第四話 病院
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
朝起きたら、顔の奥がもぞもぞと痒くなってきました。
この痒みが始まった時は、クリニックに行く日なのです。
私はピンクのワンピースでおめかしをすると、お上品に、背筋を伸ばして歩き始めました。
小さなお靴の音を立てながら、広場のはずれにある「ほほえみクリニック」へと向かいます。
お城みたいに大きな建物が見えてきました。
壁は温かくて、赤くて細い模様がたくさん描いてあります。
指でそっと触ったら、少し沈みそうな感じで、とっても気持ちいいのです。
外壁には、丸い窓がたくさん並んでいて、
たまにぱちぱちと瞬きをします。
「こんにちは、マシュマロちゃん」って言ってるみたいで、愛らしいの。
屋根の上からは、煙突が地面に向かって、くねくね伸びています。
先っぽがぱっかりと開くと、中にでこぼこしたレンガがいっぱい見えるのです。
今日も、お掃除のお兄さんが「ぎぃあああっ!」と笑いながら、手をふりふり、煙突の中に潜っていきます。
きっと楽しいお仕事なのね。
私は入り口に立ち止まって、にっこり微笑みます。
「今日は定期検診に来ました。よろしくお願いしますね」
すると、ぷにぷにした壁の一部が優しく開いて、温かくて甘い声が聞こえてきました。
出迎えてくれた先生は、白い服を着た、とっても優しい女の人。
いつも、歯がぜんぶ見えるくらい大きな笑顔のまま、おしゃべりしてくれます。
ハートのキラキラが入ったピンク色の目は、
見る角度によって反射の仕方が変わるんです。
頭につけている大きなリボンがぴこぴこ動くと、先生は元気いっぱいになります。
「マシュマロちゃん、今日もとっても可愛いわね! さあ、診察をしましょう」
待合室の扉が開いたとき、ちらっと中が見えました。
壁から出ているたくさんのリボンが、談笑している患者さんたちを優しく包み込んで部屋の奥へ連れていっています。
とても賑やかです。
私は、先生に手を取られて、可愛いピンク色の部屋に通されました。
先生は私の頭を優しく撫でながら、甘い声で言いました。
「だいぶ崩れてきてるわね。
マシュマロは繊細なお菓子だから……口に入れてるうちに、ふわふわ溶けてしまうの。
それは困るわよね? 可愛いものを全部忘れてしまったら」
私は首をかしげて、
「忘れる……? 私は全部、知っているのですよ?」
先生はにこにこしながら、私の頭の後ろの縫い目を指でなぞりました。
「大丈夫。そのままでいる為の治療だから。
失敗しないように、丁寧にね。
マシュマロちゃんは、私たちのお気に入りなんだから」
私はベッドに横になりました。
先生は、口を大きく開けました。
お口の奥から、銀色のオモチャがいくつも出てきて、私の頭の後ろに近づきます。
隣の部屋からは、別の患者さんの声が聞こえてきました。
「いや……いやぁ……。
頭……やめ……あ……ひぎっ!?
やだやだやだっ!
……あぁ……あは……あはははは……!」
先生はくすくすと笑って、
「あら、あっちは失敗したみたいね」
先生は私の頭を優しく開いて、
温かくてふわふわしたものを、ぎゅうぎゅうに詰め込んでくれました。
今までのものが、私の口や耳からどんどん流れ出します。
そのたびに先生が「可愛いマシュマロちゃん、よく頑張ってるね」と言いながらお掃除してくれるので、とても幸せな気分。
治療が終わると、先生は私の頭をしっかり閉じて、ピンクの糸で綺麗に縫い直してくれました。
「どう? 頭の中が、この街でいっぱいになったでしょう?
ずっと私たちの可愛いマシュマロでいられるのよ」
私はにっこり微笑んで頷きます。
「うん。全部、ちゃんと覚えてる。
この街がとっても可愛くて、大好きだってこと……」
先生は満足そうに私の頰を指でつつきました。
「いい子。次に来る時には、目も新しくしましょうね。ハートいっぱいのを入れてあげる」
クリニックを出ると、私はなんだか頭がふわふわして、世界が今までよりも優しく見えました。
広場のベンチに座って、足をぶらぶらさせながら、私は小さく微笑みます。
目の前にある噴水は、キラキラ光る水が勢いよく上がっていて、とても綺麗です。
時々、布のようなものが、ゆっくりと浮かんでまた沈んでいます。
私は頭の縫い目をそっと触ってみました。
もぞもぞとした白いものが指先にくっつきます。
「ふふ、可愛い動き」
私は立ち上がって、噴水の縁まで歩いていきました。
指についたそれを、水の中にそっと落とすと、じゅわ……という小さな音がして、すぐに消えてしまいます。
私は満足して、再びベンチに座りました。
痒みが消えて、スッキリ。
とても気分が良いのです。
「この街は、なんて素敵……」
……ねえ、あなた。
あなたも、この街に住みませんか?
案内は、私に任せてください。
可愛い事なら、なんでも知っているんです。




