第四十三話 映画館
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
お散歩の途中で、『スマイル・シアター』の看板を見つけました。
桜色のおうちの前で、家族がぎゅっと抱きしめ合っています。あたたかくて、泣けそうな映画です。気になって、入ってみることにしました。
窓口は、ふたつ並んでいます。明るいほうの窓口で、私はよいこ料金の券をもらいました。隣の薄暗い窓口では、「あれ」が迷子のお客さんを一人ずつ通しています。渡されている券の色は、私とは違うみたいでした。
中に入ると、香ばしくて甘い匂いがします。紙の筒に入った白い粒と、赤いジュースをもらいました。粒は形がふぞろいですが、かじると少し硬くて、中がほんのり湿っています。とても美味しいです。
座席は、真ん中あたりのふかふかした場所でした。きっと、よいこの席なんだなと思います。
前から二番目の列には、迷子のお客さんたちが並んでいました。肩を丸めて膝を揃えている人もいれば、うまく揃えられない人もいます。
一番前の列には、最初から座っているお客さんが何人かいました。迷子でも、街の人でもないみたいです。背筋だけがピンと伸びて、スクリーンのほうを向いたまま、息をしているのかどうかも分かりません。
館内が暗くなると、スクリーンに丸い耳の可愛いキャラクターが出てきました。
『映画を楽しむための、お約束だよ』
『上映中は、しずかに見ようね』
『まえの席を、けらないようにしようね』
私も背もたれに足をつけないように気をつけます。隣に座った街の人は、最初からお行儀よく手を膝の上に置いていました。
本編が始まりました。桜色の光が、いっぱいに広がります。
大きなおうち。高いところの白いスカート。手をつないだ人たち。うちの家族に、少し似ています。
周りの席では、街の人がハンカチを出して、ぐすん、と鼻を鳴らしていました。でも、二番目の列の人たちだけは、画面の光が当たるたびにビクビクと肩を揺らしています。靴の先が、前の背もたれに何度も当たりそうになっていました。
ドン、と鈍い音がしました。
二番目の列の人が、揺れた拍子に一番前の背もたれを蹴ってしまったのです。
すると、蹴られた席の動かないお客さんが、首だけをぐるりと後ろへ回しました。お顔のほうは、暗くてよく見えません。
通路の奥から、なにかが床を擦るような、ずずっ、という音が近づいてきます。甘い匂いが、前のほうだけふわりと濃くなりました。音は蹴った人のうしろで止まり、くちゅっ、と湿った音が一度だけ鳴ります。
場面が変わってスクリーンが明るくなったとき、その席はもう空席になっていました。一番前のお客さんは、すでに正面を向いて、さっきと同じように背筋を伸ばしています。
「ひとりいなくなっちゃった。おトイレかな」
私は白い粒をひとつつまんで、画面に目を戻しました。
中盤になっても、桜色の画面が続いていました。
家族が顔を寄せ合う感動的なシーンで、ふいに、最前列にいる動かないお客さんの首が、真後ろを向きました。
それを見た二番目の列の誰かが、短く高い声を漏らしました。すると、その声に驚いた隣の人も叫び、続けざまに靴が前列の背もたれに当たる音がしました。
通路を擦る音がいくつも、二番目の列に向かっていきます。スクリーンが明るくなった時、二番目の列の人は何人もいなくなっていました。途中で立ってしまうなんて、映画の内容が合わなかったのかもしれません。私は粒を噛んで、また画面に戻りました。
映画の終わりに、『つづきは、そとで』と字幕が出て、場内が明るくなりました。
二番目の列に残っていた人たちは、お顔の色が薄くて、膝の上の手がうまく揃えられなくなっていました。一番前の人たちは、明かりがついても全く向きを変えません。
スクリーン脇の、黒い布が掛かった扉の前に、スタッフさんが立っています。残った二番目の列の人たちだけを、手でそちらへ案内しました。
みんな、「あれ」に手を引いてもらいながら、布の向こうへ入っていきます。布のすき間から、先ほどの、ずず、に近い音が一度だけ聞こえました。
お客さんのいなくなった前のほうで、スタッフさんがほうきでお掃除を始めます。床に落ちた白い粒と、色のついた小さい粒を、一番前のお客さんの足元へ寄せていました。動かないお客さんの足の下で、寄せられたものがすっと見えなくなっていきます。映画館のお掃除は、とても大変そうです。
私は筒の底に残った粒を、最後まで噛みました。香ばしくて、甘い鉄の味が口の中に残ります。
外に出ると、空は薄い桜色でした。裏口のほうへ、回収屋さんのトラックが曲がっていくのが見えます。看板の家族は、まだ優しく抱きしめ合ったままでした。
続きがあるなら、また観たいなと思います。次も、このあたたかい映画がいいな。
私は紙の筒を握ったまま、おうちの方へ歩き始めました。




