第十一話 市場
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
私の住む街には、時間を教えてくれるものがいくつかあります。
その中の一つが、街のどこからでも見える大きな時計塔。
どっしりとした石と金属でできていて、時々低く唸るような音を響かせます。
でもその音は、機嫌が良い時だけ鳴るらしく、いつ鳴るかはよくわかりません。
朝早くに鳴ることもあれば、何日も静かなままの時もあって、なんだか勝手気ままです。
大きな文字盤には、「13」まで数字が書かれているのです。
少し前、ダニちゃんたちとお話していたときのことです。
「市場……十三時になると、変わるらしい……」 「見たことない……良い子は家にいる時間……」
ダニちゃんとデミちゃんは、お互いをぎゅっと抱きしめ合いながら、頭にかぶった麻袋を小さく震わせてそう言いました。
なんだか面白そうだなと思って、それから少し気になっていたのですが、今日、市場の夜警さんが声をかけてくれました。
「ご金色メダルを持っているマシュマロちゃんなら、私とご一緒にお見回りできますよ」
私はすぐに「行きたい!」と返事をしてしまいました。
十三時になる少し前、私は夜警さんとお話しながら、市場の近くにいました。
昼間はたくさんのお店が並んでいて、みんながのんびりとお買い物をしている場所ですが、この時間はひっそりと静かになっています。
夜警さんは、光沢のない黒いロングコートを着て、私の少し前を静かに歩いていました。
頭はつやっと光るように滑らかで、細い灰色の目が優しく細められています。
手袋をした指は長く、先端が細いのです。
歩くたびにコートの裾が地面に軽く擦れていました。
「こちらへどうぞ。お足元がお暗いので、お気をつけくださいね」
やがて、時計塔の方から低い音が響いてきました。
市場のお店がシャッターを下ろし始め、明かりが一つ、また一つと消えていきます。
空気が白っぽくなり、霧が濃くなってきたような気がしました。
「……十三時になりました。お市場のご巡回をお開始しましょう」
夜警さんに促されて、私は閉まりかけた市場の中に入っていきました。
夜警さんと一緒に市場を歩いていると、シャッターがほとんど下りた通路の先に、明かりがついているお店が見えました。
他の夜警さんたちが何人か中に入っていて、棚の品物を眺めています。
店内は薄暗く、少し埃っぽい空気が漂っていました。
天井からピンク色のリボンがいくつも吊るされていて、人が通るたびにゆっくりと揺れています。
壁には、くちびるの形をした小さな飾りや、細い金属のピン、黒い革の紐など、可愛い品物が置かれています。
棚の上には透明な瓶がぎっしりと並んでいます。その中には白くて細いものや、赤くて長いものが詰められていて、時折くにくに伸びたり縮んだりしているのが見えました。
夜警さんたちは無言で瓶を手に取ったり、リボンの質感を確認したりしながら、慎重に品を選んでいます。
誰かが小声で、もう一人の夜警さんに話しかけました。
「……今日の十三時の中にはハートが混じっているのか?」
「そのようだ。しっかり備えておけ」
私は店の中をきょろきょろと見回して、一つの小さな鈴に目をとめました。
お顔のような可愛いデザインで、軽く鳴らすと綺麗な音がします。
「これ、いいな……」
夜警さんが私の隣に立って、鈴を手に取りました。
「これがお気に召しましたか? では、ご記念にお買い上げいたしましょう」
彼は店の人に鈴を渡し、代金を支払ってくれました。
私は嬉しくなって、鈴を受け取りました。
「ありがとうございます!
夜警さんは買わないんですか?」
彼は、丁寧に微笑みながら言いました。
「どういたしまして。
このお店のお品物は、私にはご不要です。
では、続きをご案内いたしますね」
私は鈴を大事に握りしめて、夜警さんの後について店を出ました。
市場の奥へと進むにつれて、周囲はますます静かになっていきます。
足音だけが薄暗い通路に響き、遠くから時折、誰かの靴音が聞こえては消えていくのがわかりました。
夜警さんは時折立ち止まって、閉まったシャッターを一つずつ確認していました。
指先で軽く触れてみたり、鍵が掛かっているかを確かめたりしながら、淡々と作業を進めています。
確認を終えるたびに振り返り、私に向かって穏やかに微笑みかけます。
「ここは問題ありません。では、次のお区画へ参りましょう」
遠くに、ぼんやりとした人影が動いているのが見えましたが、夜警さんは特に気にする様子もなく、静かに歩き続けています。
夜警さんがふと足を止めました。
フリーペーパーが積まれた台の前で、霧の向こうを見つめたまま、わずかに笑みを浮かべます。
私は首をかしげて、フリーペーパーを手に取り、ぺらぺらとめくりました。
今日の日付けと一緒に、色々な人の写真が、番号つきで載っています。
性別も、年齢も、お肌の色もばらばらです。
兵隊さんみたいな服を着た人の写真もあり、その下には小さなハートの印が付いていました。
夜警さんは、私のほうを向いて、嬉しそうな声で言いました。
「少しお待ちくださいね。
ハートさんが混じっていますので、今からお掃除してきます」
そう言って彼は、足をほとんど動かさないまま、地面を滑るように進んでいきました。
少し離れた霧の中で、誰かの人影が見えました。
夜警さんが、その影にすっと重なると、すぐに視界から消えます。
建物の陰から、慌てたようなおじさんの声が聞こえてきました。
“What the hell—!?”
その直後、短く乾いた音が響きましたが、すぐに、夜警さんの楽しそうな歌声がその声を覆うように聞こえてきます。
私はその場に立ったまま、ぼんやりと耳を澄ませました。
ごり、くちゃ……という音が少しの間続いたあと、ぴたりと途切れ、ややあってから夜警さんが笑顔で物陰から出てきました。
「お待たせしました、マシュマロちゃん」
私は小さく頷いて、彼の後ろについて歩き始めました。
「さっきの人、どこか行っちゃったの?」
「はい。少しご用事がありまして、どこかお遠くへお行きになりました」
夜警さんは、丁寧に答えながら、市場のシャッターを確認しはじめました。
霧はますます濃くなっていて、市場の奥の方はほとんど見えません。
少し歩いたところで、夜警さんが振り返り、穏やかな笑顔で言いました。
「本日は、このあたりまでとしましょう。
おうちまでお送りしましょうか?」
私は小さく頷いて、返事をしました。
「うん。お願いします」
夜警さんは丁寧に会釈をして、私の少し前を歩き始めました。
立ち込める霧で、足元が白く霞んで見えます。
初めて来た人が歩いたら、きっと迷子になってしまうでしょう。
遠くのほうで、ぼんやりとした人影がいくつか動いているのが見えました。
私はそれを見て、小さく微笑みました。
「たくさん来てくれてるね」
夜警さんは振り返らずに、静かな声で答えました。
「はい。ここをお気に入るといいですね」
遠くから、時計塔の鐘が低く、ゆっくりと響いてきました。
その音に導かれるように、霧の中からさらにいくつもの影が、こちらへ向かって歩いてくるのが見えました。
私は鈴をぎゅっと握りしめて、これでどんな遊びをしようかと、幸せな気分で考えを巡らせました。




