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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
第十章 アルネミアの祭日編
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【10−2】デジャヴ

 雪がチラチラと降る中、赤いニット帽を被った猫耳の女性は周囲から目を惹かれていた。

 氷の上で手足を自由自在に操り、まるで彼女だけ別の世界にいるように感じられるようなスケートであった。

 さらに、周りに誰もいない空間で左足のつま先を使って飛び上がり、空中で三回転を飛ぶ姿はまるで氷上の踊り子(ネイティブダンサー)のように美しく、一つの演目を見ているようだ。

 そんなお手本のように回って着氷した彼女は、池の外側の柵で見惚れていたアトレ達の元へやってきた。

 ニット帽を外すと、猫耳がひょっこり現れる。


「どうだ? これが私の実力だ」

「凄い、としか言い表せないわ……」

「リュカお姉ちゃん、いっぱいくるくるしてた!」

「……トゥーループですか」


 バルが突然ボソリとよくわからない単語を呟いた。

 だがそれに反応したリュカは目を輝かせて「ジャンプがわかるのか?!」と、嬉しそうにはしゃぐ。


「少しですが。以前、ルミネお嬢様をご懐妊される前にカルミア様がスケートを見たいと言われまして、それで少し勉強したことがあります」

「お母様は昔から自由な人だったのね……」

「トゥーループはジャンプの中でもまだ簡単な部類なのですが、リュカ様の三回転はなかなかできるものではありません」

「へー凄いな。魔法とかで回ってるわけじゃないんだな」


 ラスカの言う通り、魔法で飛んだら何回転も飛べそうであるが、リュカは飛行魔法なんて使えないので本当に彼女の実力のようだ。

(疑ってるわけじゃないけどね。でも、あの滑りを見たらちょっと自信無くすわね)

 いよいよリュカにできないウィンタースポーツなんてないように思えてきた。

 それに彼女はこの街のことを熟知しているらしい。

 昨日は話してくれなかったので、アトレは今しかないと思い尋ねた。


「そう言えば、昨日スケートをする話をした時、あなた二十年前のことを呟いていたわよね。それって、昔来たことがあるのかしら」


 リュカはパチンと指を鳴らす。

 どうやらずっと聞いて欲しかったみたいだ。


「ふふん。やっと聞いてくれたか。実はな、私、ここの巫女をしていたんだ」

「巫女? 巫女とスケートのどこに関係があるのかしら」

「それを説明するにはちょっとだけ歴史の授業をしないとな。エミュレット先生の話を聞きたまえ!」


* * *


 昔、昔。これは竜がいた頃の話である。

 その頃の今で言うラトゥール共和国には天界から神が何人か遊びに来ていた。

 例えばエーベルには豊穣神のケレースがいて、今のリヴィエールには雪の女神アルネミアがいた。

 アルネミアはケレースと違いあまり人前に出ない性格だった。

 俗世に降りて来ても山奥でひっそりと暮らし、人間と滅多に会わなかった。

 そして彼女は冬が来ると人間に冬の訪れを知らせるためか、はたまた気まぐれなのか、このリヴィエールの地に雪を降らせた。

 そのおかげでリヴィエールに住んでいる人々は雪で冬支度をし、農業ができない季節に雪で遊び、怪我を治すために治療魔法が発達しましたとさ。

 めでたしめでたし。


——ちょっと! 巫女とスケートが一言も出なかったわよ!

——そうだったか? 少し端折りすぎたな。


 山にこもっていたアルネミアが何をしていたかと言うと、実は彼女は雪を楽しむ人々の生活を眺めて暇を潰していた。

 彼らは氷の上を滑ったり、雪の上を滑ったり、温かい暖炉の近くで音楽を楽しんでいた。

 特に音楽は遠くにいてもアルネミアの元へ届いた。それが冬の風物詩でもあり、不思議と楽しみになっていた。

 ある時、ケレースが彼女の元を風と共に訪れて、街に行こうと誘った。

 アルネミアは騒がしいところが好きではないけど、冬の音楽は好きだったのでもっと近くで見たいと思い現在のロシュチカに向かった。

 そこでは山奥まで聞こえていた冬の音楽や、温かいスープを飲む子供達の笑顔など、アルネミアが見たかったものがたくさんあった。

 ケレースと街を歩いていると突然、アルネミアは温かい玉ねぎのスープを男から受け取った。

 どうすればいいか困惑していると、男は優しく答える。


『このスープは雪の女神が齎してくれた恵みです。あなたにも女神様のご加護を分けたくて配っているのです』

 

