第五十二話 保育園
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
今日もお散歩日和です。あたたかい石畳の上を歩いていると、カラフルな看板の色がつぎつぎと目に入ってきます。どの角を曲がっても、なにかかわいいものが待っている気がして、うれしくて、ついぴょんぴょんと跳ねるように歩いてしまいました。
ふと、生垣の向こうから、ちりん、と聞き覚えのある音がしました。
お顔の形をした鈴の音です。なんだろうと思って寄ってみます。そこには、大きくて立派な門がありました。門にかけられた小さな木の看板には、『にこにこ保育園』と書いてあります。
のぞいてみると、靴箱のマスはどれも小さくて、かかとが外まで出ているお靴がいくつもありました。お靴の先っぽがマスよりもずっと長くて、木の縁にちょこんと乗っかっています。
「大きなお靴が混じっていて、面白いな……」
入口の箱の上には、お顔の形の鈴が、こんもりと積んでありました。私が近づくと、ちりん、と鳴っていた音がぴたりと止まります。
きっと私を見つけて、お招きしてくれたのだと思います。
建物の奥から、白いエプロンの先生が出てきました。
大きな笑顔を浮かべながら、あっという間に目の前まで来てくれます。
手には、お花の描かれた札と、お顔の形の鈴を持っていました。
私につけてくれるのかな?と思ってお行儀よく待っていると、先生は私のお顔のすぐ近くで、ぴたりと足を止めました。
「あら……あなたは、保育が必要な子ではないわね」
先生はにこにこしたまま、持っていた札と鈴を、エプロンの大きなポケットへしまいました。
「今日は、見学にきたのかな?」
「見学、できるのですか?」
先生はポケットの奥から別の札を出して、私のワンピースの胸にそっとつけてくれました。『よいこ』と、まるくてかわいい字で書いてあります。
私はうれしくて、こくりとうなずきました。
立派な門をくぐります。
お庭はきれいで、背の高さがきれいにそろった子どもたちがたくさんいました。
みんな、首や腕に、お顔の形の鈴がついています。
「わぁ……お友達、たくさん!」
私が近づくと、近くの子が「あそぼ……」と、少し低い声で言いました。
差し出された大きなおてては少しカサカサしていて、薬指に白い跡が残っています。
私と同じくらいの背なのに、肩幅が広くて、ピンク色のスモックがすこし窮屈そうです。お膝も、歩くたびにカクン、カクンと不思議な曲がり方をします。ダンスが好きなのかもしれません。
私はにっこり笑って、「うん、遊ぼうね」とお返事しました。
「みんな、お部屋に行きますよ」
先生が手を叩きます。お外の光がたくさん入る、大きな窓のある気持ちのよい教室に、私も子どもたちと一緒に入りました。
窓側の席に座るのは、お顔の大きさが私と同じくらいの子たちです。胸の番号札に、小さいお花の絵がついています。
廊下側の席には、肩幅の広い子たちが座っています。こちらの札にはお花はなく、黒い番号だけが書かれていました。
「朝のお歌をはじめましょう」
みんなが並んで座ると、おててが、いっせいにぴんと上がりました。廊下側の子は、お膝が小さな机の裏に当たっています。手の向きはみんなきれいに同じです。とてもお行儀がいいのだと思います。
お歌が始まると、廊下側の席で、お口を閉じたまま下を向いている子がいました。
その子の首についている鈴が、ふいに、短く高い音で鳴ります。
その子はびくりと背筋を伸ばして、あわてたようにお口を大きく開けました。お歌が、すこし遅れて周りに追いつきます。一生懸命でえらいなあ、と思います。
先生はずっとにこにこのまま、ゆっくり手を叩いて、「はい、いち、にい」とだけ言いました。お部屋の中で鈴が鳴った数だけ、満足そうにうなずいているみたいです。
お歌が終わると、お遊びの時間です。
お外にあるお砂場は、お水を入れる前からしっとりしていて、ほんのりあたたかい匂いがします。
