第四十七話 おわかれ会
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
お散歩をしていると、道の角で「あれ」が、なにかを大きな袋に入れていました。街の人は立ち止まらず、少しだけ避けて歩きます。袋の端っこには、小さな番号がついていました。
次の角に、窓のない四角くて真っ白な建物がありました。
入り口の横に看板が立っています。
『本日、にこにこ惜別会』。
大きなにっこり笑顔と、ハンカチの絵が描かれています。その下に、ピンク色の大きなペンギンさんのぬいぐるみが可愛らしく座っていました。
なにかのイベントがあるみたいです。わくわくしながら、中に入りました。
受付で、最初から乾いているハンカチを渡されます。奥に行くと、とても立派な祭壇がありました。
祭壇の段には、お花がびっしりと並んでいます。頭には『きく』と書かれた麻袋がすっぽりと被せられていて、そこから下へ伸びる茎は、真っ白でとっても太いのです。
会場には、とても甘い香りが漂っていました。
祭壇の真ん中に、「あれ」に支えてもらいながら、ぼろぼろの服を着たおにいさんが立っています。
空っぽの写真枠を両手で持っていました。首には、番号のふられたプレートをさげています。
その人は、これから何が始まるのか分からないみたいに、きょろきょろと辺りを見回しています。綺麗なお花に囲まれて、嬉しいのかもしれません。
明かりが少し暗くなると、真っ黒なお洋服の人が、祭壇の横へ出てきました。
胸のポケットに、私と同じ白いハンカチが挿してあります。お顔が真っ白で、目に涙がたっぷり溜まっていました。でも、一滴もこぼれません。
「本日の進行を務めます、シオンです。お集まりいただいた皆様……これより、悲しいお別れの会を、始めさせていただきます」
どうやら、悲しいイベントだったみたいです。誰かとお別れするから、こんなに泣きそうな顔で挨拶してくれているのでしょう。心の綺麗な人だな、と思います。客席の人たちが、音を立てずに頭を下げました。私も真似して、ぺこりとお辞儀します。
枠を持っているおにいさんは、シオンさんの言葉にびくっと肩を跳ねさせましたが、「あれ」に手を掴んでもらったまま、じっと下を向きました。
「お別れの前に、特別なお気持ちをどうぞ……」
シオンさんが手で案内すると、客席の大人たちが何人か、前に出ていきました。
祭壇の横には綺麗な壺があって、中から甘くて重たい煙が、チリチリと上がっています。大人たちは、スタッフさんにお金を渡すと、備え付けの銀色の小さなスプーンで壺の中身をすくいました。そして深くお辞儀をしてから、枠を持っているおにいさんの足元や腕に向かって、パラパラとふりかけます。
じゅわっ、と、なにかが弾けるような音がして、甘い匂いが濃くなりました。あたたかい煙をプレゼントされたおにいさんは、とても嬉しかったみたいで、腕を元気に跳ねさせていました。
大人たちがお席に戻ると、シオンさんが、枠を持ったおにいさんの前で、ゆったりとした仕草で紙を開きます。
「あの子は……優しくて、よく笑って、元気なよいこでした……もう、大丈夫です……」
そこで声が止まりました。前を向いたまま、動きません。目に溜まった涙が、悲しそうに揺れます。
客席から、ぐすん、と鼻をすする音がします。誰かが拍手しそうになって、途中で手のひらだけ合わせました。
「思い出は尽きませんが……最後のお別れのお時間です……」
シオンさんが目の下にハンカチを当てると、「あれ」が、おにいさんの背中をそっと押しました。
おにいさんは急に元気になって、持っていた写真枠を地面に落とします。かちゃり、と乾いた音がしました。
足を止めて後ろを振り返ったり、体をよじらせたりしていましたが、「あれ」が手伝ってくれて、お花の段の奥にある白い箱の中に入ることができました。
蓋がぱたんと閉まります。
箱の中から、大きな声が聞こえてきました。中が綺麗なので、はしゃいでいるのだと思います。
おにいさんの歓声を消すようにして、会場に綺麗な音楽が流れはじめました。
少し待つと、中で、ごとん、と重い音が落ちます。
会場に飾られたお花の香りが、さっきよりもずっと強くなりました。
客席のハンカチが、いっせいに動きます。私の目も、なんだか少し熱くなりました。
箱についた小さな窓が開きました。
中にいるおにいさんの顔は、口の端が上がって、にっこりしています。
お顔からなにか赤くて細いものが、くねくねしながら離れていくのがちらりと見えました。
シオンさんが落ちていた写真枠を拾い、窓に合わせます。笑っている顔が、空枠と同じ大きさでぴったりと収まりました。
祭壇に写真枠が戻されると、中におにいさんのお顔がありました。
「あ、お写真ができた!」
小さく手が動きかけて、私は慌てて、膝の上でハンカチを畳み直しました。まわりは、ぐすんぐすんと泣いています。
「本日の涙、ありがとうございました」
シオンさんが言うと、拍手が起きます。涙の溜まった目のまま、シオンさんは一滴も落としません。
裏手で、箱が運ばれていく音がしました。
席を立つ大人たちは、目が赤いのに、肩の力がすっかり抜けていました。
「良い式だったね」
「次はいつかな?」
とってもすっきりした声です。
お外に出ると、入り口にいた大きなピンク色のペンギンさんが目に入りました。
首から『さようなら、また今度ね』と書かれたプレートが下がっています。
「ああ、このペンギンさんのお別れ会だったんだ」
おにいさんは、ペンギンさんのためにお写真のプレゼントを作ってあげていたのでしょう。
お花がたくさんあって、とても素敵なイベントでした。
「大人になれば、私も感動できるのかな?」
私は乾いたハンカチを小さく畳んで、またペンギンさんに会えるといいな、と思いました。




