第三十七話 ランドリー
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
お部屋のベッドは真っ白で、ぬいぐるみがたくさんいます。うさぎさん、犬さん、猫さん……その真ん中に、首のない子と、首だけの子がいます。
この二人は、他の子より静かなので、私の一番近くに置いてあります。お気に入りの子たちなのです。
少し前から、表面がカサカサしてきました。柔らかく戻してあげよう、と思います。カゴに二人を入れると、軽さに少しビックリしました。前はずっと、ずっしりしていた気がします。中の綿が、減っちゃったのかもしれません。
首だけの子は縁から顔が見えていて、開いたままの目が、ただじっと宙を向いていました。うさぎさんたちは、ベッドに残します。真ん中が、急に広くなりました。
「行ってくるね。いい子でお留守番してて」
ハッピー美容院の隣にある、『おともだちランドリー』が見えてきました。看板には、笑顔でシャボン玉を吹く黄色いアヒルさんが描かれていて、すごく愛らしいのです。
中からは、甘い洗剤の匂いがふわりと漂ってきます。並んでいるドラムはどれも大きくて、たくさんのお客さんがお洗濯をしているのが見えました。
白いカゴをカウンターに置く前に、二人のほうを見ました。首だけの子の顔を、そっと覗き込みます。
「連れてきてくれて、ありがとう」
「ぼくたち、綺麗になってくるね」
ぜんぶ言い終えてから、私は優しく微笑みました。
「どういたしまして。良い子にしていてね」
店員さんが、歯がぜんぶ見える素敵な笑顔を浮かべながら、コインを受け取ります。
「シミ抜きなし、中身そのままでいいですか?」
「うん、この子たち」
「では今、準備してきます」
店員さんは、しきりに頷きながら、『運転中はあけないでね』と書かれた淡い紙を、まだ空のドラムのガラスに貼ってくれます。その指先が、少しだけぬるっと赤く濡れていました。ドラムの奥からズル、ズル……と何かが動く音が聞こえてきます。
準備してくれているのでしょう。
準備のあいだ、店の中を少し歩きます。甘い匂いのほかに、湿った温かい空気が、足元のほうに溜まっていました。街の人たちが、大きなカゴを抱えて並んでいます。フチから、布のはみ出したカゴもあります。
ネット袋を置いた台の前で、足が止まりました。袋の中が、小さく盛りあがって、くぐもった声が漏れています。可愛い声です。おしゃべり機能が付いているんだな、と思います。街の人が袋の上からぎゅっと押さえると、中の動きがだんだんゆっくりになって、声も細くなりました。
隣の台では、街の人が柔軟剤を、ぬいぐるみのお口へ直接注いでいました。閉じないよう、指でしっかりと開いてあげています。甘い匂いが、私のほうまで漂ってきます。とても大事にされているぬいぐるみなのでしょう。注いでもらっている子の目が、ぐるりと回って白くなりました。
奥のドラムでは、ぎゅうぎゅうに押し込まれすぎて、首が曲がったままの子が、ガラスの向こうで待っていました。曲がったところから、細くて赤いものが、窓の内側を伝っています。店員さんが長い棒で、やさしく位置を整えています。『いれすぎないでね』の札が、そのドラムの上にありました。ちょっと窮屈そうです。棒が離れると、首は、曲がったままもう戻りませんでした。
「三番、おともだちを回転できます。水からでも、泡からでもどうぞ」
大きな笑顔の店員さんが、空のドラムの前で呼んでくれました。ガラス面が少し曇っています。ズルズル、はもうしていません。準備ができたんだな、と思います。
私のドラムに入れるのは二人だけなので、とても余裕があります。首のない子を先に入れて、首だけの子を、その胸のあたりに置きます。カサカサになった胸が、ベコリとへこんでしまいます。ガラスを閉めた振動で、首だけの子がゴロンと転がり、こちらを向きました。顎がぽっかりと大きく開きます。お話、したくなったのかな。
「待っててね。すぐ、綺麗になるから」
微笑んで、ボタンを押します。中で水が立ち上がる音がして、開いた口のほうへ、白い泡が寄っていきました。
洗いが始まります。白い泡の中で、二人が水流に流されて、くるくるとかわいく回転します。私はガラスに額を近づけました。
「気持ちいい?」
少し間を置いてから、微笑みます。
「うん、あったかい」
水に揉まれるたび、首だけの子の開いた口が、水圧でぱたぱたと閉じたり開いたりしています。一生懸命おしゃべりしているんだな、と思います。
すすぎに入ります。泡が引いて、水の色が薄く赤くなりました。色移りしちゃうかもしれません。排水が、床の溝へ細く流れていきます。甘い洗剤の匂いと、鉄みたいな匂いが、混ざりあいました。
首だけの子の目が、ぐるぐると回っています。私が指先でコンコンとガラスを叩くと、中でゴツンと重いものが当たりました。お返事してくれたんだな、と思います。うれしいです。
乾燥が終わって扉を開けると、二人とも、入れる前より少しだけ小さくなっていました。首のない子の胸が、ぽっかりとへこんだままです。首だけの子が、そこにちょうどよく収まりました。
「きれいになったね。えらい、えらい」
私は二人を、カゴに優しく戻しました。温かくて、いい匂いです。来てよかった、と思います。
街の人が、ふわふわのぬいぐるみを抱えて、にこにこ出ていきます。私も、両手でカゴを抱えました。
中が、来る前よりずっと軽いです。
忘れものの棚に、小さな手が一本と、膨らんだくつしたがいくつか並んでいました。
そのうち、持ち主さんがお迎えに来てくれるのでしょう。
「みんな、良い子で待っていた?」
白いベッドは真ん中がぽっかりと空いたままです。うさぎさん、犬さん、猫さんのあいだが、私が出かける前よりかすかにずれている気がしました。
洗いたての二人をもとの場所に置くと、小さく縮んだ分、前よりもずっと近くに並べられます。首だけの子の目は白く変わっていましたが、もうカサカサはしていません。すっかり綺麗になって、とてもいい匂いがします。
たくさんのぬいぐるみたちに囲まれていると、まるで雲の上にいるみたいで、すごく幸せな気持ちになりました。
私が横たわると、うさぎさんが小さくブルッと震え、枕のほうへぱたりと倒れました。猫さんの口から、細い空気がすうっと漏れ出します。みんな、二人が綺麗になって帰ってきたのを歓迎してくれているのでしょう。
私は首だけの子のほっぺに自分の額をすり寄せて、甘い残り香を胸いっぱいに吸い込みました。
「遊べなくなるまで、ずっと一緒にいようね。絶対に離さないよ」
猫さんから漏れていたかすかな音が、ぴたりと止まりました。
やっぱり今日も、私のぬいぐるみたちはとっても可愛くて、良い子なのです。




