第27話 適役の儀
聖誕祭、当日。朝早くから中央区はお祭り騒ぎだ。僕の中で祭りというものは夜が本番で、馬鹿みたいに飲んで食ってを繰り返すイメージだがまぁ祭りの種類にもよるだろう。にしてもさすがは年に一度の行事。しっかりと朝から夜までイベントが詰まってる。まず僕らは朝起きると、中央区の露店を見て回った。
「いらっしゃい! エンジェライトポテトのバター焼きだよー!朝採れのエンジェライトを使った、このバター焼きは絶品だよ!」
なんだかアルテミシアの翻訳が大部雑になっている気がしなくもない。この一節に和製英語が何個使われているのか.......。
「あれに使われてるポテト、俺が一昨日収穫してきた奴なんだな」
「本当!?すげー!」
「すごいホクホクで美味しそうだよ」
露店で売られている商品の一部には、子供たちが日々行う業務の中で収穫してきたものが使用されているらしい。この祭りは外の人々に対する商品のアピールの他に彼らの日々の労働を祝う意味もあるのだろう。
「ちょっと食べてみたいな!1つ貰えない?」
「ダメだよベルーナ、これは外からくる人達のものだからね。これでここの素晴らしさを、みんなに知ってもらうんだから」
「ちぇー。じゃあお姉ちゃんが適役の儀やってるときこっそりみんなでもらっちゃおうよ」
「それ喋ったら意味ないんだな」
その後も子供たちとシェナは仲良く会話をしながら中央区を歩き、教団本部である中央聖堂へと向かった。ここには大聖堂以上に大きなステンドグラスがあり、太陽の光を受け色鮮やかな反射をしていた。別に何かこれといった財源を潤すような特産物があるわけでもないのに、ここまで華美で大きい施設を作れるのはなぜなんだろうか。中央聖堂には様々な区画から集まったたくさんの信者たちがおり、司祭であろう男がその前に立っていた。
「え〜、今日は聖誕祭ということもありまして非常に天気にも恵まれ、こうして皆様が一堂に会することができましたことをとても嬉しく思っております〜。これから講堂にて、教祖ユージン・コルネリウス様が直々に我々にありがたいお言葉をおかけくださいます」
教祖の説教ののち、僕らの適役の儀が始まるらしい。信者たちは司祭のあとをついて行き、講堂の方へ歩いていく。服装からして外から来たであろう方々もステンドグラスや宗教画を眺めながら講堂へ向かう。僕らもそれについていった。講堂は大きい規模の劇場のようで、奥の高いところに立って演説をするであろう壇が設置されていた。前列は既に埋まりに埋まっていたので、僕らは後ろの方の席に座って待つことにした。
「おいおい、何で僕らを前に追いやるんだよ」
ルナリアと僕は子供たちに押され、前へと追いやられてしまう。
「だって、私たちは後からいっぱい聞けるんだもん。教祖様のお話をお姉ちゃんたちは聞いたことないんだから、席を譲らないと.....」
「僕はそんなこと望んでないぞ」
「えー?そうなの?でも聞いたらきっと変わると思うよ?すごい良いお話だから」
僕らは有無を言わさず子供たちの先頭の方へ押しやられた。子供達の熱心な信仰っぷりは今更ではあるが、ここまで強制的だとすごく狂気じみてると感じる。親が入ってた宗教も子供たちはみんな僕と同じように熱量なんてなかったんだけどな。
しばらくすると壇の横の扉が開かれ、真っ白なローブを羽織った男と数人の側近と思われる女たちが現れた。壇に上がり、中央に立つとその場の全員が深く礼をした。子供たちもそれは例外ではなく、僕とルナリア、あと外からきた一部の人以外全員が直角に頭を下げる。壇上の彼は静かにそれを待つと、ゆっくりと口を開いた。よく見えないが、薄ら笑いを浮かべていたように見えた。
「皆さん、今日は聖誕祭にお越しいただき誠にありがとうございます。このアルビオン教も200年前の人魔大戦の折に産声を上げ、世の混乱の中を掻き分けながら今日まで皆様のお力添えにより大きくなることができました。今一度この機会に感謝申し上げます。偉大なる我が祖父は『人と人との共鳴こそが世界を平和にする鍵となる』と言いこの地を立ち上げました。その精神の元この地は人々の平和の象徴として、この200年間皆様の暮らしを守っております。これからも皆様が幸せに暮らせるよう、私は日々精進していく所存です。」
魔術か何かで講堂全体に広がった声は、聞いているだけで体が熱くなっていく不思議な感覚を覚えた。彼の低く、柔らかい声は心地が良い。
「皆様もこのアルビオン教でただ時間を浪費するような行いをするのではなく、日々を全力で生きてもらいたいと思います。アルビオン教を信仰すると仰りながら、教えに反し与えられた仕事を怠けたり、子供たちを虐げる大人がいると報告を受けるたびに、私は本当に悲しくなります。自分が苦しまないよう、自分に都合よくなるように生きていくことは純粋なる信仰とは呼べません」
