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運に左右される魔法でも無双したいんだが  作者: シガ
2章 切り開く

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第28話 新たなる英雄

 ライゲルは、ゆっくりと、思い足取りで子供たちと階段を降る。教祖様と子供たちの特別な時間。本来であればこんなにも光栄で、幸せなことはない。しかし今は、ライゲルの心を苛む暗い影が差していた。

 シェナのことだ。彼女は、遂に子供たちの前で自らの強さを、元々あった野蛮な性をさらけ出してしまった。


「お姉ちゃん.....なんであんな乱暴なことしたの……?」

「ねぇ……お姉ちゃんは悪い人なの?」


 子供たちがライゲルに問いかける。ライゲルは、子供たちの純粋な問いに淡々と、真実を話す他なかった。


「シェナはね、元々ああやって生きてきた子なんだ。皆ぐらいの時、彼女は君たち以上にずっと酷いところにいたんだよ。物乞いをしても、誰も助けてくれないどころか、石を投げられ身をはがされる。自分の手を汚して生きる他ない。そんな場所だったんだ。彼女はね、そこを生き延びていたんだよ」


 ライゲルは階段を下りながら、シェナが元々人を傷つけることにあまり躊躇がない人間だったことを吐露した。


「私はね、あの子を救ってあげたかったんだよ。そういった生き方しか知らないあの子に、この世界にはもっと素敵な道があることを……教えてあげたかったんだ」


 ライゲルの本心だ。しかし、現実はうまくいかない。アルビオン教の領に連れてきてからもシェナは時折食べ物を窃盗したり、他の子供たちに危害を加えることがあった。それをいつもライゲルが止め、シェナに諭し続けていたのだ。


「昔を思い出してごらん?最初、お姉ちゃんは口が悪くて、良く怒ってたでしょう?」

「うん!」

「元気よく言うことじゃないんだな.....まぁ実際、昔のお姉ちゃんは悪くて、すぐ怒って....怒った時のような感じも今と全然違うよな。何回げんこつくらっただろう」


 子供たちは苦笑いする。今となっては笑い事だが、昔のシェナは本当にひどかった。


「お姉ちゃんがあの時作ってたご飯、今と違ってとても味がなんか.......すごくて、不味かったもんね」

「とにかく調味料全部ぶっこんでたからな……」

「それに!火にかける時間も極端だったね。あんなに煮込んだら焦げるって思ったけど、お姉ちゃんは『いいや!これでいい!』とか言って……」

「アハハッ……」

「でも.....そう考えたらお姉ちゃんって大分変ったんだな.....」


 子供たちは、シェナが以前とはまったく違った人間になっていたことに気付く。料理もできるようになったし、口も良くなった。乱暴者ではなくなっていた。髪型だってぼさぼさの野生児だったのに、綺麗な三つ編みが出来ている。


「そうだよ......」


 フェリアが優しく微笑んで言った。


「シェナお姉ちゃんは....私たちのために頑張ってくれてたんだよ。そしてそれが少しずつだけど形になってきていた。今もちょっと失敗しちゃってるかもしれないけど……きっといつか完璧になるって私も信じてる。だから……ちゃんと仲直りしようよ」

「うん」


 子供たちは、涙を浮かべながらそう返事をした。ライゲルはその姿を見て、少し安心した。子供たちの話を聞く限り、会うのにさえ苦労してしまいそうだが、この子たちのために、彼女のためにも、和解しなければならない。そう決意を固めるのだった。


「そうだ!教祖様にお姉ちゃんの役職を変えてもらえるようお願いするんだ。そうしたら、きっと仲直りできるよ」

「いい案だとおもうけどさーお許しになってくれるかなー?」


 子供たちは、シェナを孤児院から排斥しようとするのではなく、シェナとどのように向き合っていくかを考え始めていた。確かに、シェナの役職を変更することが一つの解決策になるだろう。しかし、それは非常に困難である。神託とされるものを覆すのは、神への冒涜とも取られてもおかしくない。だから周囲を巻き込んで神託の信憑性を崩していく必要があると考え、模擬戦をシェナに進めた。


 結果をみれば、かえってそれが最悪の結果を招いてしまった。


 やはり神託は絶対か.....神に反感を持たれるようなことを考えたからこのようなことが起こってしまったのではないのか?


 結局のところ、シェナが聖光教団に入るのは運命的なものであり、抗うことなどできない。神がそれを定めているのだから。ライゲルは心の中で、自分の無力さを痛感し、悲観的になっていた。

 しかし、子供たちの言葉が、彼の心を励ます。


「僕たちでお願いしてみようよ。ね?先生もシェナお姉ちゃんがいないと困るでしょ?」

「そう……だね」


 ライゲルは子供たちに励まされ、勇気づけられた。やはり彼自身も、シェナが必要だと思っていた。ライゲルは子供たちと一緒にシェナの役職について懇願することを決意した。神託に背こうとしている行為ではない。あくまでシェナの成長と適応を考えた上での要望なのだ。神様も、シェナの役職は変えたほうがいいと思っているに違いない。子供たちがこんなにもシェナのことを想っているのだから……


 やがてライゲル達は教祖ユージンがいる祈りの間に到着する。扉の前には2名の神官がおり、彼らが子供たちを中へと案内した。


「教祖様、子供たちをお連れしました」


 1人の神官は扉をノックし、子供たちとともに中へ入る。


「じゃあライゲル先生、行ってくるね!」

「あぁ……教祖様とゆっくりお話してきなさい。失礼のないようにね」

「はい!」


 部屋へと消えていく子供たちを見て、ライゲルは複雑な心境になる。この閉鎖的な地下空間がそうさせるのか、それとも子供たちの未来が曇って見えるからなのか、ライゲルにとっては憂鬱なものでしかなかった。


「それではライゲルさん。一時間後迎えにいらしてください」

「……わかりました」

「いやぁそれにしてもライゲルさんの所の子たちは素直で可愛らしいですねぇ」

「ありがとうございます。何と言いますか.....こんな頼りない私の元でも一生懸命に育ってくれていて本当にありがたいことです」

「そうですか……他地区で孤児院を担っている神官の中にはかなり子供たちとの関係に悩んでいる方も多く聞きますので羨ましがる声をよく聞きますよ」

「なるほど....それでしたら今度孤児院を運営している神官や宣教師を集めて交流会でも開催しましょうか。お互いの経験を共有して改善していけば全体が良くなると思いますので」

