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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
幕間 翠煌の魔女編
101/121

Ⅱ. あやしがりて寄りて見るに、いと美しきちごありけり

 ヴァリエ王国第四騎士団騎兵隊隊長のミシェル・ネイは、×××公国のとある村から発せられた緊急要請を聞きつけて大勢の部下と共にモンカルムからやってきた。

 どうやら翼の生えた大きなトカゲが出たらしく、村は壊滅の危機に瀕しているらしい。

 その大きなトカゲの発見報告は被害を受けていない他の村や街からもきており、それは国の危機だと考えた国王が一番早く動ける状態だった第四騎士団を出動させて今に至る。

 実際来てみるとすでに村の周りは焼け焦げて、肝心の村は目にも留められない酷い有様だった。


「対象を今すぐ探せ。それと生存者の確認も」

「はっ!」


 部下に指示し鎧を着たミシェルは白い軍馬に乗りながら、そのトカゲを一部の部下と共に探し始めた。

 村の中は人の死体だらけで死臭が漂う。

 焼かれていたり引き裂かれていたり。正直見るのも辛い。

 これでは生存者が見つかるなんて夢のまた夢だろう。

 眉を下げて死体を見つめていると一人の部下がやってきて報告をしにきた。


「隊長、対象を発見しました」


 ミシェルは剣を抜く。

 だけどそれをやってきた部下が止めた。


「お待ちください。対象はすでに、息絶えているようです」

「なんと。私が見に行こう」


 剣を鞘に戻し、部下の後ろについた。

 崩れた家を抜けると体の一部が崩壊した翼が生えた真っ赤な巨体のトカゲが、力無く横たわっていた。

 馬から降り試しに剣を突き刺すと、それは微動だにしない。

 本当に死んでいるようだ。

 でもなぜ?

 この村にはこれを倒せるような戦士はいないし、魔法使いも少数だと聞いていた。

 確かにこのトカゲは魔法で倒された形跡があるのだが、相打ちをしたような遺体はどこにもない。

 謎がさらに謎を呼ぶ。

 ここから先は国内最高峰の魔法の専門家——宮廷魔法使いの出番だろう。


「皆の者! 対象はすでに死んでいる! 今すぐ生存者を探すように! 死んでいる者はここに集めて埋葬する!」


 ミシェルは指示を出し、生存者の捜索を開始させた。

 実際は遺体の回収と埋葬が目的になってしまうだろう。

 馬を近くの焼けていない杭に繋ぎ止め、ミシェルは赤い巨体に近づく。

 大きな鱗は非常に硬く、ただの魔法では攻撃が入りそうにない。

(これは<星骸の魔女>様に担当してもらうしかない。私ではわからぬ)

