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マシュマロ 【私にとっては、ぜんぶ可愛いのです。絶望と狂気に満ちた、認識乖離ホラー】  作者: 鈴音めぐり


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第二十三話 お祭り

私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。

お散歩をしていると、いつもの街の景色が少し違って見えました。

噴水広場の方から、あたたかい明かりと、楽しそうな音が聞こえてくるのです。

甘くて、どこか香ばしい匂いも、風に乗ってふわりと届いてきました。

普段より、空気が少し弾んでいる気がします。

「……なんだろう?」

私は賑やかなほうへと向かいました。


広場には、移動式のお祭りが来ていました。

白いテントがいくつも並び、色とりどりの旗やリボンが、昼間の風にひらひらと揺れています。

入り口の近くには、大きな看板が立っていて、「にこにこフェスタ」と丸い文字で書かれていました。

出店の明かりが、白い石畳の上にやわらかな影を落としています。

どこからともなく、軽い音楽と、人の話し声が混じって聞こえてきました。

「わあ……お祭りだ!」

私はわくわくしながら、会場へ急ぎました。


入り口付近では、警察さんたちと、背の高い夜警さんが立っています。

昼間なので、黒いロングコートがすぐに目に入りました。

「夜警さん! 昼間なのにお仕事?」

私が声をかけると、夜警さんはすっとこちらを向いて、丁寧に会釈をしてくれました。

灰色の目が、少し細くなります。

「マシュマロちゃん。こんにちは。

本日はお会場のご安全をお守りするお仕事で来ております。

お警察さんだけでは、少しお手に余ることもあるでしょうから」

近くにいた警察さんの一人が、つまらなそうに視線を逸らしました。

夜警さんは気にした様子もなく、静かに微笑んでいます。

「お祭りなんですね。楽しそう。

夜警さんもいるなんて、嬉しいな」

「ええ。多くの方がお見えですので、どうかお気をつけくださいね」

「はい! 夜警さんも……」

私は一度、言葉を飲み込みました。

夜警さんはお仕事中です。

それでも、一緒に回れたら、もっと楽しい気がします。

「……一緒に、お祭りを回るのはダメ?」

私の言葉に、夜警さんは少しだけ間を置きました。

灰色の目が、そっと私を見つめます。

しばらくしてから、短く咳払いをして、コートの裾を一度だけ整えました。

「……お会場の中で、危ない事があるといけませんからね。

私で良ければ、お供いたしましょう」

落ち着いた声の端に、少しだけ柔らかい響きが混じっていました。


夜警さんと一緒に、出店をのんびりと回ります。

飴を売るお店では、真っ赤な玉が棒の先にずらりと並んでいました。

表面がぴかぴか光っていて、日の光をきれいに反射しています。

近くで見ると、赤い膜の奥から、じっと見つめられているみたいでした。

「きれい……食べるのもったいないね」

私が目を細めると、夜警さんは静かに立ち止まり、一緒に棚を見てくれました。

「……中身の色が、少しずつ違いますね」


別の出店からは、香ばしい匂いが立ち昇っています。

熱い鉄板の上で、細長くてくねくねしたものが、じゅわじゅわと音を立て、湯気をふわりと上げていました。

「いい匂い。お腹すいてきちゃった」

夜警さんは一度だけ鉄板の方を見て、コートの裾を整えました。

「お香りは良いですが、少しお色が良くありませんね。

お召し上がりになるなら、別のものがよろしいかと」

私は、つい笑ってしまいました。

「夜警さん、心配性なんだね」


射的のお店では、景品がずらりと並んでいました。

ぬいぐるみや、お人形の頭、布で包まれた長いもの。

液体のなかに小さな白いものが浮かんでいる小瓶もありました。

とても可愛らしいものばかりです。

「あの瓶、すごく素敵……」

私が言うと、夜警さんは静かに頷きました。

視線が、景品と銃を、交互に行き来します。

「……少々、お待ちください」

夜警さんは店員さんから、銃と三発の弾を受け取ると、長い指で丁寧に構えました。

落ち着いた仕草で、引き金をひきます。

一発、そしてもう一発。

どちらも、まるで景品から逃げるように、大きく外れました。

「……」

夜警さんは、ごく小さく息を整えました。

肩が、ほんの少しだけ上がっています。

軌道を測るみたいに的を長く見つめ、銃の向きを真剣な顔で整えてから、引き金にかけた指に、ぐっと力を入れました……。


「……この銃身、少し曲がっておりませんか?」

夜警さんは、短く咳払いをしてから、銃を店員さんに返しました。

「がっかりしないで、夜警さん!

