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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
幕間 翠煌の魔女編
104/121

Ⅴ. 雛の巣立ち

 後日、宮廷で正式に宮廷魔法使いと認められたリトナードは、新しく仕立てられた専用のローブと杖を手にして養父の待つ自宅へ帰還した。

 いち早く養父に一人前になったことを知らせたくて、そのままローブを着て宮廷から歩いたのだが、若い少女が宮廷魔法使いの紺色のローブを着て出歩いているものだから街はざわめいていた。

 しかしそんなことはつゆ知らずと家に向かい、玄関の扉を開けた。


「お義父さん、ワタシ宮廷魔法使いになったよ」


 翡翠がはめられた自身の背丈くらいの金色の杖を見せびらかしながら、嬉しそうに言った。

 自身の魔女名を決めた時はたまたま会った<影月の魔導師>に「魔女名はあった方がいい」と言われたと伝えており、宮廷魔法使いのことはずっと黙っていたため、さぞかし驚くだろうと思っていたのだが、ミシェルの反応は思っていた以上にあっさりだった。


「おめでとう、リトナード。すっかり大人になったな」

「えへへ、ありがとう。……えっと、もっと驚かないの?」

「驚いた方が良かったか?」

「だってこの国の頂点だよ! サプライズなんだからもっと驚くでしょ!」


 リトナードはあーだこーだと理想的な驚き方を説明したのだが、ミシェルは頭を掻いて申し訳なさそうに言った。


「実はな、すでに宮廷魔法使いの件は知ってたんだ。私は騎士団長だからそれなりの権限はある。だから新任が無名の魔女、<翠煌の魔女>だってことを知らされていたんだ」

「うそぉ…………」


 リトナードは杖を頼りに力無くしなしなと崩れる。

 忘れていたが養父のミシェルは国王軍の中でも上の方の人物だ。新しい宮廷魔法使いのことを知っていても不思議ではない。

 リトナードは玄関の扉を閉めて杖を歩行用の杖のように体重を預けて家の中に入ると、机の上に茶色の箱があることに気付いた。

 それは胡座をかいて座っているミシェルの頭より大きい。

 気になってリトナードは尋ねた。


「お義父さん、その箱って何?」

「これか? これは写真機だ」

「写真機?」


 写真機と言われてもピンとこない。

 そもそも写真すら知らないのだ。


「そう。これは写真を撮る機械なんだ。そもそも写真と言うのがその場の風景を絵ではなく、紙に映して保存したものらしいのだが、私にはよくわからん。どうやら最近発明されたらしく、王都に三台しかないようなんだ」

「へー。それで、なんで借りてきたの?」

「それは……お前の晴れ姿を保存したくて……」


 ミシェルは頬を赤らめて恥ずかしがりながら言った。

 あの堅苦しい養父が、素直に娘の姿を残したいと言うなんて結構意外だ。

 リトナードはあまりにもミシェルが素直なのがなんだか嬉しくて、笑顔で胸を張って言い放った。


「もちろん! ワタシの可愛い姿をちゃんと記録してよ!」

「はいはい、お前はいつも可愛いよ」


 やっぱり今日はやけに素直だ。

 きっと親を亡くした孤児がこんなにも立派に成長して嬉しいのだろう。



* * *



 家の外の少し綺麗なところにミシェルは写真機の三脚を組み立てて、そこに写真機を置いた。

 リトナードの正面には真っ黒なレンズが覗いているが、どうやらここを見ればいいみたい。


「フィルムは三枚しかないから瞬きするなよ」

「はーい」


 絶対に目が閉じないように、瞼をあげて見開いた。


「それはやりすぎだ。怖すぎるぞ。もっと自然に」


 自然にと言われ、リトナードは杖を優しく持ち直した。


「そうそう。撮るから笑顔でな」

「はーい!」


 とても嬉しそうなとびきりの笑顔でレンズの方を向いた。

 それから何かが切れる音がすると、リトナードは頭の中で十秒数え始めた。

 撮ったら十秒間は動いてはいけないのだ。


(一、二、三、四、五、六、七、八、九、十!)


