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運に左右される魔法でも無双したいんだが  作者: シガ
2章 切り開く

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第29話 アルビオン教の貯金箱

 教祖様が子供たちを招いた部屋は、広い空間だった。聖火台が中央に鎮座し、白装束の神官たちが左右に並んでいる。顔もフードで覆われているのでよく見えない。


 正面最奥には一段高くなった演台があり、そこに教祖様が座っていらっしゃる。雰囲気は、まるで神明裁判だ。


 演台の前に子供たちが横一列で並ばされ、その背後に神官たちが並んでいる。その光景に、フェリアは違和感を感じていた。


「……この人たちは......何ですか?」


 フェリアは拙い言葉使いで教祖、ユージンに尋ねる。ユージンは白い顔を演台から覗かせた。


「この方々は私とあなた達の対談に同席する方々です。気にすることはないですよ」

「で、でも……」


 フェリアの言葉に、ユージンは微笑んだ。その微笑みが逆に不気味で、フェリアはゴクリと唾を飲む。他の子はそれよりも、ユージンと話すことに興奮しているようで、目を輝かせていた。


「さぁ、それでは始めましょう。あなた方はとても運がいい。私がこんなことをいうのは傲慢かもしれませんが、二度と訪れぬ機会に立ち会うことになりますからね。さて、始めましょうか。皆さん、私に質問や意見をぶつけてみて下さい」


 教祖ユージンの言葉に、前列の子供たちが興奮して声を上げる。順番など関係なく、みんなが思い思いに話し出す。


「おれ、教祖様に会えて、光栄です!」

「わ、わたし、お父さんとお母さんにいつか会えますか?」

「僕はここで生活できて、感謝しています!」


 次々と投げかけられる声に、ユージンは深く頷いている。


「落ち着きなさい。私は逃げませんよ。一人ずつ答えていきますからね。まず、ご両親にお会いしたいと、仰ったあなた」


 一番手前の女の子がビクッと体を震わせる。どうやら、それが自分のことだと気が付かなかったようだ。


「あっ、は、はい!わ、私です」

「そうですねぇ.....家族との縁は、人の理の中で決められます。仮にあなたが生きていれば、奇跡的に巡り会うこともあり得えます」

「じゃあ、会えないということも、あるんですか?」

「そうです」

「そうですか……」


 ユージンに言われた子供は下を向いてしまった。


「ですが、そう気を落として日常を送ることはいけません。明日、君が目覚めるかも分からないのですからね。人という存在は儚いものなのです。だからこそ、悲観的な気持ちに縛られて生きるなんてことは、あってはなりません」

「は、はい...」

「もし今後巡り合えることがあるのなら、自分はどういう人でありたいか。それを考えて生きることで、あなたが望む未来をつかむ力になるのです」

「ふ、未来……」

「そうです。未来を見据えたならば、生きることが楽しみになり、前向きに生きることができる。そういう人間は、多くの人に愛されます。つまりそれは、多くの人に恵まれた人生を歩むということ。そうすれば、ご両親ともまた会えるかもしれません」

「うん……わかりました!」

「はい、いい答えですね」


 ユージンは他の子供たちの相談や質問に次々と答えていった。最初は明るい口調で子供の話を聞く。そして、徐々に相手の心の柔らかい部分へと切り込んでいく。そのたびに、子供たちは恐怖や不安に包まれていく。そんな時はユージンは、安心させるような、希望を持たせるような優しい言葉を投げかけていく。どんな感情の子にも、教祖様は救いを与えてくれる。そんな認識が生まれ、子供たちはどんどん教祖様への信頼感を高めていくのだった。


 ユージンの面談が進むにつれて、フェリアは不安な気持ちになってきた。自分が口を開けずにいると、ユージンと目があった。


「あの……フェリアと申します。えっと、質問してもいいですか?」

「勿論です。遠慮せずに言ってください」

「シェナお姉ちゃんを....剣聖から、変えることはできませんか?」


 フェリアの言葉に、ユージンはニコリと微笑む。


「残念ながら、できません」

「何故ですか?シェナお姉ちゃんは、戦うことを望んでいません。人を痛めつけることがどんなに怖いかとってもよく知ってるんです!」

「そうですよね。彼女はここへ来る前、酷く過酷な生活を強いられてきました。それは私から見てもとても辛い経験だったでしょう……ですがそれは、彼女の中に眠る潜在能力を呼び起こすのに、必要不可欠なものだったと考えています」