彼は身振り手振り、そして少し高くなった声色で人々を鼓舞する。
「信仰というのは、人生です。人生というのは、祝福や幸運だけでなく、苦難や困難も必要なのです。私たち人族が長き時を経て積み重ねてきた歴史は、戦争や災害など苦難に満ちています。そういった際には利己的な感情や、自尊心を捨て、支え共存するのが神から与えられた使命なのです。逃げてはいけません。拒んではいけません。我々が成長、発展していくには、乗り越えなければならないことがたくさんあるのです」
その声は静かに、それでいて力強く響き渡る。それはもはや新興宗教の洗脳まがいの勧誘みたいだった。僕とルナリアだけはその異質さに飲み込まれることなく、冷静に、周りに対して不信感を抱くのみであった。
「そのためには、まず周りを見てみましょう。あなたの周囲には、固い絆で結ばれた家族や仲間がいます。その関係こそ、神が与えた最も美しい宝物です。彼らとの愛情を通じて、真の喜びを見出すことができるでしょう。いいですか?困難から目をそらさないでください。自分の弱さを受け入れないでください。アルテミシア様は見ております。あなたがこの試練を克服するために必要な力を、必ず授けてくれるのです」
説教が終わった。ユージンはそのあとありがとうございましたと一言呟くと壇上から退いて行った。最後まで薄ら笑いを崩さずに。信者たちは涙を流すものや、拍手するものなど様々だったが、それぞれが彼に惚れ惚れしていたのは確かであった。
「さぁ次は適役の儀なんだな!お姉ちゃんたち心の準備はできてるんけ?」
「シェナお姉ちゃん頑張ってー!」
「別に頑張ることなんてなくね?」
口々にシェナを応援する子供たち。ライゲル先生とシェナはそれを見て、優しく微笑んでいた。若干苦笑いにも近い。
「う、うん。頑張るよ....みんなは教祖様とこれから会うんだし、私のことは気にしないで露店とか見て、緊張をほぐしたらどう?」
「えー?見たいよぉ。それに緊張なんてしてないし」
「俺も見たいんだな。お姉ちゃんたちどんな役職につくか結構気になるんだ」
子供たちが引き下がるようなそぶりはない。彼らにとって、シェナや私たちがどういう役割を与えられるのかという好奇心は抑えきれないほど強いのだろう。その視線を受けながら、僕らは少しずつ心の準備を整えるしかなかった。まぁ僕とルナリアは見られようが見られまいがどうだっていいが、シェナは焦っているようだ。フェリアも一緒だ。おどおどした様子で周囲の子たちの会話に参加している。
「どうしたのフェリア、そんな落ち着きがないなんて珍しいね」
「そ、その.....シェナお姉ちゃんが心配で」
「お姉ちゃんにそんな心配するようなことはないよ。安心して。今まで私たちの面倒しかみてないんだもん。私たちとずっと一緒だよ」
「でも.....」
不安そうなフェリアに、シェナはいつものように明るく声をかける。
「大丈夫だよ、フェリア。心配しないで。どんな結果になっても、みんなと家族なのは、変わらないから」
シェナの言葉に、フェリアは小さく頷いた。だけどその表情はまだ晴れないままだ。シェナは子供たちを見回し、優しく微笑む。だが僕はその顔がどこか不安そうで、迷いを含んでいるように思えた。
「それじゃあ、行ってきます」
僕たちは再び講堂へと入る。今度は壇上に近い席、僕らの周りにはシェナと同じぐらいの年齢の男女が並んでいた。あとは多分僕らと同じ外から来た人らしき人がちらほらと見える。まるで入学式や入社式のような構図だ。
「ハッ、見て見ろラック。どいつもこいつも似たような格好で並んでる。魔物の群れみたいで気持ち悪いな」
「何を言うんだルナリア。君の価値観と、ここの価値観は合い知れないってだけじゃないか。皆からしてみれば、僕らの格好の方が変だろう」
結構大事な儀式だっていうのに、ルナリアはいつもの地雷というかダークな格好をしてきてる。周りからの視線が痛い。奇異なものを見る目だ。僕も僕で皆と同じような服装にすればよかった。でもそれはそれで、染まってしまいそうで怖いという感じがある。
「だから何だ」
「そんなバカにするようなことを言わないでほしいってだけだよ」
暫く待っていると、司祭らしき男が壇上へやってきて、声高に宣言する。
「これより適役の儀を執り行います」
その男の手元には、何だか既視感を感じる水晶玉がクリーム色のクッションの上に乗せてあった。あれが今回の判定器みたいなものなのだろうか?
