↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マシュマロ 【私にとっては、ぜんぶ可愛いのです。絶望と狂気に満ちた、認識乖離ホラー】  作者: 鈴音めぐり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/68

第四十六話 文房具屋さん

私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。

今日は、動物園でのお月見の思い出を、絵に残しておこうと思いました。

棚の特等席から、『にこにこノート』を下ろします。夜警さんが電車で買ってくれたノートです。表紙は、しっとり手に吸い付くピンク色で、真ん中ににこにこしたお顔の押し型がついた、とっても可愛い品物なのです。


せっかく綺麗なノートなのだから、ペンも新しいものがいいな、と思います。私はピンクの靴を履いて、『スマイル文具店』へと出かけました。


お店の中は、とても静かです。

紙の匂いに混じって、甘い鉄のような匂いが、薄く漂っています。

棚には文房具がきれいに並んでいました。真っ白で硬そうな素材を節のところで繋いだ、折りたたみ定規。消しゴムは、うっすらピンク色をしていて、指で押すとゆっくり戻ってくる四角くて愛らしい塊です。


ノートの棚には、ごわごわした茶色い表紙や、ちがう色の素材を太い糸でつぎはぎした表紙が並んでいます。短い毛がたくさん植えられた立派なものもありました。手に取ると、ざらざらして、なんだかくすぐったいのです。


棚の前には、お客さんが一人立っていました。

「あれ」に手を引かれながら、周りのノートを真剣な顔で見つめています。お肩が、小さく震えていました。きっと、どれにしようか迷っているのでしょう。

その人が、ふと、私の抱えている表紙を見ました。押し型の笑顔を一目見て、まん丸に目を広げます。息を呑む音が、静かな店内に小さく落ちました。


「あれ」が、その人の背中をそっと押します。レジの方へは行きません。お店の奥の、厚い扉の中へ、そのまま消えていきました。

特別なラッピングをしてくれるお部屋があるのかな、と思います。私のノートを見て、同じのが欲しくなったのかもしれません。店員さんは、何も言いませんでした。


カウンターで、店員さんにノートを開いて見せます。

「このノートに、絵を描きたいんです」

店員さんは表紙の笑顔を、指の腹で一度だけなぞってから、頷きました。

「とても上質ですね。この紙には、柔らかめで細いペン先が合いますよ」

出してくれたのは、真っ白で、少しだけカーブしている細いペンです。持ち手にある丸いふくらみが、指にぴったり収まります。それと一緒に、とろりとした赤いインクの小瓶も出してくれました。

「一番、新鮮なインクです」

包んでくれるとき、店員さんが穏やかに言います。

「この紙は、強く引っ掻くと中の模様が開いてしまいます。よいこは、優しく描いてくださいね」

私はこくりと頷いて、包みを胸に抱きました。


おうちに帰ると、すぐに机でノートを開きます。

ページは厚みがあって、しっとり柔らかいです。近くで見ると、小さなぽつぽつと、青い細い筋が透けて見えました。大理石の模様みたいで、やっぱりとても素敵です。


小瓶のふたを開け、白いペン先を赤いインクに浸します。真っさらの紙に乗せて、すっと線を引きました。

ぷちっ、と、小さな粒が弾けるような手応えがします。ペン先が紙にわずかに沈んで、がりっ、がりっ、と小さな音がしました。インクは青い筋に沿って、じわりと滲みます。普通の紙よりもよく吸い込んで、描き心地がとても良いのです。


私は夢中でペンを動かしました。

真ん中には、にこにこ笑顔の、大きなお月さま。

その下には、ススキの輪と、十五匹のうさぎさん。

楽しいお月見の夜がノートの中に広がって、描いているだけで胸がわくわくしてきます。

最後に、お月さまのお口を描きました。

でも、なんだか少し物足りません。

店員さんの注意は覚えていました。

でも、お絵かきが楽しくて、「もっと、もーっとにっこりさせてあげたい」という気持ちが止まらなくなってしまったのです。

私はペン先にインクをたっぷりと含ませて、同じところを、何度も何度も塗りつぶしました。

ブチリ、と音がして、表面が少しめくれました。

開いたところから、中の青い筋がにじみ出て、インクと混ざり合います。お月さまのお口は、つやつやした赤になって、まるで濡れたみたいに光りました。


「うん、上手に描けた!」

私はインクが乾くのを待たずに、ぱたんとノートを閉じました。

すると、中からぺちゃ、と小さく濡れた音がします。

「あ……」

インクが向かいの紙にくっついちゃったかもしれません。私は慌てて、もう一度ノートを開きました。

真っ白だった向かいのページには、うさぎさんも、ススキの輪っかも、写っていませんでした。

お月さまの、大きく開いたお口の赤色だけが、じっとりと滲んで残っています。

まるで、次のページでも、ぽっかりとお口を開けて待っているみたいです。

ノートを閉じると、表紙の押し型が、さっきよりも深く笑っている気がしました。気にしないで、と言ってくれているのかもしれません。

夜警さんに会えたら、このページを最初に見せてあげよう、と私は思いました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。