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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
幕間 翠煌の魔女編
103/121

Ⅳ. 蹴り飛ばした方が早い

 誕生日は新しい服を買ってもらい、その服を着てウキウキで宮廷魔法使いの選考会に向かったリトナードは施設の隅っこで大人しく座っていた。

 知り合いが養父を除くと行きつけの八百屋のおばさんと飯を集りにくる先生しかいないので、話し相手がいない。

 しかも服が完全に遊びに行くような可愛い服なので、ものすごく目立っているし、無名の少女が選考会にいることもあってか冷ややかな目でジロジロみられている。

 そもそもこの選考会自体、推薦人から勧められた少数の上級魔法使いだけが参加を認められているのだ。

 一年に一回、たった一つの席を争うために宮廷魔法使いの選考会は行われる。

 最初に参加者全員での乱闘が行われ、たった一人の勝者が数日後に現職の宮廷魔法使いと決闘を行う。そこで勝てば晴れてこの国の最高峰である宮廷魔法使いになれる。

 だから復権を目指す過去の宮廷魔法使いとか、この日のために人生を費やした老魔法使いなどがやってきて、施設の中はずっとピリピリした空気が流れている。

 多分、というか絶対、軽い気持ちで来ているのはリトナードだけだ。


(帰りたいなぁ……しかも、この服買ってもらったばっかだから汚したくないな……)


 白くて涼しげなワンピースの上に淡いピンクのビスチェ。いかにも夏らしい服装の彼女はどこからどうみても迷い込んだ一般人だ。

 服を汚さない方法を考えていると、一人の案内人が中心に出て話し始めた。


「それでは選考会を始めます。規定はお伝えした通り残った一人が最終選考に進めます。尚、殺人は厳禁。発覚した時点で失格となります。では以上。五分後選考を始めます」


 すごく簡潔な説明だ。聞き逃していたら説明は終わっていただろう。

 でも後五分もあるというのでリトナードはトイレに行き、開始二分前にようやく昨日の練習場に戻ってきた。

 同じ場所というのに木や茂みが生い茂っていて、まるで森の中にきたみたいだ。

 地面は昨日と同じ芝だけど、ところどころ禿げて土が見えている。

 下手に転んだりしたら大切な服が汚れてしまいそうだから、リトナードはほんの少し身体を浮かせた。


 スターターピストルの乾いた音が響く。

 選考会が始まった。


 リトナードが数歩前に進んだその時、後ろから無数の剣が飛んできた。

 おそらく金属を武器に変える魔法なのだろうか。

 しかしまっすぐ飛んできた剣は、リトナードを避けるように曲がって木々に突き刺さった。

 実はこの時、彼女は己の背後に魔法で操られた剣の軌道すら曲げる風を吹かせていた。

 そして首だけを後ろに振り向かせると何もない茂みを見つめた。


「どいて」


 何かが結界にぶつかる音がする。

 成人男性がぶつかったくらいの大きな音を立てた後、木に突き刺さっていた剣が消えた。

 これで一人。ほっとして胸を撫で下ろすと、今度は前から声が聞こえてきた。


「おいおい、子供が一人紛れ込んでるじゃないか。ここは遊び場じゃないんだぞ」

「あっそ」


 リトナードはそっけない返事をして彼を睨む。

 こいつは服を汚しそうな気がする。


「俺はレイヤード公爵家次男、ファビアン・レイヤード。名前だけ覚えて帰りな」

「バイバイ」


 ファビアンの言葉を無視して画面をスワイプするように指を横に振った。

 その瞬間、彼は目にも止まらぬ速さで横に吹き飛んで、それから結界に当たる音が聞こえた。


「お嬢ちゃん怖いねぇ。無名の魔女、ここで終わりだよ」

「邪魔」


 どこからかやってきた真っ白な髭の熟年の老魔法使いも同じように、指をプイッとスワイプして吹き飛ばした。

 一応死なない程度にぶつかる瞬間、風で衝撃を和らげている。

 この二人の敗因は簡単。奇襲もせずにリトナードを侮ったことだ。

 やっと前へ進めると思い、リトナードは歩き出した。

 森と化した練習場からは魔法の音や人の声がちらほらと聞こえてくる。

 もしかしたらここまで静かなのはリトナードだけかもしれない。

 鳥はいないけど木漏れ日がどことなく気持ちよくて懐かしさを感じる。

 少し疲れたので、なぜか横たわっている木に風でお尻を浮かせながら腰を下ろした。

 一応何かあってもいいように防御結界で全身を覆っている。

 息を漏らして空を見上げた。


(パパとママは今、何をしてるのかな? もう怖い目に遭わないといいな)


