↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マシュマロ 【私にとっては、ぜんぶ可愛いのです。絶望と狂気に満ちた、認識乖離ホラー】  作者: 鈴音めぐり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/30

第二十六話 屋台

私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。

今日は夕方から、ヒナちゃんを誘って屋台通りへ遊びに行くことにしました。

時計塔のそばにある、みんなが気軽にごはんを食べる区画です。

赤や黄色のまるい灯りが照らすなか、あたたかい湯気がゆらゆらと立ち上る、私の大好きな場所なんです。


途中の橋のたもとで、ダニちゃんとデミちゃんに会いました。

ふたりはいつものようにお互いの腕をぎゅっと絡め合い、頭に被った麻袋を寄せ合っています。

こちらに気づくと、四本の腕が一度に小さく開いて、麻袋がくちゅ、と擦れました。

歩幅がそろったまま、ヒナちゃんのほうへ半歩だけ寄ります。

麻袋の奥の目が、じーっとヒナちゃんを見ていました。

「……マシュマロと、知らない女の子……」

「……迷子……? これから、遊ぶ……?」

「ううん、この子はヒナちゃんだよ。お友達になったの。

これから屋台通りへ、お食事に行くところなんだ」

ふたりは不思議そうに麻袋を傾けます。

その視線が、ヒナちゃんの胸元にある小さな白い羽根のバッジで止まりました。

開いていた腕が、すっと戻って、またお互いの体に絡み直されます。

寄っていた距離も、もとの位置まで下がりました。

「……バッジつき……」

「……お友達……」

口元から、コリコリと硬い音が聞こえました。

「二人も一緒に行こう。お食事は、人数が多いほうが楽しいよね」

「……ゆく……」「……いまから……」

ダニちゃんとデミちゃんは、声を重ねるように頷いてくれました。


ヒナちゃんは音のした方へ、少し遅れて顔を向けます。

杖の先が、ふたりの足元のあたりを探るようにト、ト、と動いていました。

「……お二人、とても近くにいますね。声も、重なって聞こえます」

「ダニちゃんとデミちゃんは、仲良しの双子さんなんだよ」

ヒナちゃんは小さく「……はじめまして」と言って、前髪をそっと払いました。

ダニちゃんとデミちゃんは、首を大きく揺らしながら、「……いつも一緒……」と声を揃えました。


四人で並んで歩き始めると、ヒナちゃんが少し申し訳なさそうに、小さな声で教えてくれました。

「……実は、この街に来てから、どうしても食べ物が口に合わなくて……。パン屋さんの、細いのが挟まってるやつも、サラダボウルも……。どれも、ちょっと味付けが個性的というか、うまく飲み込めないんです」