 ミシェルは竜に触れながら頭から尻尾に向かって歩き始める。

 ガタイがよく身長の高いミシェルとは比べ物にならないほど大きい。

 尻尾のあたりに来たその時、さっきとは別の部下がミシェルを呼び止めた。


「隊長! 生存者を一名発見しました!」

「それは誠か! すぐに向かおう」


 まさか生存者がいるとは。

 奇跡だと思って走って部下のところへ向かった。

 彼は腕に眠っている小さな女の子を抱え、ミシェルを待っていた。


「この子でございます。おそらく、母親の下で眠っていたと」


 ミシェルはその女の子に外傷がないかよく見た。

 淡いラベンダー色の少女はスウスウ息を立てて眠っており、顔や服に多少の汚れはあるものの目立った外傷はなさそうだ。

 そして部下の言う母親らしき人物は似たような髪色で、背中を抉られたような傷を負って死んでいた。

 最期まで身を挺して我が子を守っていたのだろう。

 ギュッと胸を締め付けられるような思いだ。


「わかった。その子供は私が預かる。お前は他の生存者を探してくれ」

「了解しました」


 彼は子供をミシェルに預けると丁寧に母親を布で包んで他を当たった。

 しばらくミシェルはその女の子を起こさないように抱きかかえて、部下の作業が終わるのを待った。

 本当は自分も働きたいのだが、今はこの生存者を保護するのが最優先だ。

 馬から宿泊用の毛布を女の子に被せて、兜を外して部下を見守った。

 短く切った栗毛が汗で潰れてしまっている。


「お前は大変だな。きっと両親はすでに……」


 部下にバレないようこっそり呟いたその時、その女の子は目を覚ました。


「あれ? わたし、生きてる……」

「目を覚ましたか」

「ねえ、パパとママはどうなったの?」

「おそらく、すでに亡くなってしまっている。お前、名はなんと言う」

「リトナード……」

「リトナード。あのデカブツを倒したのはお前か?」


 リトナードがゆっくりと首を回して赤い巨体を見つめた。


「わからない。気付いたらわたしは起きてた……」

「そうか。最後に母親の顔を見ておくか? きっと顔は綺麗なままだろう」


 ミシェルは安心させるため語りかけるように言ったのだが、リトナードは首を横に振って断った。


「見たくない。もう、辛い姿は見たくないの」

「分かった……」


 ミシェルの見立てだとおそらく彼女は四、五歳だ。

 その年齢で死んだ親の顔を見たくないと言い出すのだから、ここで起きた出来事が相当トラウマになってしまったのだろう。

 リトナードはか細い声でミシェルに尋ねた。


「ねえ、おじさん」

「ミシェルだ」

「わたしはこれからどうなるの?」

「おそらく孤児院に行くだろう」


 分かりきっていたかのようにリトナードは顔を暗くし、目を伏せた。

 親を亡くした子供は基本的に孤児院に行くことになる。

 それはリトナードも例外ではない。

 だけど孤児院は決して良い環境とは言えず、場所によっては監獄の方が待遇がいいのだとか。

 しかし今にも死んでしまいそうな彼女をそんなところに送って良いのだろうか。

 今の状態だと持って数日。しかも緊急要請を受け取ってからだいぶ日が経っているのだ。

 ミシェルの良心が痛む。

 悩んだ末にミシェルは人生における最大の決断を下した。


「分かった。お前は私が保護しよう」

「それって?」

「私の元で暮らせ。孤児院に行くよりはマシだろ?」

「うん。ありがとう」


 リトナードの顔が少しだけ明るく柔らかくなった気がした。

 それから全ての遺体の回収と埋葬が終わると、ミシェルは宮廷魔法使いに現場を見てもらうため一部の部下を在中させてモンカルムに帰還した。



* * *



 王都にある小さなアパートの一室の中はテーブルとベッドしかなく、ほとんど物がない状況だった。

 実家の方が物があって落ち着くリトナードは少しソワソワしていた。


「何もないね」

「ああすまない。あまり家にいない生活でな。しばらくは私のベッドで寝なさい。それとこれから私の事は父上と呼ぶように」

「分かったよ、お義父さん」


 色々あってリトナードはミシェルの養子になり、これから新しい生活が始まるのだが、やっぱり故郷の村と違ってここは都会なので落ち着かない。

 森は無いしニワトリの鳴き声も聞こえない。

 窓から外を眺めてもあるのは石畳みの道と、同じようなアパートだけ。

 あまりにも退屈なので、魔法で水風船を作り手でポヨポヨ跳ねさせて遊び始めた。


「魔法が使えるのか?」

「ひゃっ!」


 後ろから聞こえたミシェルの声に驚き、水風船を破ってしまった。

 所詮は水の塊だからそこまで耐久性は良くない。


「うん。わたし、みんなより早く魔法が使えるんだ」

「魔法は好きか?」

「大好き! わたし、魔法使いになりたいの」


 魔法はずっと好きだ。

 初めは魔法が使えるのが早すぎて忌み子だとか言われてきたけど、魔法を使うのは友達が喜んでくれていつのまにか好きになってしまった。

 それに、自分でも使っていて楽しいしワクワクする。

 嬉しそうに話すリトナードだったが、ミシェルは苦い顔をしていた。

 それもそのはずこの時代の魔法使いは軍人と大して変わらない存在だからだ。

 だからなのか、ミシェルはもう一度同じように聞いたのだろう。


「本当に魔法使いになりたいのか?」

「うん。魔法使いになれば、わたしがみんなを守れるから」

「……分かった。しかし私は魔法を教えられない。知り合いに腕の良い魔術師がいるから頼んでみよう」

「……! ありがとう!」


 しばらくして赤毛で長身細身の男がリトナードの新居にやってきた。


「ったく、急に呼び出してなんなんだ?」

「すまないがこの子に魔法を教えてほしいんだ」


 そう言ってミシェルがリトナードを男の前に出した。

 自分の我儘に付き合ってもらっているので、リトナードは無礼のないよう礼儀正しく挨拶をした。


「よろしくお願いしましゅ!」


 ああ、噛んだせいでファーストインプレッションは最悪だ。

 そのせいなのか、見た目が幼すぎたのか彼は舐めた感じでリトナードではなくミシェルに尋ねた。


「おいおい、寝言は寝てから言えよ。コイツはどう見ても魔法が使える年齢じゃないだろ」

「わたし、使えるよ」


 そう言ってリトナードは先程のより大きな水風船を作った。

 さらにその水風船を凍らせて、最終的には手で握って雪に変えて手元から消した。

 それを見た男は化け物を見たかのように狼狽え、あんぐりと口を開けた。

 なぜなら氷を雪にするなんて天候ですらできないことなのに、雪にする過程をイメージし当たり前のようにやってのけたのだ。

 だって氷はいくら砕いても氷なのだから。雪にはならない。


「こりゃたまげた……俺より魔法が上手いぞ。ミシェル、コイツの名前と年齢はいくつだ」

「この子はリトナード。歳は確か五って言ってたよな」

「うん。五歳だよ」

「悪いが、俺はコイツに教えることなんて無いぞ。他を当たってくれ」


 やはりか。

 なんせ、初めから師匠を超えている弟子なんてこの世にいないから。

 リトナードがしょんぼりした表情を見せると、ミシェルが彼に頭を下げた。


「私にはお前しか頼れないんだ。面倒を見るだけでいい。だから教えてくれ、エミール」

「……俺はシッターじゃないんだぞ」

「それなりの金は出す」

「ったく、しゃあねえ。付き合ってやんよ」


 エミールは案外すんなりと受け入れた。

 タダでという訳にはいかないのだろう。

 そうして、リトナードとミシェルの生活が始まり、更には魔法の教師にエミールがついた。

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