第十五話 市役所
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
今日は、ダニちゃんたちが家に遊びに来ました。
4本の腕でお互いをぎゅっと抱きしめたまま、いつものように寄り添って歩いています。
「……動物園……楽しかった……」
「……害獣……すごかった……」
右側のダニちゃん、左側のデミちゃんが、麻袋の下から同時に声を出しました。
私はにっこり笑って頷きました。
「うん、また珍しい生き物さんが来るといいね!」
ダニちゃんたちは、部屋のあちこちを見上げたり見回したりしました。
天井ではおかあさんが、今日も白いワンピースの裾をふわふわ揺らしながら、ゆっくりと揺れています。
ソファではおとうさんが静かに固まっています。おとうとはまだ眠っているらしく、たまに床の下から、ぶーん……ぶーん……という、羽音みたいな可愛い寝息が聞こえます。
「……マシュマロの……家族……」
「……ずっと……同じ……」
二人は揃って首を傾げました。
私は家族みんなを見渡して、微笑みました。
「うん。ちゃんと手続きしてるもの。家族が変わると、寂しくなりそうだから」
ダニちゃんたちは、麻袋の下でゴリっと音をさせながら、「……えらい……」「……面倒なのに……」とひそひそ言いました。
そのとき、街のスピーカーから放送が流れました。
「スマイル市役所よりお知らせです。
にこにこ証明の申請がお済みでない方は、お早めに市役所へお越しください。
期限を過ぎますと、新しいご家族へのお切り替えとなります」
放送は、優しい女性の声でした。
「あ、そうか。にこにこ証明、そろそろ期限なんだ」
私は手をぽんと打ちました。
「今日、行ってこようかな」
「……いって……らっしゃい……」
「……またね……」
ダニちゃんたちは揃って小さく手を振り、自分のおうちへと帰っていきます。
私は玄関を出ると、市役所へ向かいました。
スマイル市役所は、街の中心にある大きな建物です。
入り口を通ると真っ白な壁と長い廊下が続き、その先にいくつもの窓口が並んでいました。
待合室は広くて、長椅子が何列も置かれています。
そこに、じっと静かに座っている人や、お祈りをするみたいに両手で頭を包んで、体をカタカタ揺らしている人たちがたくさんいました。
みんな、体のどこかに小さな番号札を飾っています。
腕や首筋、耳たぶや頬の柔らかいところまで、とても大切そうに貼り付けられていました。
端からポタポタ落ちる赤い滴が、とてもきれいです。
番号が呼ばれると、白い手袋をした職員さんが近づいてきて、その人を丁寧に案内してくれていました。
窓口では、お兄さんが真剣な表情で手足をバタバタさせながら、一生懸命何かを話しています。
職員さんはそれを聞いたあと、微笑んだまま「申し訳ありません。窓口が違います。あちらの窓口にお並びください」と優しく教えてあげていました。
窓口から窓口へ案内されるたび、新しい番号札が増えていきます。まだ薄いままの札の端がひくひくと動き、お肌に吸い付いていくたび、案内された人たちは小さく声をあげて、とても嬉しそうにはしゃいでいました。
体いっぱいに、ぷっくりと膨らんだ番号札をつけて、体を重そうにゆらゆらさせている人たちもいます。
職員さんは、その人たちを奥のほうにある、笑顔のマークが大きく描かれた鉄の扉へと誘導していました。
開くたびに、ずちゅっ、くちゅ……という湿った音が響き、鉄っぽい匂いが廊下まで漂ってきます。
扉の奥で、たくさんのものがクネクネ動いているのが、ちらりと見えました。
「奥の窓口は、なんだか賑やかね」
私はそう受け取って、視線を戻しました。
反対側では、別の光景が見えました。
壁には「電車のご案内」「おうちへ帰る方へ」と書かれたポスターが貼られています。
その窓口では、番号札があまり付いていない人たちが、職員さんから「にこにこカード」を受け取っていました。
「では、こちらの札は回収いたしますね」
職員さんが優しく微笑みながら手を伸ばし、お兄さんたちから、くちゅ……と音を立てて番号札を回収していきます。
お兄さんたちは体を震わせて、嬉し涙をこぼしていました。
「お疲れ様でした。これでご自分のお宅へ帰れますよ」
職員さんに誘導され、お兄さんたちはカードを大切に抱きしめながら向かいの扉へ向かいます。
そこには、カラフルな電車の絵が描かれていました。
扉が開くと、ガタゴトという重い車輪の音と一緒に、冷たい風が流れてきます。
カードを持った人たちは、吸い込まれるように扉の向こうへ入っていきました。
「マシュマロちゃん、窓口へお越しください」
名前を呼ばれて、窓口に向かいます。
「家族のにこにこ証明の更新で来ました」
担当のお姉さんは、暖かい笑顔で書類を確認しながら、いくつか質問をしてきました。
家族の様子や、最近変わったことがないか、といった内容です。
「おかあさんは少し首が伸びて汁が落ちてきますけど、毎日楽しそうです。おとうさんも静かに座っていますし、おとうとも床下で良い子にしています」
私はそのまま答えました。
お姉さんは満足そうに頷き、書類に大きなスタンプをぽんと押しました。
「問題ありません。全員分の更新を受理しました」
「わぁ……ありがとうございます」
私はほっと胸を撫で下ろしました。
窓口を離れるとき、電車の絵が描かれた扉の方を振り返りました。
「あの電車、ガタゴト音がして、とっても楽しそう」
お姉さんは少し驚いたように私を見ると、すぐに柔らかい笑顔になりました。
「マシュマロちゃんは、特別な方ですから」
そう言って、カウンターの下から綺麗なお色の体験カードを取り出し、私に渡してくれました。
「いつでも電車に乗りにいらしてくださいね」
「わあ、ありがとうございます!」
ほんのり温かいそのカードを、私は大切にポケットにしまいました。
廊下の奥の方では、大きな黒い袋や缶がいくつも運ばれていました。
その近くで、職員さん同士がひそひそと話していました。
「……先日の害獣の件……受け入れの登録は済んだか?」
「……ええ。処理が終われば、新しい警察官として配置されます……」
私は少しだけ足を止めて、その話を聞きました。
「わあ、警察さんが増えるのかな……街がもっと平和になるんだね」
私は温かい気持ちになって、市役所を後にしました。
外に出ると、お空はいつもの綺麗な桜色でした。
家に帰り、すぐにリビングへ向かいます。
「ただいま! みんなのにこにこ証明、更新できたよ!」
天井のおかあさんは、ゆっくりと揺れて応えてくれました。
私はポケットから、もらったばかりのカードを取り出します。
「あとね、電車のカード、もらえたの……。
いつか、乗ってみようかな」
窓の外では、街の音がやわらかく流れています。
私はカードを胸の近くに抱いたまま、少しだけ目を細めました。
今日も、この街は優しくて——
素敵な事でいっぱいなのです。




