表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/11

第2話─星の審問会─

 堅牢そうな石壁の続く廊下の先に、甲冑姿の兵士が両脇に控えた、ひと際大きな扉が見える。


 近づくにつれ、床に響く自分の足音がやけに大きく感じられた。

 案内をしてくれた侍女が一歩前に出ると、よく通る声で扉の中へと星羅の来訪を告げる。


「導き手様を、お連れいたしました」


 わずかな間──返答はないが、扉の向こうで気配が動く。

 星羅がひと呼吸した、その瞬間。


 重厚な扉が内側からゆっくりと開かれ、軋むような低い音が、静まり返った廊下に重く響く。

 星羅は思わず喉を鳴らし、恐る恐る広間へと足を踏み入れた。


 中は想像していた以上に広く、天井は高い。細い窓から差し込む光が長い影を落とし、空気はどこか張り詰めていた。


 今までの待遇を考えれば、丁重に扱われているのは分かる。

 しかし、見知らぬ〝異世界人〟が現れたなら、警戒するのが普通だろう。


 ……何を、聞かれるんだろう。


 モンテリス侯爵とやらが何を求めているのか分からない。星羅の返答次第では、身の危険すらあるかもしれない。


 無意識に、星羅の指先に力がこもる。手を引いていてくれた侍女にそっと促され、星羅は一歩前へと進み出た。


 広間の奥。

 そこには七人の、明らかに身分の高そうな男達が並んでいる。

 いずれも重厚なマントを目深に被り、その顔は仮面で覆われていた。

 視線だけが、じっとこちらに注がれているのが分かる。


 ……見られてる。


 逃げ場のない視線に、背筋がひやりとする。

 その中で──ただひとり。


 最奥の椅子に座る男だけが、唯一仮面をつけていなかった。

 落ち着いた佇まい。揺るがぬ視線。

 その存在感だけで、彼がこの場の主であると理解できる。


 あの人が……モンテリス侯爵。


「ドレスはお気に召しませんでしたか?」


 壮年の、厳格そうな顔立ちからは意外なほど穏やかで、柔らかな声が響いた。

 思っていたよりも優しい声音に、張り詰めていた肩の力がわずかに抜ける。


「……とても綺麗なドレスを用意していただいて、ありがとうございました……モンテリス侯爵様。ですが、私はこちらの服の方が動きやすいので……」


 言いながら、無意識に自分の袖を軽く握る。

 先ほど侍女達に勧められた華やかなドレスが、脳裏をよぎった。

 だが──どうしても、袖を通す気にはなれなかった。

 この世界のものを身にまとえば、本当に帰れなくなってしまう気がして。


 モンテリス侯爵は小さく頷くと、その件には特段の興味はない様子で視線を外し、周囲の六人へと目配せをする。

 わずかに、衣擦れの音。

 仮面の奥で、何かを計るような気配が動いた。

 モンテリス侯爵がおもむろに立ち上がる。


「改めて、私はこのディヴィナリア大陸の七王国のひとつ、モンテリス侯国を治める、マリウス・モーモント=モンテリス侯爵。そして……」


 モンテリス侯爵はゆるやかに両手を広げると、左右に立つ六人を示す。


「こちらはカエロリア王国、アルヴァリア公国、セリディア聖教国、フロレシア王国、ヴァレリオン帝国、ヴァルマリス共和国──それぞれ七王国から招集された〝星の審問会〟の使徒である」


 その言葉と同時に、空気が一段、重く沈んだ気がした。

 