「よし、撮れたはずだ。動いていいぞ」

「ねえねえ、写真、どうなった?」


 跳ねるようなステップで写真を持つミシェルの元へ向かった。

 そして撮られた写真を覗いたのだが、なぜか真っ白なままだった。


「これ失敗じゃなーい?」

「いいや、これで合ってるはず。数分したら色が出てくるらしい。完璧に現像されるのはもっと後らしいが」


 ミシェルは少し不安そうに言って、リトナードと同じように写真を見つめた。

 どのくらい経ったのだろうか、しばらく見つめていたらちょっとずつフィルムに色が乗り始めて宮廷魔法使い姿のリトナードが現れ始めた。


「色が出てきたよ! すごーい、本当にワタシだ!」

「壮観だな。本当に時間を保存できるなんて」


 二人が呆気に取られているとどこからかともなく、エミールがやってきた。


「おーい、写真は撮れたか?」

「エミールか。ああ、今のところ順調だ」


 エミールもミシェルの手の中にある写真を覗く。

 すごく興味深そうで目を丸くして驚いていた。


「すげーな写真って。リトナードがそのままいるみたいだ……」

「ちょっと、こっちに本物の()()()がいるんですけど」

「いやいや、これには流石に驚くしかないだろ。だって魔法じゃないんだぞこれって」


 リトナードに言い訳をしてもう一度エミールは写真を眺めた。

 さっきよりも色が鮮明に浮き出ていて、ほとんど現実と変わらなくなってきていた。


「にしても、リトナードって本当に宮廷魔法使いになったんだな。親になった気分だ」

「先生もほとんど親みたいなもんでしょ。そうそう、話が変わるけど、先生に言われた通り魔法石は瞳の色と同じものにしたの」


 そう言ってリトナードは金色の杖にはめられた大きな美しい翡翠を見せた。

 魔法石に選ばれるのは水晶やアクアマリンなどの透明な宝石が選ばれることが多く、フローライトや翡翠などの不透明石はあまり人気ではなく適していないとされる。

 なんでも透明度が高いと魔力への適合がいいとか。……知らんけど。

 だけどリトナードは自分の翡翠のような瞳が大好きなのと、エミールの言いつけをしっかり守りたかったのであえて翡翠を選んだ。

 そのせいで杖職人はエメラルドやペリドットを用意していたらしく、すごく困った顔をしていたが。


「さすがリトナードだな。昔からお前だけはお利口さんだな。どっかのデカブツと違って」

「おい」


 ミシェルは腕を組んで嫌そうにしかめっ面になった。

 全く、この二人はいつから一緒なのやら。


「そうだ。まだフィルムは残ってるだろ? 今度はお前とリトナードの二人で撮れよ」

「いいのか? しかしこれは……」


 ミシェルが何かを言う前にリトナードは声を遮って頼み込んだ。


「お義父さん! ワタシ、一緒に撮りたい」


 いつの時代でも父親は娘の言うことに逆らえない。

 たとえ血が繋がってなくても。

 だからミシェルは照れるように頭を掻きながら言った。


「リトナードの好きにすると良い。これはお前のために借りてきたのだから」

「んじゃ、俺が撮るか。二人とも並んでー。ミシェルはもっと笑えよ」


 エミールが写真機の裏に回って指示を出してくれる。

 リトナードは照れるミシェルに近づいて、杖を彼のいない左手に持ち替えた。

 二人の身長差は激しく、横を向いたらミシェルの分厚い胸板しか目に入ってこない。

 正面を向いてでも入ってくるほどだ。


「ミシェル、少しかがんでくれ。お前だけ見切れちゃうぞ」

「こうか?」


 腰を屈めてミシェルはリトナードと同じ視線に合わせた。

 体幹がいいはずなのに腰がプルプル震えているのがなんだか面白くて、リトナードの口元がニヤけた。

 こうして幸せなひと時を過ごせたのは拾ってくれた養父のおかげだ。

 リトナードはこっそり感謝の言葉を呟いた。


「お義父さん、ワタシね、今が一番幸せかも。こうして誰かと一緒に笑っていられたのって、すごく嬉しいんだ。まるで故郷の村にいる時みたい。だから、拾ってくれて、助けてくれてありがとう」


「……私もだ。お前が来てから生活が楽しくなったし、あいつと関わる時間も増えた。感謝すべきは私の方だ」


「そう? なら、お互い様ね!」


 二人が自然と笑ったところを逃さず、エミールはシャッターをきった。


 その後、リトナードの家には額縁に飾られた彼女一人の写真と養父との写真、そしてエミールを含めた三人での写真が一番目立つところに並べられたのであった。

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