第五十六話 香水
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
細い裏路地を歩いていると、どこからか、ふわりと甘いお花の匂いがしてきます。
匂いをたどっていくと、古い木でできた、アンティークでとってもお洒落な雰囲気のお店を見つけました。
ショーウィンドウには、ピカピカに磨かれたガラスの小瓶が、スポットライトを浴びていくつも飾られています。
よく見ると、小瓶の蓋が、ピカピカの金属でできた、動物の頭の彫刻になっているのです。
真ん中には、立派なライオンさんの蓋がついた大きな瓶が、どーんと置いてあります。でも、その周りに並んでいるいくつものウサギさんは、下の瓶がなくて、金色の頭の彫刻だけが転がっていました。
大きなライオンさんが、小さなウサギさんたちを周りに集めて、おはなしをしてあげているみたいです。なんて可愛らしい飾り付けなんだろうと、ガラスにおでこがくっつきそうになるくらい見つめたあと、私はお店に入ってみることにしました。
カラン、とベルを鳴らして中へ入ると、ピシッとしたシャツに上品な黒色のチョッキを着た、物腰のやわらかなおじさんが立っていました。
「いらっしゃいませ、可愛らしいお嬢さん」
「こんにちは」
私はぺこりとお辞儀をしてから、お部屋を見渡しました。
「すっごくいい匂いがするね! なんのお店?」
「ここは『物語』を閉じ込めた香水のお店です」
店主のおじさんはにこにこと微笑んで、お店の奥を案内してくれました。
お部屋の奥では、ぐるぐる巻きになったガラスの管がいくつも繋がった、大きな機械が動いていました。機械の根元の丸い瓶の中では、『物語』と書かれた丸く膨らんだ袋がぐつぐつと煮込まれて、赤い成分が吸い出されています。それが細い管を通っていくうちに、透き通った綺麗な色のしずくになって、ポタ……ポタ……と新しい香水瓶の中に落ちていくのです。
「わあ、魔法のお鍋みたい!」
私が感心していると、店主さんはずらりと並んだ棚の香水を指し示しました。
金色の蓋はどれも、動物の頭の彫刻になっていました。フクロウ、ヤギ、ネコ、シカなど、いろんな種類があって、とっても素敵なのです。
私は、両手を後ろで組んで、棚の前を歩きました。
「このヤギさん、かっこいい!」
指をさすと、店主さんはその瓶をそっと手に取りました。
「お目が高い。この店の香水には、それぞれに物語があるんですよ」
「おはなし? 聞きたいな!」
私がお願いすると、店主さんはうやうやしく口を開きました。
「この『強欲な伯爵』は、数字でできた見えない財宝を増やすため、身内さえも対価として差し出した男です。重たい樹木の中に、錆びた鉄の匂いが隠されています」
「わあ、すっごく悪い伯爵だ! じゃあ、こっちのすまし顔のネコさんは?」
私が隣の瓶を指さすと、店主さんは目を細めました。
「こちらの『見栄っ張りな貴婦人』は、手のひらサイズの魔法の鏡に向かって毎日、己の美しさを確かめ続け、ついに心が凍りついてしまったお方です。ツンとした、冷ややかなお花の香りがしますよ」
「わぁ、お姫様の劇みたい!」
私が両手を胸の前でぎゅっと合わせて言うと、店主さんは静かに頷きました。
「それぞれの物語を余すことなく瓶に詰め、蓋を閉じた時、たったひとつの作品が完成するのです」
そのとき、カラン、と再びベルが鳴って、ふくよかなおばさんがお店に入ってきました。
私は邪魔にならないように、棚の端っこへちょこんと寄りました。
おばさんは、モデルさんみたいに綺麗な皮を、ドレスのように着込んでいます。
すこしサイズが小さいみたいで、首元や手首の隙間から、お肉がぷにっとはみ出しているのが、ピンク色のフリルみたいでとっても可愛いのです。
おばさんは指に大きな宝石をいくつも光らせて、ツンと顎を上げて並んだ香水瓶を見ていました。
「いらっしゃいませ。本日はどのような香りをお探しですか?」
「今夜は大切なディナーがあるの。周りの皆が羨むような最高級の香りを頂きたいわ」
ふふん、と笑うおばさんに、店主さんは深くお辞儀をして、棚の奥から立派な木の箱を出してきました。
カチャリと鍵を開けると、真っ赤な布の上に、『カナリア』の頭の蓋がついた、綺麗なピンク色の瓶が大切そうに寝かされています。
「では、こちらの特上品はいかがでしょう」
店主さんが、薄くスライスされた真っ白な板に、一滴垂らします。
おばさんは差し出された板を嗅ぐと、うっとりと目を細めて、満足そうに頷きました。
「まあ、素晴らしい香りね。これにするわ」
おばさんは、カウンターに大量の銀色メダルを積み上げてお会計を済ませると、綺麗な紙袋を提げて、得意そうな足取りでお店を出ていきました。
カラン、と扉が閉まったとたん、店主のおじさんはすっとつまらなさそうな顔になって、残されたメダルの山を見下ろしました。
そして、棚の引き出しから『ブタ』の頭の彫刻をひとつ取り出すと、積み上がったメダルの上にコトン、と乗せました。
「あ、ブタさんだ。かわいい!」
私が小首をかしげて言うと、店主のおじさんはハッとして、またやわらかな笑顔に戻りました。
「ねえ、今のカナリアさんは、どんなおはなしだったの?」
私が尋ねると、店主さんは売れたばかりの空いたスペースを見つめながら、静かに教えてくれました。
「『絶望の歌姫』……美しい声で皆から愛されていたのに、うっかり口から出た、たった一つの悪い言葉のせいで歌声を止められた、哀れな娘です」
そう言って、店主さんはおばさんが嗅いでいたのと同じ板を、私のお鼻にそっと近づけてくれました。
とろけそうに甘いのに、燃えた跡みたいな匂いが混ざっています。
「……いい匂いだけど、ちょっとチクチクする。難しいおはなしが入ってるからかな?」
それから、私はすこしだけ背伸びをして聞いてみました。
「ねえ。私の物語も、いつか終わったら瓶に入るのかな?」
私が尋ねると、店主のおじさんはカウンターの向こうから、すうっと静かに息を吸い込み、満足そうな笑顔を浮かべました。
「その時が来たら、あなたにぴったりの、すてきな蓋をご用意しますよ」
店主さんは、丁寧なお辞儀をしてお見送りしてくれました。
「ありがとう! またね!」
私は店主さんに大きく手を振って、お店を出ました。
お店を出ると、ちょうどおばさんの提げた綺麗な紙袋が、通りの角を曲がって見えなくなるところでした。
帰り道、自分のお洋服の匂いをくんくんと嗅いでみましたが、私にはいつものお洗濯の匂いしか分かりません。
いつか、私の頭にもぴかぴかの金色の動物さんが乗るのかなと思うと、明日からのお散歩がまた少しだけ楽しみになりました。