「今年も新たな仲間を迎え入れ、共に歩む仲間と共に、我らの使命を果たすための道筋を探し求めましょう。名前を呼ばれた者から前へお進みください」
まずは最初に呼ばれた、シェナと同じぐらいの年齢の女子が前に進み出た。彼女は恐る恐る壇上に上がり、水晶の前に立つ。司祭は彼女に水晶を見つめるように促し、静かに言った。
「汝、アルテミシアの名において、その心と魂を映し出せ」
彼女が水晶を見つめると、淡い光が放たれ始めた。周囲の信者たちもその様子を固唾を飲んで見守る。しばらくして、光は消えた。
「……あなたは『慈愛の手』。病院でポーション精製技術と医学を学び、人々を癒す使命を持つ者として生きるのだ」
少女は驚いたような顔をしたものの、すぐに小さく頷いて壇上を降りた。次に呼ばれたのはルナリア、早いなどういう順番なんだ?ルナリアが渋々、いかにも嫌そうな態度を隠しきれないまま壇上に上がると、司祭は同じように促す。水晶が輝き始めると、先程よりもずっと強く、赤い光を放った。
「あなたは『魂の守護者』。聖堂騎士団の一員として、我々を守る盾となり、悪と戦う存在となるのだ」
ルナリアは表情を変えず、軽く鼻で笑う。
「魂の守護者ねぇ、痛々しい......」
とはいえルナリア的にそこまで文句をつけるような内容でもなさそうだ。ちなみに僕もその後呼ばれて魂の守護者に付いた。なんか水晶が黄色く光ってたのが奇妙だったが。
その後も儀式は続いていった。それぞれが水晶に手をかざすたび、異なる役職が告げられていく。シェナは緊張した面持ちで自分の番を待っていた。しかし、彼女の顔にはどこか諦めのような影が差していて、不安に震えているようにも見えた。
「次、シェナ・シナモン。前へ出よ」
司祭の声がかかり、シェナは小さく息を吸い込んでから壇上に向かった。足取りは慎重で、何度も後ろを振り返る。子供たちを見ているのだろう。
壇上に立ち、水晶の前に立った瞬間、シェナの背中がこわばるのが見て取れた。司祭の言葉に導かれ、彼女は目を閉じて心を落ち着かせようとしている。
「汝、アルテミシアの名において、その心と魂を映し出せ」
目を開けて、ゆっくりと水晶に手を触れる。その瞬間、水晶が強く輝き出した。
光はルビーのような熱く濃い赤色に変わり、その輝きはこれまで誰も見たことがないほど強く、壇上全体を照らし出した。周囲の信者たちがざわめく。何が起きたのか理解できないまま、司祭が水晶を凝視していたが、突然顔を青ざめさせた。
「これは……」
彼は一歩後ずさり、震える手で水晶を指差した。
「なんだ?水晶の輝きってあいつが操作してるんじゃないのか?」
ルナリアは壇上で起こる異常事態を前にしても、冷静に分析している。僕のイメージもそんな感じだったので、その反応も分かる。
司祭は深呼吸を一つし、震える声で続けた。
「シェナ。あなたは……『剣聖』である」
その瞬間、講堂内に驚愕の声が広がった。ルナリアと僕は目を見合わせ、何が起きたのか理解できないまま硬直していた。司祭の声は震えており、冷徹な表情が崩れている。
「はい?」
彼女の素っ頓狂な声を遮るように、周囲のざわめきが高まっていく。『剣聖』――それは英雄の称号であり、剣の扱いに長けた者にしか許されないもの。水晶の反応がそれを示すことは、このアルビオン教では初めてのことだったのだろう。場がシェナを中心にざわめきだす。
司祭は慌てて、周囲を見回しながら声を張り上げた。
「静粛に、静粛に!アルテミシア様のご加護によるものである!この者は確かに、神に認められし者の証を示した。故に、その役目を担う資格を有する者として認めるものとする」
舞台の袖から悠々と騎士たちに囲まれユージンも入ってくる。教祖の登場で、再び場は静まり返った。
「ふむ。剣聖ですか。まさか、適合者がいるとは思いませんでしたね」
ユージンはシェナの前に立ち、彼女の肩に手を置いた。彼の声は静かで、不気味なほど落ち着いている。
「ユージン様、これは一体……」
「いやぁ、困惑するのも無理ありません。貴方はライゲル先生の元で、子供たちと過ごし彼らを見守る役に就くものだと思っていました。しかし、この儀式によって判明したのです。貴方が持つ剣の才能を」
「....でも剣聖だなんて」
シェナが困惑しながら尋ねる。するとユージンは口調こそ穏やかで、けれど決して覆すことができないと暗に示すようにシェナを諭し始める。
「剣聖という称号は、あくまでも飾り。保育と剣聖、たとえ役職が違えど、貴方が子供たちを大切に思う気持ちに変わりはありません。ただ、その想いを力として、この教団のために役立てることが、あなたの使命となったのです」
シェナは一瞬、胸を締め付けられるような表情を見せたが、ユージンはその言葉を口にしながら、彼女の手をそっと握りしめた。
「この使命、受け入れてくれますね?」
ユージンの微笑は優しく、しかし圧倒的な強制力を持っていた。彼女は息を呑みながらも、小さく頷くしかなかった。
適役の儀が終わったのち、僕たちは中庭で子供たちの待つテーブルに座った。皆険しい表情をして、シェナのことを見ていた。ただフェリアだけは顔を伏せている。
