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マシュマロ 【私にとっては、ぜんぶ可愛いのです。絶望と狂気に満ちた、認識乖離ホラー】  作者: 鈴音めぐり


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第三十二話 雨の日

私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。

今日は、朝から雨です。

窓の外は薄い灰色で、石畳がてかてか光っていました。

雨の日は、外に出たことがありません。服も靴も濡れてしまいますし、こういう日はおうちで、家族とのんびりしているのが一番なのです。


窓の向こうで、迷子さんが一人、濡れたまま走っていました。

腕を大きく振って、足をばたばたさせています。お空から降ってくるお水が面白くて、はしゃいでいるのでしょう。お顔のほうはよく見えませんが、走り方は楽しそうです。

雨が当たったところから、服の色がにじむように変わっていきます。最初は薄いピンクで、肩や手首のあたりがだんだん赤くなっていくのです。

石畳の上にも同じ色がぽたぽたと落ちて、細い筋になって流れていきます。

とても素敵な仕掛けの服です。

私は窓に額をつけて、迷子さんをしばらく見ていました。


通りを見ると、とてもふっくらした大きなおばさんが歩いていました。ハッピーフレンズ玩具店の、クマのお面の店長さんです。赤い模様がたくさんついたエプロンを着ています。

傘はさしていません。お面の目の穴から、茶色いものが気持ちよさそうにゆっくり伸びて、ぬるっと光りながらしずくを受けていました。

水たまりを見つけるたびに、嬉しそうに足を漬けているのが、なんだか可愛いです。

いつもより動きが軽くて、いきいきしています。


「みんな、なんだか楽しそう」

私も、お散歩してみたくなりました。

玄関の古い傘を持って、外に出ます。

開くと、雨粒が傘に当たって、ぽつ、ぽつ、と音がしました。音楽みたいなリズムで、思ったよりも気持ちいいのです。

街の人は、いつもより少ないです。お天気が悪いので、おうちにいるのでしょう。

ちょっと得した気分です。

石畳を、赤いものが細い筋になって流れていきます。側溝の口で、くるりと巻いて、下へ入っていきました。きれいな色だな、と思いながら、そっと避けて歩きました。


噴水広場の手前の軒下で、小さな子が一人、動けずにいました。

肩を丸めて雨宿りしています。小さな白いハンカチを、両手でぎゅっと握っていました。

そこへ、背の高い女の人がぎくしゃくした足取りで近づきました。

顔は大きな傘に隠れて、よく見えません。

傘の内側から、軽快なメロディとともに歌が流れていました。

おもちゃ屋さんで聞いたことのある歌です。口元が、自然とゆるみます。


あめのひには みんなあつまれ

なかよし しあわせ いつまでも

ハッピー ハッピー 

ハッピーフレンズ


子供が少し身をよじると、大きな傘の内側がさっと動きました。お店のおばさんのお面から出ていたのとよく似た、細長くて茶色いものが、ちらりと見えた気がします。

次の瞬間、子供はもう傘の下にいて、その人に優しく抱いてもらっていました。

抱きしめたあとの足取りは、すごく滑らかです。きっと、おかあさんなのでしょう。


大きな傘は角を曲がり、すぐに見えなくなりました。しばらくして、赤い水玉模様のハンカチが、薄いピンク色の水と一緒に、石畳の上をゆらゆらと流れてきました。


もう少し先で、開いたマンホールがありました。蓋が、斜めにずれています。フチがぬるぬるしていて、白い湯気が細く立っていました。

下から甘い煙がふわりと出ています。蜜みたいな匂いです。

低い音もします。くちゅ、ぽこ、ぽこ。

下水道で誰かがお仕事しているのかもしれません。

蓋のそばに、人が輪になって立っていました。傘をさしていない人の方が多いです。みんな、煙のほうを見ています。雨粒が当たっても、あまり動きません。


煙が、ひとりの足元から肩まで、ゆっくり包みます。その人の輪郭が、湯気に混ざっていきました。すっと薄れると、今までいた場所が空いています。

「わぁ……手品みたい」

隣にいた人が、一歩、穴の方へ寄りました。あったかそうだし、いい匂いですので、順番なんだと思います。

みんな、列を守れていて、良い子です。

私は少し離れた場所で、古い傘の柄を握って見ていました。よいこなので、順番には割り込まないのです。


下では、低い音が続いていました。雨の音より、ずいぶん近いです。

輪の中が、また一人分、空きました。赤いものが石畳に広がり、蓋の隙間から下へ落ちていきます。下の音が、そのたびに、少しだけ高くなるのです。


みんなが居なくなった後、私は、少しだけマンホールに近寄ってみました。中は暗くて、よく見えません。穴の下でとても大きな何かがゆっくり動いているような気配がします。

雨が下水道をたくさん流れているのでしょう。

私は傘をさし直して、おうちの方へ歩き始めました。後ろでは、甘い匂いと、ぽこ、ぽこ、という音が、まだ続いていました。


帰り際、遠くに、クマのお面のおばさんがちらりと見えました。水たまりを踏んで、肩を揺らしながら、お店のほうへ歩いていきます。後ろには、さっきのと同じような大きな傘が、いくつかついていました。どれも、少しぎくしゃくしています。

傘の内側から、お店の歌が、小さく途切れ途切れに聞こえてきました。

『あめのひには みんなあつまれ……』

湿った風に紛れて、途中で消えます。雨の日のお出かけを、楽しみにしていたのかもしれません。私も、出てきてよかったな、と思います。


おうちの玄関で、古い傘を閉じました。布が少し汚れてしまいましたが、洗えば取れるでしょう。

リビングでは、家族がいつもの場所でくつろいでいました。甘い香りが、外の湿った空気と混ざって、少しやわらかいです。

「今日も、みんな楽しそうだったよ」

誰も答えません。にこにこのままです。


窓の外は、まだ灰色のまま降り続いていました。石畳の筋はもう見えません。甘い匂いだけが、隙間から細く残っている気がします。

きっと、明日はお空に虹がかかるでしょう。

私は濡れた髪を拭いて、にっこりと笑いました。

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