「いい提案ですね。各方面に掛け合ってみますよ今度」

「さすがはライゲルさん。常に先を見据えているその慧眼。いずれ中央聖堂に移動する日も近いかもしれませんね」


 ライゲルと二人の神官は談笑しながら時間を過ごしていた。ライゲル本人としては中央聖堂に移動など全く興味はないのだが、褒められて悪い気がするわけではない。


 もし私が中央聖堂に行った場合、子供たちにどんな影響があるのだろうか……。


 ふと脳裏をよぎる疑問。中央聖堂はこのアルビオン教の中心であり、権威の象徴ともいえる場所。そこに所属する者たちの発言力も大きい。


 一方で、自分という存在が、子供たちの視界からどう映るか。それは、自分の立ち位置や価値観がどのように彼らの心に刻まれるかということに繋がる。もちろん、アルビオン教における中央聖堂の地位は高いが、同時に子供たちとの距離が生まれてしまう恐れもある。自分が彼らにとって"特別"な存在でなくなることを、彼は少しだけ恐れている。だけど自分が高位の神官となることで、シェナを何とかしてあげられるのではないか……?そう思う気持ちもあった。


 ●


 何だか騒がしいな。耳につんざくように豪声が響いている。一体何が起こっているんだ?まるで映画館にいるかのような錯覚を覚えてしまう。


 徐々にその音が鮮明に、大きなものとなり、僕は目を開いた。周囲は薄暗いが、全面の舞台は明るい。どうやら劇?をやっているらしい。幕間なのだろうか。だが周囲には人ひとりおらず、左右にそれぞれシェナとルナリアが椅子に座っているのみ。直前の記憶と全く異なった状況に困惑してしまう。ここはどこなんだ?なぜ僕たちはここにいる?


 僕はウトウトしてるルナリアの肩を小突いて状況を尋ねた。


「なぁルナリア、これって夢だったりする?」


 気持ちよく寝られそうな所を邪魔されたのに腹が立ったのか、倍返しと言わんばかりに僕の肩を強く叩いて反撃してきた。


「何寝ぼけたこと言ってんだよ。僕らは今から舞台に上がる奴に無理やりここへ連れて来させられただろ」

「僕らをここへ連れてきたって……なんで?」

「はぁー気絶してた君に僕から色々説明すんの面倒だなー。隣の奴に聞きなよ」


 そう言いながら再び目を閉じて眠りにつこうとする。相変わらず身勝手だ。

 それならば、と隣のシェナの方を向くと、彼女は何故か舞台の方を見ながら啞然としており、緊張しているのか、握り拳が微かに震えていた。


「シェナさん、シェナさん!今これどういう状況なんですか?」

「……え?あぁえっとね、その....話すと結構長いんですけど、貴族神官のアルフレッドさんが私の所へやってきて、ここへ連れて来られたんです」


 シェナの説明によると、模擬戦闘を見てシェナの剣聖としての才能を高く評価したアルフレッドが、是非とも自身が公演する劇である「勇者ボブ」を題材とした劇を共に見に来てほしいと連れて来たらしい。しかし何故、僕とルナリアまでいるのかが分からない。


「どうしてルナリアと僕までいるんですか?」

「なんかこの劇明日外の人々にも公開されるみたいで、その時にその劇がどんな内容だったか、二人の意見を求めたいとのことらしいです……」

「僕気絶してたのに?」

「あー…まぁ、そうですよね…私も、あの方が何をお考えになっているかよく分からなくて.....」


 危険人物として異端審問官に捕縛されていたはずのシェナは、アルフレッド・レインウォーターの手引きで保釈され、この劇場に連れて来られていた。だが、彼女は未だにこの劇が何を意味するのか理解できず、混乱しているようだった。


 僕らが状況に戸惑っていると、舞台の幕が上がり、明るい照明に照らされて劇が始まった。


「……200年前、この世界はかつて、多数の種族が栄えていました。エルフ族、リザードマン族、ドワーフ族、ゴブリン族、そして我々人族と。それぞれが異なる土地と文化を持ち、それぞれの生き方を貫いてきました。特にその中で優れた人間族、エルフ族、ドワーフ族は膨大な土地を治めており、主3族と称され他の種族から羨望の的として見られておりました」


 ステージの奥には巨大なステンドグラスが配置され、様々な種族の歴史的な姿が描かれている。演者は黒のローブを羽織った老年の男性で、ステンドグラスの前に立ち、語り始めた。


「次第に、主3族と他の種族で争いが頻発していきました。土地と資源の奪い合い。思想や文化の違い。様々な理由によって彼らは争いはじめたのです。最初は3族はそれぞれ独自に行動し、圧倒的な人力と技術力で他種族を制圧しておりました。が、突然、他種族の連合。通称魔族の元に途轍もなく大きな存在が後ろに着きました」


 舞台の上で老人が静かに語る中、その背後では魔族と人族が争う場面が演じられ、さらに舞台袖から一人の男性?が現れた。姿が陰に隠れたかのように真っ黒で、何か得体の知れない存在に見えた。頭部には角があり、正に悪魔を連想させる。


「この存在を皆は魔王と呼びました。魔王は魔族に新たな力、スキルや強力な武器や精霊を与えました。今まで小競り合いで済ませてきた各勢力は、この圧倒的な軍勢に対応しようと、主3族で同盟を組み、対抗しますが、徐々に押されてしまいます」


 老齢の男の口調が変わり、その表情は厳しさを増した。背後の人族たちも変な光を飛ばすようになった魔族に対応しきれずに徐々に押され始めていく。


「追い詰められた人族!だがここで、光を切り開くが如く、一人の男が現れたのです!それは……」


 演者の男が話を終えると同時に、背後にあったステンドグラスが割れる。


「勇者、ボブ殿です!!!」


 ステンドグラスから空色の輝きを放ちつつ、1人の男が飛び出した。全身を青白い鎧に包まれ、背には長剣が収まっている。てっきりすらっとしたイケメンが出てくるかと思いきや、出てきたのは太めで、背丈も低い。実際のボブとやらもこんな感じだったんだろうか?とにかく、見た目からはあまりそれらしい覇気を纏っていないように見受けられる。


