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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
第十章 アルネミアの祭日編
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【10−5】炎スライムに負けるのはこれで二回目

 アトレがアルネミアの祭日の巫女に決まった次の日、彼女はリュカと共に昨日の役場に向かった。

 リュカと向かう理由はアトレ用に演目を再編するためと、アトレのコーチをするためだ。

 経験者のリュカがいるとはいえ、アトレには不安なことがたくさんある。

 まず、祭日まであと五日しかないってことだ。どんなに運動神経が良いアトレでもこの日数の少なさは無理がある。

 そしてもう一つがロシュチカにはスケート用の池が中心の一つしかない。だから練習しようにも、一般の人がいるせいで通し練習ができない。

 要するにアトレは時間も場所もない無理難題を受け入れてしまったのだ。


「どうしよう、リュカ。私できるかなぁ……」

「大丈夫じゃないか? アトレだし。もし失敗したら私が飛び込んで助けてやるからさ」

「私をなんだと思ってるのよぉ…………」


 珍しくグズグズ泣きべそをかいているといつの間にか役場の温かい室内に入っていた。

 そして気付いたら外の池で滑っていた。

 まるで気絶をしていたかのように記憶が飛んでいたのだ。流石にアトレ自身でも驚いた。

 それだけでどれほど体が拒絶しているかがよく分かる。

 それでもアトレはなんとか二回転まで飛ぶことができた。


「やめたい……美味しいもの食べたい……」

「やるって決めちゃったんだからしょうがないだろ。むしろ二回転跳べてる時点でもっと自分を褒めるべきだ」

「そーだよー。アトレちゃんセンスありありだから大丈夫だって」

「でもぉ…………」


 正直リュカがやってもバレないんじゃないかとアトレは考える。

 だって神様からしたら人間の年齢なんてしょうもないはずだ。どうしてあの時自分はノリノリでリュカの年齢を証明してしまったのだろうと思う。

 その上振り付けには魔法を使う動作もあるときた。水を作り出したりするごく簡単なもの程度なのだが、アトレにとって一番の障壁だ。

(魔法は水鉄砲とかで誤魔化そうかな)


