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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
幕間 翠煌の魔女編
100/121

Ⅰ. ×××

 かつての×××公国にある小さな村には、後の宮廷魔法使い<翠煌の魔女>となる女の子が暮らしていた。

 淡いラベンダーのような白いショートボブに美しい翡翠の瞳の少女、リトナード・×××は四歳という異常な幼さで魔法が使えるようになり、村の子供達の中でも一目置かれていた。

 なんせその年代で魔法が使える人なんて村中、いや国中探してもいないからだ。


「リトナードちゃん、お花出して!」

「いいよー、それっ!」


 リトナードが小さな手を前に突き出して上に上げると、地面からピンクの花がニョキニョキ出てきて花を咲かせる。

 今の彼女は十二歳児と変わらない魔力操作技術を持っている。

 これくらいは朝飯前だ。

 両親は最初はリトナードの特殊な体質を危惧していたが、彼女は賢かったため魔法を適切に扱うことや攻撃魔法を覚えないと言う約束の中で魔法に触れさせていた。


「リトナード! 次、火を見せてくれよ」

「わかった! 火は簡単だからね」


 右の人差し指に意識を集中させると小さな火が現れる。

 それを同年代の×××と×××が興味深そうに見つめる。

 リトナードは二人に魔法を見せたり、魔法以外のことで遊ぶのが大好きだ。

 今日も嬉しそうに二人を見つめていると、急に彼女の身体が浮いた。


「リトナード、攻撃魔法はダメだって言っただろ?」

「あっパパ! でも火はお料理にも使うから攻撃魔法じゃないよ」


 抱き上げたのはリトナードの父だった。

 父は細身で身長が高かった記憶がある。

 たしかリトナードの家は小さな村の飯屋だったはず。

 両親二人だけで営むそこの店は村の人々の憩いの場、そしてリトナードの友達の遊び場になっていた。

 だからこうして昼の時間になるとよく父が呼びに来たのだ。


「そうだな。リトナードの言う通りだ。今日も×××と×××はうちで昼を食べていくかい?」

「うん! 母ちゃんが迷惑じゃなければいいって言ってた!」

「あたしもお母さんが行ってきてもいいって!」

「そうか! みんなで行くか!」


 父はそう言うとリトナードを担いで肩に乗せる。

 肩に乗ると景色が良くていつも楽しかった。

 だけど、そんな幸せな時間もいつかは終わりが来てしまう。


* * *


 ある日、村にあった見張り台の警鈴が鳴り響いた。

 耳をつんざくような鳴き声と鐘の音は恐怖を駆り立て家の中でも聞こえた。

 外からは人々の悲鳴が聞こえる。

 そしてリトナードは片手で耳を塞ぎ、母に抱きつきながら村を守るために戦いに行く父を見送った。


「パパはこれから戦いに行かなくてはいけないんだ。だから何かあったらママの言うことを聞くんだよ」

「うん……」

「お前も、リトナードを連れて森に逃げるんだ。きっとそこに行けば村の人がいる」

「あなたは?」

「事が終わったらそっちに行く。途中までは護衛するよ」


 そう言って父はリトナードの頭を優しく撫でる。

 幼くても父が帰って来なさそうなのは理解していた。でも、リトナードは泣くのを我慢して去り行く父の背中を見つめた。


「大好きだよ、リトナード」


 どこからか杖を出し、父は家を出る。

 それに続いてリトナードも母に抱きついたまま家を出た。


 外は文字通り地獄だった。

 翼の生えた大きなトカゲらしきものが家を焼き払い、大きな鋭い爪で家や人を切り裂く。

 人はあまりの恐怖を覚えると目が閉じれなくなってしまう。

 まさにリトナードはその光景が脳裏に焼き付くまで目を見開いてしまった。


「ママ、怖い……」

「目を閉じなさい。あまり見てしまうと忘れなくなってしまうよ」


 母の服をギュッと握り、顔を胸に埋めて見ないようにした。

 だけど音だけは聞こえてしまう。

 人々の断末魔、火の唸る音、鼓膜を破るような翼の生えたトカゲの叫び声、そして母が息を切らして走る音。

 そのうち悲鳴そのものが聞こえなくなると急に母の息が激しくなった。


「嫌ぁぁ!! 来ないで!!」


 思わず顔を上げると、母の背中には口に血がついたトカゲ——竜だったかもしれないものが目の前まで迫っていた。

 小さな子供を前に抱え後ろを向いて逃げていた母は石に躓いて転んでしまう。

 その時我が子を怪我させまいと腕でリトナードが地面にぶつからないようについて、リトナードを抱き抱えながら転がった。


「あ゛ゔっ!!」


 リトナードの目の前で血飛沫が上がる。

 母が背中を竜に切り裂かれたのだ。

 死の恐怖で泣くことすらできないリトナードは、ただ母が死ぬ様子を見ることしかできない。

 その時、リトナードの身体を母が力強くギュッと抱きしめた。


「あなただけは守る。だから、最期に可愛いお顔を見せて…………」


 痛くて辛いはずなのに、母はなぜか笑ってリトナードを見ている。

 寂しくて、悲しくて、でもどこか安心する複雑な感情のせいで、リトナードの目から涙が溢れた。


「ママ……死んじゃイヤっ!」

「ごめんね。ママはもう無理みたい…………リトナード、元気でね……」


 腕の力が抜け、母親の重い身体がリトナードを覆い被さるようにのしかかった。

 母はもう目を閉じて静かに微笑みながら眠ってしまっている。

 まるで幼い我が子を寝かしつけるように微笑んでいる。


「ママ……ママ!」

「…………」


 どれだけ呼びかけても母は起きない。

 抑えていた感情が一気に溢れ、ついにリトナードは声を出して泣いた。

 目を瞑って手をギュッと握り、母が起きてくれるように願った。


「起きて! ねえ起きてよぉ! わたしを、ひとりにしないで!」


 耳をつんざくような竜の鳴き声。

 リトナードの幸せを、家族を奪ったのは全部こいつのせいだ。

 今は母が前を塞いで見えないが、リトナードはどこかにまだいるはずの竜に向かって苦し紛れに叫んだ。


「もうイヤっ!! あなたのせいで、ママは死んじゃったの!! みんな死んじゃえ!」


 母の身体が僅かに動く。

 おそらく今の声でリトナードの居場所がバレてしまい、彼女を探しているのだろう。

 その時、母の髪の隙間から真っ赤な大きな身体が見えた。

 金色の目がリトナードを探すように動き、そして目が合った。


「イヤっ……イヤァァァァ!!!!」


 死を覚悟したリトナードは目を無理矢理閉じて手を強く握る。


 突然、閉じた瞼の目の前が白く明るく輝いて、ふっとリトナードの意識が飛んだ。

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