「……え、あれが勇者ボブなの?」


 僕は以前、彼が扱った防具のうちの一つ、伝説の兜をスキルで出てきたことを思い出した。これは劇なので、あれが本物ではないと思うのだけれど男が被る兜と自分が身に付けたあの兜の形状がちょっと似ている。


「......あれは演じている方だと思うんですけど」

「それはわかるんだけど、勇者ボブって本当にあんな体型だったのかなぁって思ってさ」

「さぁ....?」

「あんなデブでチビな勇者なわけあるかよ」


 ルナリアは鼻で笑いながら否定した。彼女のその態度は、演劇に対する興味の欠如を感じさせるものであった。


 舞台はボブを中心に展開していき、彼がいかにして様々な強敵を打ち破り、魔族を圧倒していくかを詳細に描いていく。ある時は伝説の剣で強大な魔法を弾き、またある時は小さな隙をついて伝説の弓で敵将の首を取るなど、勇敢な姿が披露される。


 だが肝心のボブ役が動ける人ではないせいか、アクションシーンになるとほとんど動きの少ない演出に変わる。ボブの活躍を象徴するため、派手なエフェクト演出と壮大な音楽が用いられていた。


「あいつの動き酷いね。絶対練習サボってたでしょ。案山子の方がマシな動きだよ」


 ルナリアはボブ役の演技力を指摘した。実際他の演者は凄まじいレベルで舞っているにも関わらず、彼の動きのぎこちなさは目立ち、舞台全体のパフォーマンスに影響を与えているように思える。


「他の方達が凄すぎるだけですよ。あの方を知っているわけではありませんが、多分……頑張っていらっしゃると思います」


 だけども僕はシェナと同意見だ。演者に同情する。確かに彼の動きは粗削りだが、一生懸命演技している姿が伝わってきた。

 舞台が佳境に入ったころ、最後のラスボスとなる魔王とボブが対峙する。


「そうして勇者はたった一人で戦局を覆し、魔族の指導者、魔王と単身で対峙致しました。誰も入ることさえ許されなかった両者の戦いは熾烈を極め、三日三晩、魔王城からは煙が立ち上がり、凄まじいまでの魔力による閃光が大陸中に届いたほどです」


 そしてついにボブが伝説の剣を振り上げ、魔王に向かって突進する。だが魔王もまた強大な力を誇り、互いの攻撃が交錯する。魔術がCGの如く描かれ、血飛沫の特殊効果が飛び散る。剣劇に合わせて強烈な雷鳴と地響きが起こり、演出の迫力に鳥肌が立つ。


「勇者よ、この俺の宿敵よ。ここまで俺を追い詰めた者はお前が初めてだ……」

「黙れ魔族の王よ!私の使命は……世界の平穏を守ること!お前を倒してそれを必ず成し遂げる!!」


 演じる2人は互いに強大な力を発揮し、しばらく戦い続けた末に、ボブが魔王に向けて必殺の一撃を繰り出す。光り輝く剣が魔王に触れると、舞台は暗転し、次の瞬間、盛大な爆発と共に大量の砂嵐と紙吹雪が舞い上がった。


「魔王城から立ち昇った爆炎と魔力の残滓が晴れたのち、戦争は3族連合軍の勝利により終結致しました。しかし、この世界を救った勇者ボブは魔王城から戻らず、我々が魔王城に入ることが出来るようになってからもボブ様のお姿や装備も痕跡も、一切残っていませんでした」


 暗転する中、女性がステージの前に出て来て、そう話す。同時に背後には光の粒子が流れ、ステンドグラスのようなイメージが投影されている。


「勇者ボブの消失、その真相については諸説あります。例えば、魔王の力がボブの肉体を蝕んでしまったという説、あるいは、魔王との戦いで精神的に壊れてしまったという説、さらには魔王討伐の功績により人々に崇拝される存在となることを嫌い、世間に姿を見せずにどこかで静かに暮らしているという説もあります」


 暗転した舞台の中で、女性はいくつかの可能性を語りながら、その背景にあるストーリーを紹介していく。


「いずれにせよ、勇者ボブの物語はこの世界において、勇気と希望の象徴として語り継がれています。彼が示した力、勇気、そして犠牲は、我々が今なお抱える困難に対して、希望を与えてくれるものと信じております」


 女性のセリフが終わると同時に舞台が明転し、出演していたキャスト陣が一列に並んで観客席に向けて一礼をする。その後、劇場がぱぁっと一気に明るくなった。僕ら3人は軽い拍手を送り、ルナリアは伸びをした。


「やっと終わったか。エルフ族の公演と比べたら随分とレベルが低かったな」

「終わって数秒でよそと比べてんじゃないよ。作った人に申し訳ないだろう」

「まぁ僕の故郷の文化は全てが至高だからね。しょうがない」


 シェナさんはルナリアを半眼で見ながら、少し疲れた様子で額の汗を拭っていた。子供たちに拒絶され、その後、神官アルフレッドの招待を受けて劇場に連れてこられたのだ。どれほどの不安やプレッシャーがあったことだろうか。劇に集中できるような精神状態ではなかったはずだ。


「剣聖様!いかがでしたか?この劇は私が運営する劇団が数年の歳月をかけて作り上げた新作です!」


 ボブ役の人が兜をぬいで横の人に渡しつつ、僕らの元へ来た。感想を求められたシェナは少し間をおいて、答えた。


「素晴らしかったです……勇者の伝説を題材にされていらっしゃるのに、それを単なる伝説として浅く扱わず、当時の世界情勢や人々の心情を綿密に描写することでより深く掘り下げ、勇者ボブの旅路に一層の厚みを与えていたと思います……私……感動しました」

「いやぁ、左様でございましたか!勇者ボブの系譜を辿る剣聖様がそのように仰ってくださるとは感激でございます!」


 アルフレッドは満足そうに腕を組み、笑顔を浮かべる。勇者ボブの系譜を辿る勇者だなんて、聞いたこともないが、シェナはぎこちない笑みを浮かべて、特に苦言をこぼすことはなかった。


「もしよければ剣聖様!明日の公演の際私たちとともに舞台に立って頂けないでしょうか!?外の人々に貴女の存在を知らしめる良い機会になるかと愚考致します」

「えっ……それは、えっと……」

「そんな固くお考えにならず!劇の最後にちょっと立つだけでいいですから...」


 アルフレッドは、熱心にシェナに求めたが、彼女は流石にためらったままだった。しかし、アルフレッドの執拗な要求に根負けしたのか、彼女はしぶしぶ承諾した。


「わかりました……そこまで仰るなら……」

「誠でございますか!ありがとうございます剣聖様!」


 彼の目は英雄を見る子供のようにキラキラと輝いている。この人は心の底から勇者ボブのことが好きなんだと察するのは容易だ。僕も結構偉人とか過去の英雄のことは好きなので結構分かるかもしれない。

