第一八話 コラボショー
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
受付のお姉さんに案内されて座ったのは、舞台のすぐ目の前にある、ふかふかの赤い絨毯が敷かれたVIP席でした。
「特別なお客さま、冷たい果実水をどうぞ」
お姉さんが優しく差し出してくれたグラスには、甘い香りの黄色いジュースがなみなみと入っています。
一口飲むと、ジュースの甘さの奥に、どこか鉄のような匂いが混ざっていました。
そのとき、会場のスピーカーから明るいアナウンスが流れました。
「まもなく、特別公演を開演いたします。
皆様、最後までごゆっくりお楽しみください」
アナウンスと同時に、軽快なショー音楽が響き始めます。
ポン、と楽しげな音がして、ステージの真ん中にスポットライトが当たりました。
黒い燕尾服を着たマリスさんが、シルクハットに手を当てて優雅にお辞儀をします。
「本日は、スイート・パーク様と、至福のマジックショーの特別コラボレーション。
皆様に最高の『奇跡』をお見せいたしましょう」
マリスさんがステッキを軽く振ると、ステージに白いスモークがふわりと立ち込めました。
煙の中に、大きく赤い文字が浮かび上がります。
『 Leon & Claire 』
「助手を務めるのは、私の自慢のパートナー。レオンとクレアでございます」
スモークが晴れると、黒いタキシードを着た背の高い男の人が立っていました。
その背中から生えるように、スパンコールがキラキラ光る赤と金のドレスを着たお姉さんの上半身がぴったりとついています。
お姉さんの細い腕は、男の人の腰にキュッとしがみついて、おんぶされるみたいに収まっていました。
「わあ……息がぴったりなんだね」
私が感心している前で、レオンが力強い足取りで、ケーキの絵が大きく描かれた鉄の箱をステージの中央へ運んできます。
そのあと、ステージの脇が開いて、大きなケージがゆっくりと出てきました。
パステルカラーの装飾やリボンで飾られていて、格子の部分はカラフルなねじりキャンディになっています。
中には、パステルカラーのふわふわドレスを着たお姉さんたちが何人も入っていました。
マリスさんがステッキの先でケージを示します。
「冒険に出る女の子の役を務めるのは、
お疲れになったスタッフの皆さんです。
皆様、盛大な拍手を!」
お姉さんたちはケージの中で身を寄せ合い、観客席を怯えながら見回しています。
青ざめた顔で、小さく声を震わせていました。
「ちがう……話が……」
「わたしたち、ちゃんと……!」
あまりに上手な演技に、思わず見入ってしまいました。
レオンが太い腕を伸ばして、お姉さんの首根っこをひょいと掴みました。
そのまま暴れるお姉さんを、ケーキの絵が描かれた箱の中へすっぽりと押し込んでしまいます。
「やめて……! 生かしてくれるって……!」
「嫌、嫌あぁっ……!」
マリスさんが両手をそっと広げます。
「この震え声、この抵抗……奇跡はここから幕を開けます」
客席から「すごい演技だ!」「本物みたい!」と割れんばかりの拍手が上がりました。
お姉さんの叫び声は、楽しい拍手の音にかき消されていきます。
レオンが蓋をバタンと閉めた瞬間、マリスさんがステッキで床をコンと叩きます。
ビクッ!
レオンの体が激しく揺れたあと、目がトロンとして動きを止めました。
代わりに、背中のクレアがハッと跳ね起きます。
満面の笑顔のまま箱の鍵をカチリと締め、客席に向かって華やかにポーズを決めました。
マリスさんが静かに語り始めます。
「お菓子になる夢を、そろそろ諦めかけていた女の子のもとへ。
ある日、魔法のケーキがやってきました」
クレアが大きな銀のケーキサーバーを両手で構え、箱の上面にゆっくりと押し込んでいきます。
中から、くぐもった短い声が漏れました。
「ひぐっ……! ぎぃあっ……」
すぐに箱の内部から、低く規則的な機械音が響き始めます。
ゴトン……ゴトン……ッ。
やがて箱の側面に何本かのチューブが接続され、中へ何かが送り込まれていく音がしました。
シューッ、と低い音が短く続きます。
箱の四方の壁が同時にパタンと外側へ倒れました。
中から現れたのは、大きくてふわふわのイチゴのショートケーキです。
真っ赤なイチゴと白いクリームが、ていねいに積み重ねられています。
甘いクリームの匂いが、ふわっと顔の近くまで届きました。
「わあ……箱が開いたら、ケーキが入ってた!