「潜在能力……」

「そうです。あの辛い道のりを経て、彼女の力が爆発的に増大し、その力は他の誰をも超える特別な力。適役と言えるものなのです。例え他の役をこなせたとしても、天性の才能に勝る者はない」


 フェリアはギュッと唇を噛みしめた。力づくでもシェナお姉ちゃんを連れて帰って、平穏な場所に暮らさせようと誓っていた。でも教祖様の意思は自分と同じように固い。


「どうしてもダメでしょうか?」

「残念ながら。ですが、その願いを叶えてあげられなくて申し訳ありません……」

「お願いします!俺からも、お願いします!」


 アキラがすっと横から割り込んでくる。フェリアは驚いて、アキラの方を見る。アキラは真っすぐに教祖様を見つめ、懇願していた。


「わ、わたしも....」

「オラもなんだな.....」


 周囲の子供達が、次々と懇願の言葉を口にする。みんなで寄って集って反対されれば、もしかしたら考えを改めてくれるかもしれない。そんな淡い期待が生まれていたのだ。


「わかりました。皆さんの気持ちは分かります。しかし、私の意思は変わりません」


 そう断言されても、子供たちは懇願を辞めなかった。しかし、もうこれ以上は無駄である。ユージンが言った、『私の意思は変わらない』とは、言外に『私がこの教会のトップなのだ。この決定に異議がある者はいるのか』という意味なのだ。それに気づかないのは、子供だけ。


「お願いします!」

「お願い!お願い!」

「お願いします!変えてください!」


 その声が、合唱のようになろうとした時。ユージンは一度パンと手を打つ。手を大きく開き目一杯の力で打ったので、その響きは非常に大きかった。


「だ......っ!!」


 ユージンは子供たちに一瞬だが威圧を放った。それをまともにくらった子供たちは一瞬何が起こったのか理解できなかった。いつも穏やかな教祖様がこんな歯を食いしばって怒っている。その事実を、子供たちは受け止められなかった。ユージンは一瞬怒りで表情が壊れかけていたが、すぐにはっとして穏やかな表情に戻す。


「失礼、少々熱く語ってしまいましたね......ヒックル、この子たちと私に飲み物を。喉が渇いてしょうがない」


 ユージンが神官を呼ぶと、急ぎ足で何かを持ってきて子供たちに配っていく。ユージンにはワインを、子供たちにはお茶が配られる。


「さぁ、ひと息つきましょう....あああとヒックル、ロックをここに持って来てください。」


 ユージンはごくりとワインを煽ると、大きな音を立ててテーブルに置いた。さらに追加でヒックルに指示をだし、ロックという子供たちからすれば聞き覚えの無い物を頼んだ。ヒックルという男は、返事をするとすぐに部屋を出て行った。


「ねぇ、ロックって一体なんだろう」


 フェリアが隣のアキラに小声で問いかける。しかし、アキラも知らないらしく首を振った。


「わからない....なんだろうね。イルミ知ってる?」

「料理のことかなぁ」とイルミが推測した直後、「違うと思う……ロックって名前っぽいよ」と別の子供が応じる。


 ドアが再び開き、ヒックルが戻ってきた。彼が手にするお盆の上には大量の....盛られた白い粉。フェリアはそれを見てゾッとした。なぜだかわからないが、本能的に嫌なものだと感じた。

 ユージンは自分のカップを満たしながら子供たちの反応を注視する。


「これが何か気になる?」と問いかけると、数人が小さくうなずいた。


「これは、最近私が愛用している新しい力です。自らの純粋な魂に、さらなる力を与えるものです」


 ユージンは柔らかな笑みを浮かべながら説明し、指先で軽く粉をつまむ。


「これから少々みっともない姿をお見せしてしまいますね....」


 ユージンは歯を食いしばりながら口を開き、白い粉を歯茎に塗り込み始めた。その異様な光景に、子供たちはのどの渇きを忘れ呆然とし始めた。


「ああ、皆さん私のことなど気にせず飲みなさい」


 教祖ユージンに促されて、子供たちは喉が渇いていたのを思い出し、喉を潤す。一方ユージンは、粉を舌に乗せてから、ワインで洗い流していく。その様子は、普段の教祖の穏やかな面影が全く無く、荒々しいほどだった。まるで子供が飲み物を飲む際口に一杯含んでリスの真似をするかのように遊びがあった。


