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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
第十章 アルネミアの祭日編
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【10−9】淡い日に僕らは揺れた

 目を開き、まっすぐ前を見て氷を蹴る。

 アトレは前に滑り出し雪の中の結氷で大きく旋回する。

 静かな観衆の中、アトレの氷上を滑る甲高い音だけが響く。

 そして腕を横に伸ばし身体を正面に向けて右足を強く振り上げた。

 アトレは空中で一回転半回って後ろ向きになって右足で着氷した。


(よしっ、アクセルはなんとか……)


 それから間髪入れずに左足のつま先を氷に立てて、高く二回転をして飛び上がった。

 アルネミアの服は袖がひらひらと舞い、アトレの髪がふんわりと動く。

 アトレが滑るたびに削られた氷はまるで水飛沫のように散り、積もった雪が粉のように舞った。

 腕を前に伸ばし、池を大きく使いながら助走をつける。

 後退しながら左足を内側に傾け、右足を上に振り上げる勢いで高く飛んだ。

 空中で二回転回って左足で着氷したその時、勢いを殺し切れずアトレはバランスを崩して転んだ。


(いった! ……でも、まだっ)


 すぐに立ち上がり、加速して滑り始めた。

 次は練習で一回も成功しなかった大技だ。

 何回も転んで胸を打ち、挫けそうになりながらもリュカはアトレを助けてくれた。

 そんな彼女にアトレが贈る、最後のプレゼント。

 池の縁を滑り、近くで見守るリュカ達の前を通る。

 彼女は青い瞳を輝かせ、監督のように期待に満ちた目でアトレを見ていた。


(ごめんなさい、アルネミア。これは、私の友達に贈りたいの。だから許して)


 本来、次の演目は池の中心で踊るはずだった。

 アルネミアに捧げる舞いは、観衆から離れて踊り子が一番目立つ中心で踊る。どこからでもアルネミアが踊り子を見れるようにと。

 だけどアトレは、リュカが見ることができる一番近いところでそれを踊った。

 十分に加速したアトレは左足を内側に傾け、右足で一瞬氷を蹴ってから振り上げる。

 そこから歯を食いしばり空中で横に回転すると、右足を氷に立てて着氷した。


(やった! 成功したわ!)


 左足を横に伸ばして、その場で何回も回る。

 長い袖が棚引いて髪が流れる。

 まるで水のように滑らかに、雪のように軽く、アトレは回った。

 足を戻し氷を蹴って滑り出すとき、アトレは右手の指先でそっとリュカの前髪に触れた。

 どうよ! もう心配はいらないわ! というように。

 リュカは若干驚いていたようだが、アトレの意図に気付いたのか目頭を熱くしてにっこりと笑った。


 それからアトレは時計回りに後退して旋回しながら、袖が氷についてしまうくらい胸を張って背中を反らせた。

 アトレが通った後は雪が煙のように舞う。

 魔法で雪を操るようにアトレの周りを妖艶に煌めいた。

 指先まで美しく。まるで本物のアルネミアのようにアトレは踊り続けた。

 雪を纏い、氷の上を優雅に滑る。

 思い出のように降り落ちたアトレの想いは、雪となってリュカに届くはずだ。そう思い続けて雪の踊り子は踊る。

 アトレは切れ切れの息の中、何回も、何回も飛んで、回って、回り続けた。

 そして池の真ん中でアトレはリュカを見つめながら止まり、足を踏み込んで左手は胸に、右手は空高く上げて雪に触れるように伸ばして夜の空を見上げた。

 その瞬間、周囲から拍手が飛んできた。


(私の想い、伝わったかな……)


 翡翠の瞳は明るく輝き、雪が微かに滲んでいた。


* * *


 舞の奉納が終わり、アトレが池から出ると真っ先にリュカがアトレの胸に飛び込んできた。

 そして肩に手をかけ、目を輝かせてものすごく嬉しそうにリュカは言う。


「アトレ! おまえすごいぞ!」

「ふふん。私だからできたのよ」


 自信ありげに言っているが、当の本人は勇気を出して転ぶの承知で飛んだから結構ビビっていたのだ。

 ただそんなこと言えるわけがないので最後くらいはとカッコつけている。


「お嬢様、お見事です」

「ありがとう。はあ……この五日間、地獄みたいだったわ」


 祭日が終わり、アトレには今までの苦労が全部滝のように押しかかってきた。

 急に左膝がヒリヒリするのでリュカを引き離して見てみると、赤く擦り切れ血が滲んでいた。

 どうやら動いている時は痛みを一切感じなかったらしい。

 一応衣装は借り物なので確認してみたが、どこも破れたりとかはしていなかった。


「アトレ、お前マジでなんでもできるんだな! お前にできないものなんてないんじゃないか?」

「魔法があるわよ。クシュン!」

「……寒くないのか?」


 確かにラスカの言う通り今のアトレはものすごく寒い。

 膝までの短いスカートに袖口の大きく開いたトップス。しかも上はインナーを着ていないからほとんどタンクトップみたいな感じだ。

 寒すぎて今更ながら鼻水が出てきた。


「寒い……早く着替えたいわ。でもその前に……」


 アトレは遠くから歩いてくる赤毛の老けた男と松葉杖の銀髪の少女に手を振った。

 町長のコルディエとクレスタだ。

 コルディエは両手で茶色い箱を抱えてゆっくり歩いてきた。


「お疲れ様です、アトレさん。報酬はこんなものでよろしいのでしょうか?」

「大丈夫よ。そうね、場所はここで良いわ」


 アトレがそう言うとクレスタは松葉杖と共に持ってきた木製の三脚を地面に置くと、コルディエがそれを組み立てて茶色い箱を上に置いた。

 そう、写真機である。

 黒いレンズの後ろで五人の写真を撮ってくれと言うのが、今回の報酬だ。


「やっぱりアトレが真ん中じゃないと。私はアトレの右な」

「アミュは左!」


 綺麗な巫女服のアトレを囲み、リュカとアミュが並んだ。

 その後ろにバルとラスカが立つ。

 背景はさっきまで滑っていた池だ。


「撮りますよー」

「みんな笑ってー」


 アトレの満面の笑みの後、シャッターの切れる音が響いた。

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