決意を胸にお尋ね者へ
俺が住む家はバルク村という人口数十人の小さな村の外れにある。
人口だけなら小さな村だが、近くにD級、C級、B級のダンジョンがあるため、冒険者が良く来る。
結果、バルク村は小さな村ながら、そこそこ繁盛している。
だからこそ、小さな冒険者ギルドがあった。
「アレン! 生きていたのか!」
冒険者ギルドに戻ると、親友兼受付のギルが満面の笑みで迎える。
「ブラッドから死んだと聞いたのか?」
「囮になってくれたと泣いていたよ」
ギルは言うと即座に報酬を受付に出す。
「良いのか? 失敗したのに?」
「ブラッドたちは失敗だ。だがお前は雑用係でしっかりと仕事をこなした。おまけにブラッドたちも無事に帰した! 成功成功大成功だ!」
愉快な男だ。見ていて飽きない。
「結構多いぞ?」
金を数えると水増しされていた。
「ブラッドたちを生かして帰した報酬と、俺からの思いやり。そろそろ妹さんの薬が必要だろ」
「覚えていてくれたか」
そろそろ薬が切れる。そこにこの報酬はありがたい。
「親友だろ! お前の妹のためなら火にだって飛び込む!」
「お前に妹はやらねえぞ」
「連れないこと言うなよ! お兄ちゃん」
「ふざけんな」
軽口を言いあって笑いあう。とても楽しい。
こいつが居たから、アレンは絶望に押しつぶされずに済んだ。
「それにしても、酷い格好だな」
俺は服が焦げだらけに体はあざだらけで血まみれだった。
「偶然山火事が起きて助かったが、その前に殺されかけた」
魔王の力に目覚めたとは言わない。面倒なことに巻き込まれたくない。
「災難だったな。良ければ奥の風呂で体を洗え。服は俺のをやる」
「ありがとう」
「親友だろ? 頼ってくれ」
ギルのお言葉に甘えて、風呂へ向かう。
そして脱衣所の前に来ると、誰も居ないことを確認してため息を吐く。
「さすがに全盛期とは言えないな」
体の節々が痛む。疲労も感じている。
魔王時代では考えられない感覚だ。
「前世を思い出したとはいえ、元は最弱の体。魔王時代に比べると魔力は圧倒的に低い」
魔法は魔力を消費して使用する。強力な魔法を使えばその分魔力が必要になる。
上級炎魔法の≪プロミネンス≫と初級水魔法の≪ウォータークリエイト≫、そして初級治癒魔法の≪ホーリー≫を使っただけで空っぽになった。
「おまけに関節と筋肉が弱い。思いっきりぶん殴ったら脱臼する」
グレートオーガの顔面を砕いた足は捻挫している。
「才能の無い体に転生してしまった。魔王時代以上に油断できない」
魔王時代は最強だった。それなのに勇者に殺された。
この体では不意を突かれれば簡単に死ぬ。
だから油断できない。
「しばらくは身分を隠して行動しよう」
賞金稼ぎは恨みも買う。素顔を晒しては妹にも危害が及ぶ。
暗殺のリスクを減らすためにも、慎重に慎重に行動しよう。
「まあ、人間たちにはいいハンデだ」
最弱になった程度で負けるほど、魔王は弱くない。
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風呂から上がると礼もそこそこにギルドを出る。
「ありがとう。明日の朝、また依頼を探しに来る」
「いくら金を稼げるからって無茶するな。お前は悲しいが最弱なんだから」
「耳の痛い忠告、感謝するよ」
親友のギルも俺が魔王であると気づかない。
今はそれがありがたい。
なぜなら俺は魔王ガイであると同時に、心優しく最弱の青年、アレン・ウェスカーなのだから。
それから寝静まる村を歩く。そして村を出て小さな森の中に入る。
そこに我が家がある。
「小さい家だ」
思い入れのある家だが、改めて見ると小さい。
部屋は一つでベッドは二つ。台所も食卓も寝室も兼ねた一間の家だ。
以前の家は生活のために売り払った。だからこんな貧しい家に引っ越した。
「思い入れはあるが、やっぱり、アンリには似合わないよな」
貧乏な暮らしにうんざりしながら家に入る。
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
アンリはベッドに座りながら、開かない目を笑わせた。
「ただいま。遅くなってごめんよ」
ふとテーブルを見る。硬いパンと冷めた屑野菜のスープがあった。
「まだ夕食を食べていなかったのか?」
アンリは両手足が動かない。だから抱っこしてベッドから椅子に移す。
「夜はお兄ちゃんと一緒に食べたくて」
アンリは可愛らしいことを言う。痩せすぎな体だからしっかり食べて欲しいのに。
「あまり無理するなよ? 食べたいときはしっかり食べろ」
「お兄ちゃんと一緒に居る時が食べたい時だよ」
