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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
第十章 アルネミアの祭日編
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【10−7 】やっぱり香ばしい匂いには逆らえない

「君たち、温かいスープはいかが?」

「アミュ、スープ欲しい!」


 二階建ての玄関先に立つ小太りのおばさんから、白い陶器のカップに入ったコンソメのスープをアミュが赤い手袋越しに受け取る。

 同じスープをアトレも貰った。


「今日は雪だねぇ。女神様の祝福が在らんことを」


 アトレはペッコリとお辞儀をした。

 アルネミアの祭日では誰もが温かいスープをもらえる。たとえ旧貴族でも魔族でも猫でも。

 それはアルネミアからの温かい贈り物であり、祝福を分かち合う住民からの心遣いでもある。


「温かいわね。次はどこに行こうかしら」


 手にじんわりと温かさが伝わるスープを一口飲んだ。

 チラチラと降る雪は時折スープに入って結晶を残しながら消える。

 アルネミアの祭日の雪は特別だ。


「お嬢様、あちらに屋台が立ち並ぶ道がございます。行ってみますか?」

「うん、行ってみたいわ」


 バルは人が行き交う石畳の小道を指差した。

 基本的にアルネミアの祭日には住民が軒先で商売やスープ配りをすることが多い。

 大規模な屋台街では住民の他、行商人や街の外から来た人が商いをしている。

 だけど軒先以外の屋台の出店は前日と当日の二日間のみと決められていた。

 だからロシュチカの屋台街は短期間によりどりの品や食べ物が集まるため、観光客に人気の施設となっているのだ。

 しかし、アトレは練習の日々で当日以外休みがなかったので初めて屋台街を訪れることになった。


 屋台街に入るとやや広めの道の両端に、色とりどりのたくさんの屋台が立ち並ぶ。

 まるでコルネイユの屋台街のようだったが、あちらは固定屋台なのに対しこちらは簡易屋台でテントが多い。

 そんな人混みの中少し歩くと、なにやら小さい銃声のようなものが聞こえてきた。


「この音は?」

「射的だな。俺も昨日やったぜ。結構難しいんだ」

「やってみてもいい?」

「おう。アトレさんの実力見せてもらわないとな」


 ラスカに言われて腕がなったアトレはその勢いのまま射的をやってみることにした。

 店主からコルク弾を飛ばす木製の銃を受け取り、銃口に弾を込めた。


「どれに〜しようかな〜」

「アトレお姉ちゃん、アミュ、あのいのししさん欲しい!」


 アトレは右上にあった両手くらいの大きさのいのししのぬいぐるみを見た。

 おそらく当てれば景品がもらえるのだろう。


「あのいのししね。取ってみるわ」


 いのししの胴に銃口を向けた。


「いけ!」


 引き金を引くと乾いた音と共にコルクが発射される。

 それは一直線に飛び、見事にいのししに命中した。


「当たった! 当たったわ!」

「お嬢さん、残念だが落としたらゲットだ」


 タオルを頭に巻いた店主の男は椅子に座りながら言う。

 なんか裏切られた気分だ。


「次こそは……」


 安定するように肘をテーブルにつけてコルクを詰める。

 深呼吸をしてから狙って今度は頭に銃口を向ける。

 若干不貞腐れながらも強く引き金を引いた。

 コルクはいのししの頭に当たったのだが、それは軽く動いただけで倒れる素振りなんて見せない。


「ああもう! 当たったのに!」

「ハハッ、あと三発もあるじゃないか。まあ頑張りな」


 店主の乾いた笑いがどうも鼻につく。

 ムカついたアトレはムスッとしながらバルに銃を渡した。


「じいや、出番よ」

「わたくしですか? まだお嬢様は二発しか……」

「いいからやりなさい。私よりあなたの方が取れる気がするから」

「かしこまりました」


 バルが銃を受け取ると辺りの空気が変わった。

 完全に狩る側の空気だ。


「……いきます」


 引き金が引かれてコルクが飛ぶ。

 それはいのししの頭に当たったが、アトレよりも大きく動いただけで一向に倒れそうにない。


「お嬢様、申し訳ございません」

「じいやでもダメならもう諦めるしか……」


 チラリとアミュの顔を見る。

 彼女はもう泣きそうな顔でアトレを見つめていた。

(そんな顔で見られたら諦められないじゃない!)

 アトレが頭を抱えて悩みかけていたその時、乾いた音と共に何かが落ちる音がした。

 音の方を見るとリュカがアトレの銃を持って前のめりになって撃っていた。


「ふふん。どうだ、見たか!」

「す、すごい。本当に落とすなんて……」

「おまえらはちゃんと構えすぎてるけど、これは玩具だ。反動がないし威力も弱い。だからこうして——」


 そう言いながらリュカは小さな箱を狙った。

 小柄な彼女は片足を浮かせて目一杯腕を伸ばして銃口を箱に近づけると、片腕で箱の頭を撃ち抜いた。

 すると箱は綺麗に倒れて後ろに落ちた。


「威力が一番出る銃口で打つと簡単に倒れる。これが射的の基本なんだ」

「いやぁ相手が悪かったな。ほら、景品のいのししと揚げたパンの耳だ」


 どうやら倒した箱の景品はパンの耳だったらしい。

 リュカは景品を店主からもらうとアミュにいのししを渡した。


「取ったのがアトレじゃなくてすまなかったな。ほら、欲しがってたいのししだ」

「うわぁー! ありがとう、リュカお姉ちゃん! それとアトレお姉ちゃんとじいやも!」

「俺は俺は?」

「ラスカお兄ちゃんはなにもしていないからないよ」


 アミュは受け取ったいのししを大事そうに抱きしめながら言った。

 アミュも随分辛辣なことを言うようになったもんだ。

 それにしてもさっきからずっと美味しそうな揚げ物の匂いがする。

 匂いに釣られてアトレの足が勝手に動き、バルたちの元から離れた。

(足が勝手に動いているだけ……)

 気がつくと両手には馬鹿みたいに長いポテトと骨付きのチキンを持っていた。


「ん〜、美味しそう……」

「お嬢様、どこに行ってたんですか! って、またそのようなものを買って!」

「いいじゃない。ほら、じいやにもポテトあげるから」


 アトレが勧めると困ったようにバルはポテトを一本受け取った。

 これで買収成功だ。

 アトレは安心して胡椒がかかったチキンを齧るとラスカの声が聞こえてきた。


「あっ、いたいた。また食べ物買ってるぜ、あのお嬢様」

「結構うまそうだな。私も食べたくなっちゃった」


 これはリュカも引き込むチャンス。

 みんなで食べればアトレも怖くない。

 だからアトレはわざと美味しそうに目を閉じてポテトを食べた。

 するとジュルリと涎を啜る音が聞こえてくる。

 ここまで来ればもう一息。


「やっぱり揚げたては最高ね」


 最高の誘い文句だ。


「…………! 店主、私にも!」


 アトレからの強烈な誘惑に耐えきれなかったリュカはついに手をあげてチキンを頼む。

 これでリュカも共犯者。

 よってアトレは堂々と屋台飯を食べることができる。

 そしてリュカは馬鹿みたいに長いポテトを持ってすぐに戻ってきた。


「アトレ! おまえのせいで買っちゃったじゃないか!」

「私はただ食べてただけですー」


 おちょくるように言うと、アトレはチキンをかぶりと齧った。

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