 カツンカツンと何かが結界にぶつかる。

 しかし感傷にひたっているリトナードには聞こえていなかった。


(ここでもう少し休憩してから進もうかな。そういえば昨日の的どうなったんだろう)


 リトナードの結界を氷が覆う。

 その時初めて攻撃されていることに気付いた。


「クッソ。なんだよあの結界は! 硬すぎんだろ!」

「リュノメーラ(薄い魔力の霧を出す魔法)」


 真っ白な霧が練習場を包んだ。

 リトナードを包んでいた結界を膨張させて氷を剥がすと、彼女は魔力の逆探知を始めた。

 実はこの霧、相手は妨害されて探知魔法が意味をなさなくなるが、発動者は自身の魔力を放出させているためある程度は逆探知が行なえる。

 大体の場所しか割り出せないがこの小さな会場では十分だ。

 残るはリトナード含めて四人。いや、今三人になった。

 相手のおおまかな場所がわかったリトナードは風の剣を作り出し、一気に距離を詰めて襲いかかる。

 しかし相手も手慣れだ。

 彼女の接近に気付いて防御結界を張る。

 だけどリトナードの風の剣は非常に強力で、相手の結界をかち割って死なない程度に魔法を弱めた後に切り裂いた。

 真っ白な霧の中、翠緑の瞳だけが輝いていた。


「さて後一人。返り血は結界で弾いたから服は汚れてなさそうね」


 リトナードが風の剣を消して服の埃を払ったその時、空から霧を割って岩の槍が飛んできた。

 間一髪槍を避けると地面から岩が突き出る。

 霧を晴らして急いで空高く飛び上がると、今度は雷の矢が飛んできた。


(殺意ましましじゃん)


 風を吹かせて矢を反らせると、一人の女性がリトナードの前に現れた。

 茶髪でツインテール。両手には立派な金色の杖。

 彼女はニヤリと笑って口を開いた。


「あんた運が良かったじゃない。初心者なら優しくしてあげてもいいけど?」


 リトナードが指をプイッとスワイプしても彼女は動かない。

 強力な結界で守られているだけか。


「怖い魔法を持ってるじゃない。でも、<星骸の魔女>——ニネット・サンローランが勝たせてもらうわ」


 なんかドヤ顔で偉そうに言っているが、正直リトナードはその名前にピンとこない。

 聞いた感じとても有名な魔法使いのようだ。


「杖も持たず遊びに来たみたいな服装でよくあのクソジジイも推薦したわね」


 クソジジイ、おそらく<影月の魔導師>のことだろう。

 彼と彼女は何か因縁があるのかも。


「ここで終わり。ネビュルーズ(無数の岩を操る魔法)」


 <星骸の魔女>が冷酷に呟く。

 星のような無数の大小の岩がさまざまな特性の魔法を帯びてリトナードに襲いかかった。

 ニネットが<星骸の魔女>と呼ばれる所以がまさにこの「無数の岩を操る魔法」のせいだ。

 さまざまな属性魔法を帯びた岩は七色に輝き、それはまるで星の残骸である星雲のよう。

 さらに彼女は数千を超える岩を意志を持った生き物のように操り、それが砕けてしまっても残った残骸ですら意のままに動かすことができる。

 それはまるでご飯を食べつつ本を読みながら生徒に授業をして、もう片方では勉強と誰かと談笑するくらい複雑で頭を使うことだ。

 一度始まったら<星骸の魔女>による圧倒的な物量の蹂躙が始まる。

 すでにリトナードは属性の違う魔法を帯びた岩のせいで防御結界で捌ききることが難しくなっていた。


(攻撃魔法の展開すら許してもらえないっ……)


 片目を閉じて両手で防御結界を展開するリトナードに<星骸の魔女>は余裕そうに言った。


「あっは! どう? これが一般人と宮廷魔法使いの差なの」


 ニネットは煽るように笑う。

 彼女が杖をリトナードに向かって振ると、先ほどよりも大きな岩が今までより早い速度で動き出した。

 空中に留まるリトナードは、結界に岩が当たるたびに少しずつ後退していく。

 リトナードの結界に弾かれた岩は大きく旋回してまた弾かれる。

 その度に彼女の結界に大きなヒビが入る。

 <星骸の魔女>の攻撃は息をする暇も与えてくれなかった。


(さっきよりも威力が増して結界が保たないっ! 何か勝てる策は! 生き残る策はっ……!)