 アルフレッドはシェナの手を両手で握り締め、目を潤ませながら感謝の言葉を述べる。


「ちなみにお二人は如何でしたか?」


 アルフレッドは、僕とルナリアの方を向いて話しかけた。ルナリアは特に話すことないし、そもそもあまり気分のいい劇ではなかったと訴えたいのか、黙って首を振る。


「ルナリアさん....」


 シェナが困惑したように眉をひそめる。


「なんだよ……」

「いやいやいいんだよ。きっとルナリアさんはエルフ族が公演する劇も見てらっしゃるから仕方がない。私たちの公演は明日が始めてだ。それに対してエルフは初公演から演者が変わってないからな……演目を重ねるごとに演技力が上達するのは当然だし、技術力も高いのですからそりゃ比較にはなりませんよ」


 アルフレッドは眉間を押さえてため息混じりに言った。悔しい気持ちも含まれているだろうが、エルフの文化に敬意を払う心も持ち合わせているようだ。


「それで……そちらのお方はいかがでしたか?」

「あ、僕ですか?えっと……僕は勇者ボブについて詳しく知りません。それでも彼の活躍や、当時の情景を鮮明に想像させられる素晴らしい劇だったと思います」

「いやぁそれは良かったです!これで明日自信を持って公演できます」


 僕は、アルフレッドの質問に素直に答えた。彼の反応を見る限り、とりあえず感想に満足してくれたようで一安心する。


 アルフレッドはどこかもじもじとしつつ、シェナと僕を交互に見る。一体何を言いたいんだろうか?


「ところで剣聖様、その....もしよければこの後聖光教団でちょっとした集まりがあるのですが、ご一緒に出席していただけませんか?」

「え?私ですか?で、でも私、子供たちを待たせてまして……」

「大丈夫!大丈夫です!たしか剣聖様の子供達はユージン教主と会談しているのでしょう?それでしたら時間の問題ないはずです!」

「で、ですが……私は先ほど、教団の方を....」

「剣聖様。それは大した問題じゃないですよ。これから貴方は聖光の顔となるお方なのです。たかがうちの騎士を模擬戦で一人切ったぐらいで小さくなる必要はないでしょう!」


 アルフレッドは食い下がる。シェナはどうすればいいか迷っている様子で、僕も少し戸惑ってしまう。正直に言えばシェナは一刻も早く子供たちのもとへ行きたいだろう。だけどアルフレッドに強く引き止められている以上、断ることは立場的に難しいのかもしれない。


「え、えっと……わかりました。参加させて頂きます」

「本当ですか!嬉しいです!」


 アルフレッドは、嬉々としてシェナの手を取り、彼女を引っ張っていく。シェナは流されるままアルフレッドについて行くが、その姿には迷いが見えた。


「お二人も是非」


 僕もルナリアも、アルフレッドに有無を言わさずに連れて行かれる。特に拒否する理由もないしシェナのことが心配なのでついていかざるをえない。ルナリアはいまいち不機嫌な態度を隠せていないが、ここで一人になるのはもっと嫌なのだろう。僕の後ろに黙ってついて行っている。劇場を出て通路を歩くと、途中の廊下に劇の道具が壁に飾られているのが目に入った。剣や斧などの武器だけでなく、盾や鎧といった防具もあり、伝説の装備を模して作られた道具もいくつか見える。僕はこういう小道具的な物を見るのが好きなので、ついついじっくりと眺めてしまった。そんな様子の僕に、アルフレッドが声をかける。


「いやぁこの防具を制作するのはなかなか骨が折れましたねぇ。勇者ボブが使用したとされる防具はどれも空色に光り輝くとしか当時の文献に書かれておらず、それ以外は全くの不明瞭だったんですよ。なんの装飾が施されているのか、どんな材質で構成されているのか。とにかくわからないことだらけで嘆かわしい」

「そうなんですか?それは辛かったでしょうね……200年前の伝説を参考に作るのですから材料や方法の確立も大変だったでしょう」

「いやいや……お恥ずかしながら、私は別に直接作業したわけではないので、苦労は知ったこっちゃありませんが、こだわりにこだわり抜くために色々注文をつけるのは大変でしたね」


 実物の兜を見たことがある僕からしたら、彼がこだわり抜いた伝説の兜は、全然当時のイメージに当てはまらない粗末なデザインのように思えた。本来の兜は無骨で、装飾のないシンプルなものだった。だが彼のこだわりは、むしろ装飾品を加え、全体的な外見に華やかさを与える方向に向かっているのだろう。


「もしラックさんがこれの造形を考えるなら、どのような特徴を加えますか?」

「え?僕がですか?うーん……」


 頭に思い浮かぶのは、やっぱり生でみたあの伝説の兜だ。シンプルは一番、ゴテゴテしたものは個人的にも好まない。


「僕だったら……まず、防御能力に秀でた造形にしますかね。それこそ機能美に特化した、武骨な造形にして、見た目よりも耐久性を重視した構造にすると思います」

「はぁ、それはそれでいいかもしれません。ですがそれだと美観という点ではちょっと……足りない」


 アルフレッドは眉を寄せて、少し考え込むような顔をした。


「足りないとは?演劇に合わせて見た目も重視するべきということですか?」

「いいや、勇者というのは強いだけじゃなく、人々に希望を与える存在であり、憧れの対象となる人物でなければならない。そうでなくては、人々が彼に賛同せず、勇気づけられることもなく、ただの強者でしかない。人々を救う象徴としての存在感がなくてはならないのですよ」


 僕の答えに、彼は多少失望したような表情を見せる。その眼差しは、僕に厳しい批判を浴びせるようで、思わず口を噤んでしまうほどだ。


「だから勇者の装備には、彼の姿を象徴するような芸術的な要素が必要なのです。ただの防具では、ただの道具になってしまう。そこに人の目を引く、心に響く美しさがないと、人々は彼のことを意識せず、ただの兵士の一人としてしか見ないでしょう」