◇◇◇



 七人の使徒──審問官達の視線が星羅に注がれる。

 言葉を待たれているのだと気づき、言葉にならない声が喉に引っかかる。


「──っ、あ。せいら……明智星羅(あけちせいら)と言います!」


 ようやく絞り出した声は、思ったよりも上ずっていた。

 無意識に、深々と頭を下げる。


 モンテリス侯爵をはじめとする審問官達が、ひとりずつ星羅の前へ進み出ると、片膝を軽く折り、その手を取る。

 触れるか触れないかの距離で、そっと口づけるように礼を執った。


 仮面越しに繰り返されるその所作は、どこか儀式めいていて、現実感が薄れていく。

 やがて挨拶が一巡すると、再びモンテリス侯爵が口を開いた。


「では――現状について、説明しよう。〝簡潔に〟な」


 その一言に、仮面の奥で誰かが小さく鼻で笑う。

 乾いた、どこか諦めを含んだような気配が、場に微かに滲んだ。

 わずかに、空気が緩む。


 ……とりあえず、いきなり何かされるわけじゃなさそうだ。怪しい魔術や尋問を受ける気配は、今のところない。

 張り詰めていたものが、ほんの少しだけほどける。


「まず、この世界――ステルナヴィアは、二つの大陸から成り立っている。人間の領域ディヴィナリアと、魔族の領域マットヘイムル……」


 静かな声が、広間に響く。


「その境界こそが、貴殿が現れた場所――シルヴァリアの森である」


 思わず、あの森の光景が脳裏に蘇る。

 息が詰まるような気配と、得体の知れない恐怖。


 やっぱり、あそこ……普通じゃなかったんだ……。


「そしてこの世界では、数百年に一度〝星雨〟と呼ばれる天体現象が観測される。」


 言葉と共に、ゆっくりと侯爵の視線が星羅に向けられる。


「星雨の発生とともに、異世界より〝ある者〟が現れる。

 新たな叡智をもたらす存在──それが、貴殿だ」


 空気が、張りつめる。

 逃げ場のない沈黙の中で、その言葉だけがやけに鮮明に響いた。侯爵は続ける。


「召喚された者は〝叡智の旅人〟――あるいは、〝ナトゥリウスの導き手〟と呼ばれる」


 聞いた事もない、知らない名前。

 けれど、その響きはどこか重く、逃れられないもののように感じられた。


「これまで幾度となく現れた導き手たちは、それぞれの時代に〝叡智〟をもたらした。技術、思想、魔導体系――」


 侯爵の言葉に合わせるように、別の審問官が低く付け加える。仮面の奥から注がれる視線に、息が詰まりそうになる。


「その積み重ねこそが、現在の人間文明の礎となっている」


 つまり――。

 ……私も、何かを〝与える側〟ってこと……?


 理解が追いつかないまま、言葉だけが胸に沈んでいく。

 帰る方法を探すどころか、背負わされているものの重さが、あまりにも大きすぎた。

 そんな星羅の様子に構う事なく、侯爵は続ける。


 星羅が召喚された〝星雨〟は、ディヴィナリア――人間側大陸の歴史において、前回の星雨より約二五〇年、第二十二星雨にあたるのだという。


 ディヴィナリア史上、いくつかの星雨ではディヴィナリアの戦乱期にあたり、星雨の観測のみで〝導き手〟の記録はない。

 それが意味するのは、単に記録が消失したのか、そもそも〝導き手〟自体が現れなかったのか。または、召喚されたものの、運悪く〝保護〟されなかったのか。


 星羅はふと、自分があのまま〝保護〟されなかった未来を想像して、思わず身震いした。


 さらに話は、この世界の成り立ちへと移っていく。

 ディヴィナリア神話──叡智を司る、主神ナトゥリウスを始めとする、三柱神と呼ばれる存在。

 星雨と魔力、そして世界の理。

 次々と紡がれる言葉は、どれも重く、どこか現実味に欠けていて――。


 ……なにこれ、全然頭に入ってこない。


 聞き慣れない単語ばかりが並び、意味を理解する前に流れていく。

 まるで、誰かが作り上げた設定を一方的に読み上げられているようだった。


 流行りの異世界モノ、じゃないんだから……。


 そんな現実逃避めいた考えが、ふと頭をよぎる。

 けれど、ここが夢ではないことも、もう分かっている。

 話はやがて、ディヴィナリア創世へと及び――。


 どうやら、まだ続くらしい。

 星羅は、意を決して口を開いた。


「あの……!」


 場の視線が一斉に星羅へ集まる。

 一瞬だけ躊躇い、それでも、胸の奥から押し上げられる思いに従う。


「元の世界に帰る方法は、ありますか?」


 静まり返った広間に、その問いだけがはっきりと響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