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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
第十章 アルネミアの祭日編
97/121

【10−8】そして、幕が開く。

 昼間はラスカ達と遊んで、気付けば夜。

 演目の時間なので着替えるためにアトレはリュカと共に役所に来ていた。

 更衣室には今日着るアルネミアの祭日の衣装があり、クレスタが座ってアトレ達を待っていた。


「おつー。どう? お祭りは楽しめた?」

「うん。おかげさまでね」

「んじゃ、衣装を着て最後の仕上げだね」


 クレスタがハンガーから白と水色の衣装を取り出して、アトレの身体に外から合わせた。

 肌の露出は少ないながらも全体的に大きめで、膝あたりまでのスカートと胸に沿ったラインの服だった。

 それはまるでエキュートのよう。


「実はエキュートの衣装って、この巫女服から着想を得てるんだ」

「へー、なんか嬉しいかも」


 アトレは上着を脱いで、履いていた青いロングスカートと白のセーターを畳んで巫女服に着替えた。

 着てみると思った以上に寒いし、胸元がなぜか寂しい。

 袖口は広く開いていて腕を動かすとひらひら動く。

 そしてリュカがアトレの着た衣装を入念に観察し、なぜか胸元をじっくり見つめてきた。


「うーん、結構詰めたつもりだったんだが、まさか着太りするタイプだとは……」

「ちょっとリュカ! 恥ずかしいんだけど!」


 こうやってジロジロ見られると、流石に見ているのがリュカでも恥ずかしく感じる。

 アトレは頰をあからめて狼狽えると、アトレの腰を抱くようにクレスタが捕まえた。


「ひゃっ!」

「はいはい動かないでー。リュカっち今のうちにやっちゃってー」

「任せとけ」


 リュカは机の上にあった裁縫道具を取り出すと、アトレの胸元を縫い始めた。

 糸がアトレの肌を滑ってくすぐったかったが、一瞬で衣装が締りアトレの身体に密着した。


「いやぁークレスタと身長が同じくらいだからそこまで弄るところが無かったんだけどなー……」

「小さくて悪かったわね!」


 アトレは「ふん」と言ってそっぽを向く。

 にしてもこの服はとても軽くて糸にほつれがないし、何よりも動きやすい。胸のスカスカ具合さえ気にしなければ完璧だ。

 リュカの手によってピッタリと着付けられた衣装をアトレは改めて観察した。

 これを着ていよいよ踊るのかと思うと急に緊張してきた。

 胸を抑えるといつも以上に心臓が速く、強く鼓動している。


「緊張してるのか?」

「うん。こういった形式の式典って久しぶりだから」

「そうか」


 リュカが咳払いをする。

 そしてエキュートはアトレを励ますように元気よく話し始めた。


「わたしもライブの時はいつも緊張してたよ。だけど、始まると案外『初めの緊張なんてどこ行っちゃったんだー!』って感じで全然っ! だから気楽にやりな、アトレ!」


 エキュートは微笑んでアトレの肩を軽く叩いた。


「うへぇ?! リュカっちってエキュートだったの?!」

「言ってなかったっけ? 私が本人だからな」


 アトレはいつもリュカに背中を押されている気がする。

 今だってリュカはアトレを助けてくれた。

 だから何か彼女に笑って安心してもらえるようなお返しがしたい。

(今日でリュカと過ごす旅は最後……なら!)

 深く息を吸い込み、そして吐く。

 リュカの言葉でどこか緊張していた心の糸が切れた気がした。


「リュカ! 私、もう大丈夫」

「……わかった」


 リュカは少しだけ黙り込むと、息をして口を開いた。


「完璧じゃなくてもいい。だからアトレ、楽しんできて」


「ふふっ、私に返ってきちゃった」

「じゃあ。私はあいつらのところに戻っているよ。<氷のおひい様>が来るってね」

「なんで知ってるの!」


 リュカは背中で手を振り更衣室を離れた。

 どこか堂々とした期待に満ちた背中だった。


「ほんと、二人って仲良いよねー」

「そう?」

「うん、長年の親友って感じ」


 確かに言われてみるとリュカはトスカみたいなノリの良さと、ラビナみたいななんでも話せる仲の良い友達感がある。

 まだ一緒に旅をして一年経っていないけど、ここまで心を許せたのはリュカの性格と母性みたいな優しさがあったからかもしれない。


「そうかも」

「それじゃ、うちらもリュカっちを驚かせちゃおー」


 するとおぼつかない足取りでアトレの後ろにクレスタは回り込んで、アトレの長くて綺麗な髪に触れた。

 そして丁寧に櫛で解かすと、耳の横で髪を編み始めた。


「やっぱりメインヒロインは誰もを振り向かせる存在じゃないと。いい感じに髪編んじゃうね」


 アトレはあまり自分の髪を結ったり編んだりしたいとは思わない。

 流している方が楽だから。

 でも今回はリュカが指導してくれて見守ってくれた。

 なら最後くらいは見守らせたくない。

 ちょっと意地悪してもいいかもと思った。


「でけたー。鏡でみる?」

「うん」


 クレスタが手鏡でアトレの後ろ髪を見せた。

 耳の横の髪を編み込んでハーフアップにして、簡単に白いリボンで留めてあった。


「可愛い……」

「おしゃれは女子の基本だからねー。アトっちも極めたら化けるぞー」

「旅人はおしゃれしないの。でもありがとう」


 アトレは結ってある髪を崩さないように優しく触った。

 この感覚を覚えておきたいからだ。

 それから口紅を塗ってスケート靴を履く。

 本番用はまるで氷みたいな色のローファーのような靴で、気をつけないと脱げてしまいそうだ。

 細部に施された氷のようなレースを見るに、どうやらこれはアルネミアの祭日用の特注品らしい。

 ちなみにこれもクレスタのを借りている。


「では、行きましょう」

「おっけー。うちは外から町長と見てるから頑張ってね」

「ありがとう。じゃあね、クレスタ」


 長い廊下を歩き、温かい玄関を抜け、雪が舞う夜のロシュチカに足を踏み入れた。

 雪の中を進んで、綺麗に整えられた氷の舞台にアトレは立つ。

 静かな空気の中、アトレの整った息だけが聞こえる。

 目を閉じ、足を交差させて胸に手を置いた。

 深く、息をした。


 そして、幕がく。

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