「ごめんね、みんな。私もこんなことになるなんて思ってなかった……」
「今からでも教祖様に頼んで、変えてもらえないのかな?」
「そ、それなら私も一緒に頼む!お姉ちゃんと離れ離れになるなんて絶対嫌だよ」
「きっとそれはできない。一度決められた役職を変えることなんて、今までに例がないもの」
「先生....」
子供たちはライゲル先生に助けを求めるような眼差しを向ける。先生は小さく首を振った。
「私にも、こればかりは何もできません」
子供たちは皆落ち込んだような様子で、話に花を咲かすこともなく黙っていた。シェナはその場を何とかしようと、必死に笑顔を作ろうとする。
「暇な時、すぐ会いに来るから」
「嫌だ。そんなの、いつ来るかも分からないじゃん」
「う……」
正論に黙り込むシェナ。どう声をかけても納得してくれなさそうだ。重たい空気が場を支配する。そこに突如、子供たちの表情を吹き飛ばすほどの明るい声が響いた。
「やあ!シェナさん。さっきの儀式見ましたよー」
「えっ……」
急に飛び込んできた声に、子供たちは警戒態勢に入る。声がした方に振り返ると、そこにはグウェイン・カーリッツェの姿があった。彼は朗らかな笑顔を浮かべながら、一歩一歩近づいてくる。
「もしかして....お姉ちゃんを連れて行くの!?」
子供たちは彼に対し、敵意のある視線を送る。グウェインはそれらを受け止めつつも、動じる様子もなくゆっくりと近づく。
「いやいや。流石に今すぐは連れていかないよ。職に付くのは今時期だと聖誕祭が終わってからだし」
そう言うと彼は僕らが座っているテーブル席に腰掛け、勝手に椅子を引いて座り込む。目の前には僕とルナリアが座っていて、少し距離があるはずなのに、グウェインの存在感はそれを忘れさせるほどだった。その横でライゲル先生が立ち上がる。
「申し訳ありません。いきなり失礼な言葉遣いを……」
「いえー気にしてないですよライゲル先生。それにしてもあのシェナさんが剣聖だなんて、世の中分からないものですね。長年適役の儀を見てきましたが、本当に初めての出来事です」
シェナが緊張した様子で口を開いた。
「カーリッツェさん。あ、あの、私、本当に剣聖になれるなんて考えたこともなくて……どうしたらいいのか……」
グウェインはシェナの言葉に耳を傾けながら、笑顔を崩すことなく彼女に向き直った。
「そうだよね。てっきり騎士になるもんだと思ってたから私としても驚いてます。部下たちもまぁ、シェナさんのことを少々疑う者もいるようで……」
「そうですよね.....」
シェナが自信なく彼の言葉を肯定した瞬間、グウェインの目が鋭く光った。それは普段の柔和な印象からは想像もつかないほど冷酷な目つきで、周囲の空気が一瞬で凍りついた。彼はシェナの肩を強く掴み、顔を寄せる。
「そこでシェナさんの実力を測るべく、早速ですがこの近くで一つ模擬戦を行ってもらおうと思ってるんですよ」
シェナは驚きのあまり口を半開きにしたまま、数秒間固まってしまった。周囲の子供たちも同様に呆然としている。な、なんという提案だ。あまりにも唐突すぎる。
「お、お姉ちゃん!今の聞いた!?そんなの無茶だよ!絶対危ないに決まってる!」
「いやいや。模擬ですよ模擬、実際に殺し合いをするわけじゃありません」
子供たちはお互い顔を見合わせる。
「そんなの信じられないよ! お姉ちゃん、ちゃんと断って!!」
グウェインはライゲルさんに目線をやる。ライゲルさんはその視線に気づくと、シェナに問いかけた。
「シェナ、彼の言う通り模擬戦をうけますか?私としては、無理強いはしたくありません。けれどもこの模擬戦を行うことで、今後の道筋が覆るかもしれません」
その言葉に、シェナは唇を噛みしめた。もしかしたら剣聖という評価が覆り、今のまま子供たちと一緒にいられるかもしれないというわずかな希望が今の言葉に含まれているような感じがした。シェナはしばし黙り込み、目を閉じたまま深く息を吐いた。周りの子供たちは不安そうに彼女を見守っている。
「.......やってみます」
その答えを聞き、グウェインはニヤリと笑った。しかし、次の瞬間には顔に貼り付けていた笑みを消し去り、シェナを正面から見据える。
「よし、場所は既に準備できてるんだ。行くぞ。ついて来い」
口調が今までのよそ様ではなく騎士団の隊長としての物に変わった。グウェインは素早く席を立つと、振り返らずに歩いていく。シェナも覚悟を決めたように立ち上がり、グウェインの後に続く。
「待って、お姉ちゃん!」
「俺たちも見に行こう」
子供たちも二人へ続々と続いて行く。その光景を見て、フェリアは突如泣き出すと物影の方へと走って行った。
「フェ、フェリア!待ってくれ.....」
ライゲルは後を追うべく走り出した。
「ほっときゃいいだろ」
ルナリアは不快そうに眉をひそめてそう言った。あまりにも冷たすぎる。いくら僕たちが彼らの家族ではないといっても、何日も一緒にいた子なんだからもう少しだけ情を持ち合わせてもいいのではないのだろうか?
