【10−10】思い出のように降り落ちた。そう雪になって
写真を撮り終えたアトレはすぐさま役所内の更衣室に飛び込んだ。
寒い。とにかく寒いのだ。
昔はあだ名なのか蔑称なのかわからないが周りに氷のおひい様呼ばわりされていたらしいけど、だからと言って本人は寒さに強いわけじゃない。
この薄っぺらくて隙間が多いアルネミアの衣装は信じられないくらい寒い。
だから急いで役所内に入ったのだが、暖かくしてある更衣室はまさにオアシスそのものだった。
それに今は、衣装は一人で脱ぐのには少し大変な構造をしているのでリュカに手伝ってもらっている。
特に背中は紐で縛ってあったり色々面倒なのだ。
「にしても、報酬を写真にするとかアトレも粋なことするなぁ」
「だって写真ってなかなか撮れないじゃない。ここに写真機があってよかったわ」
実を言うとアトレの家に写真機はない。
なんでも写真機は管理が大変なようで所持するより借りた方が楽なんだとか。
リュカと雑談しながら衣装を脱ぐ作業をし、ふとアトレは気になっていたことを尋ねた。
「……ねえリュカ」
「ん?」
「あなたはどうして、アイドルをやろうと思ったの?」
背中で作業をしていたリュカの手が止まる。
この話は地雷だったか、とアトレは思ったがリュカは声のトーンを落としてゆっくりと口を開いた。
「その、おまえのエキュートのイメージが変わってしまうかもしれないが、それでもいいか?」
「うん。もし辛かったら言わなくてもいいよ。無かったことにしてくれていいわ」
「なら雑談程度に聞いてくれると嬉しいな」
リュカの手が動き始めた。
アトレはベンチに座りながら彼女の話に耳を傾けた。
「実は本気でアイドルをやろうと思ったのは十四歳の時なんだ。その時の私は親と喧嘩ばっかしていて、村の学校を卒業したら農家かスポーツ選手になるかで迫られてたんだよ」
リュカの家は今も昔もずっと農家だ。
両親は一人娘のリュカにも継いで欲しいと考えていたのだが、本人は力仕事が嫌いだったため何かしらのスポーツ選手になるしかなかった。
だけど……
「我儘かもしれないけど、私はプロで活動するより趣味でスキーとかをしている方が好きだ。だからスポーツ選手にもなりたくなくて、当時歌うことが好きだったから反抗的にアイドルになったわけ。くだらない理由でしょ」
リュカは中等教育の学校を卒業した瞬間に置き手紙を置いて家出をした。
その時には自作したエキュートの衣装と有金を全部持って、リヴィエールの中心地に上京した。
魔法と少ない知識で曲を作り、酒場とかで歌って金を稼ぎながら細々と活動していくうちに少しずつ有名になっていった。
それからはアトレの知っている通りどんどん大きくなっていき、活動開始から二年後には旅を始めて国中で第一線を張る存在になったのだ。
「確かにくだらない理由だけど、気持ちはわかるわ。だって私も半分自暴自棄になって旅を始めたのだから」
「お前と一緒だとなんだか楽になるよ。……いつかは言いたいと思っていたけど、まさかこんな形で話すことになるとはね」
リュカが話し終えると胸の生地がペラりとめくれた。
「さて、こっちは終わったから脱いでいいぞ」
「ありがとう」
袖から腕を抜き、糸がほつれないように丁寧に衣装を脱いだ。
やっぱり、こうして服を脱いで自分の胸を見るとどうしてこんなにも小さいのか。
小柄なリュカですらアトレよりもあるというのに。
コンプレックスな貧相な身体を隠すようにアトレは急いで白のセーターを着る。
そしてスカートも私服のものに履き替えてアトレの祭日は終わった。
「はぁ……アルネミアの祭日が終わっちゃったわ」
こぼれ落ちるようにため息をして、椅子に倒れるみたいに腰を下ろした。
それを心配するようにリュカは訊いた。
「急にどうしたんだ? 最初はあんなに早く終わって欲しいって言ってたのに」
そんなもの、理由は一つしかない。
「だって終わったらリュカが帰っちゃうじゃない……」
「…………名残惜しくなったのか?」
「うん」
儚く、細々としたアトレの声は今にも消えてしまいそうだ。
アトレが力が抜けたかのように俯いたその時、リュカは急にアトレの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「別に二度と会えないわけじゃないだろ。またいつか会える。なんなら今度私の家に来てよ」
「そうね。またいつか会える」
そのいつかはどのくらい先の話なのかはわからない。
一年後かもしれないし、数年後かもしれない。
でもリュカのその言葉でアトレは少し楽になった気がした。
