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マシュマロ 【私にとっては、ぜんぶ可愛いのです。絶望と狂気に満ちた、認識乖離ホラー】  作者: 鈴音めぐり


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第三十六話 レストラン

私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。

中庭のピンクの矢印に沿って、そのまま歩きました。手首の腕輪は、まだ少し濡れています。


『お食事コーナー』と書かれたガラス戸を押すと、中庭と同じ甘い匂いが漂ってきました。お風呂のあとにごはんまで食べられるなんて、とっても贅沢な体験です。わくわくしながら、窓側の明るい席に座りました。


向かいの棟に並んだ分厚い扉が、ガラス越しによく見えます。順番を待つ黒い腕輪の列は、さっきよりずっと短くなっていました。


メニューはとても分厚くて、最初のページの一番上に絵だけが描かれていました。おひさま、かみなり、雪だるま、かざぐるま。見出しには丸い字で『どれも当施設でつくられています』と書かれています。

私は星の枠の中に『お日さまプレート』という文字を見つけて、そっと指を置きました。

「これ、ください」


厨房は壁の向こう側です。扉は固く閉まったままで、音だけが隙間から漏れていました。

重いものを台に置く音。湿ったものをすうっと引き裂くような音のあと、ポキッ、ペキッと乾いた小さな音がいくつも続きます。とろみのある液体をバシャと切る音や、何かをごりごりとすりつぶす音。お料理をつくるのって大変なんだな、と感心してしまいます。

「落ち着いたのから、順番に寝かせて」

「中身、こぼすなよ。掃除が面倒だ」

男の人たちの低い声が聞こえました。返事はありません。

床に汁が一滴、ポタリと落ちる重い音がしました。


やがて、私の前に、丸くて大きなお皿が運ばれてきました。

真ん中にツヤツヤした赤い丸、そのまわりに黄色いとろりとした液体が流れていて、まるで本物のお日さまみたいで、とっても綺麗なのです。表面がテカテカと光っていて、テーブルに置かれたあとも、その中心だけがごく小さく、とくん、とくんと上下していました。きっと、できたてで熱いからだろうな、と思います。

持ち上げてみると見た目よりずっと重くて、両手が少し沈みました。

ナイフを入れると、中はきれいな層になっていました。やわらかいところと、歯にコリッと弾ける硬いところ。味はとっても甘くて、おいしいです。ごく細い糸のようなものが歯に絡んで、飲み込むたびに舌の奥に鉄のような味が残りました。一人前なのに、食べてもなかなか減りません。


隣の席の人も、同じお料理を食べていました。一番人気なメニューなのでしょう。まったく音を立てずに空けていき、口の端についた赤い点を指でぬぐって、唇の内側へ戻します。誰も喋りません。静かで、お行儀のいいレストランです。


厨房からは、またペキッという硬い音や、液体を流す音が聞こえていました。

窓の外を見ると、向かいの列はいつの間にか綺麗になくなっていて、分厚い扉の前に、切れた黒い腕輪が一つだけポツンと落ちています。誰も拾いに来ません。

私のお皿の真ん中はもう動かなくなっていて、最後の一口はただ温かいだけでした。けれど、口の中にどうしても取れない、ごく細い糸のようなものが残っています。舌で探っても、うまく取れません。


食事コーナーの奥は、食後の休憩スペースになっていました。

丸いソファーに寄りかかると、ぶるぶると揺れて、くすぐったいです。座面が、人の肌くらいの暖かさで、背もたれがゆっくり伸びます。節くれだったところが動いて、私の肩を優しくぐりぐりしてくれるのです。ふふっと笑うと、椅子の内側から、ごく小さく息をするような音がしました。マッサージチェアなのかな、と思います。

壁際の長い椅子には誰かが横たわっていて、頭から厚いタオルがすっぽりとかけられています。ぐっすり眠っているみたいです。


運ばれてきたお直しのミルクは、白いというより少し濁っていて、底にピンク色の小さな粒が沈んでいました。冷たくて甘いけれど、最後の一口だけ、鉄っぽい味がしました。隣のテーブルでは、分厚いメニューの雪だるまのページが開かれたままになっています。可愛い絵だな、と思いました。


出口では、受付の人がにこにこと笑って、「おかえりなさいませ」と私の腕輪を外してくれました。カチッと小さな音がして、まとわりついていたぬるさがすっと消えます。外した手首の皮膚だけが、くっきりと赤くなっていました。


門の外へ出ると、大きなぬいぐるみを抱えた人とすれ違いました。くじ引きの一等だった、あの子です。つぶらな目が開いたまま、じっとこちらを向いています。たくさん遊んでもらったのでしょう。抱かれたところが、へこんだまま戻りません。

「幸せそうだね」

声をかけようとして、やめました。あんなに抱きしめてもらって、幸せに決まっているのです。私は手を振らずに、おうちのほうへ歩き出します。

足の裏が、薄くねっとりと粘りつく気がしました。髪の毛には、甘くて香ばしい匂いが染みついています。

ダニちゃんたちは、お菓子を仲良く食べたのかな。

薄い桜色の空の下で、舌の奥に残った鉄の味だけが、いつまでも消えずに残っていました。

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