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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
第十章 アルネミアの祭日編
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【10−3】スケート教室

 スケート靴を履いたアトレはビビるラスカの手を引いてエスコートしながら氷に入った。

 昔バレエをやっていたアトレは、バレエの講師に連れられてスケートをさせられたことがある。

 だからリュカほどではないけど、軽く飛ぶくらいにはスケートができる。

 それでラスカに柵に掴まって滑るよう指示し、危なげなく滑れるアトレは後ろ向きで彼を見守った。


「マジで、バランスが取れねぇ……飛行魔法の方が楽だぜ」

「そうなんだ。あーあ、私も飛べたらなぁ」


 アトレだけが使える不思議な魔法——ヒカリエがいつでも使えたらとアトレは羨ましく思う。

 あれから半年近く経つが、ヒカリエは疎か、一向に水すら出すことができない。

 早く魔法が使えるようになりたいものだ。


「にしても、アトレって魔法以外なんでもできるよな。正直羨ましいぜ」

「昔、お父様に散々習い事をさせられたからね。バレエから剣術、それに馬術も少しならできるわ。あと、ヴァイオリンも家にあったからちょっとだけ弾けるわ」

「マジかよ……お前って掘れば掘るほどいっぱい出てくるよな。そこまで多彩だと羨ましいぜ。そういえばバルさんは?」


 確かに、氷に入ってから転びそうなラスカしか見てなかったから、バルの行方が分からない。

 辺りを見渡すと、かすかにアトレを呼ぶ声が。

 その声はラスカの遥か後ろから聞こえてきてアトレが少し内側に入って奥を見ると、生まれたての子鹿のように柵に掴まってプルプル震えるバルの姿があった。

 アトレは氷を蹴って素早くバルのところへ向かった。


「お、お嬢様……助けてください……」

「じいや、みっともないわね」

「申し訳ございません。スケートなんて久しぶりでして……」


 あのスーツをがっちり着込んで、常に非の打ちどころがないバルがまさかスケートがここまで下手だとは。

 そのギャップに思わずアトレは口元が緩み、腹を抑えて笑ってしまった。


「ふふっ、ははっ! まったくもう!」

「笑ってないで助けてください!」

「はいはいっ」


 目から出てきた涙を指で拭き取り、バルの手を掴んだ。


「ほら、へっぴり腰になってるからもう少し姿勢良くしなさい。あとは前を向いて、氷に対して刃は向かってハの字」

「こう、ですかね?」

「そうそう。それで重心は土踏まずね」


 アトレの指示通りにバルが身体を動かすと、さっきまでの子鹿は大人になった。

 まだアトレに身体を預けている気もするが、それでも手を離してもいいくらい滑れるようになってしまった。きっと、長年の執事職で身体の使い方が上手いのだろう。


「ほら。私がエスコートするからついてきなさい。ラスカは後ね」

「うい」


 アトレはバルの手を引っ張りながら、池の中へと進路を変えた。

 身体はバルの方を向いているが、たまに後方を確認してぶつからないよう見ながら滑った。


「懐かしいわね。ずっと前に、じいやにダンスの練習をしてもらったこと、今でも覚えているわ」

「あの頃は大変でした。お嬢様が何回もわたくしの足を踏んでわたくしのせいにしたこと、今でも忘れられません」

「それは忘れてよ!」


 頬を紅潮させ、アトレは恥ずかしそうに言った。

 このまま回転して投げ飛ばしたいくらいだ。

 バルは視線を少し下のアトレに移すと、なぜか安心したかのように微笑んだ。


「本当に、大きくなりましたね。アトレお嬢様……」

「おかげさまでね」


 アトレも同じように微笑み返すと、バルの手を離してその場で小さく一回転しながら飛んだ。

 その頃にはバルは地面のように安定して氷の上を滑れるようになっていた。

 本当に飲み込みが早い男だ。

 アトレはもう心配ないと思い、もう一人の子鹿——ラスカの元へ向かった。


「まったく。今にも死にそうじゃない」

「滑れる方がおかしいんだ」

「もっとお尻を引きなさい。で、足はもっとハの字にするのよ」


 ラスカが言われた通りにすると少しはマシになったが、やはり怖くて柵から手を離せないようだ。

 後ろ向きになってアトレはラスカの前から見ているが、彼の体格からして一番上達しそうなのに一番下手なのは不思議だ。

 おそらくアミュの方が上手くなるだろう。

 アトレがラスカの生態を観察していたその時、彼は大声を張り上げてアトレを止めた。


「アトレ、後ろ!」

「ひゃっ!」


 アトレは後ろを振り向く間もなく、背中で子供とぶつかった。

 前を向いていなかった自分が悪い。

 腰をさすりながらアトレは後ろを向く。


「いたた……ごめんなさい。怪我はない?」

「あっ、アトレお姉ちゃん……ごめんなさい、アミュ、止まれなかった」


 ぶつかった子供がアミュでよかった。

 アミュは涙目で赤い手袋越しに息をかけて痛さを和らげようとしている。

 だけどアミュは今リュカが見ていたはずでは?


「アミュちゃん、リュカと一緒じゃないの?」

「そう! 実はね、リュカお姉ちゃん連れてかれちゃったの。それでね、アミュが教えにきたの」


 そう言ってアミュは「あっち」と、池の外側にある赤い屋根の細長い大きな家を指差した。

 その先では今まさに、ベージュのコートを着た男性に手を引かれて、リュカが何かを叫びながら家の中に連れ去られていた。


「アトレー、バルー、ラスカー、助けてくれー! なんだったらアミュでもい——」


 リュカの抵抗虚しく、扉を閉められて建物の中に連れ込まれた。


「……これは、助けた方がいいかしら」

「あれ見て助けない奴なんていんのか?」

「確かに。一応行ったほうがいいわね。じいや、一回出るわよ」


 バルに出るよう指示すると、アトレはアミュの手を引いて出口まで滑り出した。

 一方、自分だけ滑れなくて置いて行かれたラスカは、嘆くような断末魔を出してアトレに助けを求めた。

 アミュはアトレの補助で滑っているのに、置いて行かれた自分は柵に掴まっても進めないのだ。


「アトレー! 俺を置いて行かないでぇ……」

「自分で来なさい!」

「日が暮れちまうぞ……」

「まったく。後で拾いに行くからー」


 そっけない返事をして、アトレはアミュを連れて出口に向かう。

 それから素早くラスカのところまで滑ると、腕を引っ張って連れ帰った。


「ありがとー…………」

「後でデザート奢りね」

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