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番外編② 氷のおひい様と完璧王子様

 アトレがまだ退学していない中等部の三年の頃、高等科の卒業式の前日にアトレはルイにお茶会へ誘われてしまった。

 普段なら速攻で断っていたが、最後なのでルイのお誘いに付き合ってあげることにした。

 フランクール法学校にはサロンがある。

 食堂みたいな、テーブルがまばらにおかれた大部屋と、個室の中にテーブルが一つの小部屋。

 だいたいの人は大部屋を使ってワイワイ話したりするが、一部のお嬢様や御令息は個室を好む。

 そして今日は皇族のルイの要望で、大きな個室に案内されていた。

 大きな窓から庭園が見えて日差しの良い一番の賓室だ。


「紅茶は『シャンソン・デ・プランタン(春の歌)』でいいかな」

「それでいいわ」


 早速だがルイはアトレのお気に入りの紅茶を言ってきた。

 一回も話したことがないのにどこで知っているのやら。

 しばらくしてルイの従者がピンクとオレンジのマカロンと紅茶の入ったティーカップを二つ持ってきた。

 この間、二人の間に会話はない。

 アトレが紅茶を少し飲み、テーブルに戻すと主催者のルイはやっと口を開いた。


「今日は来てくれてありがとう」

「先に行っておくけど、あなたと婚約する気はないわ」

「知ってた。だけど、今日はその話じゃない。もし求婚の話をしたら無視してもいい」


 なんと珍しい。あの厄介ファンが求婚をしないと宣言するなんて。

(てゆうか、今までのは無意識だったのね)


「それで、要件は何? 殿下」


 アトレがおちょくるように言い放つと、案の定ルイは嬉しそうに顔を歪めたが、すぐに冷静になって爽やかな王子様の顔に戻った。

 どうやら本当に真面目な話をしたいようだ。

 そして彼は、誰でも惚れてしまいそうな甘い顔と口調で話した。


「アトレ。来年、生徒会に入らないか?」


 生徒会。現にアトレは中等部の生徒会長だ。

 副会長に選挙で負けたリリアンを置き、ピリピリした雰囲気の中、生徒会を実行してきた。

 きっとルイは単にアトレを好意の目で生徒会に入れたいのではなく、彼女の力量を見て入って欲しいのだろう。

 それにアトレが魔法を使えないことを知っているルイからして、生徒会や自身の推薦による権力でアトレの体質を他の生徒から守りたいと思っているかもしれない。

 だけどアトレはすでに答えを決めていた。


「悪いけど高等科で生徒会には入らないって決めてるの。たとえリリアンが生徒会長になってもね」

「そうか。それは残念だな」


 もしアトレがルイの推薦で生徒会に入ったとしても、いつかは魔法が使えないことはバレてしまう。

 中等部は魔法の授業がないからいいものの、高等科は必ず履修しなければならない。

 その時になったら魔法が使えないアトレを見て、誰もが彼女を落ちこぼれと思ってしまうだろう。

 そして次期皇帝候補のルイにはそんな落ちこぼれを推薦したという、汚名を着せてしまうかもしれない。

 いくら嫌いなルイでもアトレはそこまでのことはしたくない。

 ついでに自身の体質を隠すには、ひっそりと一般生徒として過ごす方がよっぽど楽である。


「やっぱり<氷のおひい様>を説得するには僕じゃ無理だったかな」

「あなたじゃ一生無理ね。てゆうか、その二つ名は何よ」

「知らないのかい? 君は高等科じゃ有名人なんだよ。家柄も含めてね」


 <氷のおひい様>、見るからに冷たくて一匹狼を貫きそうな二つ名だ。

 アトレは意識していなかったが、いつもリリアンと喧嘩をして、それで必ず首席で現生徒会長。その上旧公爵家の娘で入学当初は無口なら、それくらいの二つ名がつけられてしまうくらい有名にならない要素は無い。

