第三十五話 にこにこスパ
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
噴水広場の横に、小さなお店が出ていました。旗に、可愛い字で『スマイルくじ』と書かれています。
人が並んでいて、ベルが鳴るたびに歓声が上がっていました。見ているだけで、わくわくします。
看板には、四つの景品が描かれていました。
一等 おおきなぬいぐるみ。
二等 ふえるもの。
三等 にこにこスパ 一日券。
四等 おかしつめあわせ。
一等の横には、大きな鉄の檻がありました。中に、もこもこしたぬいぐるみがぎゅうぎゅうに詰まっています。つぶらなお目が開いたままで、とても可愛いです。一等が出ると、お店の人が棒で奥からひとつ引き出して、当てた人が嬉しそうに抱えて帰っていきます。抱きしめられたぬいぐるみの目が、わずかに私のほうに向いた気がします。
二等の箱をもらった人は、中でぽこぽこと泡立つような重い音を聴きながら、大事そうに抱えて笑っていました。たくさん増えると、きっと楽しいのでしょう。
私の引いた紙は、四等でした。リボンのついたお菓子の袋が嬉しくて、両手でぎゅっと抱きしめます。
「マシュマロ……四等……」
「おかし……いいな……」
すぐそばで、ダニちゃんとデミちゃんに会いました。いつものように腕を絡めて、麻袋を寄せ合っています。手には、ピンク色のスパ券が一枚だけ握られていました。
「行けるの……ひとりだけ……」
「ふたりじゃない……おかしが、よかった……」
羨ましそうに私の袋を見つめているので、差し出しました。
「じゃあ、交換しよ。わたしが行ってくるね。お菓子、ふたりで食べて」
四本の腕が、一度に小さく揺れました。券とお菓子の袋が、入れ替わります。ふたりは麻袋のすき間から、お菓子の袋をいっしょにのぞき込んで、とっても嬉しそうです。
いっしょに行けたらもっと楽しかったけれど、ダニちゃんたちの代わりにたくさん満喫してこよう、と思います。
『にこにこスパ』は、市役所の向こう、屋根が水色の大きな建物でした。壁には、湯気と、満面の笑みを浮かべた大きなお顔の絵。入口の人が券を確認して、私の手首に淡いピンクの腕輪をつけてくれました。
「いってらっしゃいませ」
隣の列は、色の違う黒い腕輪です。「あれ」が、一人ずつ中へ通していました。床の矢印が、ピンクと黒で左右に分かれています。私はピンクの方へ進みました。ダニちゃんとデミちゃんは門の外で立ち止まらず、お菓子の袋を嬉しそうに抱えて帰っていきました。
脱衣所で服を脱ぎ、白いカゴへ入れます。お湯のほうへ向かうと、中は生温かくて、ほんのり甘い香りが漂っていました。
浅いお湯に身体を浸すと、底がクッションみたいに柔らかくて、お湯の中に身体がすっと沈みました。街の人たちが、にこにこ笑いながら肩まで浸かっています。とろりとしたお湯が体の中までぽかぽか浸透してきて、とても気持ちいいのです。
お湯の底に、ピンク色のお花びらや、くねくねしたゼリーみたいなものがたくさん沈んでいました。足の指でふみふみすると、ぷちっと潰れて、赤いエキスが広がるのです。贅沢なお風呂だな、と思います
壁の高いところに、館内図が飾ってありました。左右で色分けされています。
私たちのいる右側には『ゆったり』『ねっぷう』『おはな』の文字。
反対の左側には『でんき』『あつい』『ねっぷう』『つめたい』と、順番に並んでいました。向こう側も、お風呂の種類がたくさんあるんだな、と思います。
こちらの廊下の奥に、小さい札で『ねっぷう』と書かれたお部屋がありました。
中はこぢんまりとしていて、心地よい木の匂いがします。
壁もベンチも、すべすべした一枚の木でできていて、継ぎ目がどこにもありません。座ると、お尻からじんわりと温かさが伝わってきました。
スタッフさんはまばたきをせず、満面の笑顔のまま、大きなタオルをぐるぐると回してあおいでくれます。
規則正しいバサッ、バサッという音が響くたびに、心地よい熱風が顔にふわりと吹きつけました。
気持ちいいのですが、すぐに身体が熱くなってしまいます。
「ありがとう。ちょっと、涼んでくるね」
スタッフさんは静かに深くお辞儀をして、私が出たあとも、誰もいなくなったベンチに向かって同じリズムで風を送り続けていました。
中庭に出ると、冷たい風が頬を撫でて、思わずほっと息が漏れました。
小さなベンチに腰を下ろし、ピンク色の柔らかい腕輪をそっとなぞります。
見上げると、すっきりとした水色の屋根が、目の前の中庭をはさんで向かいの建物まで伸びていました。屋根はひとつに繋がっているのに、その下には渡り廊下も、小さな橋もありません。同じ建物なのに、二つの棟が綺麗に離れて立っていました。
向かいの建物の壁に、丸い字で『でんき』『あつい』『つめたい』と書かれた扉が並んでいました。さっき私が入った部屋と同じ『ねっぷう』の文字もあります。
ただ、こちらの開放的なドアと違って、向かい側の扉はどれも頑丈そうで、重い金属の鍵がいくつも掛かっていました。
向かいの厚い扉の前で、「あれ」が、黒い腕輪の人たちを静かに導いていました。列が、一つずつ扉のほうへ消えていきます。中は見えません。窓は湯気で白いです。
ゴーッ、という機械の音。時々、内側を叩く音。そのあと、香ばしくて甘い匂いが、中庭まで細く流れてきます。美味しそう。あっちでは、ごはんのイベントをしているのかな、と思います。
中庭の壁に描かれたピンクの矢印が、木漏れ日の差す『お食事コーナー』のほうへゆったりと伸びていました。お菓子はダニちゃんたちにあげてしまったので、ちょうどお腹が小さく鳴ったところです。美味しいご飯が待っていると思うと、それだけで胸がときめきます。
向かいの『ねっぷう』の分厚い扉の奥から、重い金属が落ちるような音が一度だけ響き、すぐにまた、規則正しい機械の音に戻りました。
私はベンチから立ち上がり、自分の肌にじんわりと残る心地よいぽかぽかを、てのひらで確かめました。
お湯も、やさしい熱風も、とっても気持ちがよかった。
これからいただくお食事も、きっと、とっても美味しいにちがいありません。
私は先へ続く矢印のほうへ、ゆっくりと歩き出しました。