イチゴの赤色、宝石みたい……すっごく綺麗」
客席から「おおっ!」という歓声と拍手が上がります。
私は目を輝かせたまま、マリスさんの方を見ました。
次の演目です。
ステージには、大きなジャム瓶の形をした装置が運ばれてきました。
ハート型の可愛い装飾がついた蓋を、ジャギリッ!と音を立てて持ち上げると、蓋と瓶が太い棒で繋がっているのが見えました。
二人目のお姉さんが、その中へ入れられると、蓋がのんびりと降りはじめました。
「待って……まだ働けます……!
お願い、まだ……!」
声は最初こそはっきりしていましたが、ハート型の蓋が降りてくるにつれて、次第に押し潰されるように細くなっていきます。
装置がきしみ、小さく揺れるたびに、中からくぐもった抵抗の音が漏れました。
マリスさんが静かに語ります。
「旅の途中、女の子は魔法の泉を見つけました。
その水を飲めば、どんな疲れも溶けてなくなると伝えられています。
さあ、たっぷりと召し上がれ」
蓋がさらに降りていきます。
中から聞こえる声は「ひぐっ……ぐ……」と途切れ途切れになり、やがて「ゴボ、ゴボ……」という泡のような音へと変わりました。
装置の内部から、低く重い圧迫音がしばらく続き、やがて管の先から、つぶつぶの混じった赤い液体が、とろりと、ゆっくりと流れ出してきます。
落ちるたびに小さな塊が管の口で引っかかり、ぽたりと音を立てて受け皿に落ちていきます。
「わあ……つぶつぶがいっぱい入ってる」
赤い果肉がゆらゆらと動いていて、とても美味しそうなのです。
クレアが慣れた手つきでそれを受け止め、リボンを結んでいました。
そして、グランド・フィナーレです。
ステージの奥には、雪の積もったメルヘンなお城の大きな装飾が置かれています。
残っていたふわふわドレスのお姉さんたちが、一列に並ばされました。
マリスさんが杖を大きく振ります。
「女の子たちはようやく、雪の積もった魔法のお城へと辿り着きました。
諦めなければ、夢はいつか叶うのです。
さあ……お城の中へ」
お姉さんたちは一人ずつ、お城の裏側へ消えていきます。
最初の人がお城の陰に消えた直後、奥から大きな音が響きました。
ゴリゴリゴリッ!……シャリシャリッ……。
かき氷機を回しているみたいな音です。
時折、ズチャッ、ミチッ、という元気のいい音が混ざります。
「いや……許して……」
「……パパ……助けて……」
送風口から、カラフルなお砂糖の粉がふんわりと吹き出してきます。
お姉さんがお城に入るたびに、粉の色が少しずつ変わっていくのです。
列に残っているお姉さんたちの中には、身を乗り出して声を上げる人もいました。
「待って……! 私、他のやつで……! キャンディの方で……!」
すると、レオンが太い腕でそのお姉さんを軽々と列の中へ押し戻します。
その背中では、クレアが満面の笑顔で手を振りながら、次の人を促していました。
「……これだけは嫌……だってこの中……」
「ひいっ!」
奥からは、くぐもった声と、機械の音が同時に聞こえてきます。
「みんな、すごく楽しみにしてるんだね。
お城の中、どんな素敵なことが待ってるんだろう」
お砂糖の粉が、私の肩や髪にも、ふわりと降りてきました。
触ると冷たくて、さらさらしています。
「雪みたいなのに、甘い匂いがする……
触れてると、すぐ溶けちゃいそうで、なんだか夢みたい」
会場中に、パステルカラーのお砂糖の雪が舞い散ります。
お客さんたちは立ち上がって、「素晴らしい!」「綺麗だ!」と大興奮で手を叩いていました。
カーテンコールが始まり、マリスさんが私のVIP席まで歩いてきてくれました。
肩にお砂糖の雪を乗せた私に、深々とお辞儀をします。
「特等席でのご観覧、楽しんでいただけましたかな?」
「うん。すっごく面白かった。
スタッフの人たちも頑張ってたね!」
「クク……ええ。彼女たちは実に美しい至福を演じて下さいました」
マリスさんは優しく微笑み、小さなガラス瓶を私に手渡してくれました。
中には、つぶつぶの混じった赤いシロップが入っています。
「本日のお土産でございます。
スイート・パークの思い出としてお持ち帰りください」
「わあ、ありがとう!大切にしますね!」
私は嬉しくなって、瓶をぎゅっと抱きしめました。
甘い香りと、ポカポカとした温もりが両手に広がっていきます。
ステージの上では、まだお砂糖の粉が細かく舞い続けていました。