 アルフレッドの意見には一理ある。確かに、人々が勇者と聞いて思い浮かべるのは、その強さよりも、その格好の華やかさや美しさ、そして威厳だろう。ただの強い人物では、歴史の波に飲まれてしまうのかもしれない。だが結果を残していけば、自然とそういう方向に見られるようになるんじゃないかと思う。


「凡庸な英雄では、英雄譚を彩ることはできない」


 アルフレッドはそう言って、自慢げに胸を張った。彼の瞳には確固たる信念が宿り、その表情には自信に満ち溢れている。彼は演劇を通じて、英雄の理想像を作り上げ、その美しさを追求しているのだろう。


「いつまでベラベラ喋ってるんだ君らは」


 背後のルナリアがため息混じりに言った。どうやら彼女は、こうした議論にはあまり関心がないようなのか呆れた表情で僕らを見ていた。


「ああすまない、無駄な語りで剣聖様を待たせて申し訳ありません!急ぎましょう」


 アルフレッドは慌ててシェナに謝罪し、再び歩き出す。僕も慌てて彼女について行った。当てつけの如く無視されたルナリアだが特に気にも留めなかったのか黙って歩いていた。


 劇場を出てから、僕たちはアルフレッドに導かれるように聖光教団総本部へ向かった。教団本部は街の中心部からやや離れた、広大な敷地を持つ建物群で構成されている。その中でも一際大きな建物が、教団の中心となっている教団本堂である。教会本堂は、荘厳な建築様式で設計され、美しい装飾や彫刻が施されている。入り口には巨大な二枚の扉があり、その上には歯車が掲げられている。内部は広大な礼拝堂と、教団の活動に関わる訓練所や居住区、執務室などが併設されている。


 僕たちはアルフレッドに案内されながら、本堂の正面玄関をくぐると、その内装の壮麗さに思わず息を呑んだ。天井は高く、壁には色とりどりのタイルが規則的に貼られており、幾何学的な模様が織りなす神秘的な光景が広がっている。また、内部には数多くのステンドグラスが飾られており、陽光が透過することで幻想的な色彩が床や壁に映し出され、美しい陰影を作り出している。本当にこの領の軍事施設なのだろうか。僕らは思わず圧倒されてしまう。


「こんな無駄にデカイ建物を建てて....どっから金が湧いてくるんだか」

「父上がここからさらに北にある都市、アマガスディオで賭場を運営してるからね。僕の趣味にも深く理解してくださるから力を入れてくれたんだ」


 たしかアルフレッドは貴族神官と呼ばれる人だった。一体どういう立ち位置の人なのかいまいち分からない。


「アマガスディオ.....」


 その名を聞いたシェナの目が急に模擬戦闘で覚醒した時みたく光を失い始める。どうしたのだろう。また何かを思い出したのか?


「どうかされました剣聖様?」

「……いえ、何でもありません」

「?……そうですか」


 彼女は気丈に振る舞おうとしているが、何か違和感がある間があった。気になるが、あまり深く踏み込まない方が良い事なのかもしれないのでもどかしい。そして教団の集まりとやらは、この礼拝堂ではなく、その奥の広間で行われているらしい。


「さて、晩餐会に出る前に剣聖様....」


 アルフレッドは、シェナの服装を舐めまわすように上から下まで見つめる。すると次第にアルフレッドの顔が真面目なものへと変わっていく。


「剣聖様にはこちらでお召し物を変えさせていただきます」

「はい……?」


 彼は、シェナの今の服装が晩餐会に適していないと判断したらしい。普通の女性信者たちと同じ白のワンピースでは確かに豪勢な会場には向かない上、模擬戦闘を行った際の泥汚れや傷跡が残り、血の匂いも微かに漂っている。まぁアルフレッドが難色を示すのも無理はない。


「あ、ああ、すいません……」


 シェナは恥ずかしそうに赤面し、俯く。


「いえいえ剣聖様は何も悪くないです。さあ用意ができておりますのでそちらのお部屋にどうぞ」


 シェナはアルフレッドに導かれて、奥の個室に案内された。その様子を見て満足気に頷いたアルフレッドがこちらを向く。


「ではあなた方は先に広間へとお入りください」


 アルフレッドは僕らに告げると、そのまま僕らの左にある扉へと手を差し出し促した。はぁ、僕らには何も用意は無いのか。というか逆に用意ができてるのもなんだか不思議だが。


 広間からは廊下からでもわかるほどに人々の話し声が漏れていた。妙に緊張感が僕の中で漂う傍で、ルナリアは平然とした様子で扉を開けた。


「ちょい、いきなり行くのかよルナリア」

「別にいいだろ」


 ルナリアは僕の静止を無視して堂々と扉を開いた。広間には煌びやかな装飾が施され、壁には細やかな刺繍が施された布が掛けられ、窓にはクリスタルの装飾が輝いている。高い天井からは巨大なシャンデリアが吊り下がり、黄金色の光が広間全体を照らしている。その下に立つのは、皆体格のいい紳士淑女たち。年齢層はさまざまだが、いずれも白を基調とした制服を身に着け、胸元には金の歯車パッチがつけられている。そういえば最初マズルカやグウェインに出会った時も鎧にバッチが付いていた気がする。


 彼らは、僕らの登場に驚いたように一斉にこちらを見つめる。彼らの鋭い視線に、僕は思わず足がすくんでしまう。しかし、ルナリアは臆することなく前へ進んでいく。周囲の目線を気にも留めていないのか、自信に満ちた表情をしている。


 人々から表立った不満の声は上がっていないものの、一部ではヒソヒソと声が上がるのを聞き逃さない。外の人間が聖光教団の晩餐会に来るなんて異例中の異例に違いないし、ましてや地雷系みたいな服を着ているルナリアのことは相当悪目立ちするのだろう。そんな僕らの元へ、2人の男が近づいてきた。


