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運に左右される魔法でも無双したいんだが  作者: シガ
2章 切り開く

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第26話 前日準備

 子供たちが仕事を終え、帰ってくる夕方。子供たちの笑顔で溢れ、孤児院の中はお祭り騒ぎのようだった。


 ライゲル先生や子供たちは、みんな笑顔で溢れていた。食卓の中、みんな楽しく、仲よく夕食を取っていた。


 しかし、僕やルナリアはその輪の中には入れず、なんだか浮かない表情でご飯を食べる。


「どうしたお二人さん、そんなえらく暗い顔してー」


 変わった口調の男の子が僕らに話しかけてきた。


「いや、なんでもないよ。ちょっと疲れちゃっただけ」

「そうか? まぁ魔物と戦ったんだし、疲れるのは仕方ないかぁ」

「うん、そう。ちょっと疲れてるだけ……」


 僕はそう言って、一杯水を飲む。本当なら酒でも飲みたい気分だった。だけどここは孤児院、そんな贅沢は言ってられない。浮かない表情を浮かべているのは僕だけだ。シェナもフェリアも、先ほどとは打って変わって楽しそうな笑顔でいる。そのことが余計僕を苦しませていた。


「今日の献立は先生が主導で作ってくださったんですよね....すいません....私が色々と今日、立て込んだせいで……」


 シェナの声は少し震えていて、僕は思わず視線を向けてしまった。


「そんなに気にしなくていいんですよ。私も久々に料理をして楽しかったですから」


 ライゲル先生は優しく微笑んで言った。


「それに私だってたまには昔宣教師として皆に振舞った時のように料理を作らないと腕が鈍って仕舞いますからね」


 先生はそう言うと少し冗談めかして肩をすくめた。晩餐の終わりごろ、ライゲルは静かながらも堂々とした様子で皆の前に立ち、話し始めた。


「今日は大変お疲れさまでした。このような事態に見舞われるとは思いませんでしたが、こうしてみんなと一緒に食を囲めることを、非常に嬉しく思います。これも皆が役割に徹し、お互いを信じた結果だと考えています。私はこのことを、神への信仰心と強力の力によるものと受け止めています。だからこそ、感謝と信頼を持って今夜を過ごし、明日もまた前進できるようにしたいと思います。皆さん、ありがとうございました」


 彼の言葉には深い慈しみと強い意志が込められており、食堂内は一瞬で静まり返った。


「そして今年も明後日から、聖誕祭がやってきます。この日を待ちわびた子もたくさんいるでしょう」


 ライゲル先生は一人ひとりの目を見て言っている。


「そしてその中で行われる”適役の儀”に、私たちの中から3名、参加する人がいます。シェナ・シナモン。ラック・フォーチュナ。ルナリア.......」


 ライゲルがルナリアの名前を呼びながら、ちらりと目線を向けたとき、彼女は微かに身を固めていた。そういえば、僕も彼女のフルネームを知らない。しかし、ルナリアは何も言わず、黙ったまま視線を落とした。


「とにかくこの3名に大きな拍手を!」


 周りのみんなが僕らに向かって拍手を送ってくれる。僕はなんだか恥ずかしい気持ちになってきた。まるで自分が注目の的になっているようで、居心地が悪いのだ。


「おめでとう!」


 子供たちの歓声が飛ぶ中、僕たちは複雑な心境だった。僕とルナリアは大してここに貢献しようという気持ちはないし、シェナは自分が希望するわけでもない役職に就くかもしれないという不安に襲われている。


「さらに、皆さんにもう一つ報告があります」


 ライゲルが続けざまに話し出すと、部屋全体が再び沈黙に包まれた。


「今回の聖誕祭....皆さんは教祖様とお会いし、直接教えを賜ることになります!」


 その瞬間、大きな歓声が響き渡った。孤児院内で長年憧れの存在であった教祖様との対面が実現するという知らせに、子供たちは飛び跳ねたり抱き合ったりして喜んでいる。彼らにとっては神話級に偉大な人物だろうが、僕とルナリアには全く興味のないことだった。


 僕はため息交じりにグラスを持ち上げて、軽く水を飲む。もう一度目を開けると、そこには子供たちの無邪気な笑顔ではなく、どこか切羽詰まった表情を浮かべるシェナに目を奪われた。彼女の目が潤んでいるように見える。それでも、誰も気づいていないのか、周囲はなおさら盛り上がっている。