「さてアトレ、次は一番の難敵だぞ。前向きに飛ぶジャンプなんだが、アトレはシングルでいいぞ」

「ダブルじゃないの?」

「ダブルは……私でも難しい……」


 あのリュカが難しいというなら相当なものだろう。

 アトレは壁際に寄ってリュカのジャンプを観察することにした。

 すると外から柵に寄りかかってみていたクレスタが、のんびりとした口調で残念そうに話し始めた。


「リュカちゃん、もったいないよねー」

「もったいないって?」

「だって、三十歳で三回転が飛べるんでしょー。しかも、十年以上もブランクがあって。今頃すごい選手になってたかも」

「そうなの? もしかしたらアイドルをやってたからきっと飛べるんじゃないかな」

「あーね」

「ほら、アトレ飛ぶぞー!」


 クレスタから目を離しリュカを見ると、彼女は前向きで飛び上がり一才のブレなく一回転半を飛んだ。

 着氷時に舞う氷も計算されたかのように美しく跳ね上がる。

 確かにクレスタの言う通りかもしれない。

 リュカは一般人にしては上手すぎるしほとんど選手と言っても過言ではない。リヴィエールの人がみんなそうなのかもしれないが、彼女はちょっと異常な気がする。

 アトレがそんなことを考えていると、いつの間にかリュカは近くに戻ってきていた。


「どうだ? あれを本番で二回決めるんだ」

「確かに見てるだけで難しそうわね」

「やってみる?」

「うん。あっ、でも……」


 その時、アトレのお腹が猛獣のように鳴り響いた。

 一瞬で時間が過ぎたかのように感じていたが、一応朝から練習してきたのだ。すでにアトレの腹は背中とくっついている。


「あはは。アトレちゃんのお腹、動物みたーい。んじゃ、お昼、行く?」

「行きたい! やっと自由になれるわ……」

「ならクレスタ、あのお店はどうだ? ここの名物だし」

「うちは賛成。リヴィエール名物のあの店でしょ」

「あの店?」


 アトレだけイマイチピンときていないが、リヴィエール名物というのでどんな店なのか楽しみだ。

 きっとジビエや鍋料理なのだろうか。

 楽しさを胸にアトレは出口に向かった。


* * *


 ロシュチカの中心から少し東に進んだところに小さな一軒家の飲食店があった。

 まだ昼前なのに店前にはずらりと人が並んでいる。

 アルネミアの祭日だから観光客が多いのだろう。

 なんとなくだがヴァランシエンヌの串焼き屋を思い出す。

 

「そうそう、アトレちゃん珍味とか大丈夫?」

「珍味? 私は美味しかったらなんでも食べれるわよ」

「なら問題ないね。あっ、次うちらじゃん」


 松葉杖をついてゆっくり入るクレスタに続き、アトレは引き戸の店の中に入った。

 小さな店内はカウンター席が五つとテーブル席が三つ。中は思っていた以上に狭かった。

 怪我人のクレスタがテーブルの向かいに座り、アトレはリュカの隣に座る。

 店内を見渡すと香ばしい匂いはほとんどしなく、半透明の団子や真っ赤な餅のようなものをタレにつけて食べている人が大半。

 アトレは不思議に思いメニューを見ると初めて見るものばかり。


「水スライムの生団子に、炎スライムの丸焼き……デザートには草スライムのアイスがおすすめですって……?」


 アトレは斬新すぎるメニューに驚いているのだが、隣と向かいの二人はどうやらそうでもないようだ。

 むしろ当然と言わんばかりにメニューを吟味している。


「んじゃうちは、炎スライムと冬野菜の小鉢鍋と草スライムジェラートにしよっかな」

「私は激辛! 炎スライムパスタと雷スライムアイスにするわ。久しぶりにリヴィエールの激辛飯が食べたくなっちゃった」


 リヴィエール育ちのリュカとクレスタがスライム料理を連呼しているのを見て、アトレはまるで自分がおかしいかのように思い始めた。

 だって、スライムなんて普段食べるような代物じゃないし、それを当然のようになんか食べたりしない。

 ほとんどゲテモノじゃないか! 美味しいらしいけど。

 これにはいくら大食漢で好き嫌いがないアトレでも、スライムには若干引く。

 顔を引き攣らせてメニューを見ていると、不思議そうにリュカとクレスタが尋ねる。


「どうしたアトレ。おまえの好きそうなものがいっぱいあるじゃないか」

「うちのおすすめはねー、水スライムの透明プルプルプリン」

「……ねえ、ここってスライム以外の料理ないの……?」

「無いな」

「無いねー」


 一秒の間もない即答だった。

 これは腹を括るしかないのか。

 逃げ場がなくなって困ったアトレは、リュカと同じ『激辛! 炎スライムのトマトパスタ(甘口)』とクレスタおすすめの『水スライムの透明プルプルプリン』にすることにした。