「やあ、お二方」


 グラスを持ちながら近づいてきたのは、どちらも見覚えのある顔ぶれ。


「あ、グウェインさんにマズルカさん....無事だったんですか」


 シェナに模擬戦闘で思いっきり切られたマズルカは、そんなことがなかったかのよう片手にグラスを持ち、悠々と語りかけてきた。


「ええ、隊長のおかげで厳しい試練に耐えられました」

「模擬戦闘で死人が出たなんて意味がわからないことになったら、シェナと私の立場が分からなくなっちゃうからね。おかげでまぁ久々に全力で走らされたよ」


 マズルカは笑みを浮かべながら答えるが、グウェインは真顔だ。あそこで本当にマズルカが死んでいたら、信者たちからの不信感が募ることだろう。


「シェナさんはどうしたんだ?」

「アルフレッドさんから衣装の変更を求められて、今別室に」

「へぇ....それは、うん、楽しみ....だな」


 グウェインはなんだか気まずそうな顔をして僕らが入ってきた扉の方を見つめた。アルフレッドはやはり彼らの目から見ても奇人変人と映るのだろうか?そうして僕らが話している最中、ルナリアは食べ物や飲み物をあれこれ取り始めていた。遠慮の文字はどうやら彼女の辞書には存在しないらしい。まぁここは軍隊と違い新人だからといって食べちゃいけないなんて空気もないだろうし自由にさせておけばいい。


「ラックさんも彼女みたいに自由に取ってっていいんですよ」

「え、ああそうなんですけど、なんていうかこう……雰囲気に呑まれてしまって」

「まぁわからなくもないけど、ここにあるもんはこの日にしか食べられないような美味の数々なんだから、気にせず食べないと損ですよ。お酒だって今日は飲めるんですから」

「え、お酒も振舞われてるんですかここ」

「もちろん。アルフレッド様の御厚意でね。今日は特別です」


 そういうのを一切受け入れない宗教だとばかり思っていたから意外だ。


「どうぞ」

「え、あ、どうも」


 マズルカは自分のグラスに注ぎながら、僕にも勧めてきた。断る理由もないし、ありがたくいただくとしよう。グラスを受け取った瞬間、アルフレッドがあの扉から顔を出してきた。


「皆んな注目!今日の主賓のお越しだ!我が聖光教団に新たな風を吹き込む偉大なる剣聖!200年前の伝説の再来とも言えるこのお方は.......!」


 アルフレッドは酔っぱらいのように叫びながら、両腕を大きく振り上げて、部屋中の注目を集めようとする。周囲の神官や騎士たちはたちまち視線を扉の方へと向けた。みんなの期待と興奮に満ちた視線が一点に集中していく。


「シェナ・シナモン嬢である!」


 アルフレッドは高らかに宣言し、その名を呼びながら、彼女の登場を迎えた。扉の向こうから現れた彼女は、淡い水色のドレスを纏い、ドレスの裾が床に触れるほどのロングドレスである。金色の刺繍が施されたドレスは、彼女の青灰色の髪と瞳と美しく調和している。腰には銀製のベルトが巻かれ、剣を携えている。黒色の長靴を履いており、膝上までのレースが施されたオーバーニーソックスを着用している。首元には白いチョーカーが装着されており、髪型は三つ編みをまとめ、ティアラが添えられている。化粧も施されているようで、唇は薄いピンクに塗られている。まるで高貴な貴族令嬢のように凛々しくも清廉な印象を受ける。


 僕は言葉を失った。ずっと見ていたシェナの姿とはまるで別人だった。しかし彼女の手は微かに震え、赤面しているのが確認できる。彼女の立派な姿に心を打たれた者たちから拍手喝采が巻き起こる。


「さぁ剣聖様、一言、台本通りに」


 アルフレッドがシェナの耳元で囁く。シェナは戸惑いながらも、意を決したように前へ進み出た。


「え、えっと……皆さま、このような素晴らしい席にお招きいただき、誠に感謝いたします。まだ未熟な身ではありますが、これから聖光教団の一員として、皆さまとともに尽力してまいります。どうぞよろしくお願いいたします」


 シェナは丁寧に頭を下げ、挨拶を済ませる。その凛とした佇まいに、周囲から更なる賞賛の声が上がった。その後教団の幹部格が一人一人シェナに挨拶に行ったり、握手したり....本当に待遇が神扱いレベルに高い。僕らが話す隙なんてもう無いんじゃないかと思えるほどに華やかなで遠い存在だ。そしてふとルナリアの方を見ると、彼女は一人椅子に座って優雅にご飯を食べている。その所作はまぁ華やかに見えなくもないが、多分僕に近い存在だ。安心感があっていいと思う。


「さて、この偉大なる剣聖様がどの隊に所属するかなのだが....」

「アルフレッド様、彼女を主軸にした特殊部隊を設立すべきです。あの力ならばどんな役にも.....」

「異議ありだ口を慎め!」


 アルフレッドは先程シェナを迎え入れた時とは異なり、真剣な表情を浮かべる。シェナも、自身がこの聖光教団の未来を左右する存在となることに、まだ完全に受け入れられずにいる様子だ。おどおどした表情でアルフレッドを見つめた。


「.....よし決めた。剣聖様は第3隊に入隊し末端から働いてもらう」

「え?私の隊ですか?」


 グウェインが驚愕に目を見開き、グラスをテーブルにおいてアルフレッドの前へと駆け寄る。シェナが聖光教団のどこに所属するかで今後の活動の方向性や団内の力関係に影響を与えることをグウェインは熟知していた。


「そうだ、たとえ剣聖様といえど騎士としては初心者だ。第3隊は他の隊とは違い、まだ未成熟の若い才能が集まる隊だ。剣聖様が力を発揮するにはちょうどいいだろう」


 アルフレッドがそう言うと、周囲の騎士たちから次々と反対意見が上がった。


「剣聖様は特別な存在だ。そのような特別な力を未熟な隊に投入するのはリスクがあるのでは?」

「アルフレッド様、我々第4隊は剣聖様を受け入れる準備が整っております」

「いやいや我ら第5隊こそが適任です。剣聖様の力を最大限引き出せるように尽力いたします」

「大隊長、流石にこの件をアルフレッド様に一任するのはいかがなものかと思います」

「皆さん、落ち着いてください。剣聖様も困っておられます」


 マズルカがそう宥めるも、皆収まる様子がない。アルフレッドは冷静さを取り戻すべく、咳払いをする。


「お前ら、静かにしやがれ!私は剣聖様と、その二人を、第3隊に編成する」

「「僕らも!?」」

「無論だ。私はこの3人をまとめて第3隊に編入すると言ってる」


 突然の宣告に、僕とルナリアは同時に驚きの声をあげた。なんで僕らひとまとめに第3隊なんだ。グウェインと目が合うが、彼も動揺を隠せていない。


「アルフレッド様!どうしてそんなことを!」

「私はね、200年前の英雄ボブの物語に、特別な要素が一つ足りないと考えている」

「特別な要素…ひょっとして苦戦するほどの強大な試練とかでしょうか?」

「慎め」


 マズルカはその言葉に謝罪の一礼を行った後、グウェインの後ろに隠れた。


「勇者ボブは強大だが、孤独な戦士であった。他の英雄譚では英雄本人と、その側にいる仲間たちによる活躍が描かれていることが多い。しかし、勇者ボブの英雄譚に、彼と共に戦い、彼を支えた仲間の記述が無い」