杖の先をト、と石畳について、困ったように首を傾げています。

「そうなの? じゃあ、ヒナちゃんが美味しく食べられるものをみんなで探そう!」

私が明るく提案すると、ダニちゃんとデミちゃんも「……探そう……」「……美味しいの……」と息ぴったりに同意してくれました。


屋台通りに入ると、たくさんの人が長椅子に腰を下ろして、楽しそうにお食事をしていました。

夜警さんや警察さんの姿も混ざっています。

ただ、席は少し離れていて、空気がぴりぴりしている感じです。

何人かの夜警さんがフリーペーパーを広げて、低い声で話しています。

「今日はハートが二人か」

「……早めに済ませないとな」

その横で、警察さんが低い声を出します。

「夜警、装備をケチるなよ? 以前のような騒ぎにならないようにな」

夜警さんたちの肩が、一度だけ硬くなりました。

誰も返事をしません。

そのとき、背が高いいつもの夜警さんが通りに現れました。

黒いロングコートの裾が石畳を静かに擦り、襟元には、小さなお化けのバッジがついています。

「お警察さんは、ご指導がお上手ですね」

警察さんの言葉が、ぴたりと止みました。

夜警さんは私たちに気づくと、灰色の目を細めて、軽く会釈します。

「夜警さん、こんにちは」

私は小さく手を振りました。

夜警さんは一度だけ、深く頷いて通り過ぎていきます。

残された席の空気が、すっと穏やかになりました。


まずは私のおすすめ屋台から巡ることにします。

どれも色が綺麗で、形がとっても可愛いものばかりです。

ピンク色でふわふわした綿あめや、虹色に光る小さな飴玉。

ハートの形をしたお菓子は、押すと中がゆっくり戻ってきて、ほんのり温かいのです。

屋台の奥には、白いシートの上に、まだ調理されていない新鮮な材料が積まれていました。

赤くて細いものが束になって並び、途中で小さく節くれだっています。

白くて丸みのあるものは、膜の下でときどきぴくっと形を変えました。

フックには、赤くてきれいな塊が下がっていて、表面がまだ少し湿っています。

「わあ、今日の材料はすごく新鮮!」

私はそう思いながら、ヒナちゃんの口元へ運んであげました。

「はい、ヒナちゃんあーんして!」

ヒナちゃんは言われた通りに口を小さく開けて、どれも丁寧に噛みしめてくれます。

けれど、そのお顔はあまり冴えません。

「……すみません。すごく甘いのですけど、なにか苦手な味が残って……」

「そう、かな? 気にしなくて大丈夫!」

私は元気に笑いかけました。


次は、ダニちゃんとデミちゃんの番です。

ふたりは「……対になってる……」「……繋がってる……」と楽しそうに呟きながら、屋台の奥からあたたかい焼き物を買ってきてくれました。

ふたつ並んだ、やわらかい袋のようなものです。

真ん中が細い管でつながっていて、置くと左右が同じリズムで、ふわり、ふわりと縮んだり膨らんだりします。

表面は薄ピンク色で、油を含んでつやつやしていました。

「わあ、仲良しなお料理!」

私が言うと、ダニちゃんとデミちゃんは麻袋を寄せて、同時に頷きます。

「……2つで、1つ……」

ヒナちゃんは恐る恐る口に運びました。

柔らかい膜を噛むと、中から温かい空気みたいなものがすっと抜けていきます。

少しだけ噛んで、不思議そうに首をかしげてしまいました。

「これもちょっと……」

ダニちゃんとデミちゃんは、お互いを見つめながら「……偏食……」「……好き嫌い、多い……」とひそひそ囁き合っていました。


通りを歩いていると、ヒナちゃんのほうへ、そうっと手を伸ばしかける人がいます。

石畳の段差が多いから、転ばないように支えてあげようとしてくれたのかもしれません。

けれど、ヒナちゃんの胸元にある小さな白い羽根のバッジに気づくと、ハッとしたように手を引っ込めて、また笑顔で自分のお食事に戻っていきました。

みんな、とっても優しいです。


いくつか屋台を回るうちに、ヒナちゃんの肩がすこし落ちてきました。

「あの、無理をしなくても大丈夫ですから……」

消えそうな声で遠慮するヒナちゃんに、私はそっと寄り添いました。

「無理なんてしてないよ。ヒナちゃんと一緒に探すの、すっごく楽しいもん」


通りの一番奥まで来ると、白い蒸気がしゅんしゅんと上がっている小さな屋台がありました。

店頭の大きな鍋には、白くてシワのあるものがたくさん浮かんでいます。

ひとつ揺れるたびに、隣のものも一緒に引っ張られるように動きました。

店主さんが丁寧に切り分けると、薄い膜が破れて、中からとろりとしたあたたかいものが溢れ出します。

切り口の奥に、短いすじが残っていて、それが鍋のお湯に溶けていきました。

「わあ、お餅みたいで可愛い!」

私が目を輝かせると、ダニちゃんとデミちゃんも「……中が、繋がってる……」「……かわいい……」と嬉しそうに言います。


私はお皿を受け取り、小さなフォークでひとくち分をすくって、ヒナちゃんの口元へ運んであげました。

「はい、ヒナちゃん。これ、すごくあたたかいよ」

ヒナちゃんは少し迷うように唇を開き、それを静かに口に含みます。

柔らかい膜を噛みちぎる小さな音がして、中から溢れたものをごくりと飲み込みました。

その瞬間、ヒナちゃんの体が、ふにゃりと力を抜くように揺れました。

震える喉の奥から、声が小さく漏れています。

「……あっ……ん……っ」

「ヒナちゃん?」

私が覗き込むと、ヒナちゃんはゆっくりと顔を上げました。

「……これ美味しいです。すごく……お腹の底から、優しい味がします」

今までの控えめな微笑みとは全く違う、とっても大きな笑顔でした。

白くて綺麗な歯が、奥まで全部見えています。

「よかったー! 見つかって本当によかった」

ヒナちゃんがこんなに嬉しそうに食べてくれて、私の胸の中は幸せな気持ちでいっぱいになりました。

ヒナちゃんはもうひとくち、自分からお皿に手を伸ばして、夢中で口へ運びました。

歯を全部見せた大きな笑顔のまま、何度も頷いています。

お口の端からお汁が垂れているのが、なんだか可愛いです。

「また一緒に食べに来ようね」

「……はい! 絶対に、また来たいです」


夕方の屋台通りには、あたたかい甘い匂いと、ジュウジュウと焼ける音がまだ残っていました。

空が薄い桜色から、ゆっくりと紫色に変わり始めています。

私はヒナちゃんの大きな笑顔を思い出しながら、歩き始めました。

普段は控えめで小さなお口のヒナちゃんが、歯を全部見せて笑っていたのが、まるで絵本の中の特別な一枚みたいに、ずっと目に焼きついています。

別れ際にヒナちゃんの口元を拭いてあげた指先には、まだほんの少し、甘くて香ばしい匂いがついていました。

「明日もまた、一緒に行こうね」

胸の中で何度もその言葉を繰り返しながら、私は軽い足取りでおうちへと向かいました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。