番外編① 死んだ娘が帰ってきた!
ナディアがコルネイユに来たのは、アデリーナの兄の結婚のために臨時でメイドをしに来たのが本来の目的ではない。
本当は実家に帰るのが目的で、メイドはそのついでだ。
どうして実家に帰ることにしたかと言うと、欲しいものができたので家族に取られる前に隠したへそくりを取りに戻っただけ。
それ以外の理由なんてない。
フランクール法学校時代の教科書や荷物は全てロコモアから実家に送ってしまっているため、何十年ぶりの帰省なのにほとんど手ぶらだ。
だから何も持っていないナディアはメイド服のまま、街の小道を進んでいた。
道を忘れていたら実家に戻らない予定だったのだが、本能というものは素晴らしく自然と身体が見覚えのある道へ導かれていく。
そしてついに、懐かしいオークの扉の家の前に辿り着いた。
どうせ閉まっているだろうから、ポケットから家の鍵を取り出した。
この鍵穴に鍵を差すのは何年ぶりだろうか。もし鍵が変わっていたら帰ってしまおう。
そう考えながら差し込むと鍵はすんなりと入ってしまった。
そしてひねるとガチャリと音がなって、鍵が開いた。
こうなって仕舞えば言い訳はできない。素直に扉を押して開けた。
「ただいま帰りましたー、っと」
家の中は変わっているのだろうか、飼い猫のリネは生きているだろうか。
ほんの少しの淡い期待を持ち、開いた扉から中を見た。
しかしナディアの予想は裏腹に、配置の変わったソファーに若い黒髪の男が本を読みながら腰掛け、置いてあったはずのキャットタワーは綺麗に無くなっていた。
これはあれだ。娘に知らせずに引っ越したのだろう。
「お邪魔しましたー」
静かに扉を閉める。
だけど扉は内側から何者かが引っ張っているらしく、途中までしか閉じない。
無理矢理閉じようと、ナディアは扉の引っ張り合いになってしまった。
「今の誰だ! 顔見せろって」
「嫌です」
扉の隙間から若い男が覗く。
だが、彼はナディアを見た瞬間に顔を青ざめ腰が抜けて後ろに倒れた。
「ゆ、幽霊だ! こっちくんな!」
「誰が幽霊ですか。ちゃんと生きてます」
「え? 生きてんの? 姉さん、生きてたの?」
「ピンピンしています」
ナディアを姉さん呼びするやつなんてこの世に一人しかいない。生意気なクソガキが最後の印象だったが、この目の前の男はどうやらそれらしい。
——五歳下の愚弟、ユーリ・ノートン。
綺麗に整えられた黒髪の青年は、ナディアが知らないうちに声が低くなって背も高くなったようだ。
成長して大人しくなったことに感激していたが、なぜか故人にされていたのは聞き捨てならない。
ズカズカと実家に入ると、床で怯えるユーリの胸ぐらを掴んだ。
「一つ質問です。なぜ私が死んでいるんですか?」
「姉さんが帰ってこないのが悪いんだろ! 手紙も音沙汰ないし、荷物だけ送られてきたんだからてっきり死んだかと」
「娘の卒業式にすらこない両親が悪くないですか?」
「僕に言われても……父さんと母さんに言えよ」
よかった。生意気具合は変わっていなかったようだ。
ナディアはユーリを床に落として解放してあげた。
「父さーん、母さーん。姉さんが帰ってきたよー!」
ユーリが叫ぶと、家の奥からどんどこ慌てて走ってくる音が聞こえてきた。
両親はくたばっていないようだ。
すると奥から出てきた横を刈り上げて黒髪を後ろで小さくまとめた初老の男性が塩を、黒髪ショートパーマの初老の女性がフライパンを持って、この世の終わりのような顔でやってきた。
いかつい顔の父がするこの表情は普通に怖い。
「ユーリ! こいつは幽霊か! ついに呪いとなって出てきたのか!」
「違うって。ちゃんと生きてた」
「ゾンビとかそっち系じゃないの? てゆうかあなた、メイドなんて雇ってどういうつもり!?」
「これが久しぶりに帰ってきた愛娘に対しての態度ですか」
音沙汰なしにしてしまったことはナディアが悪いが、まさかここまで死んでいると思われていたとは。
「本当にナディアちゃん?」
「まさしく」
すると母は泣き出し、父に縋りよった。
「本当に生きてたー! 死んだかと思って心配したのよ……」
「ところでお前はなんで帰ってきたんだ? 十年ぶりじゃないか」
空気が非常に読めないのも父らしい。
猫がいないことを除けば一応我が家のようだ。
「貯金を取りに帰ってきました」
「貯金ってクローゼットの一番下のやつ?」
「えっ?」
一番まずいパターンがやってきた。
おそらく父はこう言うはずだ。「ユーリの入学金に使った」とか、「たまたま見つけたから美味しい料理食いに行った」とか。
無いことはほぼ確定したので、どっちを話しだすかナディアは脳内で考え始めた。
「帰ってこないからユーリの入学金で使っちまったよ」
答えは前者だった。
これで弟にあげたとかなら、胸ぐらを掴んで風魔法で痛めつけてやるところだった。