「そういう言い方ないだろ......」
「何を言っているんだラック、追ってなだめたところでどうなるっていうんだ?この状況じゃ僕たちにどうすることもできないだろ」
「それは……」
そう言われると確かに……な。だからといって寄り添うこともしないというのはあまりに冷酷すぎるけど。
「とりあえず子供たちの様子をライゲルさんの代わりに見ていよう」
「めんどくさい」
子供たちを追って模擬戦の会場へと向かう。中庭の一角には訓練場があり、簡易的なリングが用意されていた。その周りには既に数人の騎士団員が控えており、彼らは厳つい装備を身につけ、緊張感のある空気を漂わせている。子供たちは彼らの迫力に怯えながらも、シェナを見守るために最前列に陣取った。周囲には信者や外から来た商人たちもちらほら見えており、何が始まるのか興味津々な様子だった。
シェナは一歩リングの中に踏み入れると、一瞬だけ視線をグウェインに向けた。グウェインは腕を組んで、彼女をじっと見つめている。既にリングの中には、一人の男が待ち構えていた。木でできた大剣を携えた、マズルカ・ディックレイクだ。
「まさか....剣聖様とこうして直接打ち合うことになるとは......なんと光栄な試練か!うおおおおおおおお!!!」
マズルカは興奮したように大声をあげて、大きな木の大剣を空に掲げる。その様子にグウェインは苦笑いを浮かべ、騎士たちは呆れ顔で頭を抱えていた。
「さて、シェナさんの武器なんだけど....3つほど候補を用意させてもらった。どれがいい?」
グウェインはシェナに問いかける。リングの端には、木製の剣が3本並んでいた。短剣2本、片手剣、大剣の三種類。彼女はそのうちの一つを選ばなければならないようだ。
「これは……私が選ぶんですか?」
「そうだよ。どれが一番得意か、どれを使えば一番力を発揮できるか、その目で判断してほしい。おすすめはまぁ....片手剣か?でも剣聖さんなら私が何もいう必要はないかもね」
グウェインは軽く笑いながら、シェナにそう伝えた。シェナはしばらく考え込むような表情で並んだ武器を見つめた。短剣は素早い動きができるが、力で負けそうな相手には不利かもしれない。片手剣はバランスが良さそうだが、相手の大剣の攻撃を防ぐには少し不安定だ。大剣は一撃の威力が強そうだが、シェナにとっては重すぎて扱えない可能性が高い。いや、シェナの力を考えると簡単に振り回せそうか。
「……片手剣で」
シェナは迷いながらも最終的に片手剣を選ぶことにした。それを見たグウェインは軽く頷き、周りの騎士たちに向かって合図を送る。そうすると一人の騎士が一枚の紙を持ちながら、リングに入ってきた。
「只今より、新入りの剣聖を称する少女シェナと聖堂騎士団の一員、マズルカ・ディックレイクとの模擬戦を行う。勝敗の判定は第3隊隊長であるグウェイン・カーリッツェが行う。皆の者、理解したな?」
試合前の説明をする。その間、騎士たちや見物人たちは真剣な面持ちで、リングの中の二人に注目していた。
「お姉ちゃん大丈夫かなぁ……」
「マズルカって人、かなりの使い手だぜ……かてっこないよ」
子供たちはリングの周りでひそひそと話し合っている。シェナは片手剣を手に取り、リングの中心に立った。マズルカは大剣をブンブン振り回し、その風切り音が遠くまで届く。シェナは一瞬、その迫力に圧倒されるものの、すぐに深呼吸をして心を落ち着ける。
「試合開始!」
その言葉と同時に、マズルカが大きく振りかぶる。そして、そのまま勢いよく大剣をシェナに向かって振り下ろした。