頑張ってくれてありがとう」

私の声を聞くと、彼はコートの裾を整えてから、薄く笑顔を浮かべました。

「……別のお店に参りましょうか」


そのとき、会場の端がざわつきました。

お兄さんが、とても青ざめたお顔で、元気に走ってきます。

「近寄るな! 俺は……俺は帰るんだ!」

腕を振り回しているお兄さんを、警察さんたちが慌てる様子もなく、すっと取り囲みました。

腰から伸びたピンク色の柔らかい紐が、お兄さんの首元にそっと触れます。

するとお兄さんは急に、骨がなくなったみたいに、ふにゃふにゃと地面にお座りしました。

口を小さく開けたまま動かなくなったお兄さんは、警察さんに優しく両脇を抱えられ、つま先を引きずりながら出張テントの方へ運ばれていきます。

お兄さんの姿が暗い幕の奥へ消えると、中から「ひっ」と小さな吐息が漏れました。

「迷子さんを保護してあげてるんだね。

さすが警察さん」

私が呟くと、夜警さんは特に何も言わず、一度だけそちらを見てから、また歩き出しました。

コートの裾が、ざわりと揺れた気がします。


しばらく出店を楽しんだあと、私たちはお化け屋敷の前に立ちました。

ピンク色の可愛らしい木枠で囲まれた入り口に、お化けの絵が描かれた大きな看板が立っています。

「にこにこお化け屋敷」と、ぷっくりした丸い文字で書かれていました。

舌をペロッと出したおばけの絵は、目の位置が少しだけずれていて、とても愛嬌があります。

夜警さんは、看板の前で珍しく足を止めました。

黒いロングコートの裾が、石畳に軽く触れます。

「……お恥ずかしながら、私はこのような場所に入ったことがございません」

灰色の目を少しだけきょろきょろさせて、困ったように首を傾げています。

いつもと違って、なんだか不思議な感じです。

「私もはじめて! でも、夜警さんと一緒だからとっても安心」

私がそう言って手を引くと、夜警さんは短く息を吸って、静かに頷いてくれました。

長い指が、私の肩をかばうように、そっと近くで動きます。

「……では、お供いたします。どうか私の側を離れませんよう」


暗い通路に一歩踏み入れると、やわらかい闇が私たちを包み込みました。

足元の通路はどこか生温かく、踏むたびにやわらかく受け止めてくれます。

壁に触れると、じんわりとした温もりと弾力がありました。

空気の中には、あまい砂糖の香りに混ざって、ほんのりと鉄のような匂いが漂っています。

「動くおもちゃがたくさんあるのかな。楽しみ」

私が声を弾ませると、夜警さんは私の少し前を歩き、背中で遮るようにしながら、静かに答えてくれました。

「ええ。何が跳び出してまいりましても、すぐに対処いたします」


最初の角を曲がると、壁一面にいくつものお顔がずらりと並んで浮き出ていました。

壁の肌色とぴったりつながっていて、つなぎ目が全くわかりません。

目が半開きになったお顔たちが、私たちが通るたびに、まばたきをするようにピクピクと瞼を動かしています。

口の形もそれぞれ違っていて、楽しそうに微笑んでいる人もいれば、小さく口を開けたまま固まっている人もいました。

「わあ、壁からみんなでお顔を出して覗いてるみたい! 上手に作ってある壁なんだね」

私がパチパチと手を叩いて喜ぶと、夜警さんは鋭く壁を見つめながら応えてくれました。

「……ええ。お手を触れないようご注意を」


次の部屋に進むと、低い天井の下で、椅子に固く縛られた人たちがゆっくりと前後に揺れていました。

手首や首元を太い金具で留められたまま、口を半開きにして、くぐもった音を出しています。

「ひいっ……」「おねがい……助け……」という細い声が、途切れ途切れに通路に響いていました。

「しゃべるお人形さんの仕掛けだ! ちょっぴり怖いけど、すごい!」

私は少しだけ身を縮めて、夜警さんの背中にそっと寄り添いました。

夜警さんはすぐに歩幅を緩め、私の肩のすぐ近くに立ち、いつでも包み込めるように手を添えてくれます。

頼もしい夜警さんがそばにいてくれるので、私は嬉しくなって目を輝かせました。

ふと見上げると、天井からは切り揃えられた手足だけが、いくつもぶら下がってゆらゆら揺れていました。

雫をぽたぽたと垂らしながら、細い指先が、空気を掴むようにゆっくりと開いたり閉じたりしています。

爪の先まで綺麗に整えられていて、指の関節が小さく震えていました。