「おまえの家ってあれだろ。アルノールにあるでっかい屋敷」
「そう! でもどうしてわかったの?」
アトレの顔が急に明るくなった。
「各地方の主要都市にはたくさん思い出があるんだ。あんだけでっかいのを見てしまうと、忘れられないから」
久しぶりにアトレが旧貴族で良かったと思う。
家が大きくて目立つと大体の手紙は住所がわからなくても届いてくれる。
そしたらリュカからも手紙が届くから。
「じゃあ約束よ。私の家に手紙を送ってね」
「もちろん!」
リュカはもう一度アトレの頭をわしゃわしゃ撫でた。
それがどことなく嬉しく、笑ってしまうほど寂しかった。
* * *
「それじゃ、私はここで。それとマフラーありがとな」
次の日、ロシュチカから少し離れた分かれ道で赤いマフラーを首に巻いたリュカは嬉しそうに言った。
昨夜アトレ達はこのマフラーは、旅の思い出として贈ってくれた。
色はアミュが選んでくれたらしい。
「お前がいないと寂しくなるぜ」
「そうですね。アミュ様の慰め役がいなくなってしまって悲しいです」
「おい! 私はシッターじゃないぞ!」
「ははっ、冗談です」
「バルも冗談を言うようになったんだな……」
早速とんでもないものを食らった気がするが気のせいだろう。
その時、アミュがリュカの身体にしがみついた。
ベッタリとブロックが組み合わさったかのようにくっついて離れない。
アミュは顔を上げてリュカの顔を名残惜しそうに見た。
「リュカお姉ちゃん、また会える?」
「うん。また会えるさ」
リュカは微笑みながら言う。
全く、この魔族は人間より人間らしくて子供らしいではないか。
「お耳、触っていい?」
「それが狙いだな? まあ、最後だしいっぱいモフれ」
そう言って頭を下げて耳を触らせる。
アミュはいつも小さな手で優しく触ってくれるから、案外気持ちよくて触らせてあげたくなってしまう。
そのうちアミュは耳からそっと手を離してラスカ達の元へ戻った。
「それじゃそろそろ。またな、ラスカ、バル、アミュ。そしてアトレ、私を旅に誘ってくれてありがとう。とても楽しかったよ」
「待って!」
その時、アトレが声を張り上げて歩き出しそうだったリュカを止めた。
彼女の顔は赤く頬が染まっていて、目もほんのり滲んでいた。
「約束、忘れないでね」
アトレが手を伸ばして握手を求める。
リュカは笑ってその手を取った。
「それと、これは私からの個人的な贈り物」
そう言ってアトレは一枚の紙を渡した。それを受け取って裏を見ると、それは昨日撮った写真だった。
全員が楽しそうに写った、たった一枚の写真。
「次会った時にアミュが大きくなってたらどうするのよ。これは忘れないようにするため」
「でも、いいのか? こんな貴重なもの……」
「大丈夫よ。全員分あるし」
そう言ってアトレは懐から写真を四枚取り出す。
最後の最後までお嬢様らしさを見せつけてくるところが実にアトレらしい。
リュカも本当はもっとみんなといたいけど、欲張ってはダメだ。
だってリュカの旅の終点は家に帰ることだから。
彼女らとは違うのだ。
でもこの写真はずっとアトレ達といるような気がして、なんだか安心する。
絶対に汚れないよう魔法で写真を収納すると、アトレの手を取って強く握った。
「いった!」
「ふふっ、これで私のことも忘れないな」
「もう!」
これはアトレから一本取った。
手を離しリュカはマフラーと服を整えると、後ろを向きながらいつまでも仲間を見れるように歩き始めた。
「またなー!」
手を振るとあちらも返してくれる。
満面の笑みで何度も振り返し、遠く離れて見えなくなったところで振るのをやめた。
サクッ、サクッ。
サワサワサワサワ……
ヘクチ! ズズッ。……うぅ、さむっ。
…………
ズモッ、ズモッ。
…………
(静かだな……)
この道は何度も歩いたことがある。
過ぎゆく景色、土を踏み締める音、そしてこの懐かしい肌寒さも。
子供の頃父と歩いた時は目線が低く、家出をした時や初めて家に帰った時はほんの少し不安な足音だった。
それから、リュカは十年以上一人で国中を歩きまわって過ごす普通の生活していた。
だから見慣れた道も、初めての道も、静かに一人で歩くことが当たり前だったのだが、今は何かが物足りなくなってしまった。
きっと愉快な仲間と話し相手がいないからだろう。
今は誰かの話し声とか駄々をこねる声はなく、地面を踏み締める小さな足音しかない。
なんだか心細くて寂しくなったリュカはエキュートの歌を小さく口ずさんだ。
「『ふん〜ふふ〜ん、あなたとのステージでー』」