 僕は少しだけ目を細め、心の中でただただ、この場の空気から逃げたいと思った。


 子供たちが寝静まってから、僕は自室を出て、ライゲル先生のもとへ向かった。ドアをノックすると、中から穏やかな声が返ってきた。


「どうぞ」


 こんな夜中に訪ねるなんて非常識かもしれないが、どうしてもなんとかしたいのだ。


「こんばんは……」

「こんばんはラック君。こんな遅くにどうしました?」

「実はライゲルさんにお願いがあって……」

「お願い?」

「聖誕祭での適役の儀、シェナさんの希望が通るよう手配してほしいんです」


 先生はゆっくりと僕の方を向き直った。その眼差しは優しさと真剣さと困惑と怒りが入り混じっていて、僕を圧倒させた。


「なぜですか?」

「それは……」


 一瞬躊躇ったが、ここで言わなければ意味がない。


「このままではシェナが自分の望まない役職に就くことになってしまっています。そしてそれが原因で不安定になっています。それを助けたいんです」


 一瞬の沈黙が流れた後、先生は静かに言った。


「ラック君、確かにあなたの気持ちは分かります。しかし、適役の儀というのは神聖なものであり、それに介入することは決して許されることではありません」

「分かっています……でも……適役というのは、本人の意志も考慮されての決定ではないのでしょうか。本人が納得できない役というのは、本当に適役なのですか?」

「神からの指令なのです。誰であってもそれを拒否したり、他人が干渉することなどあってはならないのです。」


 先生の毅然とした態度に、僕は動揺しながらも食い下がった。


「でも、本人が苦しんでいるんです.....!このままじゃ、シェナは自分自身を見失ってしまうかもしれな....」

「ラック君、冷静になりましょう」


 先生は静かに立ち上がり、窓辺に歩み寄った。


「あなたがシェナのために尽力したいという気持ちは尊いものです。しかし、信仰の道において、時には個々人の願いよりも、全体の秩序を優先する必要があります。適役とは、教会にとって不可欠な要素であるとともに、それを受け入れることで個人も成長する機会なのです。事情はなんとなく理解できます。ばれてしまったんですね。彼女の強さが。残念に思ってます。彼女の希望通りにしてあげたいと強く思います。ですが、私からは何もできません」


 僕は唇を噛み締めて先生を見つめた。これ以上言っても無駄だということは分かっていた。でも、何か言い返したかった。


「……わかりました」


 絞り出したような声で答え、僕は部屋を出ようと背を向けた。だが、扉を開ける直前に振り返り、先生に向かって小さな声で愚痴を吐いた。


「でも、ライゲルさん……ここは個々の願いがかなえられて、平和に暮らせる場所じゃなかったんですか?……もう少し、考えてやってくれてもいいじゃないですか」


 捨て台詞。返答を待たず、僕は部屋を出て扉を閉じた。廊下に出た瞬間、壁に拳を叩きつけたくなる衝動に駆られたが、なんとか耐えた。子供たちが起きるかもしれないし、そもそもまだ彼女がその役に付くとは限らないのだ。しかも大して関係が深いわけでもない。僕は何をムキになっているのか。こんなことよりルナリアとともにここから出る方法を考えるべきだ。でも、きっと僕は納得できていないのだ。この胸のモヤモヤは。


「畜生……」


 僕は小さく呟きながら、重い足取りで自室へと戻った。


 月明かりが窓から差し込み、ベッドの上にぼんやりとした影を作っていた。枕元に腰掛け、深いため息をつく。先生の言葉が頭の中に反響している。信仰上の理由だけでシェナの人生を左右するなんて、あまりにも理不尽だ。とはいえ、ここで何か行動を起こしても、シェナ本人が望まない形になるかもしれないというジレンマに陥る。


 シェナはどう思ってるんだろう……ふと、自分の心配が独りよがりなのかもしれないという疑念が湧き上がる。だが、あの不安そうな表情や暗い影を落とした瞳を見ると、どうしてもそうは思えない。割り切れてない。割り切りたくない。そんな気がする。


 翌日、僕は孤児院の人々と共に中央区へと移動した。広場に並ぶ色とりどりの露店や、祝祭へ向け街中の飾り付けを行う信者たちの姿が目に映る。明日はここへ招待される外の人々へ向けた市場が解放される。人々の笑顔と熱気に包まれた空気感は、昨日の出来事とは裏腹に華やかだ。


