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【連載完結】義母の策略を叩き潰して幸せを掴む。  作者: 逆立ちハムスター


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完璧な令嬢の創り方と、公爵の極上のエスコート

王城で開かれる建国記念の夜会まで、残り四日。

ルードヴィヒ公爵との「契約婚約」が成立したその日の午後から、公爵邸は私を完璧な公爵夫人へと仕立て上げるための、優雅にして壮絶な戦場と化した。


「右腕の角度が五ミリ下がっておりますわ、リアナ様。公爵閣下の隣を歩く淑女は、いかなる時も白鳥のように優雅で、かつ氷の彫刻のように隙があってはなりません。さあ、もう一度!」

「……はい、マダム」


厳格なマナー講師の扇子がパチンと鳴り、私は頭の上に分厚い百科事典を三冊乗せたまま、大広間の絨毯の上を滑るように歩く。

私の周りには、王都中から極秘裏に召集された最高峰の職人たちがひしめき合っていた。

採寸のためにメジャーを這わせる仕立て屋、肌のくすみを消すために高価な魔法薬ポーションを惜しげもなく塗り込んでくる美容魔法使い、私の骨格や顔立ちに合わせた宝石を選定する宝飾職人。彼らは皆、ルードヴィヒが莫大な金に糸目をつけずに呼び寄せたプロフェッショナルたちだ。


(……すごいわね。これがトップ企業が本気を出した時の『資本力』と『リソースの集中投下』ってやつね。前世のケチな社長に見せてやりたいわ)


背筋を伸ばし、完璧な微笑みを顔に貼り付けながら、私は内心で感嘆の息を漏らした。

三年間、栄養失調と過労でボロボロになっていた私の肉体は、この数日間で劇的な変化を遂げていた。

まず、公爵家お抱えの最高位治癒士による特別治療。階段から落ちた際の怪我はもちろん、日々の下働きで手足に刻まれた無数のあかぎれや火傷の痕、そして長年の暴力による古い痣に至るまで、細胞レベルで再生・修復された。

さらに徹底した美容エステである。毎晩、希少なマンドラゴラの根と真珠の粉末を溶かした霊泉の風呂に浸からせられ、全身を最高級の薔薇の香油でマッサージされる。

最初は「ここまでしなくても」と気後れしたが、すぐに前世の社畜根性が顔を出した。

これは、プレゼン前の資料のブラッシュアップと同じだ。

ルードヴィヒ公爵の婚約者として、そして憎き義母たちを絶望の淵へ叩き落とすための『最強の兵器』として、私自身が一切の妥協のない完璧な商品にならなければならない。そう考えれば、骨の髄まで磨き上げられるこの苦痛も、心地よい投資に思えてきた。


「素晴らしい……! なんという見事な素材でしょう!」


王都で最も予約が取れないと言われる気難しい天才デザイナー、マダム・セリーヌが、私の姿を見て感極まったように叫んだ。

三面の姿見の前に立つ私は、自分でも信じられないほど変貌していた。

かつては枯れ草のようだった灰色の髪は、最高級のトリートメント魔法によって、月光をそのまま紡いだかのような滑らかで輝かしい銀糸へと生まれ変わっている。落ち窪んでいた頬には健康的な桜色の血色が戻り、怯えていたアメジスト色の瞳は、今や知性と強い意志を宿して宝石のように煌めいていた。


「これほどまでに深いアメジストの瞳には、ありきたりな純白のドレスなど似合いません。夜の闇を支配する女王のような、深淵の青と銀を基調としたドレスを仕立てましょう! ああっ、インスピレーションが湧き上がってきますわ!」

「マダム、夜会は三日後ですよ。間に合いますか?」

「誰に向かって口を利いているのですか? 三日もあれば、神をもひれ伏させる一着を縫い上げてご覧に入れますわ!」


職人たちの熱気に包まれながら、私はふと、この異世界での自分の顔が、前世の佐々木理花とは全く違うにもかかわらず、その奥に潜む「魂の形」は同じなのだと実感していた。

虐げられていた弱い私は、もうどこにもいない。


────


夜会前日の午後。

一通りのフィッティングとマナー講習を終えた私は、公爵邸の広大なガラス張りの温室サンルームで、ルードヴィヒ公爵と共に遅めのティータイムを過ごしていた。

テーブルの上には、王都で一番人気のパティスリーから取り寄せられた色とりどりのマカロンと、芳醇な香りの紅茶が並んでいる。


「……随分と、見違えたな」


書類から顔を上げたルードヴィヒが、向かいの席に座る私を品定めするように見つめた。

氷河のように冷たく、すべてを見透かすような青い瞳。相変わらず威圧感の塊のような男だが、この数日で私は彼に対する「耐性」を身につけていた。彼が冷酷なのは事実だが、それは理不尽な暴力ではなく、極めて合理的な冷徹さだからだ。仕事の出来る厳しい上司だと思えば、むしろ清々しい。


