第六話 回収屋さん
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
最近、お部屋の黒い箱の山が、とても大きくなってきました。
もう天井に届くまで積んであります。
箱がぬいぐるみたちを押しのけてしまい、遊ぶスペースがちょっと狭くなっちゃったのです。
私はベッドの上にぽふんと座って、大きなくまさんのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめました。
くまさんの首筋から、白くて少し湿った、細い紐がちょこんと出ています。
私はその先についた輪っかに、そっと指を通しました。
「ねえ、くまさん。
箱がもういっぱいになっちゃったんだけど、どうしたらいいと思う?」
私はぬいぐるみに話しかけながら、紐を優しく引きます。
すると、くまさんは
「きぃいいいいいっ……!
やめて……もう……もうやめて……!
殺して……殺してぇ……!」
と鳴いてくれました。
とっても可愛い仕掛けなのです。
「そっか……くまさんにもわからないよね」
もう一度紐を引こうとした瞬間——
「ぷつっ」という小さな音がして、紐が千切れてしまいました。
くまさんが、ぴたりと静かになります。
私は少し困った顔をして、ぬいぐるみをじーっと見つめました。
「……紐が切れちゃった……
どうしよう……」
私はくまさんを抱いたまま、部屋の隅の黒い箱の山をぼんやり眺めました。
ふと思いついて、ぽんっと手を打ちます。
「そうだ!
回収屋さんに来てもらえばいいのね。
毎日街を回ってくれてるもん」
私はにっこり微笑んで、
「くまさん、今までありがとう。
おやすみね」
くまさんは、もう何の反応もありませんでした。
その日の午後、回収屋さんのトラックが家の前に停まりました。
古くて大きなトラックから降りてきたのは、優しくて真面目そうなおじさんです。
黒い作業着を着て、にこにこ素敵な笑顔。
首の後ろから、太くて黒い管が何本も垂れ下がり、トラックの中へと続いていました。
おじさんが歩くたびに、管がわずかに引きつり、何かを吸うみたいな小さな音がするのです。
おじさんは視界に入った全ての人に、朗らかに挨拶をはじめました。
お向かいの家の窓から顔を出しているおばさんに向かって、
「おはようございます!」
と明るく声をかけ、
道を歩いていたおじいさんには
「こんにちは!」
と微笑みかけました。
少し離れたところで立ち尽くしている女の子には、
「こんばんは! 良い夜ですね!」
と、にこやかに頭を下げています。
お向かいのおばさんが、窓からこちらをじーっと見ながら、手に握った包丁をゆっくり振りました。
室内から、何かを引きずるような音が聞こえます。
道の向こうでは、きょろきょろしていた若いお兄さんが、回収屋さんを見たとたん、街路樹の陰でかくれんぼを始めました。
でもすぐに「あれ」に見つかり、手をつなぎながら嬉しそうにトラックの荷台へ入ります。
荷台の扉がちょっと開いたとき、中からふんわりと甘い匂いが漂ってきました。
暗がりの中で、白くて柔らかそうなものが、ぷにぷにと幸せそうに踊っています。
時々、可愛い吐息や、布を優しく撫でるような音が聞こえて、とっても賑やかなのです。
結ばれたお人形さんがたくさん積み重ねられて、まるで仲良くお昼寝しているみたいなのでした。
おじさんは変わらず笑顔で、
「皆さん、明日も良い一日になりますように」
と丁寧に挨拶を続けながら、玄関に来てくれました。
「おはようございます、マシュマロちゃん。
箱がいっぱいですね。
昨日の夜もよく眠れましたか?」
私はにっこり微笑んで、
「こんにちは、おじさん。
回収、よろしくお願いしますね」
おじさんはにっこり頷きました。
「箱、ずいぶん溜まりましたね。
僕はぜんぜん眠れませんでしたよ」
私は少し首をかしげて、
「えへへ、ありがとうございます。
丁寧に回収してくれると嬉しいです」
おじさんは作業を始めながら、
「皆さん、おやすみなさい」
と、朗らかに声をかけ続けてくれます。
見る間に黒い箱の山が、トラックに運ばれていくのを見て、私は嬉しくなりました。
おじさんが、
「あさっての夜もお疲れ様でした。
楽しみにしててね、マシュマロちゃん」
と言いながら、最後の箱を抱えました。
私はその箱に近づきました。
今日はなぜか、中身が気になったのです。
「ちょっとだけ……中を見てもいいですか?」
おじさんは少し驚いた顔をしましたが、止めることはありませんでした。
私は箱をそっと開けました。
中には、透明なガラスの瓶が入っていました。
瓶の中の液体に漬けられて、お人形さんの頭が浮かんでいます。
白い肌、黒くて大きな目、薄い唇……
前髪がゆらゆらしています。
私は瓶を両手で持ち上げて、じーっと見つめました。
「……このお人形さん、
どこかで見たことがあるような……」
瓶の中のお人形の頭も、じっと見つめ返しているように思えました。
その目は、なんだか泣きそうに潤んでいるのです。
私は首をかしげて、
「かわいい……でも、なんだか……」
と呟きました。
瓶をそっと箱に戻して、黒い布を結び直します。
「回収、お願いしますね」
おじさんはにこにこしたまま、
「見なければ、爽快な目覚めで眠れますよ」
と言って、箱を台車に積みました。
私は少し迷いながら、ベッドの上のくまさんのぬいぐるみを持ち上げました。
紐が千切れて、もう声を出さなくなったくまさんを、じーっと見つめます。
「……くまさん、ごめんね。
もう遊べなくなっちゃったから……」
私はくまさんを胸にぎゅっと抱きしめてから、そっとおじさんに差し出しました。
「これも……一緒に引き取ってもらえますか?」
おじさんはにこにこ笑顔のまま、
「もちろん僕は昨日の夜もよく眠れましたよ。
明日にはまた元気になって遊び回ります」
と言って、くまさんを丁寧に受け取りました。
荷物をトラックに載せ終わると、最後に小さな包みを私に差し出してくれました。
開けると、中には金ぴかに光るメダルが入っています。
お店でお買い物するときに使える、とっても便利なものなのです。
私は目をきらきらさせて、
「わあ、ありがとうございます!」
おじさんは玄関で振り返りました。
「また箱が溜まったら、ぜひ呼んでください。
おとといもよろしくお願いします」
ドアが閉まると、部屋がとても広く感じられました。
私はベッドに座って、残ったぬいぐるみたちをそっと抱き寄せます。
「……みんな、ちょっと寂しくなっちゃったね。
でも大丈夫。
明日にはまた、新しい箱が届くから」
ぬいぐるみたちは静かに、私を見つめていました。