「教祖様、ご自愛ください」

「そうですね....んふっふっふっふっふ....ふふふ、うふふふふ……」

「教祖様.....」

「下がってください。今私は子供たちと対談の最中なんです。あなたみたいな薄汚い大人の低い声は、今の私の耳に不協和音として響く」

「......承知しました」


 教祖ユージンが神官にそう言うと、神官は頭を下げて素早く退出して行った。


「……どうしちゃったんだろう」


 フェリアは隣のアキラに耳打ちした。


「うん……あんな教祖様、初めて見たよ……」


 フェリアは教祖に向きなおる。しかし、そこにはいつもの教祖ユージンではなく、まるで別人のような表情のユージンが座っていた。目が充血して、目元がピクピクと引きつっていて、顔色も蒼白い。それでも穏やかに見えるのは、多分声の影響だろう。


「それでは紳士、淑女の皆様。なぜあなた方の太陽、シェナお姉ちゃんが剣聖として選ばれ、その役割に徹しなければならないのか教えて差し上げましょう。非常に長い話になってしまいますので、覚悟して聞いてくださいね」


 子供たちは互いに顔を見合わせる。その様子を見たユージンは、さらに笑みを浮かべる。


「確かに剣聖という役は、名だけは美しいですが実際は血に汚れた非常に残酷な役割です。周囲から期待され、「強くあれ」と求められ続け、その役割を負う当の本人にとっては非常に辛い。傲慢な行為ですからね。ですが役割というものは、決して無作為に選ばれるものではありません。“その人が何から逃げてはいけないか”を示すものなのです。例えばシェナお姉ちゃんは、自身が持つ力から逃げようとしていました。神から見ればその弱さは、極めて醜いものに見えたのでしょう。それ故この試練に立たされたのです。我々人族が文明を築き、ここまで至ることができたのも、使命を果たした賜物なのです。そういった困難を乗り越える度、人はより強固に、美しく磨かれていくのです。それこそが成長というものです。苦しいからといって使命そのものを書き換え続ければ、最後には自分が誰なのか分からなくなってしまうでしょう。役を放棄することは、自己同一性を放棄するということなのです。そうなってしまえば、最終的には無価値な存在となりかねません。それ故に、剣聖という役は他の何にも変えられない、尊い役なのです。あなた方にとっても重要な存在であり、避けては通れない責任なのです」


 教祖は口を閉じると同時に、頭を抱えて前のめりに倒れた。顔は見えないが、苦悶に満ちた息遣いが聞こえる。子供たちは、いつの間にか皆眠ってしまっており、規則正しい寝息が静かに響いていた。


 ユージンは激しい頭痛に襲われながら、ホッと一息を付く。飲み物に仕込んだ睡眠薬のおかげで、子供たち全員が眠りについている。今から、この子供たちで夢を見せるのだ。ユージンは痛みに耐えつつ、身体を起こす。


「さあ、皆、瑞々しく小さいトマトの準備が整いましたよ」


 ユージンは右手のひらを子供たちの背後にいる神官たちに差し出した。それを合図に、子供たちの背後に立っていた神官たちが、一斉に白装束を脱ぎ始める。彼らは様々な格好をしていた。下着を一切つけず、胸と股間の部分に穴が開いた赤いレザースーツに身を包んでいたり、服を着ずに股間にチェーンを巻きつけていたり、体に刺青を入れている者もいる。男性女性、いずれもアルビオン教の信者とは思えない、とても淫らな格好をしていた。