 アルフレッドの声には、怒りと哀しみが込められていた。確かに、さっきの演劇でボブは常に1人で行動していた。彼には仲間がいなかったのだろうか。


「孤独な英雄は物語として面白くないわけではないが、温かみが足りない。人と人が共に苦難を乗り越え、最終的には強敵を打ち倒す。それこそが親しまれる英雄に必要な要素なのだ。たとえ自分がボブのように圧倒的な才能と幸運がなくとも、苦楽を共にする仲間さえいれば、いつの日か強敵を打ち破ることができる……そんな風に思わせる要素を、勇者ボブの物語に付け足したい」

「だからあの最近入信したばかりの二人とともに3隊に所属させると?」

「ああ、そうだ」


 アルフレッドは、真剣な眼差しを向けた。彼の決意は揺るぎないものであることを物語っているよう。


「アルフレッド様、しかし……」

「なんだ?私の提案に、異論があるのか?」


 大隊長と思わしき人物がアルフレッドに近づき、何か言おうとした瞬間、アルフレッドは彼を睨みつけた。その視線に怯えたように、大隊長は口を閉ざす。


「異論があれば言ってみろ。ただし、それの筋が通っているかどうかは私が判断する」


 アルフレッドの声には冷徹さが宿り、誰も異論を唱えることができない。周囲は沈黙したまま、彼の言葉に耳を傾けるしかない状況だった。


「よし、決定だ」


 アルフレッドは満足げに頷き、シェナの方を見やる。


「剣聖様、第3隊はまだ成長過程です。しかしながら、これからどんどん強くなる可能性がある。貴方がその道しるべとなってくれることを願います」


 グウェインは驚きつつも、シェナの元に駆け寄る。そして彼女と握手を交わした。


「……うちの隊は癖のある隊ですが、きっと貴女の力になるはずです。改めまして、よろしくお願いいたします」


 シェナはいまいち状況についていけてないのか、首を傾げながら手を握っていた。


「何か問題でも?」

「いえ、実感がいまいち湧かなくて……」

「まぁそうでしょうな。格好といい周りの反応といい、まるで魔法をかけられたお姫様みたいですが、夜中に解けることはないですからね」


 グウェインは微笑みかけ、シェナも苦笑した。マズルカもシェナの手を取る。


「先ほどはどうもすいませんでした....」


 シェナの表情が曇る。マズルカをぶった切ってしまったことは彼女の中で消えない事実として残っているのだろう。


「いえ!全く気にする必要などございません!人に思いっきり切られる試練なんて早々ありま....」


 興奮しながら話そうとするマズルカをグウェインが小突いてたしなめる。


「えぇ……あ……と、とにかく!これから仲良く!我々に待ち受ける試練を共に突破しましょう!?」

「は、はい……」


 グウェインは微妙な顔つきでマズルカの肩に手を置きつつ、彼に退場を促すように視線を送る。マズルカもそれに気づいたのか、そそくさとシェナから離れていった。


「さぁ、それでは剣聖様の隊への正式な入隊祝いだ。これからの活躍を皆でアルテミシア様に祈ろうではないか」


 アルフレッドがそう音頭を取ると、人々は部屋の奥にある祭壇へと向かい、祈りを捧げる。祭壇の中心にはアルテミシア様の像が安置されており、その姿は神秘的なまでに美しく輝いている。


「聖なる女神よ、我らが敬愛する女神よ。どうか我らが新たな仲間、剣聖シェナ・シナモンとその仲間たちの前途に幸あれと授けたまえ」


 アルフレッドの言葉に続いて、人々が一斉に祈りを捧げた。まるで魔法のようにその場の空気が一気に宗教的空気感へと変わり、神聖なる雰囲気に包まれていく。僕とルナリアは置いてけぼりにされているが、一応同じように祈っておくべきだろうかと、周りに合わせて跪きかけたその瞬間、後ろからルナリアに後頭部をつかまれ引っ張られる。


「いったたた……何すんだよちょっとちょっと」

「みっともない真似をするなラック、僕たちはこの宗教の信者ではないんだ。ここで祈ればそれこそもうそっち側にズルズルと引かれるだけだぞ」

「......周りに合わせるくらいいいじゃないか。信仰心なんかないことには変わらないよ」

「信仰心の有無は今関係ない。僕が言いたいのはそうやって周りに合わせていたら、いずれ自分自身を無意識的に変わってしまうという忠告だよ。君の性格上、そんな奴になりそうだからね」


 そう言われるとなんだか否定できず、僕はそれ以上言い返せなかった。まぁここで無理に反論する理由もないし、黙って祈りのポーズはやめにした。その様子を見たルナリアは、満足したのか腕を組んで目を閉じる。


 確かに僕は流されやすいところがある。実際雰囲気に飲まれて、彼らの文化に染まってしまう可能性は否定できない。そうだ。僕はここからでなくてはならないんだ。忘れてはいけない。僕の目的は彼らのような人たちと一緒に宗教活動をすることじゃないんだ。ここから出て、この世界で生きるための場所を探すことなんだ。


 その後晩餐会は終了し、僕たちは子供たちのいる宿舎に戻ることになった。マズルカとグウェインがお見送りついでにライゲルに会うとのことで僕らに同行してくれる。


「改めてよろしくなお二人さん、一気に3人も仲間が増えるなんて、ちょっと信じがたいが……」

「ははっ……」

「フン」


 僕らが何とも言えない顔で反応していると、マズルカが何やら思い立ったようにグウェインに話しかける。


「隊長……シェナさんをこれからきっちり、偉大なる英雄に育て上げましょうね!」


 シェナはマズルカのその言葉に困惑の表情を浮かべた。


「い、偉大なる英雄....ですか」

「ええ、そうですよ。貴方は英雄としての資質を持っている。そして僕たちと共に試練を乗り越えることで....」

「マズルカ、やめろ」


 マズルカは意気揚々と語り始めたが、グウェインの鋭い眼光にあっという間に気圧され、委縮してしまった。彼は慌てて口をつぐみ、俯いたままシェナに視線を向ける。シェナはと言えば、目を丸くしながらも彼らのやり取りを見守っていた。


