第六十話 あかるい仕事場
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
朝、市役所の前に、見学用の立派な馬車が止まっていました。
看板には『光を作るお仕事見学 案内』と書いてあります。
通りかかった街の人たちが興味深そうに中を覗こうとしていましたが、市役所の職員さんが「申し訳ありませんが、こちらは特別な方のみのご案内でして」と、やんわりお断りしていました。
でも、私のお顔を見ると、職員さんはにこやかに手招きをしてくれました。
「マシュマロちゃん。本日は金色のメダルはお持ちですか?」
私がポケットからメダルを取り出して見せると、「街で使われる光を作っている場所の見学会です。お時間があれば、ぜひ」と、すぐに案内してくれました。
馬車の中には、綺麗なドレスやシルクハットを着た大人たちが乗っています。座席はふかふかで、とてもいい匂いがしました。
馬車が走り出すと、側面に『あかるい』と大きく書かれた黒いバスが、私たちを追い越していきました。
向かいに座っていたドレスのおばさまが、上品に微笑みます。
「あら、作業員の方たちのバスね」
隣のシルクハットのおじさまも、目を細めてうなずきました。
「ええ。お仕事の時間に間に合うように、あんなに急いでいらっしゃる。本当に感心なことです」
窓の向こうには、灰色の服を着た人たちがぎっしりと乗っています。みんな下を向いて、ぶるぶると震えていました。
一人だけ、首元に真っ赤なスカーフを巻いたおねえさんがいて、その色が目に留まりました。
「わあ、お仕事の人たちだけの専用のバスだ。すごいな」
これから街を明るくする大役なので、みんな緊張しているみたいです。
街の外れに、窓のない大きなドームの建物がありました。
正面に、『あかるい仕事場』と大きく書かれています。
馬車を降りると、足元の地面から、ドクン、ドクンと静かな揺れが伝わってきます。ほんのり甘くて、少しだけ焦げたような匂いがしました。お砂糖を焦がした時みたいな、あたたかい匂いです。
門の外に、案内のおじさんが立っています。
「皆様、本日のイベントへようこそ」
私たちは建物の中には入らず、外側をぐるりと回って、裏手へと進みます。
そこには、映画館のスクリーンみたいに大きなガラスがありました。
ガラスの前のスペースには、ふかふかの分厚い絨毯が敷かれていて、お上品なレースの天蓋まで張られています。まるでお城のテラスみたいです。
「作業員たちが準備を終えるまで、どうぞこちらで」
おじさんの案内で、天蓋の下に並んだ椅子に座ります。綺麗なワゴンが運ばれてきて、グラスに入った甘くて冷たいお飲み物まで配られました。特別なお客様になったみたいで、とってもわくわくします。
大人たちはグラスを傾けながら、楽しそうに笑い合っていました。
「今日は最後まで見ていかれますの?」
「機会が少ないので、もちろんそのつもりです」
大人の人たちは、この見学会をすごく楽しみにしていたみたいです。
やがて、ガラスの向こうが少しだけ明るくなりました。
灰色の服の人たちが、横一列に並んでいます。赤いスカーフのおねえさんもいました。
お胸から上が、天井から下りた厚い壁に隠れていて、お顔は見えません。
足の先が床にすれすれになるくらい、背筋をぴんと伸ばしています。だれも話しません。
ジリリリッ、とベルが鳴りました。
動き出す時、並んでいた人たちの体が、一斉に前後にゆらりと揺れました。まるで、見ている私たちに向かって、みんなでそろって綺麗なお辞儀をしてくれたみたいです。
それから、足も手も動かさないまま、すうっと横に滑るようにして、壁の奥へ入っていきます。
歩いていないのに、みんな同じ速さです。息がぴったりで、すごいなと思いました。
赤いスカーフの色が、いちばん最後に壁の陰へ消えます。
ずん、と低い音がして、奥が閉まりました。
建物のずっと奥のほうから、なにかが落ちるような大きな音が聞こえます。
その直後、足元の石畳のすき間が、かあっと黄色く光りました。
光は道を伝って、街のほうへ走っていきます。
見学者の席から、ぱちぱち、と拍手が起きました。
「今日も、立派に届きましたわね」
「あたたかい光ですこと」
私も合わせて、楽しく手を叩きました。
ガラスの向こうには、もうだれもいません。
案内のおじさんが、うやうやしく頭を下げました。
「さあ皆様。ご見学の後は中へどうぞ」
大人たちが嬉しそうに立ち上がるなか、おじさんは私に向かって、にっこりと優しく言いました。
「よいこのお嬢さんは、夜が来る前にお帰りですね。市役所の馬車がお家までお送りしますよ」
「はい! とっても楽しかったです。ありがとうございました!」
帰り道、私ひとりを乗せた馬車と、朝の『あかるい』バスがすれ違いました。
窓の向こうは、空っぽです。灰色の服も、赤いスカーフも、もうありません。
運転手さんは、鼻歌を歌いながらハンドルを握っています。
市役所の前まで戻って馬車を降りると、そこにはもう、次の馬車が止まっていました。
『光を作る人たちを楽しむ夕べ』と書かれた案内板のところに、キラキラした夜のドレスを着た大人たちが、嬉しそうなお顔で並んでいます。
こんなにおめかしして見に行くなんて、作業員さんがするお仕事は、きっとすごく素敵なものなのでしょう。
私は石畳のすき間に、まだ残っているほんのりした温もりを感じながら、自分の家へ向かって歩き出しました。
赤いスカーフのおねえさんも、今頃頑張って、お仕事をしてくれているのでしょう。
お空の桜色が暗くなってくると、街灯のランプが小さく瞬きました。
夜になっても、この光が街を優しく照らしてくれると思うと、なんだかとても嬉しくなって、私はふふっと笑いました。