シェナは何をするでもなくへっぴり腰のまま、両手でもった木剣で防御しようとした。一切の躊躇いもない振り下ろしは、そのまま片手剣にぶつかる。鈍い音が響き、衝撃がシェナの腕に伝わる。大剣の重量がシェナの小さな身体に圧し掛かり、彼女は耐えきれずその場に尻もちをつく。
「うわっ……」
子供たちは思わず声を漏らし、目の前の光景に驚愕する。一方、グウェインは呆れたように顔をしかめていた。
「もうちょっと手を抜いてやりなさい」
「え!?何を仰るのです!本気でやらなければ彼女のためにはなりません!剣聖なのだから、これぐらいの試練を乗り越えてもらわなければ!!」
彼は全くもって容赦する気などなかった。そのまま彼は剣で殴りつけるようにシェナへと追撃する。シェナはうずくまってただ喰らうのみだった。衝撃が体に響き渡り、それから逃れようと彼女がもがく。周囲の子供たちは悲鳴をあげ、駆け寄ろうとするので止めるのが大変だ。
「もうやめてよ!!」
「お姉ちゃんがこんなことされるなんて……こんなの間違ってるよ!」
子供たちは必死に叫ぶが、騎士団のメンバーたちは彼らを止めるために動く気配はない。見物客たちも口々に騒ぎ始めた。それでもマズルカは構うことなく、何度もシェナを叩きのめしていく。
シェナがなぜ戦おうとしないのか、なんとなく分かる。剣聖の役から降りたいのだ。大衆の前で、自身の無能さを見せつければ適役の信憑性が曇り、またやり直せると考えているのだろう。剣聖なんて物を受け入れたくないのだから、これぐらいの仕打ちは我慢しなければならないならない。だがそれは、彼女にとってあまりにも過酷な状況だ。暫くそれが続く。
「いくら剣聖様とはいえ、ここまで試練が叩き込まれては反撃に転じることはもちろん立つことさえ相当な試練となるでしょう。そろそろ最後の試練を、その身に叩き込んであげましょう!」
マズルカは大きく息を吸い込み、地面に倒れているシェナへ剣を大きく振り上げる。それを見て子供たちはその場にいる全員で必死にシェナの名前を呼び続ける。
「シェナお姉ちゃん!!」
「お姉ちゃん、逃げて!!」
皆が叫ぶ中、木刀は振り下ろされた。彼女の頭へ向けて。会場の誰もが、シェナがもう助からないと思ったその時。次の瞬間、シェナの体がすばやく動いた。彼女は倒れたままの状態から軽く手を動かし、剣を逆手にもち、マズルカの一撃を防ぐよう、横に払う。その直後、一瞬彼女の時間が加速したように見えた。その間彼女は立ち上がってマズルカの背後を取り、彼の背中に剣を叩きつける。乾いた音が響き、マズルカはその衝撃で前のめりに倒れかける。周りにいた騎士たち、見物客たち、そして子供たちは一瞬の出来事に驚愕し、声も出せないまま固まった。
「え? 今の何が起きたの?」
一人の子供が驚きの声を上げるが、他の誰もがその状況を理解できていない様子だった。
「ハスティエット・カウンター.....」
グウェインがシェナの使った技の名称を呟く。会場は一瞬沈黙に包まれた。その場にいる誰もが、目を疑っていた。
シェナの目は、まるで別人のように鋭く、冷たい光を宿していた。初めて出会った時の、あの戦士としての彼女の姿が戻ってきてしまっていた。彼女の動きは、これまでの鈍さとは一転し、研ぎ澄まされている。シェナは軽やかに一歩前へ踏み出し、マズルカに向けて鋭い目を向けた。
「ふむ」
グウェインは再び声を漏らす。
「まだやるか?マズルカ」
「もちろんですとも。背中一発叩かれただけじゃ、試練は終わりませんよ!」
マズルカは立ち上がり、再度剣を構える。だがその目には、以前とは違う緊張感が漂っていた。彼の額には汗が滲み、焦りが見え隠れしているように見える。彼は深呼吸をひとつし、剣を握り直すと、シェナに向かって再び挑みかかる。
「うおお!!」