廊下側のお席だった肩幅の広い子たちが、大きなおててで一生懸命お砂を深く掘っていると、たまに砂の中から、カチャッ、と硬いものが出てきます。
土を払うと、キラキラした石のついた小さい輪っかや、ギザギザした平べったい金属の板、それに、ガラスの割れた小さな時計のようなものが出てきます。12までしか数字がないので、この園の『おとなごっこ』で使うおもちゃなのでしょう。
「あ、あ!」
見つけた子が嬉しそうに掲げると、先生はにこにこしながら近づいてきました。
「宝物、見つけたね。昔のものかなー?」
先生がそれを受け取って、カゴへ入れます。チャリン、と音がしたカゴの底は、もう色々な宝物が重なって、ずっしりと重そうです。
みんなで仲良くお砂を掘る宝探しみたいで、見ている私もわくわくしてしまいました。
ままごとのコーナーでは、指輪の跡のある大きなおててが、おもちゃの小さなポットを大事そうに持っていました。並んだお皿には、お水を含ませたお砂で作った、まぁるいお団子が乗っています。
ポットを持った子が、向かいにいる肩幅の広い子のお口へ、ポットの先をそっと近づけました。肩幅の広い子が「あーん」と大きくお口を開けると、お砂の色をしたものが注がれます。
とっても仲良しです。お口の端やスモックが汚れても、二人はにこにこしたまま、お茶の時間を楽しんでいました。
おやつの時間になりました。先生が、白くて少しくねくねした、大きなお菓子を配ります。窓際のお花の絵の名札の子たちから、順番です。
配られたものをじっと見つめて、なかなか食べようとしない子がいます。すると、その子の首で鈴が、ちりっ、と短く鳴りました。その子はあわてて、大きなくねくねを両手で掴んでお口に入れました。
もぐもぐと食べ終わった子から順番に、机の上にこてんと頭を乗せて、だらんとしていきます。お腹がいっぱいになって、みんなとっても眠くなってしまったみたいです。
窓の分厚いカーテンが、すーっと引かれました。お部屋が夜みたいに暗くなって、天井から、おだやかなピアノの曲が流れ始めます。みんな、用意されたお布団に入って、目を閉じました。
「おばけ、こない……?」
暗闇のなか、誰かが言いました。お母さんに甘えるみたいな、小さな声です。
「おやすみなさい、みなさん」
先生のやさしい声のあと、お部屋の隅で、くちゅ、と小さい音がしました。
「ママ……」
声の低い子が、暗いところで言いかけます。すると、ピアノの音が少しだけ大きくなって、その声をきれいになでるように包み込みました。
カーテンがふわりと揺れるたびに、お布団が一つ、ふっと薄く、軽くなるのが見えます。きっと、お布団を抜け出して、夢の中へすうっと飛んでいけたのでしょう。
私は椅子に座って、静かにその様子を見ていました。ピアノの曲は、そのあともずっとやさしく流れ続けていました。
お帰りの時間です。
先生が、私の頭をなでてくれました。おててがあたたかくて、すこしだけお薬のような、粉っぽい匂いがしました。
「よいこで見学できたね。また来ていいからね」
「はい! 楽しかった!」
門のところで、『よいこ』の札を返します。
ふと見ると、入り口の箱に積まれていたお顔の形の鈴は、朝よりもずいぶん多くなっていました。みんな、ここへちゃんとお返しできたのでしょう。
おうちに帰って、赤い模様が細かく入った壁紙をそっとなでます。ピンク色で、あたたかいです。
リビングの椅子で、おとうさんが今日も静かに座っていました。
「ただいま。今日ね、保育園でたくさんのお友達に会ったよ」
「それは楽しかったね。マシュマロもたくさん遊んで偉い子だよ」
ぜんぶ言い終えてから、私は「うんっ」と大きく頷きました。
壁紙のあたたかい赤い模様が、窓際の席の子たちがつけていた、小さな『お花の絵』みたいに見えてきます。
なんだかお友達がおうちに遊びに来てくれたみたいで、私はにっこりと微笑みました。