 リトナードが押されかけていたその時、彼女はこの魔法の綻びに気付いた。

 現在リトナードは防御結界で防ぎ、岩が溜まってきたら風で吹き飛ばしてなんとか凌いでいた。

 だけどその岩はどうも小回りが効かないらしく、細かく砕かなかければ襲ってくるのは遅いみたい。

 一か八か。リトナードは結界を展開したままニネットに突っ込んだ。

 そして無数の岩を引き連れて彼女を追い越すと急停止。

 一直線に並んだ岩に向かって突っ込むと、左足を前に突き出して振り向いた彼女の腹にドロップキックをした。


「うぐぅ! ひ……卑怯よっ……」


 腹を抑えて墜落するニネットにリトナードは追撃をする。


「アクアグラディウス(水の大剣を落とす魔法)」


 冷酷に呟き見下ろすリトナードの空に挙げた手の上に黒い影が現れる。

 手を振り下ろすと同時にそれはニネット目掛けて落ちていく。

 自由落下より早く落ちた水の大剣はニネットごと包んで、滝のように流した。

 最後に落ちる衝撃を和らげるために、墜落するニネットが着地する瞬間に風で浮かせて終わりだ。



* * *



 そして銃声が二発なる。

 終了の合図だ。

 たちまち森が消えて元の芝生になった。

 端っこには打ちつけられて伸びた人や、痛そうに地面に横たわっている人など酷い有様だ。

 てきとうな場所にふんわりと芝生に降り立つと、昨日の<影月の魔導師>が拍手しながらリトナードのもとに歩いてきた。


「お見事だ。こうなることは予想していたが、ここまでとは」

「もしかしてワタシ、誰か殺しちゃった?! ごめんなさい、わざとじゃないんです! ちゃんと死なないように風で和らげたの!」


 びゃーびゃー泣き喚くリトナードに、<影月の魔導師>もといエトワール・マクロンは苦笑していた。


「いや、誰も死んではいない。ただ短時間で終わってしまうなんて思わなかっただけだ。それでリトナード、君が新しい宮廷魔法使いだ」

「えっ? でも、まだ最終試験が……」


 流石にリトナードも予習をしてきたため最終考査のことを知っている。

 現職の宮廷魔法使いと一対一で戦い、そこで勝ってこそ宮廷魔法使いの座に就けると。


「最終考査か? その必要はない。私は君に負けてしまうだろう」

「負けてしまう? ももももしかして、あなたが現職の?!」

「私が宮廷魔法使いが一人。<影月の魔導師>エトワール・マクロンである」


 名のある魔法使いだと思ったら、彼はこの国の最高位魔法使いだった。

 まるでいたずらっ子のようにマクロンは笑ってネタバラシをした。

 昨日言って欲しかったものだ。


「元々私は引退するつもりなどなかったのだが、この席は君がふさわしい」

「でっでも、ワタシはまだ無資格だし……」

「昨日言ったはずだ。もう資格など要らなくなると」


 マクロンは自身の杖を半ば強制的にリトナードに持たせ、来ていたローブを上に被せた。

 金色の大きな立派な杖と、リトナードの身長では裾が地面についてしまうほどブカブカのローブは宮廷魔法使いの証だ。

 そしてその姿を確認したマクロンは口を開いた。


「<無名の魔女>リトナードよ。<影月の魔導師>エトワール・マクロンの名においてそなたを宮廷魔法使いとする」


 <無名の魔女>はマクロンを見上げて照れるように笑った。


 それから<無名の魔女>ことリトナードが<翠煌の魔女>の二つ名を手にしたのは、家に帰ってから改めて養父と一緒に決めた時だった。

この時のマクロンのパンツはびしゃびしゃでした。


※注意

リトナードが岩の中を突っ込めたのは並外れた防御結界の硬さのおかげです。

普通の人がやるとすぐに割れてしまうので真似しないように。

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