まだ15歳になったばかりなのに、泣かせることを言う。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
とにかく、食事を始めた。
アンリは手足が動かないから一人で食べることもできない。だから俺が食べさせる。
「今日も宿屋のメールさんがお世話に来てくれたのか?」
日中は村の人々に世話をしてもらっている。村の人々は無償で引き受けてくれる良い人たちだ。魔王時代では考えられない。
「今日はギルのお嫁さんが来てくれたわ」
「ターニャか! ギルとは仲良くなってるのかな?」
パンを屑野菜のスープで柔らかくして、口に運ぶ。アンリは柔らかくしないと食べられないほど弱っている。
「赤ちゃんが出来たみたいですよ」
一口食べると美味しそうに微笑む。
香辛料も何も無い、屑野菜と風味付けの薬草を煮ただけの味なのに笑ってくれた。
それがどうにも悲しい。
「それはめでたい! 今度お祝いしないとな」
それでも声は明るく。アンリが気丈に振舞うなら俺も気丈に振舞う。
「そうですね。私も何かお祝いしないと」
「ならいい香りのする香水を作ってみようか」
「いいですね! 私がお花を選ぶから、お兄ちゃんが作って」
「もちろんだ!」
一家団欒を楽しむ。
「お兄ちゃん?」
突然、アンリは寂しげに口を閉ざす。
「また、危ない目にあったんでしょ? 焦げた臭いと血の臭いがする」
アンリは目が見えない代わりに嗅覚と聴覚が発達している。
「仲間が守ってくれたから大丈夫だった。間一髪だったけどな!」
嘘だ。だがアンリを寂しがらせるわけにはいかない。
しかし、アンリは首を振る。
「私はもう良いの。お兄ちゃんが幸せになってくれればそれで……」
「馬鹿な事言うな」
ポンポンと頭を撫でる。
「アンリが居るから頑張れる。いつだってそうだ」
「でも……私、お金ばっかりかかる役立たずだし……何もできないし……」
暗い声だ。
アンリは動けない自分を責めている。夜、泣いているから良く分かる。
「安心しろ」
ギュッと抱きしめる。
「お兄ちゃんはアンリを守る。だから絶対に死なない」
守るものがある。だから二度と死なない。
「……うん」
アンリは弱弱しく頷いてくれた。
「そろそろ寝る時間だ。その前に体を拭いてあげるよ」
アンリは体を拭けない。だから必ず洗ってあげる必要がある。
「……嫌だな……せめて、下くらい自分で洗いたい」
棘のある言葉はアンリ自身に向けられている。
「金を稼いだら動けるようになる。それまでの辛抱だ」
気を遣う問題だ。だが気を遣い過ぎると病気になる。
それがアンリを傷つけると分かっていても、やるしかない。
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アンリの体を拭くと、洗濯しておいた服を着せて先にベッドに寝かせる。
「お休み」
お休みのキスをする。
「お兄ちゃん……お話があるの」
いつもならアンリは「お休みなさい」と言ってくれる。しかし今日は違った。
「私、ゲールさんから奴隷になれと誘われているの」
「何だと!」
びっくりして思わず大声を出す!
ゲールは小金持ちの貴族の息子だ。そこそこ剣が上手い騎士見習いで、冒険者ならC級の腕前だ。
しかし、実態は最悪の一言。性奴隷を何人も侍らせ、飽きたら娼館に捨てるクソ野郎だ。
そんな奴がアンリに話しかけた! それだけでも許せない!
「私、ゲールさんのところに行こうと思う」
「行く必要は無い! お前は俺の傍に居ろ!」
どこにも行かない様にギュッと抱きしめる。
「でも……お金をくれるって……薬代もくれるし、頑張ればお医者さんにも見てもらえるって」
しかし、アンリは涙を流して拒絶する。
「止めてくれ! 俺にはお前しかいない! お前だけが頼りなんだ!」
腹の底が冷える。ゲールへの怒りで気が狂いそうだ!
「アンリ。金なら何とかする。だからゲールのところには行くな」
痛いくらい抱きしめる。
「お兄ちゃん……痛いよ……」
「お前が馬鹿なことを言うからだ」
再度見つめ合い、お休みのキスをする。
「お休み。今日はもう寝るんだ」
「……お休みなさい」
アンリは涙を流しつつ、微笑んだ。
とてつもなく、胸が苦しかった。
アンリを寝かしつけると外へ出る。
洗濯のためだ。
アンリの服と下着、そしてタオル、毛布は、どうしても汚れてしまうから、念入りに洗う必要がある。
しかし、今夜の目的はそれだけではない。
「最初はD級ダンジョンに住み着く盗賊だ」
冒険者ギルドに行った際、手ごろな賞金首を見つけた。
賞金首はD級ダンジョンを根城にする盗賊だ。D級冒険者など初心者の身ぐるみを剥ぐ小悪党だが、最初の相手には丁度いい。
「稼がせてもらうぜ」
デッドオアアライブ。抵抗するなら容赦なく殺す。