 先生は街の様子を眺めながら満足げに頷いている。ルナリアは人々の動きを目で追いながら、その視線にはどこか冷たさを感じさせる。そして、シェナは子供たちとともに、祭りの準備を手伝っている。彼女の表情は薄らと微笑んで見えるが、やはりどこか曇った部分もある。


「ラック、少し話がある。ついてこい」


 ルナリアが突然声をかけてきた。いつもの鋭い眼差しでこちらを見ている。


「え、あ、うん。わかった」


 何の用かわからないが、とりあえず従うことにする。彼女についていくと、人気の少ない路地裏へと連れて行かれた。街の喧騒が遠く聞こえる中、ルナリアは立ち止まり、僕の方を振り向いた。


「君さ、ここにきてからあいつのことばかり考えてるだろ。なんでそんな無駄なことするんだ?」


 単刀直入な質問に、僕は一瞬言葉を失った。けれど、すぐに口を開く。


「だって、彼女が……彼女が辛そうだから」

「それがどうしたんだ僕らに関係あるか?あいつはここの狂信者だ。勝手に神を信じ勝手に従順になって苦しんでいるんだ。君には関係ない」


 ルナリアは冷ややかに言い放つ。その言葉には一片の慈悲もない。


「でも僕らを助けて、特に何もしてないのにここに入れてくれたんだぞ?恩返しって言うか……心配の一つや二つぐらい」

「心配?君は他人の心配ができるような境遇にないだろ。僕らも勝手に教祖だかなんだかに今後を決められてここに縛り付けられそうって時にさ」


 彼女の言葉に苛立ちを覚えたものの、彼女の言う通りだった。このままこの教団の指示に従っていれば、いずれここに信仰心を持たねばならない。


「ラック、君はわかっていない。ここに居たら僕たちの人生は完全に管理されるんだ。それがどれだけ馬鹿馬鹿しいか.......一生この教団のために働くなんてごめんだよ」


 彼女の厳しい視線に射抜かれ、思わず目を逸らしてしまう。そんなことは百も承知だ。けど……


「確かにそうだと思う。けど僕は彼女を助けてやりたい。助けられたんだから恩返ししたいし」

「……また甘いこと言ってるなぁ。君がそうしたいなら勝手にしろよ。僕は......」


 その時、ルナリアは何か感じたのか、急に周りを警戒し始めた。


「......誰か僕らをつけてる」


 彼女は小声で呟くと、壁際に身を寄せ、上を向く。誰か建物の上にいるみたいだ。


「気配を消したり感じさせたり....挑発か」


 ルナリアはしばらく耳を澄ませ、辺りの気配を探る。僕も集中して気配を探すが、あちらこちらに散らばりすぎているのか、どの方向から来てるのか特定できない。


「近くにいるのかいないのかわからん.....」

「ルナリア、どうするんだ?」

「下手に動けばこっちが不利になる。だけど、こっちに近づいてくるのを待つのは危険だ。何とかして裏路地から抜け出さないと……」


 ルナリアが決断を下そうとした瞬間、周囲に違和感を覚えた。周りが徐々に霧で覆われていき、視界がどんどん悪くなっていく。


「……幻覚か?いや.....違うな」


 進むのも迷ってしまう。これでは袋の鼠だ。こうして戸惑っている間にも、相手はこっちに近づいてくるかもしれない。


「……ここは賭けに出るしかない。僕に任せろ、ついてこい。アース・ヴェスカルーン!」


 ルナリアは背後に壁を生成し、前方、路地を抜けるべく走り始めた。左右は建物の壁があるので、相手が来るとしたら普通は前方しかないだろう。


 しかし、追跡者はそんな簡単に事を運ばせてくれない。奴は突如、上から現れた。


「うわぁっ!」


 僕は驚きの声を上げる。ルナリアは想定済みだったからか一撃を難なくかわしていた。僕は地面に尻もちをつく。


「逃げるのはあまり関心致しませんよ。お嬢様」


 相手は女性らしい。フード付きの外套で顔を隠しているため姿は全く見えない。お嬢様?とはどういうことだ?


