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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
幕間 翠煌の魔女編
102/121

Ⅲ. 杖よりお玉の無名の魔女さん

 鍋でじゃがいもとにんじん、玉ねぎ、それから豚肉を入れて炒めた後、麺つゆを入れてぐつぐつと煮る。

 じゃがいもをフォークで突いても簡単に突き刺さるくらいまで柔らかくなったら完成だ。

 突いたじゃがいもをほんの少しの汁と共に小皿に移してから、リトナードは味見をした。


「完璧。料理のセンスもあるなんて、さすがワタシね」


 現在彼女は十四歳。仕事で家に帰ってくるのが遅かったり、疲労困憊の養父のためにずっと家にいるリトナードが家事をこなしていた。

 本格的に家事を始めたのは大体九歳くらいの時、血も繋がっていないのに家に居させてもらっていることの大切さを急に実感し、半分シッターのエミールに料理を教えてもらい始めた。

 最初こそは色々失敗してきたものの、リトナードは、なんでもできる、いい子なので、半年後には一人前の主婦になっていた。


「今帰った」


 玄関の扉が解錠されて、大柄の養父——ミシェルが帰ってきた。

 まだ夕方なのに珍しい。


「おかえり、お義父さん。今ご飯できたよ」

「それはよかった。久しぶりにできたてが食える。それと……エミールはどこいった?」

「あの人、ワタシが肉じゃが作り始めたら帰ったよ」


 そう、なんといっても昼夜リトナードの飯に頼りっぱなしのエミールはじゃがいもが死ぬほど苦手なのだ。

 残念ながらリトナードは未だにそのことを知らないため、ただの善意のつもりがエミールにとっては拷問になってしまい逃げ帰ってしまった。

 だからエミールのジャガイモ嫌いを知っていたミシェルは苦笑した。


「はは……まあいいさ。そういえば明日お前の誕生日だったよな。幸い私の仕事が午前中に終わる故、城で待ってもらうことになるけど、どこか連れて行ってやれる」

「えっ?! いいの?!」

「もちろんだ。お前は色々苦労してきただろうからなんでもしてやろう」


 なんでもと言われると悩むものだ。どのくらい高いものを強請っていいのか、何を買って貰おうか考えてしまう。

 今の所リトナードは杖を持っていないので杖が欲しいのだが、あれはあれで結構高い。

 鍋にかけていた火を止めて悩んでいると、ミシェルは「今すぐじゃなくてもいい」といってくれた。ありがたいものだ。


「なら、明日までに考えとくね」

「よろしく頼む。ただ、馬とかはやめてくれよ。せめて犬、それか猫だ」

「はいはいっ、馬にしちゃおっかなー」


 こんな狭いアパートに馬なんて入るものか。

 だけどペットもいいと思ってしまう。

 気分が弾んだリトナードは肉じゃがを鍋から掬ってつまみ食いをした。


「あちっ」



* * *



 次の日リトナードは養父が仕事の間、宮廷内にある魔法専用の練習場に来て魔法を練習していた。

 厳密に言うと場所は宮廷の中庭とかではなく、少し離れた別棟にある。

 常時保護結界が張っており、芝の上にある魔法耐性の極めて高い的を遠くから射抜く。

 魔力操作の練習か、遠距離訓練に適した場所だ。

 普段は国お抱えの魔法兵が使っているが、今日は休日だからこの練習場にはリトナードしかいなかった。

 こんなに綺麗で広い練習場は来たことがなかったので、リトナードは普段できないことを色々試して遊んでいた。


「氷漬けからの砂鉄を鉄塊に変える魔法で刺すことはしたから、次は頭上からおっきな水の大剣でも落としてみようかな」


 この的はなかなか壊れないからいろんなことがやりたい放題。

 炎の矢を貫通させたり風の刃で細切れにしてみたり。

 家の中でやると怒られてしまうようなことがなんでもできる!


(あっ、いいこと思いついた!)


 リトナードは軽く詠唱し、右手に風の剣を作り出した。

 目を凝らすと魔力の流れで大体の形はわかるが、本当によく見ないと剣なんてどこにもない。

 ただ右手には風の流れを感じるだけ。

 だけどこれではあまりにも見ずらいから、ほんの少し水を含ませて姿が見えるようにした。


(うんうん。やっぱり風って自由自在に姿を変えられるから扱いやすいね)


 水が流れる風の剣を眺めてリトナードは悦に浸る。

 ここまで完璧な形に作れたのは初めてかも。


「リュノメーラ(薄い魔力の霧を出す魔法)」


 練習場いっぱいに白い霧が現れた。

 この霧は探知魔法を錯乱させるための魔法なのだが、つい実践風にやってみたくて意味のない魔法を使った。

 そしてその霧の中をリトナードは低空で飛び、高速で的に近づくと一気に剣を横に薙ぎ払う。

 サクッという軽い音がして何かが切れた。

 これはまずいと思って急いで霧を晴らすと、なんとあの頑丈な的が綺麗に半分になって地面に落ちていた。


「やばいやばい! これ絶対高いやつでしょ! んもぅ、ワタシの誕生日がぁ!」


 顔を青ざめて、切られた的を残ったところに戻してもくっつかない。

 しかもこの的、魔法剣でも耐えうる設計らしいのだがそれを魔法剣で壊してしまったのだ。

 怒られる、弁償で済むのだろうか。


「うぅ……ごめんなさぃ……」


 シクシク泣きながら戻そうとしていたその時、リトナードの背後から知らない男性の声が聞こえてきた。


「これをやったのは君か?」

「うひゃぁ?! いいい、いいえ違います! 違くないけど違うんですぅ!」


 驚いて地面にへたり込み、振り向いてびゃーびゃー泣き喚きながら謝った。

 紺色の大きなローブを着た黒髪の男は立派な金色の杖を地面に突き刺してリトナードを見下ろす。

 これは絶対怒られるやつだと思い覚悟をすると、彼は予想外のことを口にした。


「明日、宮廷魔法使いの選考会に来なさい。推薦状は<影月の魔導師>の名で出そう」

「選考会? <影月の魔導師>?」

「いかにも。君、名はなんという。その才なら魔女名もあるだろう?」


 魔女名と聞かれてリトナードは、はて? と思う。

 そもそもリトナードは資格持ちの魔法使いではないし、名目上なら見習い魔法使いですらないただの一般人なのだ。

 だから魔女名とは未だ縁がない。


「ワタシはリトナード。魔女名は持ってない、です」

「魔女名がないだと? では魔法使いの資格すら持っていないのか?」

「そうね」


 <影月の魔導師>は目の前の怪物に苦い顔をした。

 無資格の魔法使い(一般人)がここまで強いとは思わなかったのだろう。せめて中級、それか上級はあると思っていたらしい。


「無資格か。まあいい。これから資格なんて必要なくなるのだから。明日、ここに必ず来なさい。もし来なかったら城の関係者全員の戸籍を引っ張ってでも連れてくる。リトナード、魔女名は後ででもいいから必ず来なさい」


 二度も同じことを言われてしまうと断るにも断れない。それに<影月の魔導師>は戸籍を引っ張るといっていたが、そもそもリトナードは戸籍を持っていない。

 この時はそれを理由にバックれていればと今でもたまに思う。

リトナードの世間はとっても狭く近所の八百屋のおばさんくらいしか知らないので、マクロンを練習場の管理人だと思ってました。


※風の剣はファルシオンを思い浮かべてくれると幸いです。

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