 これは素直に喜んだ方が良いかと考えていると、同じくスープをもらったケレースは「ありがとうお兄さん。とってもあったかいね」と嬉しそうに伝えた。

 それなら自分も喜んで受け取っていいのかもしれない。


『あ、ありがとう。温かいね』

『礼なんていいさ。女神の加護が有らんことを』


 ほんの少しだけもじもじしながらも、アルネミアは感謝を伝える。

 そして、人間は自分が思った以上に優しくて楽しい生き物だと改めて感じた。

 そのことに気付けたのも友人のケレースのおかげだ。

 スープを一口飲むと、嬉しいそうに笑顔でケレースに言った。


『ケレース、ありがとう。私、もっとこの街にいたいかも』


 アルネミアはケレースと街の人にお礼として池を作り、雪が降る中、凍った池の上で滑らかで優雅な踊りを披露した。

 雪のように白く、氷のように透き通った彼女の髪は、動くたびに見ている人を魅了し、瑠璃のような深海の瞳はケレースを惹きつけた。

 そしてもっと人間の生活に触れてみたいと思ってロシュチカに移り住むことを決意し、山奥へ引っ越しの準備をしにこの日は帰った。


 準備をしながらしばらくして、世界から竜が消えた。

 だけどそれは、友人のケレースが自身の命を持って手に入れた平和であった。

 ケレースが亡くなったことを知ったアルネミアはひどく悲しみ、山に篭ってしまい一ヶ月もの間吹雪を降らせてしまった。

 果てのない喪失感の中、彼女は何を思い立ったのか一人で雪に埋もれかけているロシュチカの街に降りた。それはきっと、自分が踊ればケレースが来てくれるかもしれないと信じて。

 そして、亡き友人と心を開かせてくれた住民のために作った池で踊り続けた。

 次第に住民が集まって彼女の踊りを見にくるが、そこにはケレースの姿はなかった。

 何日も踊り続けて彼女を探したもののついに諦めたアルネミアは、友人に自身の居場所を知らせるための冷たい風が纏う吹雪を止ませ、ついに氷を割って池に飛び込んだ。


 春が来て雪と氷が溶けてから住民はアルネミアの遺体を探したが、池には何も残っていなかった。

 それから冬が来ても、リヴィエールには雪が降らなかった。困った人々はこの話を広め、彼女が身を投げた日に氷の上で少女が踊りを捧げ、アルネミアを慰めようとした。

 アルネミアは人間の十代後半の姿をしていて、リヴィエールのケレースは十代前半の姿をしている。

 だからケレースや彼女と同じ年頃の少女を踊らせることで、アルネミアを少しでも慰めようと言う人々の些細な贈り物だった。


 そして運命の祭日、当時アルネミアが着ていたような美しい羽衣に身を包み、少女の踊り子が氷の上で踊った。

 アルネミアに匹敵するほど美しい踊りではなかったが、少女は踊り続ける。

 すると、真っ白で大粒の雪が降った。

 それに喜んだ人々は家に溜めてあったスープを温めて飲み交わし、音楽を奏でアルネミアとケレースが再会できることを願った。

 その日から何百年以上も経ち、現在まで続いたこの日は「アルネミアの祭日」と呼ばれ、彼女が身を投げてケレースと再会したと言われる日には必ず雪が降るようになったとさ。

 めでたし、めでたし。


* * *


「と、言うわけだ。それで私は昔、ここで巫女をやったことがあるから、スケートが上手いってわけ」

「なんとなくわかったわ。にしても、ケレースが出てくるとは思わなかったわ……」


 どうやらアルネミアの祭日はロコモアの女神祭と話が繋がっているようだ。まさかのケレースが出てきたことも驚きだ。

 それに風が豊作をもたらすのも、雪が豊作を知らせるのも話の中身として似ている気がする。

 この話を聞くとリヴィエールの人々が雪が好きだと言うことがよく分かる。


「おまえ達はロコモアにも行ったことがあるんだろ?」

「そうだな。あっちも似たような話だったけど、ケレースの姿がここ違ったり、普通に竜がいたりで散々だったけどな」


 ラスカは苦笑いしながらいい思い出だと言う。

 アトレは確かにケレース本人と出会ったが、竜だけはもうたくさんだ。

 

「そろそろ私も滑ろうかな。……あれ、アミュちゃんは?」


 一番滑りたそうだったアミュはすでにアトレの近くにいない。

 心配になって辺りを見渡すと、リュカが親指を後ろの氷に立てて奥を指した。

 その指の先ではアミュがスケート靴を履いて、すでに滑っていた。


「アミュは私の話が嫌になってすでに滑ってるぞ」

「あはは! 楽しー! うべっ、お尻いたぁいー!」


 柵に掴まって危なげそうに滑っていたが、案の定手を離した瞬間尻餅ついて転んでしまった。


「あーあ。ちょっとアミュのとこ行ってくるから、おまえたちは滑っていてていいぞ」


 それだけ言い終えると、リュカは一切のぶれなく滑ってアミュの元へ向かった。

 やはり彼女はプロだ。アイドルをやっていた分体幹がしっかりしている。


「それじゃ、私たちも滑りましょう」

「いいけど、俺、少し怖くなってきたぜ」

「転んだらじいやが助けてくれるわよ」

「わたくしにお任せを。ですが魔法はダメですよ、ラスカ様」

「俺をなんだと思ってるんだ……」


 バルにも少し雑に扱われるラスカにアトレはつい口元を緩めてしまった。

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