「お嬢様?……僕のことを言っているのか」

「当たり前です。我々はずっと探していましたから。あんまり皆様を心配させてはいけませんよ?」

「心配してるはずなのに、何故そんな攻撃的な姿勢を見せるのか。君アレか、エルフか」

「如何にも。あなたを連れ戻しに王から勅命が下されたんです。ご同行願えますか?」


 その時、風が吹き、フードが一瞬落ちかけた。そこで見えたのは特徴的な尖った耳。紛れもない、エルフ族である証拠。


「やっぱりか。僕の居場所をどうやって特定したのか……まあいい。こっちに来いと言われて行くと思うか?」

「……そうですね。ならば力ずくで」


 エルフは壁を蹴って三角に跳ぶと、ナイフでルナリアに襲いかかる。ルナリアは魔術で生成した岩が付いた杖で受け止め、鍔迫り合いとなる。たった一瞬の出来事。


 素早く受け流したエルフはルナリアに回し蹴りを浴びせると再び上に跳躍し霧の中へ消えていく。次はどこから出てくるのか。


「ルナリア!大丈夫か!」

「……あぁ!問題ない!」


 僕は恐怖でその場から動けずにいた。エルフとルナリアが戦闘をしている間も、ただ呆然と立っているだけだ。しかしふと我に帰り、なんとか思考を巡らせる。


 ……このまま呆然としてていいのか?もしルナリアが敗北した時、僕一人で対処することができるのか?いや、できるわけがない。僕は……僕にできることは……。


「ボッカス・ポーカス!」


 街中で使うというのは、非常に危険な行為。一瞬で街が火の海に飲み込まれ、街の人々全てを殺してしまうかもしれない。だが、そんなことを恐れていては何もできないんだ。


「ルナリア!気を付けろよー!」


 さて何が来るか。正直なところ、不安しかない。ソワソワとしていると、僕の頭にポツ、と小さい刺激が落ちてきた。冷たい感覚に驚いて上を見る。


「……雨?」


 頭に落ちてきた水滴は、空から降り注ぐ雨だった。気づいた途端にそれは滝のような大雨へと変わり、辺り一面を濡らしていく。


「おいラック!!これじゃ気配が!……くそっ!」


 ルナリアが慌てて僕の方に怒鳴り返す。まずい、雨粒の音で何も聞こえない。視界も晴れないし、エルフの位置もわからない。もっかいボッカス・ポーカスを、なんて思ったその時、ルナリアが前のめりに倒れ込む。


「ルナリア!?どうした!」


 駆け寄ろうとする僕の後ろに、何かの気配を感じる。振り返るとそこにはエルフが、いた。ルナリアは一瞬で気絶させられたんだろう。土砂降りだというのに彼女のフードは全く濡れていない。


「次は貴様だ人間。貴様のような無能でも欲しがる奴は不思議といるらしい........連れて差し上げましょう」

「な、何言って……まさか、ペーラン商会か!」

「ほぉ?勘だけは鋭いんだね。まぁ完璧に正解じゃないが.....」


 僕へと寄ってくるエルフ。このままではまずい……素早く背後に回られたかと思えば僕の首筋にエルフの細腕が絡みつき、そのまま一気に締め上げられる。


「ぅあ……!っクソッ……!」


 意識が遠のいていく中で、何とか抗おうと必死にもがくが、それも虚しい。プロの刺客だ。勝ち目などあるはずがない。僕の身体が言うことを効かなくなり始めた矢先、突如として背後から強い力で引き剥がされる感触があった。


「なにっ」


 ボケた視界で背後を見ると、そこにはシェナの姿があった。


「ラックさん!大丈夫ですか!?」

「どうしてここに……?」

「二人共いなくなってフェリアに聞いたら………路地裏に行ったって」


 シェナは僕を庇うようにエルフの前に立ちふさがる。雨で濡れた髪から滴る雫が肩にかかる。


「この霧と土砂降りの中、よく見つけたね。すごい」

「誰なんですか貴方は、アルビオン教の教義で被り物をするのは禁止されているはずですが.....」

「はぁ……面倒くさいね、そういうの」


 エルフの刺客がシェナと僕を睨みつける。雨音が激しく響く中、緊張が場を支配する。


「それなりに修羅場を潜り抜けてるみたいだね......私好きだよ。そういう娘」


 エルフは左手のナイフを構える。僕は恐怖と混乱で声も出せず、ただその場に立ち尽くすことしかできない。


「....貴方みたいな人に好かれたくありません。大人しくここから立ち去ってください」

「ふふっ、可愛いねぇ……そろそろ霧が晴れるからよくないんだけど、ちょっと遊ぼうか」


 エルフは右足に力を込めてシェナ目掛けて突撃してきた。だがシェナもそれを見越しており、同じタイミングで突撃しエルフの左手を掴んで抑える。そして懐めがけて膝蹴りを叩き込んだ。