 甘口にした理由はリュカ曰く、食べると口から火が出るくらい辛いらしいのだ。


「大将ー! 炎スライムと冬野菜の小鉢鍋一つと、炎スライムパスタの標準と甘口一つずつ。それに草ジェラートと雷アイス、それに水プリンよろー」

「あいよー」


 慣れた感じでクレスタはスラスラと注文する。

 さあ、今からは心の準備をする時間だ。

 スライムを食べるのは初めてなので心臓をドキドキさせて、律儀に料理を待った。

 そして数分後。


「あい、お待たせ。鍋とパスタ二つね。こっちの真っ赤な方が甘口じゃない方ね。デザート類はこっちに置くから」

「ありがとうございまーす」


 店主は土鍋と真っ赤なパスタをアトレ達の前に置き、デザート類をクレスタの横の空いているテーブルに置いて厨房に戻った。

 リュカがアトレの前にあまり赤くない方のパスタを渡す。

 ついに、アトレの炎スライムパスタ(甘口)がやってきたのだ。

 こがね色の麺の上に乗るのは真っ赤なトマトソース。その中にある細長くささがきにされた赤い何かがおそらく、炎スライムなのだろう。

 アトレの思った以上に見た目は悪くない。

 それからクレスタの土鍋を覗くと辛そうな真っ赤なスープの中に、青々とした葉野菜や豆腐、そして団子状の赤い何かが入っていた。多分これもスライムなのだろう。

 クレスタはスプーンを取り出すと真っ先にスライムの団子を乗せた。


「いっただっきまーす。あむっ、からーい」

 

 そのまま一口でパクリと真っ赤なスライム団子を食べた。その瞬間、顔が真っ赤になって文字通り口から火が出た。

 アトレの横ではリュカがフォークで絡め取った緋色のソースと麺を口に入れる。

 そして彼女もクレスタよりも大きい炎を口から出した。

 だけど二人とも辛そうにはしているが、なぜかとっても楽しそうな表情を浮かべていた。


「おいアトレ、早く食べたほうがいいぞ。じゃないと麺がソースを吸って辛くなっちゃうよ」

「わ、わかった。……うぅ、いただきます」


 リュカとクレスタを観察していたアトレはいつの間にかボーッとしていた。

 リュカに言われて急いでフォークを持ち、麺とソースを絡め取って恐る恐る口へ運ぶ。

 麺の質素だけどソースを引き立たせるベースに、トマトの酸味、その後に来るピリッとした炎スライムの辛さと、畳み掛けるような強烈な辛さ。

 咳き込む前に息が出て、その息には少し真っ赤な炎がかかっていた。

 これでも一応、甘口なのだけれども。

 そんな奇天烈な料理だけど、とっても楽しく美味しい。

 思わず笑みが溢れた。


「ふふっ、すごく美味しいね」

「そうだろうそうだろう。スライム料理ってのは奥が深いのだ」


 リュカが目を閉じてドヤりながらうんうん頷く。


「もう一口っ。…………、辛いわ!」


 声と共に先ほどと同じくらいの大きさの炎がアトレの口から出る。

 もちもちのスライムは噛めば噛むほど辛さが増し、火も強くなる。

 食べ物で遊んではいけないと教えられてきたけど、リヴィエールのスライム料理はまるで食べながら遊んで楽しむためにあるみたいだ。

 しばらく食べ続けると辛さに少し慣れてきたので、アトレはリュカのパスタも食べてみたいと思った。


「リュカ、私もそっちのパスタ食べていいかしら?」

「いいけど、後悔するなよ?」


 パスタを少し絡めて口に運ぶ。

 標準の辛さはいかほど。


「……! い゛っ゛た!」

「早く水飲め! 消火だ消火!」


 リュカに言われるがまま水を飲み干す。

 文字通りアトレの口から出てきた激辛の業火は、水をかけたことでジュンと言いながら鎮火した。

 これは食べることを後悔する味だ。

 食べた瞬間に舌を焼き切るような強烈な辛さがアトレを襲い、全身が汗でだらだらになる。

 アトレが辛いものに弱いわけではない。このパスタが異常なのだ。

 

「ゴホッゴホッ。うぅ、辛すぎるわ……」

「エーベル育ちにリヴィエールの飯はちょっとキツイか」

「そうだねー。うちらは慣れてるから身体がポカポカするだけだけど」

「あれで……ポカポカ程度……?」


 アトレは今、真夏並みの暑さに悶えている。

 どうやらリヴィエール育ちにとってはあれが少し辛いもの程度にしか感じないらしいのだ。

 しかしひりつくような辛さだったけど、素朴だった麺にしっかり絡んだ激辛スライムソースはクセになるようなコクの深さだった。まあ、二度と食べたくはないが。

 次に自分のパスタを食べると、もはや味がわからないほど舌が麻痺してしまっていた。

 炎スライム、恐るべし。

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