「す、すいません……私はただ……シェナさんに自信を持って欲しいだけなんです.....彼女が我々の部隊に入ると聞いた途端、これぞ私の人生における最大の試練だと感じたんですよ。私は英雄と英雄を支える存在としてお互いに高め合いながら試練を突破し、成長していく……最高じゃないですか。そうしてゆくゆくは我々が英雄の一人として伝説に語られる存在となっていく....」

「お前もあのお坊ちゃまみたいなこと言い出すのか」


 マズルカは気まずそうに視線を逸らしたが、すぐに胸を張って言い返してきた。


「私は、私は真剣ですよ!隊長だって少しは人から認められたいと思ったことが一度くらいあるでしょう!?」

「……」


 グウェインは言葉を詰まらせ、マズルカから目を逸らす。


「ないんですか?隊長……」


 マズルカはグウェインの前に立ち、視線を真っ正面からぶつけていた。その純粋な問いかけに対し、グウェインは視線を泳がせ、言葉を濁す。


「……俺にそんなのは必要ない。着心地のいい服と、ぬるいお茶があれば十分だよ」

「ぬるいやつだな」


 唐突にルナリアが口を挟んできた。彼女は目を鋭くして、グウェインを横目で睨む。グウェインは彼女の言葉に反応せず、黙って歩みを進めた。雰囲気が一気に暗く険悪なムードとなる。どうしたものか.....。夜の街を無言で練り歩くのはなんだか気まずい。


「そういえば、アルフレッド様って随分と....なんというか厳しそうな方ですね。一人で色々と決定権を行使して、周りを意のままに従わせて....」


 僕が話題を変えるためにアルフレッドについて尋ねると、グウェインは明らかに態度を変えた。


「……あの方は素晴らしいお方だよ。俺たちが今こうして羽振りよく訓練や任務を行えるのは、間違いなくお坊ちゃまのおかげだ」

「それは……どういった意味ですか?」

「俺がマズルカみたいな立場だったころ、この教団は資金不足で困窮していてな。何度も解散寸前まで追い込まれていたんだ。平和なアルビオン教に武力は要らない。無駄に金を使うだけだ、と。そんでそんな時にアルフレッド様が現れたわけだ。あの方は俺たちに資金や資源の提供を申し出てくれたんだ。おかげで教団は存続することができた。もちろんそれだけじゃない、あの方が持ってきたのは金と物だけじゃないんだ。強い自我ももたらしてくれたんだよ」

「強い自我?」

「あの方の自我だ。自ら総司令として様々なことを命令して回った。今回の件みたいにな。前は大隊長がよく口を挟んでくれたんだが....その度に更迭されて今のようになった。聖光教団はアルフレッド様の意向の元に従い行動する組織となったんだよ」

「それってつまり、あの人1人でこの教団の全てを操ってるってことですか?」

「ああ、そうなるな」

「……」


 シェナはどうにも納得がいかないという表情でグウェインの話を聞いていた。


「聖光教団って....アルビオン教の物ですよね。平和を維持し、人々を助けるっていう教義に基づいて活動するべきなのに、何だか私....あの人の人形になってるようで嫌です.....」


 シェナは自分の率直な感情を口にした。グウェインは、彼女の言葉を受けて暫し黙っていたが、やがて溜息をつくように言った。


「辛いかもしれないが、それが今このアルビオン教における君の役割だ。その役割に、疑問を抱くなとはいわない。だが君は教団の、アルフレッド様の期待を一身に背負っている存在であり、君が剣聖として戦うことで、彼らは君を信頼し、そして君もまた彼らに守られている存在なんだ。人と人が互い支え合う関係が成立している。協議には反していない」


 シェナは口を開こうとして、しかし何も言わずに押し黙った。何かを言いかけたようにも見えるが、その言葉を飲み込んでしまったようだ。


「馬鹿馬鹿しいな。自分が選んだ道で人生が滅茶苦茶にさせるのはともかく、他人に滅茶苦茶されるのは。しかもその他人が、あのムカつく豚野郎なら尚更だ」

「ルナリア余計なこと言うなよ」

「あ?僕があいつをどう言おうと勝手だろう」

「……もう少しこう……曲がった言い方をした方がいいじゃないか。聖光教団員の目の前でよくないと思うんだが....」


 ルナリアは、舌打ちをするとそっぽを向いてしまった。グウェインは苦笑いを浮かべ、マズルカは神妙な面持ちでルナリアを見つめていた。


「こちらも厳しい試練になりそうですね隊長....」

「そうだなぁ……」


 夜道を照らす月明かりのもと、聖光教団員の二人は肩を落として歩みを進めた。教団員にとってルナリアみたいなタイプの人間は扱いづらいのだろう。シェナは未だにどこか暗い顔をしている。彼女の顔が今後明るくなることはあるんだろうか。不安ばかりが募る。


 彼女の今後は英雄譚のように順風満帆とは行かない。過酷で、血生臭いものになることだろう。彼女が望んでいなくても、外野から期待を背負わされ、担ぎ上げられる。それを英雄譚と呼ぶのなら、僕はそういったものを、嫌いになりそうだ。


 せめて、その前に訪れる子供たちとの日常を大切に、静かに過ごしてほしいと思うばかりだ。

 そんなことを思ったその瞬間、遠くの方から、空気を裂くような爆裂音が聞こえた。


「なんだ!?」


 マズルカが驚き、音の鳴った方を振り向く。目先に映ったのは大きな火の手と煙だ。そしてその方向には……。


「中央聖堂じゃないか!!」


 グウェインは目を見開き、即座に全速力で走り出した。マズルカも彼に続く。シェナ、僕、ルナリアの3人も急いでその後を追う。ただならぬ焦燥感に駆り立てられて走ることしかできない。なぜ中央聖堂から火の手が上がっているのか、原因はさっぱりわからない。だけど僕は直感的に感じてしまった。今僕らは、アルビオン教を揺るがす出来事に巻き込まれようとしていると。

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