「うっ……」


 その衝撃にエルフは怯むが、すぐさま持ち直し、今度は左足で壁を蹴り、その勢いで向かいの壁にシェナの背中を叩きつけた。


「んんっ!!」


 エルフはそのままシェナの首筋を右手で掴み、壁に押し付ける。そして一瞬の隙を突いてナイフを首筋目掛けて振るう。


 しかし、シェナは咄嗟に腕を振るい相手の腕を弾き返す。それでエルフの拘束が緩んだ瞬間を逃さず振り切りふり被った左手でエルフを殴る。その拳が顎に当たり、エルフの体は大きく仰け反る。隙あり、とシェナは足払いを掛け、バランスを崩させた。


「シェナ……すげぇ……」


 僕はただ呆然と彼女たちの戦いを見守ることしかできなかった。だが、エルフはバランスが崩れたふりをして体を回転させながらオーバーヘッドキックをシェナの肩口に当てた。ガードも間に合わず、彼女は吹き飛び地面に叩きつけられる。


「……なかなかやるねぇ、最高だ」


 エルフは立ち上がり、服についた埃を払い、再び身構える。第二ラウンド開始かと思われたが、霧が徐々に晴れ始め、雨も止み、街の音も戻ってくる。エルフは悔しそうに舌打ちした後、ナイフをしまいフードを深く被り直しそのままどこかへと去っていった。路地裏を照らす光が明るくなり、異様な緊張感がようやく薄れていく。シェナはゆっくりと立ち上がり、深呼吸して僕に振り返る。


「ラックさん、怪我はありませんか?」

「え?あ、あぁ、なんともないよ。シェナさんも結構重いの食らったけど、大丈夫?」

「平気です。それより早くルナリアさんを連れてここから出ましょう。先生に報告しないと」


 シェナは冷静な口調で言い、ルナリアの体を担ぎ上げ走り出す。僕は驚きつつも彼女に従った。やはり彼女の強さは、天性の才能か鍛錬の賜物か……只者ではない。どれだけ彼女が子供たちの世話を努力しても、この強さには評価が到底及ばないだろう。悲しい話だ。


 この襲撃はライゲル先生から教団本部へ報告され、厳重注意処置として全施設の警備体制を強化するという運びになった。急に中央区全体が霧に覆われたり大量の雨が降ったりしたことは大きな波紋を呼んでいたようで、災害の凶兆かと人々は怖がっていたらしい。一体どんなスキルを使ったら区画一帯を霧で覆えたり出来るのだろうか。あのエルフはとても強い。ペーラン商会が一枚かんでいたのはわかったが、どうもルナリアに執着していた。彼女とあいつに何の繋がりがあると言うのだろう。少なくとも彼女と同じでエルフなのだが、ルナリアのことをお嬢様と呼んだり、王から勅命が下されたと言っていた。なんの勅命かは分からないが、もしかしたらルナリアの正体は思ったより偉い人間なのかも知れない。前のパーティーの愚痴はベラベラ喋るのに、自分の出自については全く話さないのは結構深い訳がありそうだ。まぁ自分から話さない限り、僕がそれを追求することはないが。


 彼女は今日孤児院の面々が滞在する中央区の宿舎に運び込まれて即目覚めた。明日の儀式に支障はなさそうなので良かったとライゲル先生が安堵していたが、彼女自身は妙に深刻な顔をしていた。子供たちとライゲル先生が明日行われる教祖との面会について色々隣の部屋で話している間、シェナさんと僕、ルナリアはラウンジみたいな場所で待機していた。僕たち3人には個室が与えられているので3人一緒にいる必要などないのだが、この後すぐ近くの食堂で夕食があるため、いちいち部屋へ向かうのが面倒なのだ。でも暇。その辺のテーブルの上にある聖典などを読む以外にすることが無い。が、聖典など読む気にならない。ルナリアも同じ気持ちなのか、頬杖をついてウトウトしていた。一方シェナさんは子供たちのいる隣の部屋をジッと見つめていた。なんとなく寂し気な表情で、彼女の内心がなんとなく見えてくる。あの子達の面倒を見るのが今日で最後なのかもしれない、と。彼女を見つめていると、不意に彼女がこちらを向いた。ギリギリ目が合うのは回避できたけど、僕が見つめていたことはバレてしまっただろう。