「入学金……フランクールに行かせてくれたことに免じて許しますか。ところでリネは?」
「姉さんがエーベルに行った半年後に死んだよ。姉さんにすごく懐いでいたからショックだったんだろうな」
「……なんと」
あの白猫にはもう触れないのか。
ユーリが生まれる前に飼い始めたから、もしかしたら寿命だったのだろう。
ナディアは平然を取り繕うとしたが、少しだけ悲しい顔をしてしまう。
「姉さん、僕からも質問なんだけどさ、なんでメイド服なの」
「これが普段着です。仕事もこれなので便利ですよ」
「じゃあ、今はメイドしてるんだ」
「はい。うちの主人はシャリエール様です」
自慢のメイド服を見せびらかすようにその場でくるりと回る。
特に背中の腰についているリボンがお気に入りだ。
「ナディア、父さんにもその主人を教えてくれないか」
「いいですよ。うちの主人は小さくて、何にもできないです」
言い方は悪いが何も間違ったことは言っていない。
リリアンは背が低くて、朝は起きれないし、料理もできない。運動と魔法、勉学に長けているだけで、日常面は最悪だ。
「主人は私より年下で、一人称は『ボク』。風邪をひきやすい体質です」
「孫が楽しみだな……」
父は何を言っているのだろうか。
今職場の話をしているのにどうして孫の話になるのだろうか。
すると母が半分諦めた顔でナディアの肩を優しく叩いた。
「ナディアちゃん。子供はダメよ。別の人を選びなさい」
「はて?」
「そうだな。いくらお前の旦那でも母さんの言う通り未成年はダメだな」
この両親は何を言っているのだろうか。
ナディアは今、職場の話をしている。誰も彼女の婚約者の話をしていない。
「ユーリ。父さんと母さんは何を言ってるんですか?」
「最近歌劇にハマってるんだ。大方、メイドと主人が恋仲になる話を見てきたんだろ」
「なんと」
これは面倒なことになったと思い、ナディアは丁寧に説明した。
主人は男ではなく、ビビりな少女だと。ついでに自分は同性愛者でもないし、誰かと結婚する予定も願望も無い。一生独身でいると。
それを聞いた両親の顔と言ったら!
散々娘を死人扱いした挙句、期待していた孫ができないという辛さでショックを受けていた。
これくらいしてもバチは当たらないだろう。
「では、用が済んだので私は帰ります。今度はちゃんと手紙を送るので」
「ちょっと待ちなさい」
母がナディアの背中の襟を掴んだ。
ナディアは身体を正面に、首だけを器用に後ろに向けて母を見た。
「なんでしょう」
「せっかく帰ってきたのだからご飯食べない? ほら、実家の味」
「……わかりました。どうせこの後も用事はないですし」
少しだけ悩みはしたが、ナディアはあっさりと受け入れることにした。本当に今日は用事がないし、コルネイユについたばっかりだからアデリーナに自由にして良いと言われているのだ。
それに、普通に久しぶりに実家の味を食べたくなったのもあるが。
ナディアの快諾に上機嫌になった母は、鼻歌を口ずさみながらキッチンへフライパンを持って歩いて行った。
すると残された父はナディアに寝床はあるのかと尋ねた。
「ナディア、ここにいる間お前はどこで寝泊まりするんだ?」
「そうですね。ラフィット様の御宅かどっかの宿でしょう。もしや、家に戻ってこいと?」
「そうだ」
確かに。せっかく戻ってきたのだから実家に寝泊まりするのもアリだ。
今回の依頼は住み込みではないし、結婚式まで些か時間がある。
だからまだ忙しくないので実家に戻ろうと思う。
しかし、自分の部屋はあるだろうか。
ないならユーリからベッドを奪い取ってしまおう、とナディアは考える。
「せっかくなので家で寝ますか。しかし、私のベッドはあるのでしょうか」
「うーん……」
父は悩みだす。
この感じだとベッドは売り払ってしまったのだろう。今頃、昔の自分の部屋は物置きになっているはずだ。
そして悩んだ父はやっと口を開いた。
「ユーリ。床で寝ろ」
話に巻き込まれたくないユーリはソファで本を読みながらコーヒーを飲んでいたのだが、そのコーヒーを口から盛大にぶちまけた。
「はぁ?! なんでだよ!」
「長旅で疲れたお姉様を敬いなさい」
「姉さんが床で寝ろよ。ベッドくらい魔法で作れるだろ」
「限度があります」
「と言うことでだ。ユーリ、後でなんか買ってやるから今回は寝させてやってくれ」
必死に懇願する父を見てか、ユーリは渋々従うようにイライラしながら答える。
「ったく。ちなみに、どのくらい滞在するんだ? 一週間くらい?」
「二ヶ月です」
「ああ、絶対無理。やっぱ帰ってくれ」
そうやってユーリはコーヒーを飲み干す。
流石のナディアも可哀想に思ったので、今度布団でも買ってやろうと思うのであった。
ナディアは服に無頓着なので、外行きの服とか室内着とか持っていません。それを見かねてか、母はこの後服を買ってあげました。
……まあ、着ないけど。