「閣下の素晴らしい投資のおかげですわ。これでようやく、オルコット家の『不採算部門』を切り捨てる準備が整いました」

「不採算部門、か。お前のその奇妙な言い回しにも慣れてきたぞ」


ルードヴィヒは薄く唇を吊り上げ、紅茶のカップを手に取った。


「お前が持ち込んだ裏台帳の解析と、裏付け調査は完了した。カルメラの奴は、表向きは『領内の魔物討伐費用』という名目で莫大な予算を計上し、実際にはその金を王都の違法カジノの運営資金としてロンダリング(資金洗浄)していた。さらに、その利益の一部が、我が国と対立関係にある隣国ガレリア帝国のスパイへと流れている痕跡まで見つかった」

「……なるほど。単なる横領や背任ではなく、国家反逆罪の領域にまで手を出していたのですね。あの強欲な女ならやりかねません。リスク管理が全くできていない、愚の骨頂です」


私はマカロンを優雅に齧りながら、冷ややかな声で分析した。


「彼女は、私が何も知らない馬鹿な娘だと高を括り、執務室のセキュリティを怠りました。さらに、借金の穴埋めに私を辺境伯へ売り飛ばすという『私的流用』まで行った。この証拠を夜会の場で突きつければ、カルメラとその背後にいる貴族たちを一網打尽にできます。彼らは互いに責任をなすりつけ合い、自滅するでしょう」

「お前の言う通りだ。だが、リアナ」


ルードヴィヒの声が一段低くなり、彼はテーブル越しに身を乗り出してきた。


「夜会の場は、王族や他国の要人も集う社交の頂点だ。そこで告発を行うということは、お前自身も一歩間違えれば『騒ぎを起こした狂人』として社交界から抹殺される危険がある。その覚悟はあるか?」


彼の氷の瞳が、私の覚悟を試すように鋭く射抜く。

私はカップをソーサーに置き、彼に向かって真っ直ぐに微笑み返した。


「覚悟など、階段から突き落とされたあの瞬間に完了しております。それに――私の隣には、王国最強にして最恐の軍務卿であられるルードヴィヒ閣下がいらっしゃるのでしょう? これほど心強い『共同経営者パートナー』はおりませんわ」

「……ふっ、ははっ」


ルードヴィヒは、肩を震わせて低く笑った。

彼がこんな風に心から楽しそうに笑うのを、私はこの数日で何度か目にするようになっていた。冷徹な仮面の下に隠された、どこか少年のような好戦的な素顔。


「言ったはずだぞ、私を大いに楽しませろと。お前は本当に、私の期待を裏切らない女だ」


彼はそう言って、内ポケットから細長いベルベットの箱を取り出し、テーブルの上を滑らせて私の手元へと送った。


「開けてみろ」


促されるままに箱の蓋を開けると、私は思わず息を呑んだ。

漆黒のクッションの上に鎮座していたのは、大粒のアメジストを中心にあしらった、プラチナとダイヤモンドの豪奢なネックレスだった。中央のアメジストは、私の瞳の色と全く同じ、深く澄み切った紫色をしており、吸い込まれそうなほどの魔力を帯びて輝いている。


「これは……」

「我がグレンヴィル公爵家に代々伝わる、『夜明けの涙』と呼ばれる魔石だ。ただの飾りではない。致死量の毒を中和し、精神を操る魔法から持ち主を完全に保護する強力な防壁シールドの魔道具でもある。明日の夜会で、お前が毒牙にかかるわけにはいかないからな」


ルードヴィヒは立ち上がると、私の背後に回り込んだ。

彼の大きく硬い手が、私の銀色の髪をそっと持ち上げる。首筋に触れた彼の指先は氷のように冷たかったが、なぜかその感触は、私の奥底を微かに熱くさせた。

冷たいプラチナのチェーンが首にかけられ、カチャリと留め金が閉じられる。


「……私の婚約者として、誰よりも美しく、そして残酷に舞い踊れ。私がすべてを保証してやる」


耳元で囁かれた低く甘やかな声に、私は背筋に心地よい悪寒が走るのを感じた。

この男は危険だ。ビジネスパートナーと割り切っていなければ、その圧倒的な存在感と絶対的な庇護の力に、簡単に呑み込まれてしまいそうになる。

私は胸元に輝くアメジストをそっと握りしめ、鏡に映る彼の青い瞳を見つめ返した。


「ええ、極上のショーをお約束しますわ、我がマイ・ロード


────


そして、運命の夜。

王都の中心にそびえ立つ王城は、何千もの魔法石の灯りに照らされ、夜空に浮かび上がる光の宮殿と化していた。

城へと続く大通りには、各国の王族や高位貴族たちの豪奢な馬車が長蛇の列を作っている。その中でも一際目を引く、グレンヴィル公爵家の紋章が刻まれた漆黒の四頭立ての馬車の中で、私は静かに目を閉じていた。