「……」


 気まずい空気が流れる。僕は目を泳がせて俯く。無言の時間が流れる。しばらくして、シェナが重い口をひらいた。


「あの……ラックさんって昨日の夜、ライゲル先生の部屋に訪れていましたよね」


 あれ、彼女にバレないよう細心の注意を払いながら部屋に行ったはずなのに……


「いや……いえ、行きましたね。はい。ライゲルさんに用があったので……」

「私のことですよね」


 まさかそれすらもバレているとは……彼女が少し拗ねた顔でこっちを見つめる。


「気遣っていただけるのは嬉しいんですが、ライゲル先生に無理を言ってまで私の希望を叶えさせようとするのはちょっとやりすぎですよ」


 彼女は少しばつの悪そうな顔をした。


「でもシェナさん、そうでもしないと貴方は騎士の役割を授かっちゃうんですよ....あなたが今まで自分の力を隠蔽してきたのも、子供たちの面倒を見る保育師役を任せてもらいたいからじゃないんですか?いくら適役の儀が神からの祝福であるといっても、本人の意志が尊重されるべきだと思ったんです」

「……もうどうしようもないんです」


 彼女は少し泣きそうな顔をして言葉を濁した。


「ここまで来た以上、神のお告げを受け入れる以外に選択肢はないんです……儀式は公平に、平等に行われる物。私だけが例外なんてことはないんです」


 僕は言い返す言葉が見つからず、ただ黙ってしまった。彼女の言う通り、適役の儀は聖なる儀式。僕みたいなよそ者が異を唱えても何にもならない。だが、心の奥底では納得できない自分もいる。しばらく沈黙が続いた後、ルナリアが突如咳払いをして割り込んできた。


「お取り込み中悪いけどさ、めそめそ悩んでいる意味が分からないんだよね。別にガキどもと二度と会えないわけじゃあるまいし、子供達の面倒がみれなくなるだけだろ?いいじゃないか他人の面倒を見るなんて面倒くさいことせずにさ今後も会えるんだから」

「いや.....みんなと一緒に暮らして、一緒に笑ったり、時には喧嘩したり、そういう生活を重ねていくからこそ、みんなのことが尊く思えるんです。面倒だなんて思わせないくらい濃い時間を共有してたんです」

「そんな目に見えない関係の良さは無意味だったってことだよ残念だったね。あーあ、何で君はこんなに強いんだよ。僕は最近、コイツのせいで負けてばっかだし、最悪だ。君の強さが羨ましいよ」


 ルナリアはそう毒づいて眠そうに欠伸をした。本当に嫌な奴だ僕の愚痴までついでに言われるとは。それに対しシェナは悲しそうに目を伏せている。


「……強くなりたくてなったわけじゃないんです。強くならないと生きられないから……」

「そんな当たり前のことぶつぶつ言ってどうしたの?やめた方がいいよ、そういう同情を誘うようなこと」


 シェナは何かを堪えるように目を瞑る。


「何も知らないくせに……あなたに何が....!」


 シェナがキレてルナリアに詰め寄りかけたその時、隣の部屋の扉が開いた。子供たちとライゲル先生が出てきて、シェナを見つけると子供たちはわらわらと群がってきた。シェナはすっといつもの柔和な表情に戻る。


「お待たせーお姉ちゃん!ご飯食べよ!」

「みんな早いね〜。教祖様に聞きたいことの相談は終わったのかい?」

「終わったよ!もういっぱい.....数えきれないほど質問しちゃうから楽しみだなぁ!」


 子供達は目を輝かせてシェナとライゲルの周りをくるくる回りながら食堂へと向かった。フェリアは僕のところに来て、「お兄ちゃんたちも早く早く!」と手招く。


 彼女と子供たちがこうして笑い合う光景が、明日以降なくなってしまうかもしれないと考えるだけで、胸の奥がずしりと重くなるのを感じた。だが僕らは審判の日をただ待つしかできない。適役の儀の運命、彼女の道筋は、大きく狂い始めるのであった。

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