険すぎる。……私の見立てだ」

 その一言に、胸の奥がわずかに緩んだ。

 この男にも、揺れが生まれている。

 俺は言った。

「資産じゃない。俺は人間だ」

 グレンは頷くでも否定するでもなく、ただ言った。

「記録する」

 その瞬間、俺は理解した。

 記録は刃にも鎧にもなる。

 誰が握るかで変わる。

 だからこそ、ミリアの記録が重要だ。国の記録だけでは危険だ。

 観覧台の遠くで、誰かが小さく拍手した。

 最初は一人。

 次に二人。

 それが波のように広がっていく。

 さっきの拍手とは違う。英雄への拍手じゃない。

 「死んで見せろ」を止めた拍手だ。

 欲望の増幅が止まった後に残った、人の拍手だ。

 俺は深く息を吸って吐いた。

 生きている。

 そして、心の中で小さく誓った。

 次の迷宮でも、死なない。

 国の最適化にも、迷宮の学習にも、答えを渡さない。

 俺たちは揺れ続ける。

 揺れながら、生き残る。

 闘技場の中央で、青白い入口の光が、ゆっくりと薄れていった。

 反復迷宮は消えたのではない。

 ただ、今は引いた。学習するために。

 だが俺たちも、学習した。

 最適化の檻の壊し方を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