マズルカは声を上げながら、勢いよく剣を振り下ろす。シェナはその動きを見極め、素早く片手剣を横に滑らせ、振り下ろされた剣を弾き返す。木製の剣が激しくぶつかり合う音が、その場に響いた。マズルカは再び剣を振り上げ、今度は素早く斜めに斬りつけようとするが、シェナはその動きを読んでか、一歩後ろに跳躍し体勢を立て直す。さらに、まるで舞うような動作でマズルカの懐に潜り込み、素早く片手剣を突き出した。その動作は驚くべき速さで行われ、マズルカは反応するのが遅れた。シェナの剣先がマズルカの腹に当たり、彼は一瞬息を呑んだ。
「くっ……!」
マズルカは痛みに顔を歪めながらも、なおも踏みとどまった。再び剣を振り上げようとするが、その時には既にシェナの木刀が彼の喉元に一撃入っていた。容赦がない。その一撃は力強く、一瞬でマズルカの動きを封じる。マズルカの膝がガクリと崩れ、地面に倒れ込んだ。
「.........」
シェナは冷静な目で倒れたマズルカを見つめている。子供たちは目を見開き、信じられない光景に唖然としている。リングの外では、見物人たちも同じように呆然とし、ざわめき始めていた。
「なんという身のこなしだ……」
「これが剣聖……」
騎士団のメンバーたちも、思わず言葉を失った。グウェインはリング内で起きている光景を見つめながら、当てが外れたという表情で小さくため息をついている。何を考えてるのか、いまいちよくわからない。
「……終了」
彼の言葉が響き、試合は終了したかに思えた。
「待ってください.....まだ試練は終わっていません!!」
倒れ込んでいたマズルカが声を荒げながら、剣を握り直して立ち上がる。
「もういいだろマズルカ、お前今喉仏打たれたんだぞ。実剣なら首が飛んでる」
「だったら俺は彼女を何度も切ってるんです!まだあの試練に挑戦する権利はあります!!」
マズルカはシェナを睨みつけ、その目には焦りや怒りではなく、試練への執着が浮かんでいる。狂気じみた目だ。一体どうしてこんな奴が騎士をやっているのか。
それに対しシェナは無言のまま、木刀を逆手に持ち、姿勢を低くする。剣先がわずかに揺れ、まるで獲物を狙う猛獣のような雰囲気を漂わせている。リング内の空気がさらに緊張感を増し、マズルカは剣を握り直し、再び構えを取る。互いに睨み合い、緊張感が一層高まる。お互いに、一瞬の隙を伺うかのように微動だにしない。
シェナがよく行っている剣の逆手持ち、あれは癖なのかと思っていたけど、違う。恐らく逆手持ちがトリガーになって何らかのスキルを使おうとしているんじゃないか?
「なんだよあれ、さっきまでボコられてたくせに急に雰囲気が変わったな。変態かよあいつ」
「なんで変態呼ばわりなんだよ」
ルナリアは興味なさそうに、目を細めてリングを見つめている。一方で他の子供たちは食い入るように見ている。
「お姉ちゃん!無理しないで!」
「そうだよ!もうやめてよー!」
だがシェナは子供たちの言葉に反応せず、ただマズルカを見据えている。彼女は一歩、また一歩とゆっくりと歩み寄る。その足取りは何やら不気味な感じで恐ろしい。ゾンビが徘徊してるかのようだ。その瞳には、冷徹な決意が宿り、普段の明るく優しいシェナの面影は全く感じられない。マズルカはその冷酷な雰囲気に少し怯み、先に動いた。彼は全力で大剣を横に薙ぎ払い、シェナに仕掛けた。
「ワルヨーク・ブレイク!」
彼もスキルを唱えて全力だ。地面に沿って水平に来る薙ぎ払いに、シェナはそのまま前に飛び出し逆手にもった剣で軽く逆袈裟斬りをしながらマズルカの横をすり抜けた。
直後、両者微動だにせず、その場の緊張感が最高潮に達した。僕たちには今の流れでどちらにも攻撃が当たらなかったように思えるのだが。ひょっとして、互いの攻撃が見事に相殺されたのだろうか?