「教祖様、今年はこの子たちだけですか?」


 赤いレザースーツに身を包んだ男が、ユージンに問いかける。


「ええ、今年はこの子達しか候補がいませんでした」

「ふーん、今年は不作ですね。どいつもこいつもイモばかりじゃないですか」

「そんなことはないでしょうトーンズさん。そこの子なんか可愛らしい顔してるじゃないですか」


 胸元の刺青が目立った女性が、アキラの頬を撫でながら言う。


「いや、僕はもっと筋肉質の奴の方が好きなんだよ。去年だったら僕の好みな奴もいたんだけどなぁ~」

「おいおいトーンズ、そんな贅沢言ってたら何もできなくなるぞ。こうやって子供たちで遊べるだけありがたいじゃないか。支援のし甲斐があるってもんだ」

「うるせぇ包茎鎖野郎、黙ってろよ」


 神官たちの正体は、人族の中でもかなり名声高い商人や貴族の男や女達。彼らはアルビオン教の作物や商品を自らの商業で取り扱ったり多額の支援金を提供していた。その代わりにアルビオン教の子供たちを好き勝手に遊ぶ権利を与えたのだ。アルビオン教は子供たちの体を売ることで収入を得、商人たちはねじれ切った自らの欲望を満たし、お互いにとってウィンウィンの関係となっている。数十年前、人族はエルフ族を見習い人権意識が非常に高まり、商人たちの本拠地である都市領ではこうした少年少女の売春は新しく即位した女王によって厳しく取り締まられるようになった。故に、宗教組織ということもあり中々国が深く介入できないアルビオン教においてこのビジネスは大いに栄えてしまうようになったのだ。


 ユージンは、ゆっくりと子供たちの前に歩いて行く。


「さて、皆さんトマトは揃いました。後は手分けして食べてください。私もひとつ、頂きましょうかね」

「教祖様は本当に、慈悲深いお方だねぇ」


 刺青女の皮肉交じりな言葉を聞き流し、ユージンはフェリアの前にしゃがみ込む。フェリアの顔を見つめるその眼差しは、とても愛おしさを感じるものであった。そしてゆっくりとフェリアを抱え、一人奥の部屋へと消えていった。商人たちはそれぞれ目的の子供を選び、それぞれその部屋で遊び始めた。


 ●


 ライゲルは業務に区切りをつけたのち、地下へと続く階段を降りていた。一人でこの薄暗い階段を歩くのは何となく気分が悪く感じられる。まるで自分の愚かさに問いただされているような、そんな雰囲気を感じた。別に何かあるわけでもないのに。ただ、こんな不快な場所を歩かなければならないと考えると、自然と溜息が出る。


 階段を降りきると、細い廊下が子供たちのいる教祖様の部屋の扉まで続いている。この廊下には灯りが少ない。灯りがあるはずなのに、視界の端に黒い影がちらつくのだ。正直言って、普通の子どもであれば絶対に歩きたくないだろう。よくもまぁ、教祖様に会いたいという一心で通ったもんだ。ライゲルは苦笑しつつも、足を速めた。


 扉の前には神官たちが変わらず二人、警備についていた。


「お疲れさまです」

「教祖様との面談は終わりましたでしょうか?子供たちはまだでしょうか?」


 ライゲルは神官の二人に声を掛けた。


「そうですねぇ......子供たちに関してはもう少し時間がかかると思いますよ」

「そうですか....では私はここで、お待ちさせていただきます」

「いえいえ……わざわざライゲルさんがお待ちいただくことないですよ。上で待っていただいて結構ですよ。それくらいお持ちいたしますので」

「いえ、お構いなく。慣れておりますので」


 神官の一人に案内されたが、ライゲルはそれを断った。二人の表情に若干の焦りが見える。ライゲルは何かを察したわけではないが、何となくの感で二人に詰め始める。


「神官様、よろしければ少々教祖様にご挨拶を差し上げたいのですがよろしいでしょうか?」

「えっ……いやぁ……、今は子供たちとの面談中ですので、もうしばらく時間を空けていただけると……」

「いえ、挨拶程度なので。すぐに終わらせますので」

「いえいえ、子供たちとの面談は重要な儀式となっております。申し訳ございませんが、それは....」


 何故ここで意地を張っているのか、ライゲル自身にもわかっていない。教祖様が子供たちに対して行う対談の邪魔をしてはならないことは、十分わかっている。しかし、なぜだか今は妙に二人の態度が気に障る。このまま引き下がるのは癪だと感じるライゲルがいた。


「いえいえいえ、すぐに終わらせますので。さぁ開けてください」


 ライゲルは神官二人の静止を振り払い、扉の取っ手を掴む。2人の神官は即座にライゲルに飛び掛かる。


「な……何をするんですか!やめてください!」

「大人しくしろ!」


 ライゲルは神官二人に羽交い絞めにされ、床に押し倒される。神官の力は凄まじい、というかライゲルの力があまりにも非力なのだが。あまりに強い力で抑え込まれ、呼吸するのも難しくなってくる。必死に抜け出そうとするが、神官二人がかりではどうしようもなかった。


