第三話 パン屋さん
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
最近、とっても心配なことがあります。
おとうとが、床の下にかくれんぼしたまま、出てきてくれないのです。
前までは、クローゼットの中にいるのが好きだったのに、すっかり床下がお気に入りになってしまいました。
時々、隙間から目が合うのですが、すぐに奥へ隠れてしまいます。
エサも食べてくれません。
私も、いろいろ工夫しているのです。
キラキラしたガラスの粒や、人形の頭を、ピンクのリボンでくるんで与えているのに……。
私はリビングで膝を抱えて、首をかしげました。
「う〜ん……好き嫌いの多いおとうとに、何をあげたら喜んでくれるかしら?」
私は、おかあさんに聞いてみました。
「おかあさん、どう思う?
おとうと、最近全然食べてくれないの。
前みたいに、長くてピンク色のぬるぬるしたものをあげても、すぐに吐いちゃうみたいで……」
すると、おかあさんは天井から、「グチュ……」とお返事をしてくれました。
「あら、そうなの……
それなら、街で評判の『パンの耳』がいいと思うわ。
きっとおとうとも気に入るはずよ」
私は、言い終わってから、ぱぁっと顔を輝かせました。
「わあ、さすがおかあさん!
とってもいいアイデア!
ありがとうございます!
やっぱりおかあさんは、家族のことを一番わかってるのね」
ぴょんっと玄関に降りて、ピンクの靴を履きました。
おかあさんに相談してよかった。
「じゃあ、今日はパン屋さんに行って、
焼きたてのパンの耳を買ってこようっと!
おとうと、待っててね」
私は、天井のおかあさんに小さく手を振りました。
おかあさんは、とても気持ちよさそうに揺れていました。
噴水広場を抜けた先に、目指すお店が見えてきました。
「ふわふわパン屋さん」
看板には、笑顔のパンさんが自分の顔を切り分けている絵が描いてあって、お店に入る前からわくわくします。
お店のおじさんは白いエプロンをつけて、にこにこ顔で迎えてくれました。
「マシュマロちゃん、よく来たね!
ちょうど焼きたてのいい匂いがする時間だよ」
お店の中は、パンの香ばしい匂いでいっぱいです。
ふわぁっと甘くて、なんだか幸せな気持ちになります。
棚には、細長いプレッツェルや、丸くて大きなベーグル、太いフランスパン……
どれも綺麗に焼けていて、切った部分に白っぽい芯が見えています。
とっても美味しそうです。
ガラスを隔てた工房で、「あれ」たちがパン作りをしているのが見えます。
大きな窯が赤く輝いていて、その横には、鉄でできた牛さん型の可愛い調理器具が、ごうごうと音を立てながら動いていました。
中から、嬉しそうな「 MOOO! 」という声が聞こえてきます。
天井からは、たくさんの「材料」が、鉄の鉤に吊るされて、ゆらゆらと揺れていました。
みんな楽しそうに動いて、焼いてもらうのが待ちきれないみたいです。
私はカウンターの前に立って、お行儀よく言いました。
「おじさん、パンの耳が欲しいのです。
おとうとにあげたいの。
一番新鮮で、焼きたてのものがいいな」
おじさんは白いエプロンの手を拭きながら、目を細めて嬉しそうに笑いました。
「運がいいね。ちょうど今、焼き上がったところだよ!
待っててね、マシュマロちゃん」
そう言っておじさんは奥から、大きなベーグルを一つ持ってきました。
まだ湯気が立っていて、とってもいい匂いがします。
包丁を持ち、「せーのっ」と小さな掛け声とともに、耳の部分を綺麗に二つ切り取ってくれました。
「ほら、どうぞ。焼きたてだよ」
おじさんは紙袋にその二つをそっと入れて、
ピンクのリボンをかけてくれました。
袋から漂う香ばしい匂いが、なんだか胸をくすぐります。
私は袋を両手で大事に抱えて、目をきらきらさせました。
「わあ……とっても可愛い……
ありがとうございます、おじさん!」
おじさんはにこにこ笑顔で手を振ってくれました。
「また来てね、マシュマロちゃん。
おとうとさん、気にいるといいな!」
私は胸がいっぱいになって、
お店を出る時もずっと微笑んでいました。
なんだか、心がほっこり温かくなりました。
家に帰ると、私は床の隙間にしゃがみ込んで、明るく呼びかけました。
「おとうと〜、今日は特別なごはんだよ。
ふわふわパン屋さんの、焼きたてパンの耳なんだから、ちゃんと食べてね?」
紙袋から焼きたてのパンの耳をそっと取り出して、床の隙間からエサ箱の中に優しく入れます。
でも、奥からは何の音もしません。
私は首をかしげて、もう一度床板に顔を近づけました。
……おとうとは、床下の暗いところで、体を丸めたまま動かなくなっていました。
顔は青白くて、目が開きっぱなし。
中年のおじさんのような、少し疲れた顔をしていました。
私はしばらく、じーっと見つめていました。
「……おとうと、寝てるの?」
私はそっと呟きました。
「せっかく美味しいパンの耳を買ってきたのに……もったいないな」
私はパンの耳をもう一度袋に戻して、自分のお部屋に戻りました。
ぬいぐるみたちに囲まれて、ベッドにぽふんと寝そべります。
うさぎさん、くまさん、耳の曲がった猫さん……私の周りを優しく包んでくれる子たち。
こうしていると、心が暖かくなるのです。
「おとうとは、きっと幸せな夢を見てるのね……」
私は小さく呟いて、紙袋から焼きたてのパンの耳をそっと取り出しました。
一つを小さくちぎって、口に入れます。
カリッ……と音がして、
ふわっと柔らかくて、
じんわり温かくて、
優しい鉄の味。
私は満足して、ぬいぐるみたちに微笑みかけました。
「あなたたちも、食べてみる?
おとうとの分、たくさんあるよ」
すると、隣にいた大きなくまさんのぬいぐるみが、片方の目を、ぱちり、と開けました。
黒い瞳が、くるくる動いています。
私はくすくす笑いながら、パンの耳をそっと近づけました。
「ほら、あーんして。
食べさせてあげるね」
くまさんは、「殺して」と可愛く鳴きながら、目を閉じました。