「おいラック、あれ.....」
ルナリアが珍しく青ざめた表情でシェナが持つ木刀を指さす。彼女の指が震えているのも始めてのことだったので、僕はその先の異常をすぐに探した。
「え?」
すぐに気づいた。木刀の刃の辺りに本来つくはずのない血がついている。それも少量なんかではない、人を切った直後かのように大量についている。おかしい、木刀では人が切れたとしてもこんなに鮮やかな赤が出るなんて、ありえない。リングの周りで子供たちは目を見開き、酷く震え始めていた。
「お、おい!マズルカ!」
グウェインがリングに入ると、マズルカは剣で切られたかのように腹部から肩まで大きな切り傷ができており、そこから大量の血液がリング内へ流れ出ていく。グウェインは彼の元へ駆け寄り、ポーションを一本彼の腹へとかけた。
「マズルカ、しっかりしろ!」
「俺の試練は……まだ終わってない……」
「ダメだ血が止まらん....とにかく早く医務室へ運ぶぞ!」
グウェインがマズルカを担ぎ上げると、周りの騎士たちが駆け寄ってマズルカを支え、走り去っていく。残されたのは、血に染まった木刀を持ち、虚空を見つめるシェナだけだった。周りの観客たちはその光景に完全に静まり返り、誰一人として声を発することができない。子供たちは目に涙を浮かべ、恐怖のあまりその場に座り込んだ。その間シェナは、ただ静かに佇んでいた。
「イカれたのか?」
ルナリアは興味深そうに首を傾げる中、僕はリングの中へと入る。今の彼女は緊張状態にあるんだ。何がトリガーで彼女が襲い掛かってくるか分かったもんじゃない。慎重に声をかけないと。
「シェナ……?」
「……」
ただ、無心で虚空を見つめている。僕はゆっくりと、彼女に近づく。僕が一歩近づくごとに、血の臭いが強くなっていく。シェナはただ立ち尽くすだけで、僕に気づく様子もない。
「大丈夫か、シェナさ……」
僕は手を伸ばし、彼女の肩に触れようとした。だがその瞬間、シェナは目を鋭くして、まるで自動的に反応するように僕の方へ木刀を振り払った。側頭部をそこそこの威力で殴られ、僕は地面に倒れてしまう。まるで自動車が頭に激突したかのような衝撃だった。視界がクラクラして、意識が遠のきかける。
「ぐあっ....」
思わず声が漏れ、僕は地面に倒れこんだ。するとシェナは木刀を手放したのか、カランと音がした。
「あ、ああっ!!」
途端に正気へと戻ったシェナは、急に態度を変えた。必死に僕へと駆け寄ってきて、意識を確認するように僕の肩を揺さぶる。僕の視界はグラグラ揺れ、焦点が定まらずぼやけていた。正直気分がさらに悪くなって困る。
「ラックさん!ごめんなさい、ごめん、私!私、なんてことを……!!」
彼女の声は震えている。どうやら自分がやったことに気づいているらしい。だけど頭がうまく回っていないせいで、うまく言葉が出てこない。彼女は混乱して、ただ謝罪の言葉を繰り返すばかりだ。どうしよう。目線だけ動かしてルナリアのところを見ると、彼女は特に気にする様子もなく黙ってこっちを見ているだけ。なんとかしてくれ、早く。その時シェナの目線が何かに気づいて、僕の後ろの方へ向く。その先には、子供たちが彼女に恐れおののいている姿が見えた。
「あ……」
シェナが声を漏らすと同時に、子供たちの中、誰かが呟いた。
「お姉ちゃん、怖い……」
その一言が、シェナの心を抉ったのか。彼女の顔が一瞬歪んだ。周囲の子供たちもその言葉に反応し、口々に小さな声を漏らしている。シェナは立ち上がり、彼らを見つめたまま、震える手で顔を覆った。子供たちは恐怖のあまり後退りし、一人、また一人とその場から逃げ出していく。
「待って、お願い!皆……」
シェナが何かを言いかけた瞬間、僕たちの周りに騎士団とは違う、装備をつけた人たちが現れる。
「うおっなんだなんだ。聖光の連中より随分いい装備してるじゃん」
その連中の中から、一人の男性が僕らの前へと出てくる。その男は真紅の外套と白金の胸当てを纏い、腰に下げられた装飾華美な剣が存在感を放っている。彼はシェナの近くまで来ると、ゆっくりと歩を進めた。シェナは頭を押さえ、苦悶の表情を浮かべたまま地面を見つめている。彼女に向かい合うように立ち止まった男性は、一礼する。
「初めましてシェナさん」
恭しい声が、リング内に響き渡る。だがシェナは反応することなく、ただ彼を見つめている。男は静かに微笑みながら続けた。
「私はこの中央聖堂にて異端審問官をしている、アデル・ベイツといいます」
彼の声は冷たくも聞こえ、周囲の緊張感が一気に高まる。
「貴方様は先ほどの模擬戦にて、聖光教団の騎士を切り大怪我を負わせたと聞いております。間違いないですか?」
アデルの目が鋭くなり、その瞳には厳しい意志が込められている。シェナは少し震えながらも、静かに答えた。
「え、ええ……そうです」
アデルは微かに頷き、手に持った書類のようなものを軽く確認しながら続ける。
「それではシェナさん。我々は貴方様を『異端者』として連行いたします。これは命令なので、少しでも抵抗するような動きがあれば、その時点で拘束します」
アデルが言い終わるや否や、シェナは目を見開き、慌てた様子でその場に立ち上がった。
「待ってください!私、そんなつもりじゃ……!」
しかし、アデルは微笑むだけでその言葉を受け流す。そして彼は手を挙げ、合図を送る。すると、彼の後ろに控えていた兵士たちが一斉に動き出した。兵士たちは素早くシェナを取り囲み、彼女は拘束され、連行される。最悪だ。そして僕もその異端審問官とやらに引き起こされ、リング内から出ることになった。この先僕は......シェナはこれからどうなるんだろう。




