第五十三話 おうちのなか
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
今日はお外のお天気が悪いので、一日おうちで過ごそうと思います。
棚に飾ってあるにこにこノートや、金色のボタンを、そっとなでます。今日もとってもかわいいです。
お部屋の壁紙は淡いピンク色で、赤くて細い模様がたくさん入っています。指でなでると、少しあたたかくて、なぞったへこみがゆっくりと戻ってきます。まるでおうちが、やさしく撫で返してくれているみたいです。
リビングでは、おとうさんが大きな椅子に座ったまま、静かにしています。
「今日は、お靴を履かないんだね」
おかあさんは天井の近くで、今日も白いお洋服の裾を、ゆらゆらと気持ちよさそうに揺らしています。
「たまには、おうちでのんびりするのも素敵だものね」
床下のおとうとは、まだかくれんぼを続けているみたいです。
「おねえちゃん、ぼく、ぜったいに見つからないよ」
ぜんぶ言い終えてから、私はうれしくなってにっこり笑いました。
「うん、みんな、きょうはずっと一緒だよ」
テーブルには、いつのまにか白い器が並んでいました。いちばん端のひとつだけ、私の手にちょうどすっぽり入る大きさです。中には、白くてぷくぷくした、甘い匂いのするお料理が入っていました。
誰が置いてくれたのかは、見ていません。手を合わせて「いただきます」と言ってから、お口に入れます。
ふと、テーブルの脚のほうで、なにかが動いた気配がしました。端っこのほうで、細くて白いものがしゅるりと引っ込みます。私が足をぶつけないように、そっと避けてくれたのでしょう。
じりりん、と壁の電話が鳴りました。受話器を握ると、私のおててよりあたたかいのです。
「今日もにこにこ過ごしましょう」
いつもの、甘くてやさしい声です。私はお行儀よく、こくり、とうなずいて、受話器を置きました。
カチャリと切ったあと、壁の奥のほうから、同じやさしい声がもう一度だけ、小さくくぐもって聞こえました。かけ直したりはしません。お知らせは、一回で十分だからです。
壁のカレンダーを見ます。書いてあるのは、『きょう』という字だけです。もう一枚めくってみようとすると、次のページもまた『きょう』でした。
紙の下に、薄い膜が張っています。指に少しだけ、ちゅっ、と吸いつきました。壁紙の赤い模様に、よく似た色をしています。
「めくりにくいね。まだ、新しいページなんだ」
無理にはがしたりしません。今のままで、かわいいと思うからです。
クローゼットを開けます。中にかかっているお洋服は、みんなピンク色です。
扉の内側に、縦に引いたような細い傷がたくさんついています。ここは前、おとうとが一番お気に入りだったかくれんぼの場所なのです。見つかるのが嫌で押さえてたのかな、と思いながら、静かに扉を閉じました。
お昼前、床を何かがゆっくり通っていきました。
ずるり、ずるり。椅子の脚のところに、跡が残りました。あたたかくて、壁紙と同じきれいな色です。
しばらくしてテーブルを見ると、また新しい器が並んでいました。中に入っているお料理は、ふるふると少し動いているので、きっととっても新鮮なのだと思います。
窓から、お外の様子を見ます。お向かいのおうちの玄関が、開いていました。
おばさんが、大きな包丁を持ったままこちらに気づいて、歯をぜんぶ見せた笑顔を浮かべてくれました。
おばさんは片手で、お客さんの足を引いています。お客さんはうつ伏せになったまま、おばさんにお招きしてもらっていました。
「おばさん、お客さんが来てるんだね」
おばさんは、こちらに小さく手を振ってくれました。にこにこのまま、お客さんを連れて中へ入ります。玄関が閉じて、窓のカーテンが一度だけふわりと膨らみました。
私は窓の枠をなでます。枠も、あたたかいです。お向かいは、今日はいっぱいおもてなしをする日なのでしょう。
窓の外が暗くなる頃、私はパジャマに着替えて、ベッドに入りました。
「おやすみなさい。おとうさん、おかあさん、おとうと」
お返事の代わりに、壁の奥のほうから、トクン、トクン、と静かな音がしました。おうちが、やさしく子守唄を歌ってくれているみたいです。
お布団はほんのりあたたかくて、まわりから、ぎゅっと抱きしめられているような、とっても安心する感じがします。
明日のお約束は、ありません。カレンダーはずっと『きょう』のままです。
でも、おうちの中はいつだってあたたかくて、やさしいのです。




