第四十話 警察署
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
今日は、道で拾ったお財布を届けるために、『スマイル警察署』にやってきました。
ロビーの『落とし物窓口』では、ハッピー美容院のお姉さんが、小さな紙袋をカウンターに出していました。
「これ、路地裏に落ちていたんです」
袋の中には、綺麗な赤いスニーカーが片方だけ入っていました。中には厚手の白い靴下が、ぱんぱんに詰まったままになっています。
窓口の警察さんは、靴を少し持ち上げて重さを確かめると、紙の札をパチンとつけました。
「ご協力ありがとうございます。すぐに冷蔵庫へ保管しておきます」
警察さんは本当に親切です。持ち主さんも、見つかったらきっと喜ぶでしょう。
「やあ、マシュマロちゃん。えらいね」
私が窓口の人にお財布を渡していると、奥から、大きな殻のような制服を着た署長さんが歩いてきました。
「せっかくだから、少し休んでいきなさい。署長室で、甘いミルクをご馳走しよう」
署長さんに連れられて、奥の廊下を歩きます。
壁には『迷子さんのお知らせ』のポスターがずらりと貼られていて、写真の下には『特徴:よく走る』『かくれんぼ好き』と丸い字で書かれていました。
廊下の途中で、少しだけ開いた扉がありました。
「おっと、いけない。ここは……」
署長さんが慌てて扉を閉めようとしましたが、その前に、中がちらりと見えました。
『更衣室』と書かれたお部屋で、一人の警察さんが、分厚い制服のボタンを外しているところでした。
お洋服が開いたところから、ピンク色のふにゃふにゃした紐が、床までこぼれ落ちます。警察さんは頭をロッカーの上に丁寧に置いてから、気持ちよさそうに休みはじめました。
床に広がった紐の先が、ロッカーの奥へもぐりこみ、じゅるっ、となにかを勢いよく吸い上げていました。
「失礼。少し、お見苦しいところを」
署長さんがバタンと扉を閉めました。
「お洋服を脱いで、休憩中だったのね」
私が言うと、署長さんは「脱ぐなら、ちゃんと扉を閉めないとね」と笑いました。
「署長室は、この奥だ。……おや?」
署長さんが、小さなのぞき窓のついた重い扉の前で足を止めました。
中を覗くと、取り調べ室の机を挟んで、警察さんと迷子のお兄さんが座っていました。
お兄さんの片手は、机のパイプと、お揃いの銀色の輪っかで仲良く繋がれています。ぶるぶると肩を震わせているので、輪っかがチャキチャキと鳴りました。
警察さんは、湯気の立つ大きなどんぶりを、お兄さんの前にそっと差し出しました。
「お腹が空いているだろう。温かいうちに食べなさい」
お兄さんは最初、どんぶりをじっと見つめていましたが、甘くて香ばしい匂いにお腹が大きく鳴りました。
たまらず空いているほうの手でスプーンを取ると、夢中でかき込み始めます。
半分くらい食べたところで、お兄さんのスプーンが、どんぶりの底でカチッと小さな音を立てました。
すくい上げたスプーンの先から、とろりとしたタレと一緒に、赤い紐で編まれた小さなミサンガが垂れ下がっていました。小さな銀色の星の飾りがついています。
それを見た瞬間、お兄さんの目が、こぼれ落ちそうなほど大きく見開かれました。
「あ……あああ……っ!」
お兄さんは喉の奥からひゅっと空気を吸い込み、椅子から床へ転げ落ちました。
繋がれた手が引っ張られて机がガタガタと揺れる中、とても大きくて高い声を出しています。口を大きく開けて、せっかく食べたものを、ぜんぶこぼしてしまいました。
「わあ、当たりのおもちゃが入ってたんだね!」
私は嬉しくなって、のぞき窓に張り付きました。
きっと、大好きなデザインのミサンガだったのでしょう。思いがけない素敵なプレゼントに、お兄さんは歓声を上げながら、床で大はしゃぎしています。
警察さんは、お兄さんの背中を、ピンクの紐で優しくぽんぽんと撫でてあげました。
「ゆっくり食べなさい。まだ、おかわりはあるからね」
一番奥にある署長室は、ふかふかのソファーがあって、とてもいい匂いがしました。
署長さんが出してくれたピンク色のミルクは、とろりとしていて、甘いのに少しだけ鉄のような味がします。
私が美味しく飲んでいると、ドアをノックして、警察さんが一人入ってきました。
手には、『迷子さんのお知らせ』のポスターを持っています。
「署長。新入りの夜警が取り逃がした迷子ですが、先ほど無事に保護いたしました。現在、取り調べ室で食事を与えています。こちらが、手配書です」
警察さんが机に置くと、署長さんはそれを指先でつまみ上げ、やれやれという風に肩をすくめました。
「黒いコートの連中がこぼした分は、我々がこうして処理しなければならない。まったく、未熟な者が増えると困るな」
少しだけため息をつく署長さんを見て、私は警察さんたちのお仕事の大変さが、少し分かった気がしました。
「今日は美味しいミルク、ありがとうございました。警察さんたち、お仕事頑張ってね」
私がにっこりと笑うと、署長さんは腰のピンク色の紐をうれしそうに揺らして、深く頷いてくれました。
街の平和を守ってくれる警察署は、やっぱりとても優しくて、大切な場所なのです。