「飾りの手足まで動くなんて、すごく細かくできてる!」

私は夜警さんのコートの裾を、そっと指先で掴みました。

光沢のない黒い生地は冷たくて、とっても滑らかです。


通路の奥へ進むほど、展示物は綺麗に並んでいきます。

最後の部屋では、ライトの中に、上半身だけを出したお人形さんたちが静かに並んでいました。

白い台の上に、きれいに収まっています。

裾にはやわらかい布がかかっていて、そこから下は見えません。

大きな笑顔が、全員ぴったり揃っています。

肌はつやつやと滑らかで、まばたきもしません。

手の位置も、頭の傾きも、みんなお揃いです。

笑顔の端だけが、少しつっぱっているように見えました。

台の前には、小さな看板が立っています。

丸い文字で、「スマイル」と書かれていました。

「これが、このお屋敷の最後のお化けさんたちなんだね。

モデルさんみたいで、とってもきれい……!」

私がうっとり見ている横で、夜警さんはその静かな並びを、長く見つめていました。

何も言いませんでしたが、私の手を握る力が、わずかにやさしくなりました。


お化け屋敷の出口を抜けると、小さな売店がありました。

木でできた小さな台の上に、お化けの形をした可愛い飾りや、布で包まれた小さなバッジがずらりと並べられています。

「わあ、可愛いのがいっぱいある!」

私は目を輝かせて、並んでいる商品をひとつひとつ覗き込みました。

ゆらゆら揺れる真っ白なキーホルダーや、触ると少し湿っていてぷにぷにした不思議な丸いバッジ。

どれもこれも、見ているだけでわくわくしてきます。

「どれが一番可愛いかな……」

台の端から端までじっくり眺めていた私は、ふと小さなバッジと目が合いました。

それは、細い目とにこっと曲がった口が描かれた、お化けの顔のバッジでした。

指先で触れてみると、ほんのり冷たくて、なめらかな感触です。

たくさん並んでいる中で、この顔が一番楽しそうに笑っている気がしました。


「夜警さん、これ!」

私はお会計を済ませると、お顔のバッジを夜警さんの目の前に差し出しました。

夜警さんは目を少しだけ丸くして、私とバッジを交互に見つめます。

「私に、でございますか?」

「うん。一緒にお化け屋敷に入った記念。夜警さんにすごく似合うと思ったの」

夜警さんはバッジを大きな手のひらに載せ、しばらく無言で見つめました。

長い指先で、バッジの縁を確かめるように丁寧になぞります。

「……ご記念、でございますか」

夜警さんは短く呟くと、コートの襟に、そっとバッジをあてがいました。

ピンが通る小さな音が聞こえます。

バッジを固定したあと、落ちないように丁寧に確かめていました。

「ありがとうございます、マシュマロちゃん」

私は嬉しくなって、何度も頷きました。

夜警さんの黒いコートの襟元に、小さな笑顔がちょこんと乗っています。

夜警さんはもう一度だけ、愛おしそうにバッジを撫でました。

「……大切にいたしますね」

その声には、いつもよりあたたかい響きが混ざっている気がしました。


明かりの残る会場を、私たちはゆっくりと歩きます。

甘い匂いが、まだ空気に漂っていました。

「今日は楽しかったです。また遊ぼうね」

私が言うと、夜警さんは静かに微笑みました。

「ええ。また、ご機会がございましたら」

夜警さんは丁寧におじぎをすると、人混みの中へすっと滑るように消えていきます。

コートの襟で、笑う小さなお顔のバッジが光を少しだけ反射して、すぐに見えなくなりました。

私は一人、会場を後にしました。

遠くで、警察さんの出張テントの方から、黒い箱がトラックの荷台へ運び込まれていくのが見えます。

箱の底から、赤い滴が、ぽたぽたと石畳へ落ちていました。

「楽しいお祭りだったな」

私は、軽い足取りでおうちへ向かいます。

バッジを大切に撫でる夜警さんのことを思い出すと、胸のあたりがふわっと温かくなりました。

おうちに着いたら、今日のことを家族に話してあげよう。

みんな、きっと喜んでくれるはずなのです。

会場の音楽は、いつのまにか鳴り止んでいます。

遠い笑い声だけが、夜の風に乗って、やさしく耳に届きました。

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