The daylong day end
死屍累々。バーはあっという間に血の海だ。
一瞬の戦闘、ユーリは返り血を浴びる事もなく、涼やかな顔をしていた。銃口をアイアトンへ向ける。
「いやあ、鮮やかなお手前だ。僕なんか比べ物にもならない。そんな素晴らしい腕を持ったあなた方が、僕の事を捜し出して。ああ、何という感動だろう。地獄への手土産にあなた方の名前を聞かせていただけないでしょうか? もちろん、通り名でなく、本名をです」
アイアトンの言葉に対して、不敵な笑みを浮かべるカレンとユーリ。
とてもじゃないが、人間を喰らうこいつが自分たちと比べるべくも無い上、鮮やかなどと褒められても嬉しくも無い。寧ろ不快極まりなかった。
「ナマ言ってんじゃねえよぉ、すっかたーん」
カレンはそう言い放ち、ひらりとステージを下りてユーリの元へ引き返した。
「……えーっと、つまりはこう言う事ですね、アイアトンくん。凄腕の殺し屋に狙われてみたい一心で、君はこんな馬鹿げた連続殺人を――うん、気持ちは解らないけれど、良く頑張りましたねえ」
ユーリはアイアトンを真似てか慇懃な口調で言いながら、デトニクスのスライドを引き、残り一発の銃弾を弾き出すと、それを掴み取り拳をアイアトンへ突き出した。
カレンはナイフを仕舞い、ポケットから板チョコを取り出して齧りついた。
「――舐めているんですか? 意味が解らない。何をしているんです」
ユーリはデトニクスをポケットに仕舞い、カレンの喰いかけの板チョコを奪い取って残りを頬張った。
「わー、せっかく最後の一口だったのになんてことを」
「――もう溶けてふにゃふにゃになってんじゃねえか」
「おい! お前ら何をしていると聞いているんだ! さあ、僕を殺してみろッ! ユーリ! カレン!」
「いやぁ、なんつっかさ、うちのカレンは良く分かってくれてるんだ、こう見えていい子だからな。こういう時は、相手を喜ばせる真似はしたくないし」
「…………何だと?」
「――お前と話す事はもう無いって事だ。あ、ついでに一言。気安く名前を呼ぶな、くそったれ」
ユーリの一言の後、カレンが笑みを浮かべながら肩を竦めた。
「さっきから何をッ――」
アイアトンは目を見開いた。直後、一発の銃声と共に、彼の腹部から鮮血が吹き出した。
「あ、ぐアァッ! な、なん……?」
驚愕とともに彼が背後を振りかえると、そこには銃を構えて震えている少女。その手に握られた銃は、カレンが蹴り飛ばした坂田が持っていたあの銃であった。
肉を喰い破られた腕で必死に銃を掴んで、痛みに堪え涙を零し、血に塗れながら、その眼光には一筋の光が戻っていた。
「おい、お前ごときが、僕にこんな、こんなことをしてッ――」
もう一発の銃声、頭を打ち抜かれたアイアトンがステージから転げ落ちた。呆気なく凶悪な食人鬼は絶命した。
後には静寂のみだ。
「ああ、狙ってた獲物をあんな小娘に横取りされちまった。それにしても良い腕だ、綺麗に脳天ぶち抜いた」
「って、もう自分で殺すつもり無かっただろユーリ。あたしはそれに乗っただけなんだからな」
「ああ、もちろんそれでいいんだ、良くやったなカレン」
そう言ってユーリはカレンの頭を撫でた。見る見るカレンの頬が緩んで行く。
「えへへぇ~、もっと撫でろ~。ふにゃぁ、今日初めて誉めてくれたぁ! 何か一日ユーリ機嫌悪かったもんな~今日は」
そうしてユーリに抱きつくカレンの頬笑みは、天使と形容できる子供の無邪気な笑みであった。それは同時に恐ろしくさえある。
ユーリはカレンを連れて、ステージ上で震える少女の元へ歩み寄った。
「お譲ちゃん、良くやってくれた。自身にされた行為の分はきっちりし返したな、立派だよ――だが、同時に伝えておかなければならない事も有る。君はもう助からない。出血が多すぎるからだ。だが、それだけじゃない、あまりに酷かもしれないが、言っておく。君の父上を直接殺害したのは、俺たち二人だ」
