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魔法が使えない魔女は旅に出る  作者: 宮坂 たきな
第十章 アルネミアの祭日編
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【10-1】新しい出会いは友との別れ

 だだっ広い平原の中に木の小さな看板がある。


『この先、リヴィエール地方』


 ついにアトレはリヴィエールの地に辿り着いたのだ。

 ここまで来るのに竜と戦ったり、ライバルと和解したり竜と戦ったり。

 ……ほとんど竜が関わっていた気がするが、アルノールからここまで自分の足で色々なことを体験してやってきたのだ。

 考え深さを感じながら、手を繋いで看板の横を飛び越えた。


「ついにリヴィエールだ! 本当長かったわ!」

「わたくしも感動物です。お嬢様が旅に出ると言い出して一年半。無事に辿り着けたのが何よりです」


 ここまで着けばあと一息。<翠煌の魔女>がいると言われているベルヌーイ村までの道筋がやっと見えてきた。


「ここからはリュカのガイドになるわね」

「任せなさい。リヴィエールは私の庭だからな。肌寒い時期になってきたから『あの祭り』がいいかも」

「『あの祭り』?」


 アミュが不思議そうに尋ねると、リュカは耳を嬉しそうにぴょこぴょこ動かして、先生のように話し始めた。


「その名も、『アルネミアの祭日』だ!」


 リュカは胸を張って堂々と言い放った。


「『アルネミアの祭日』について気になるだろ? 簡単にいうと、雪の女神アルネミアに感謝を伝えるお祭りなんだ」

「アトレ、俺なんか嫌な予感がするぜ……」


 そう言うラスカはすごく嫌そうな顔をしていた。

 アトレも言われなくてもわかる。

 前回、同じような女神祭で竜が現れ、倒したその日のうちに毒を盛られて死にかけた経験があるのだ。

 そして同じ面倒なことに巻き込まれたくないのか、ラスカが恐る恐る訊いた。


「なあリュカ。その『アルネミアの祭日』に竜は登場しないよな?」

「竜? リヴィエールの昔話に竜は登場しないから安心しな。むしろ、雪の女神はリヴィエールに冬をもたらすとても優しい女神だぞ」

「だってよ」


 説明されてもなかなか納得しない様子のラスカであったが、「雪の女神に竜はでない」とずっとボソボソ呟いてなんとか飲み込もうとしようと努力していた。

 まあ、アトレも竜には懲り懲りなのだが。


「ってな訳で、その祭りの本拠地のロシュチカに向かうぞ!」


 先頭でズンドコ歩きながら進むリュカに続き、アトレは前へ進んだ。


* * *


 リヴィエールはアトレの思っている以上に大きい。

 国内四地方の中でリヴィエールが飛び抜けて広く、次にエーベル、同じくらいのエスト、そして最も狭いのがベルン地方だ。

 紅葉が始まりかけた時期にリヴィエールに入ってきたのだが、ロシュチカに着く頃には雪が降るくらい寒くなってきていた。

 これでもまだベルヌーイ村まで半分も来ていない。

 そしてお目当てのロシュチカなのだが、どうやらお祭りが始まっているらしく街中の屋根から屋根に旗がつけられていた。

 着いた時間は夜なのだが、たくさんの人が外套を羽織って温かい飲み物を飲みながら楽しそうに街を歩いていた。

 こっちは凍えてしまうくらい寒いのに!


「懐かしいな……」


 白い息を吐きながら、声が落ちたようにリュカが呟く。

 そしてリュカは輝く街を背中にして振り返った。


「さて、ロシュチカに着いたのだけど、私からいいお知らせと悪いお知らせがある。どっちから聞きたい?」

「いいお知らせ!」


 右手を挙げてアミュが元気よく答えると、リュカは彼女の頭を撫でる。


「ではいいお知らせから。まだお祭りは始まったばかりだから、一週間はゆっくりできるぞ」

「では、悪いお知らせとは?」

「悪いお知らせは…………」


 リュカはトランクケースを地面に置き、目を瞑って、手を背中で組んだ。

 それから元気よく微笑みながら口を開いた。


「ここでお別れだ……!」


 いつかは来てしまうと思っていたが、こんなにも早く来てしまうとは。

 リュカを誘った時、彼女は家に戻るまでと言っていた。

 リュカの家はリヴィエールの北部だから距離がある。

 だから、もっと長く旅ができると思っていたのに。

 アトレの目頭が熱くなり、涙が溢れそうになった。

 でも、まだ泣くには早い。だってリュカと過ごせる時間は一週間も残っているのだ。

(たった、一週間……?)

