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マシュマロ 【私にとっては、ぜんぶ可愛いのです。絶望と狂気に満ちた、認識乖離ホラー】  作者: 鈴音めぐり


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第五十話 ショコラ

私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。

この街はかわいいことで溢れているので、お外に出るときはいつもわくわくします。今日もきれいな色が待っている気がして、ピンクの靴を履いてお散歩に出ました。


噴水広場に着くと、キラキラしたお水が高く上がっては落ちています。ときどき、布みたいなものがゆっくり顔を出して、じゅわ、と小さな音を立てて沈みます。

フチには、ぼろぼろの服のおにいさんが座っていました。二人の「あれ」が、金属のお皿でおにいさんの顔へお水をかけてあげています。かかるたびに細い白い煙が上がり、甘い匂いとお水の匂いが混ざって、鼻の奥がくすぐったいです。

おにいさんが手足をばたつかせて歓声をあげるので、私はキラキラする水しぶきを見ながら、つられて笑いました。


「あれ」たちのそばに、茶色いベストを着た男の子がいます。胸には、ヒナちゃんのより大きくて金色に光る、羽根バッジをつけていました。風が吹くたびに、ちょっとだけ鳴るみたいです。

「お熱のある人を冷ましてあげるなんて、きみたち、とっても親切だね」

男の子が小さく頷いても、「あれ」は気にする様子もなくまたお水をすくいます。


「あれ」の後ろに、おにいさんの服とよく似た柄の布が落ちていました。赤い模様が少しにじんでいます。

私が拾っておにいさんに渡すと、男の子が私のほうに目を向けます。金色の羽根が、水しぶきを受けて一瞬強く光りました。

「拾ってあげるなんて、すごく優しいんだね」

会ったばかりなのに褒められて、なんだか得した気持ちです。


男の子は一歩下がって、手をお行儀よく横にそろえると、ぺこりと綺麗なお辞儀をしてくれました。

「僕はショコラ。みんなからは、そう呼ばれてるんだ」

私も、スカートの裾をすこしだけつまんで、お行儀よく頭を下げます。

「私は、小さくて色が白いから、マシュマロって呼ばれてるの」

言い終わってから、お互いに目を丸くしました。

ショコラと、マシュマロ。甘いお菓子の名前同士だということに気がついて、ふふ、と声が重なります。私たちは、どちらからともなく笑い合いました。


ちょうどそのとき、噴水がいちばん高くまで上がって、細かい水しぶきが、きらきらと降ってきました。ショコラくんの金色の羽根と、私のピンクの靴に、ぴちゃりと小さく落ちます。

冷たくて、なんだかくすぐったくて、また声をあげて笑いました。

「マシュマロちゃん、一緒に歩かない?」

「うん!」

ショコラくんが先に歩き出し、私は並んでついていきます。

軽い足どりで歩く私たちの背中を追いかけるように、風に乗って、じゅわ……という湿った小さな音が聞こえてきました。

噴水のお水遊びは、まだまだ続いているみたいです。


ショコラくんとおしゃべりしながら歩いていると、小さな窓のお店がありました。キャンディの絵が描かれた、可愛い看板です。二人で並んでガラスの内側を覗き込むと、包みがぎゅうぎゅうに詰まっていて、押し合いながらにこにこしているみたい。入口の横には、お買い物用の袋がぽっかりと口を開けて並んでいました。

「わあ、かわいいお店!」

私が目を輝かせると、ショコラくんも嬉しそうに笑います。

「先に袋を用意してくれてるんだね。なんて親切なんだろう」


中に入ると、頭に大きなキャンディの被り物をした店員さんがお出迎えしてくれました。飴は赤と白の縞模様。お店の明かりに当たると中がうっすら透けて、ぐるぐるしたものがゆっくり動いているのが見えます。模様の隙間から、たまに雫がぽたりと落ちるのです。

細い手足がのんびり動いて、棚の奥へにょきっと指が伸びます。

被り物がゆらりと揺れて、すこし遅れてから「いらっしゃい」と声が聞こえました。ショコラくんは、最後までちゃんと待ってから、お行儀よく言いました。

「迎えてくれて、ありがとう」

店員さんの頭からまた、雫が垂れました。


棚に並んだお菓子は、カラフルな紙に包まれて、いろんな形をしています。指でそっと押してみると、ゆっくりと戻るものや、へこんだままの包みもありました。お店の中は、甘い匂いがふわりと漂っています。