虫の息となりながらも、その顔を上げて少女はユーリとカレンを眺める。
驚きに目を見張ってはいたが、しかしその表情は不思議と穏やかだった。
「ユーリ……?」
「俺たちを許せないなら、その銃で撃てばいい。それで全部終わりだ」
「ユーリ!」
「黙ってろカレン。俺はこの娘が何者か解った時から、その積りでいたんだ。とんでもなく予想外の展開にはなったが……ここからの選択は全て彼女に委ねる」
しかし、震える少女は薄らと笑みを浮かべたまま、声を絞り出す。
「ユーリさん……と、カレン、さん……。私の父も、叔父も、この町で人には言えないような、仕事をしてました。……母を捨てた人です。母も、もうこの世を去りました。私は、隣町の……女学院の寮に住んでたんです。近くに、いる事は知っていました……でも、会いたいとは……思っていませんでした。出逢っていたら、私が殺していた――かもしれない。恨んでいたんです」
「えぇえぇ、その割には、パパ~っつって泣いてたじゃんかよぅ」
「茶化すなよお前は」
「……あれは、幼い時の、優しかった父の……面影に縋っていただけです。昔は、良い人でした。ですが、もう、こうなってしまっては、……諦めています」
少女は震える手で、銃を構える。カレンは必至で堪えているようだった。
その銃口がユーリに向けられる。この時点で、彼を守るためにはその手を斬り飛ばしていなければならない。本来ならば。
しかしユーリがそれをさせないでいる。
「あなたたちも、大切な人を、その男に……殺されたんでしょう? だから、私はあなたたちを恨んだりしません」そう言って、少女は笑った。
「……すまない。君は気高く、立派だ。もっと早く君を助けるべきだった」ユーリが頭を下げる。
「……ごめんなさい」カレンもそれに続いた。
「あの男が死んで、これでお終いです。もう、これで……」
二人が顔を上げる前に、少女は自身の頭を撃ち抜いて、自害した。再び拳銃が転がり落ち、顔を伏せた二人の目の前に存在感を示した。
「…………俺たちよ、そんなに長くは生きていないがよ。こういう仕事を続けてっと、まあ、こういう事もある訳だよ」
血に染まった銃を拾い上げ、ユーリは一人ごちる。
「もしかして、また辞める気になった?」
「はは、冗談。俺たちもこうなったらもう駄目だろう、辞めるとしたら、弾を食らった時とか、隠居とか、その変だ。その時が来るまでは、まだまだ殺す。生きるにはそれが必要だ」
「じゃあ、……なんでその娘に撃たれようと思ったのさ? その積りだった……って言ってたけど」
「殺すって言ってんだから、殺される覚悟もしておかにゃ、だろ。それに、まあ、復讐されて死ぬなら本望……と言う気もしたんだ。都合の良い話には都合のよい結末が必要だ。――復讐と言えば、確かに俺たちもそうだったが、アイアトンは絶対殺すって決めてたが、――その娘が、銃を必死に構えてるの見てたら、どうもなぁ、そのまま撃たせてやりたくなったんだ。これじゃトレーシーには悪いけどな、なんでだろうな。……そこんとこは、謎って奴だな」
「復讐されたいなら、そんならアイアトンのあほと同じじゃないか。ユーリのあほーっ」カレンは、アイアトンの死体を蹴り飛ばして、地団太踏んでぷんすかしている。まるで子供が駄々をこねている様だがとても、凄まじい光景である。
「一緒にするな――って、言うの二回目だなこれ。俺ってそんなにアイアトンに似てるか?」
「いや、似ても似つかんね」
「じゃあ同じとか言うなよ。ところで、坂田はどうするんだ。お前あいつの復讐止めちまって、逆に恨まれたら世話ないぜ? 持ち主が知らない所で銃は二度も使われるし。――とりあえず、置いておく訳にもいかないし、連れて帰るか。カレン、一応縛っておいてくれ」
「わかったー、にひひい」
こうして、ユーリとカレンの、長かった復讐の一日が終わった。この拾い物が、また一波乱を呼ぶとも知らず。
そして、二人の『夜』はまだ終わらない。
――〈了〉――