 その時、アトレの冷たい手をリュカの温かい手が掴んだ。


「アトレ。まだ終わりじゃないぞ。これからいっぱい遊ぼうじゃないか」

「……そうね。まだ一週間もある。最後まで楽しまないと」

「それじゃあ、私は宿を取ってくるから、みんなは中心の凍った池で待っててくれ」


 リュカはトランクケースを持つと、雪が降る明るい街の中に消えていった。

 彼女の小さな背中はなぜか寂しそうに見えた。


* * *


 リュカに言われた通りに中心の凍った池に行くと、本当に池は凍っていて分厚い氷が張った上で子供から大人までたくさんの人がスケートを楽しんでいた。

 この池は町のシンボルのようで、池を囲むように建物が立ち並ぶ。

 明かりに照らされ夜でも昼間のように明るいここは、確かに待合場所にぴったりだ。

 だけど楽しそうなスケートの誘惑に好奇心旺盛のアミュが惹かれないはずがなく……


「アトレお姉ちゃん! アミュ、これやりたい!」

「やってもいいけど今日は暗いから明日やろうね」

「むー」

「このままじゃアトレお姉ちゃんじゃなくて、アトレお母さんだな」


 アトレの中で何かが切れる音がした。

 今ならリュカの気持ちがよくわかる。母親扱いされるよりも姉扱いされる方が遥に気分がいいと。

 だからアトレはラスカのふくらはぎに無言でローキックをした。


「お嬢様、人を蹴るのはよくありません」

「そうね。たまたま足が当たって悪かったわね」


 そもそも謝るつもりなんてなかったが。

 不機嫌なアトレを戒めるように、バルが咳払いをした。


「お嬢様、今は喧嘩をしている場合ではありません。リュカ様が離れてしまうことなので何か催しをしてはいかがでしょう」

「催し……リュカの好きなものってなんだろう……」

「スキーとか? でもアイツは北部出身だから戻ったらいくらでもできるもんな……」

「お歌は? リュカお姉ちゃん、よく鼻歌してたよ」

「魚料理。あまり食べている印象ありませんね。好き嫌いなさそうですし」


『うーん……』


 全員で頭を抱えて悩ませていると、リュカが戻ってきた。


「宿取ってきたぞー。って、何頭抱えてんだ?」


 リュカの声に驚き、全員がアトレの背後に隠れた。

 どうやらアトレは身代わりにされてしまったようだ。こうなっては仕方がないので、とりあえず言い訳を考えて言った。


「あー……えっとぉ、その……きょ、今日のご飯考えてたのよ! そう! 魚料理とか食べたいなぁって。あはは……」


 冷や汗をかいて、ものすごく動揺しながら返答するアトレは、誰から見ても何か隠しものをしているとしか思えない。

 しかし彼女は食べ物になると知能が下がってしまうお嬢様だ。

 いつも食べ物のことを考えていると思われているせいか、誰も疑わない。


「そうか、アトレは魚料理が食べたいのか。なら、私いい店を知ってるぞ」

「本当? じゃあリュカに任せるわ」


(危なかったわ……もう少しでバレるところだった……)

 雪が降っているのにアトレは上着を脱ぎ捨てたい気分だ。

 そう言えばだが、リュカはこの街のことを熟知しているようだった。

 着いた時に「懐かしい」と言葉を漏らしていたり、祭りのことや食事がとれる店のことまで。

 ロシュチカはリヴィエールの中央付近に位置するし、北部とはまだ距離がある。

 不思議に思い、アトレは歩きながらリュカの後ろで訊いた。


「ねえ、リュカってここのことよく知ってるの?」

「ああ。よく知ってるぞ。小さい頃はお父さんに連れられて何回も来たことがあるからな。あれから二十年も経つのか……」

「二十年って?」

「詳しくは明日話すよ。明日はみんなでスケートしないか?」

「する!」


 誰よりも大きく、早く声を出したのはアミュだった。

 片手を足を浮かせて大きく挙げてアピールをしている。

 よほどスケートをしてみたいのだろう。


「アミュね、あのシューってするやつやりたい!」

「そうかそうか。明日、リュカお姉さんがたっっぷり教えてやるからな。おまえらも、私のスケート見て腰を抜かすなよ〜」


 滑る前から彼女のドヤ顔は自信に満ち溢れている。

 どうやら明日はすごいものが見れそうだ。


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