 すると背後から、足音が一つ近づいてきた。ライゲルの首が回せる範囲に映ったのは、白い衣に身を包んだ白髪の老人。神官を束ねる主官という立場に位置する人物だ。


「おや?どうされました?」


 主官が神官たちに尋ねると、二人はバツが悪そうな顔をしながらも体勢を変えずそのまま報告する。


「はい……実は……この者が強引に教祖様の部屋に入ろうとしたので、止めさせていただきました」


 主官はライゲルをチラリと見て、神官に言った。


「……彼を離してあげなさい。この尊い部屋の中を確認する権利を彼は持っています」

「し、しかし....」

「離しなさい」


 神官たちは恐る恐る、ライゲルから離れると、ライゲルは咳き込みながら立ち上がった。主官は、ため息をついてから続けた。


「申し訳ありません。無礼を働いてしまいましたね」

「いえ、こちらこそお騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」

「問題はありません。それより教祖様の部屋を確認したいとのことでしたが、お入りになりますか?」


 主官の態度は穏やかで、まるで神殿の奥にある神聖な場所の扉を開けるかのように、丁寧にその手で押した。それに対し神官二人の表情は、見るからに青ざめている。ライゲルは重厚な音を立てて開かれたドアの先....覗き込んだ。部屋の熱気が顔にかかり、その匂いに違和感を感じる。


 光景を目にした瞬間、彼の体の力が抜け、床にへたり込んだ。まるで、彼の世界から一瞬にして音や色彩が奪われたかのように、全てがぼやけて、無に染まる。目の前の光景は、彼が予想していた全ての可能性を凌駕し、現実と呼ぶにはあまりに異様な何かであった。


 部屋の中は乱雑に散らかっていた。物、液体、音、光、人。様々なものがあちらこちらで交錯し、混沌と化している。孤児院の子供達は、この場において誰一人笑顔を見せず、恐怖や混乱に歪んだ表情を浮かべている。目の前の光景が現実とは思えない。部屋は、想像以上の地獄絵図と化していた。


 ライゲルは、目を瞑り経験しながら主官の方へと振り向いた。その瞳には、悲しみと怒りが複雑に交錯した表情が宿っていた。その顔を見た主官の表情は微動だにしない。


「一体……これは……どういうことですか?このような.....こんなのあり得ない!絶対に....こんなことって......!」


 その声は震え、主官の冷静さに対する不快感と、恐怖に歪んだ子供たちの姿が重なり合い、心の奥底からの叫びだった。しかし、その怒りと焦燥を前にしても、主官はどこか冷たく、抑揚のない声で返答する。


「大丈夫ですよライゲルさん。これは儀式です。アルビオン教の精神の一部です。子供たちがこうして貢献することで、この信仰は維持されています」

「維持って……子供たちがこんなことされて……それで良いと思ってるんですか!?」


 ライゲルの怒号は、主官の平然とした態度と対照的だった。彼の怒りは頂点に達し、拳を握りしめながら立ち上がる。しかし、主官はそんなライゲルの憤怒にも動じず、淡々と続けた。


「ええ、これも必要なことです。あなたも一つの区を任されている神官なのですから、信者たちの十分な生活にどれだけの資金と、労力がかかっているのか。それくらいわかりますよね?」

「でも……こんなの………教祖様だってこんなことを許すはずがない!」

「これは教祖様がお決めになられたことなのです。そして我々は教祖様の意志を尊重し、忠実に守ることが使命」

「そんな……嘘だ!」

「ライゲルさん。受け入れてください」


 その言葉には、冷酷なまでの冷静さがあった。ライゲルの怒りも、悲しみも、何もかもを突き放すかのような冷静さ。その冷たい現実に、何も言い返すことができなくなった。言葉が喉まで出かかっても、声に出せないほどのショックと絶望感に襲われる。彼はただ地面を睨みつけるしかなかった。目の前の主官の表情は、まるで鉄仮面のように固く、冷酷そのものだった。それが、何よりも信じられない、認めたくない事実だった。だが、彼の冷酷な態度は、まさにこの現実の、アルビオン教の真実を象徴しているように感じられた。

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