身に纏うのは、マダム・セリーヌが三徹して縫い上げた最高傑作。

夜空を切り取ったかのような深いミッドナイトブルーの絹地に、天の川を思わせる銀糸の刺繍とダイヤモンドの粉末が散りばめられたドレス。歩くたびに星屑がこぼれ落ちるようなその美しさは、圧倒的な威厳と神秘性を兼ね備えていた。

銀の髪は複雑に編み込まれて結い上げられ、首元にはルードヴィヒから贈られた『夜明けの涙』が妖しい光を放っている。

もはや、どこからどう見ても、あの屋根裏部屋で怯えていた『気弱な令嬢リアナ』の面影は微塵もない。


「……震えているのか?」


向かいの席に座るルードヴィヒが、片杖をつきながら面白そうに尋ねてきた。

今日の彼は、漆黒の軍服を模した正装に身を包み、肩から銀色の飾緒しょくじょを垂らしている。その圧倒的な覇気と息を呑むほどの美貌は、夜の闇の化身そのものだった。


「いいえ。これは恐怖ではなく……武者震いですわ」


私は目を開け、ふっと微笑んだ。


「ようやく、彼女たちに請求書を突きつけることができる。私が奪われた三年間の慰謝料と、命を狙われた代償。利子をつけて、きっちりと回収しなければ気が済みませんので」

「ひどく強欲で、ひどく美しい女だ。お前は本当に、私の退屈を殺してくれる」


ルードヴィヒは満足げに目を細めると、馬車がゆっくりと停止するのを感じて立ち上がった。

従者が扉を開け、冷たい夜の空気が流れ込んでくる。

大理石の階段の上には、まばゆいばかりの光に包まれた王城のエントランスが口を開けていた。


ルードヴィヒが先に降り立ち、私に向かって優雅に右手を差し出す。

私はその手を取り、馬車から降り立った。

その瞬間、周囲の馬車から降りていた他の貴族たちの視線が一斉にこちらに注がれ、ざわめきが波のように広がっていった。


「見ろ、あの『氷の公爵』が、女性をエスコートしているぞ!?」

「信じられない……彼が夜会にパートナーを伴うなど、歴史上初めてのことではないか?」

「あの美しい令嬢は一体誰だ? どこの国の王女だ?」


好奇と驚愕、そして嫉妬の入り混じった無数の視線。

しかし、私は一切の動揺を見せず、ルードヴィヒの腕にそっと自分の手を添えた。彼から伝わってくる確かな熱と力強さが、私の中に眠る前世からの不屈の魂をさらに燃え上がらせる。


「行くぞ、リアナ」

「はい、ルードヴィヒ様」


私たちはゆっくりと、大理石の階段を上り始めた。

目指すは、王城の中央に位置する最も巨大な大広間。そこには今頃、私を始末して借金が帳消しになったと有頂天に酔いしれている義母カルメラと、義妹のセルリアがいるはずだ。


大広間の重厚な両開きの扉の前に到着する。

私たちの姿を確認した式典長が、目玉が飛び出そうなほど驚愕の表情を浮かべた後、慌てて拡声の魔法具マイクを手に取った。


そして、華やかなワルツの調べが流れる大広間の中に、その声は雷鳴のように轟いた。


『――ルードヴィヒ・フォン・グレンヴィル公爵閣下! ならびに……ご婚約者、リアナ・フォン・オルコット公爵夫人であらせられます!!』


ギィィィッ、と。

重々しい音を立てて、黄金に輝く大広間の扉が開け放たれる。

数百人の貴族たちがひしめく煌びやかな空間。そのざわめきが、私の名前が呼ばれた瞬間に、水を打ったように静まり返った。


私は胸を張り、ルードヴィヒの隣で堂々と一歩を踏み出した。

無数の視線が突き刺さる中、私は広間の中央付近でグラスを手に固まっている二人組の姿を、瞬時に捉えた。


豪華な赤いドレスを着た義母カルメラと、ピンクのドレスを着た義妹セルリア。

二人の顔は、まるで幽霊でも見たかのように、紙よりも白く引き攣っている。セルリアの震える手からシャンパングラスが滑り落ち、ガシャンッという甲高い音を立てて砕け散った。


(さあ、パーティーの始まりよ)


私は最も優雅で、最も残酷な微笑みを唇に浮かべ、彼女たちに向かって歩き出した。

ここから先は、私の番。

鳥籠を噛み砕いた小鳥が、どのようにして猛禽類の喉笛を食い破るのか。

絶望の底まで、たっぷりとお教えしましょう。

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― 新着の感想 ―
おもしろい! これからの展開が楽しみっていうか、いよいよここから!!と、ワクワクです。 ひとつだけ、夜会の入場時の名乗り、「オルコット」は伯爵家だし、現状婚約者なので、「オルコット公爵夫人」はおかし…
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