「これ、お花みたいで綺麗」

私はいちばん丸い包みを、両手でそっと持ち上げました。ぐにゃりと重くて、ほんのりあたたかいのです。


隣を見ると、ショコラくんは、棚からはみ出していた包みを奥へ戻してあげていました。

すると、店員さんの頭が、ぐらりと前に傾きました。キャンディの被り物の奥から、コリコリ、と小さな音が聞こえます。ショコラくんに、お礼を言っているのかもしれません。


私が包みをレジに出すと、店員さんがのんびりとした手つきで袋に入れてくれます。袋の底で、包みが、くちゅ、と可愛い音を鳴らしました。

「ショコラくんは買わないの?」

私が首をかしげて聞くと、彼はにっこり微笑みました。

「うん。素敵なお店を眺めているだけで、なんだか胸がいっぱいになっちゃったんだ」

店員さんは私たちのやり取りを聞きながら、頭を揺らしていました。


お店を出てから振り返ると、棚の奥の暗いところがうねって、お菓子の位置が動いたような気がしました。

お見送りしてくれているのかもしれません。

ショコラくんが、感心したように目を細めました。


角を曲がると、細い路地がありました。壁がすこしぬるんでいます。暗がりに、小さな女の子が縮こまっていました。お洋服が汚れていて、辺りをきょろきょろと見回しています。足元の地面はしっとり湿っていて、さっきのお菓子屋さんに似た、甘い香りがしています。

「おなか、すいたのかな」

私がお店の包みをそっと差し出すと、女の子は、びくりと肩をすくめて、後ずさりしました。


ふと通り側を見ると、大きな笑顔を浮かべた大人の人が立っていました。路地の奥をじっと見つめています。

「あ、お迎えの人かな?」

ショコラくんが優しく、女の子の手を取ります。細い指が、ショコラくんの手の中で一度だけきゅっと縮こまりました。私はお菓子の包みを持ったまま、二人の後ろをついていきます。

大人の人は「ありがとう」と微笑んで、ひょいっ、と女の子を抱き上げると、そのまま石畳を歩いていきました。

通りの角を曲がった先から、低くてやさしい声が聞こえてきました。

「もう、離れちゃだめだよ」

湿った短い音がして、さっきより少しだけ濃い、甘い匂いが角の向こうからふわりと漂ってきます。

「よかった。ちゃんと家族と会えて」

自分のことみたいに嬉しそうに笑うショコラくんの横顔を見て、私は胸の奥がぽかぽかしました。


戻り道で、街のスピーカーからいつものやさしい声が流れてきました。

『明日はよいこの定期検診です。忘れずに、ほほえみクリニックへ遊びにきてください』

「一緒に行こうよ。クリニックの先生、とっても優しいんだよ」

私が言うと、ショコラくんは嬉しそうに目を細めました。

「僕、実は初めてなんだ。どんなところか少しドキドキしてたけど、マシュマロちゃんが一緒なら安心だよ」


おうちの前につくと、ショコラくんがポケットから何かを取り出しました。

「マシュマロちゃん」

てのひらに、フチがすり減った四つ穴の金色のボタンが一つ、ちょこんと乗っています。

「これ、お洋服につけるのがもったいないから、ずっと持ってたんだ。お友達になれて嬉しかったから、きみにあげる」

「わあ、かわいい。ありがとう!」

「じゃあ、また明日」

私たちは小さく手を振って、お別れをしました。


おうちに入ってから、棚の特等席にある「にこにこノート」の横へ、もらった金色のボタンと、お店で買ったお菓子を大切に並べました。

きらきら光るかわいいボタンを見ていると、同じ色をした、ショコラくんの金色の羽根を思い出します。

明日になれば、またショコラくんに会える。

そう思うだけで、胸の奥がふわふわして、はやく明日にならないかなと、私はとても待ち遠しい気持ちになりました。

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