 ただ馬鹿にされているようで気に入らないが。

 ちょっとイライラするのでマカロンを一つ口に放り込んだ。


「どう。美味しいかい?」

「さすがあなたのチョイスね。気持ち悪いくらい私の好みを突いているわ」

「褒め言葉として受け取っていくよ」


 本当にどこから好みの情報を手に入れてくるのか。

 ルイも同じようにマカロンを食べると、アトレに一つ質問をした。


「アトレちゃん。いつも気になるのだけど、どうして君は僕に敬語を使わないのかい?」

「あなたを敬う相手に入れてないからよ」


 すぐに淡々と返すと、アトレは紅茶を飲んだ。


「まず家まで追いかけてくる王子がどこにいるのよ」

「ここだね」

「私の好み全部知ってて気持ち悪い」

「君には笑って欲しいんだ」

「だから敬う対象に入ってないのよ」


 アトレの悪口を目の前で言われたら結構な人が寝込んでしまいそうだが、こんなことでも喜んでしまうのがこの国の第一皇太子——ルイ・オルレアンである。

 そんな彼を今更敬語で話そうなんて、アトレには到底無理な話だ。

 もしかしたらアトレは無意識にルイを王子ではなく、変なお兄さん程度にしか思っていないのかもしれない。

 そろそろ「公の場では敬語かそれ以上を使って欲しいな」とか言われそうなのだが、ルイの反応は意外なものだった。


「君と対等な関係になれてよかったよ」

「……は?」


 今までで一番冷たくて力のこもった声が出た。

 今の話をどう受け取ったら対等な関係だと思うのだろうか。

 これではまるでアトレが人の好みを把握して家までストーカーする変質者みたいではないか!

 何この人という目でルイを見つめていると、彼は微笑んで口を開いた。


「僕は皇族だ。だから恐れ慄いて誰も近寄ってこないし、友人と呼べるような人もみんな敬語を使うんだ。でも君は違う。まるで僕を王子と思っていないみたいだ」

「そうね。実際、微塵も思っていないし、思いたくもないわ」

「……少しは思って欲しいものだね」


 残念そうにルイは苦笑する。


「でも君のそういった姿勢が個人的に好きなんだ。なんか友達みたいだろ」


 「友達か……」とアトレは思う。

 アトレにとってラビナとトスカの存在はまさにルイの言うその友達だ。

 二人はアトレの心の支えでもあり、気を休めることができる仲だ。

 そのような関係を、もしかしたらルイは求めていたのかもしれない。

 そしてそこに現れたのが恋愛対象であり、微塵も王子様と思い込んでいないアトレだった。

 だから完璧王子様を演じる気休めに、変態王子様という自分を曝け出しているのだろう。


「あなたは私を友達と思っていないの?」

「そうだね。君は僕のことを嫌っているみたいだし、勝手に友達と思うのは烏滸がましいと思うんだ」

「あっそ。私は昔から友達と思っているわ」


 それを聞いたルイの顔は目をキョトンとさせて驚いていた。


「だって私とあなたの付き合いってどのくらいだと思う? もう十年経つのよ。それくらい経てば私だって友達だと思うわ。それか、お友達ではない殿下に敬語を使った方がよろしくって?」


 アトレはいたずらっ子のような悪い笑みを浮かべる。

 ルイが嫌いと言っても彼の求愛行動が無理なだけで、それ以外なら普通に受け入れられる。

 だから婚約者は無理でも、似たような境遇の友人としてならいいかもと思っていたのだ。


「ふはっ!」


 ルイが突然口元を緩めて笑い出した。


「はは! やっぱり、アトレちゃんは面白いよ! こんな僕を友達と思ってくれるなんて、最高に最高な卒業プレゼントだ!」

「でも婚約者は無理だから」


 笑い飛ばすルイに釘を刺す。

 でないとこのまま求婚されそうで怖い。


「こんなに長く君と喋ったのは初めてかな? とても楽しいひと時だったよ」

「あなたが求婚しなければもっとあったかもなのよ」

「そうだね。過去の自分を殴りたいよ」


 無意識に求婚する奴にそんなことができるのか、という疑問はさておき、お喋りしているといつの間にか二人の紅茶がなくなっていた。

 お茶会の終わりの合図だ。


「さて、これでお開きにしようかな。長居させてすまなかったね」

「私は気にしてないわ。意外と楽しかったもの」

「なら良かった。主催者としての本望だ」


 嬉しそうに微笑みながらルイは席を立つ。

 そして背中を向けてなぜか大きなため息をついて、ガックシと肩を落とした。


「はぁ……」

「どうしたの?」

「卒業するのが辛い。だって、アトレちゃんの高等科の制服姿が見れないじゃないかぁ!」


 癇癪を起こしかけているルイを見て、アトレはやっぱりかと思う。

 別に制服は中等部と大して変わらないロングスカートで、制服のイメージカラーが白に近いエメラルドグリーンから淡い水色に変わるだけなのだが、ルイにとってはその些細な違いが大きな違いになるのだろう。

 少しだけ見直したのだが、やっぱりこいつは変態王子様だ。

 だからアトレは今までよりも強く言葉を言い放った。


「キモ……」


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